第524話 覚悟

 その後―――


 僕達は苦戦の末に魔王ナイアーラを倒すことが出来た。

 戦いが終わった後、周囲が瓦礫の山になっており一旦、飛行魔法で屋敷の外に出たのだけど、館の入り口で今回の事件の犯人の一人のビレッドを放置していたことを思い出した僕達は、通信魔法で王都に連絡を取ってから一旦中に戻ることにした。

 瓦礫の中に埋もれていたビレッドを引っ張り出した後、暴れ出したビレッドを大人しくさせて気絶させて屋敷の外に出た。


 そして、外で待つこと数時間後、

 既に夜明けを迎えていた僕達は外でテントを張っていた。


「……レイ殿!」

 名前を呼ばれて、呼ばれた僕と仲間達がそちらに振り向く。そこには王都から派遣された王宮騎士団の人達が馬車を引いてこちらに向かってきていた。


 中には、顔見知りの人物もおり僕は彼らに向かって手を振る。キャンプの火を消してから、姉さん達に帰宅の準備を任せて僕は彼らの元へ向かい挨拶をする。


 僕はそのうちの一人の騎士の男性に話しかける。


「お疲れ様です、王宮騎士団の方々。こんな早朝から申し訳ないです」


「いえ、これも仕事ですから問題ありません。しかし、まさかの事件の調査の最中に魔王が出現し、討伐までしてしまうとは、流石の陛下も驚いていましたよ。流石、勇者様ですね!!」


「あはは……といっても僕一人じゃないですけどね。一緒に戦ってくれた大切な仲間達と、それに事情を察してサクラちゃん達が来てくれたお陰です」


 そう言いながら僕は、片付けの最中の仲間に視線を移す。


「なるほど……して、サクラ殿は何処に?」

 男性はキョロキョロしながら見渡す。


「サクラちゃんなら……」

 そう言うと、テントから眠そうな表情でサクラちゃんが出てきた。そして、こちらを向くと彼女は花咲くような笑顔になって僕の横を通って騎士達の方へと向かっていく。

 

「やっほー、みんな久しぶりですー!! わたしは元気にしてますよー」

 サクラちゃんは朝からいつもの調子で大声で叫んで騎士達の元へと駆けていく。


「おお、サクラ殿、まさかこちらに来られているとは思いませんでしたぞ。魔王軍の被害にあった村に向かっているとばかり……」


「えへへー、実は色々あってこっちに飛んできましてー」


「またですか! アルフォンス団長に怒られてしまいますぞっ!」

 二人は知り合いだったようで楽しそうに会話をしている。後はサクラちゃんに任せてもいいだろうかと僕は思ったのだが、男性はハッとした顔でこちらを見て言った。


「……と、うっかり職務を忘れるところでした。我々は、今回の事件の犯人を連行する任務でここまで来たのですが……」


「……今、連れてきます。少し待っててくださいね」


 そう伝えてから、僕は対応をサクラちゃんに任せてその場を後にした。そして別のテントで捕縛していたビレッドの元へと向かう。


 僕はテントの布を捲りながら小さく声を掛けた。


「……迎えが来たよ」

 僕がそう声を掛けるとテントから一人の女性が出てくる。ルビーだ。彼女も女の子のテントで休んでいたはずなのだけど、ビレッドに用があったらしい。


「……来てしまったか」

 彼女は残念そうに言った。


「……うん、王宮騎士団に君達二人を引き渡したいんだけど、いいかな?」

「……ああ、構わない。私も、もう覚悟を決めている」


 ルビーは観念したように俯きながら呟く。

 そして、僕を見て言った。


「すまないが、私の身体に縄で縛ってくれないか。

 私もビレッドと同じように拘束されていないと不自然に思われるだろう?」


 ルビーはグルグル巻きにされているビレッドの方をチラリと振り向いて言った。

 僕も彼女と同じようにビレッドに視線を向ける。


「……」

 ビレッドは、昨日のうちに目を醒ましており、自分がこの後、引き渡されるということが分かって、僕達を散々罵倒していたのだが、今は大人しくなっていた。


 エメシスの事を聞いたからだろう。一応、彼も仲間意識があったようで、エメシスがどういう形で死亡したのか説明したところ呆気に取られていて、それ以降はだんまりになっていた。


 僕は再びルビーに視線を戻して、彼女に問いかける。


「……ルビー、本当に良いのか?

 キミは彼と違って、今回の事件解決に協力してくれた。それを説明すれば……」


「……それは駄目だ。私が間違いを犯してしまったことは何も変わらない。怒りで我を忘れて村の人間を殺してしまったこと、エメシスの誘いに乗って悪だくみに協力してしまったこと、全部私の意思でやったことだ」


「それは、そうだけど……」


 僕はそう言いかけて、俯いて言葉を濁す。

 結果的に彼女はエメシスを裏切って僕達に協力してくれた。

 だけど、それで無罪放免とはいかないだろう。


「……」

 僕は無言で頷いて、テントに置かれていたロープを拾い上げる。

 そして彼女の胴体と手に緩めに縄を巻いて、それから後ろに回って手首に二重に縛り付ける。そして、最後に僕は彼女とビレッドの縄を先を掴んで自分の身体に固定する。


「……これでよしっと、痛くない?」


「大丈夫だ、気を遣わせてしまってすまん」


「……そうか、それなら行こう……いい?」


「……分かった」

 彼女の返事を聞いた僕は、二人を立たせてテントを出る。

 そして、外で待っていた王宮騎士団の方々と合流する。


「お待たせしました。今回の事件の主犯の三人のうちの二人を連れてきました。ただ、リーダー格のエメシス・アリターは投降に応じなかったのでやむなく……」


 本当はもう少し事情が混んでいるのだが、今はそう伝えておく。


「そうでしたか……いや、仕方ありませんな」

 騎士の男性は僕の言葉を聞いて、複雑そうな顔をしている。

 僕は、彼に話を続ける。


「それと、その二人が……?」

 彼がそう質問すると、僕の隣にいたルビーが一歩前に出て自己紹介をする。


「ルビー・スーリアだ。後ろにいる男は、ビレッド・ビスコ、連れていってくれ」


 彼女の自己紹介を聴くと、男性は頷いた。


 僕は彼に彼女達の縄を渡す。王宮騎士団たちは二人の身柄を預かり、馬車に乗せたあと王都へと戻っていったのだった。万一に備えてサクラちゃんも一緒に付いて行くことになった。


「それじゃ、レイさん、お先にねー」

「うん、グラン陛下によろしく」


 僕はサクラちゃんと騎士達に手を振りながら見送った。


 ◆


 僕は彼女達が騎士団に護送されていくのを見送ってから、

 しばらくすると後ろからレベッカに声を掛けられる。


「……レイ様」

「……ん?」


 僕が振り返ると、レベッカとエミリア達が集まっていた。

 どうやら片付けが終わったらしい。


「あ、ごめんね、後片付け全部頼んでしまって」

「いえ構いません。レイ様は騎士のお仕事がございますし……」

 レベッカはそう言いながら、遠慮がちに僕の顔を伺っていた。


「……ん、どうかした?」

「いえ、その……」


 レベッカは俯いて何か言いたそうにしている。

 すると、彼女の言いたいことを代理するかのように姉さんが言った。


「『ルビー様を行かせて良かったのか』ってレベッカちゃんは言いたいのよね?」

「は、はい……」

「……」


 僕は黙って、彼女の言葉に耳を傾ける。


「レイ様、一言だけ言わせて頂いてもよろしいでしょうか? ……もし、騎士団に今回の件を話さずに彼女を引き渡してしまうと、きっと彼女は――」

「……良くて終身刑、下手をすれば極刑……だろうね……」


 僕はレベッカが何を言いたいのか、理解した上でそう答える。


「僕も昨日のうちに説得はしてたんだよ。でも何も言わないで欲しいって。……多分、彼女も自分がやったことを後悔してたんだと思う。だから、僕は彼女の意思を尊重することにしたよ」


「……ですが」

「『ですが、レイ様らしくない』……ですよね?」


 レベッカが言わなかったことをエミリアが補足する。

 何処となく、エミリアの言葉には棘があった。

 

「……そうだね。確かに僕らしくないかもしれない」

 僕は目を瞑る。


「(……)」

 昨日、魔王を倒した後、彼女に聞いたことを思い出す。


『怒りに狂って村の人間を皆殺しにした私の罪は決して許されるものじゃない。

 ……それに今回の事件で、子供達にも悪い事をしてしまった。これだけの事を重ねてやらかして無罪放免というわけにはいかない。私もビレッドやエメシスと同罪なんだよ……』


 彼女はそう言いながら辛そうな表情をしていた。その言葉を話す彼女の手は震えており、罪悪感とこれから自分の身に起きるであろう罰に対して恐怖を感じているように見えた。


 それでも、彼女は最後まで涙を流すことは無かった。きっとそれは、彼女には心の中に残っていた良心が彼女をギリギリのところで引き留めていたのだろう。


『……レイ、お前達には迷惑を掛けてしまった』

 ルビーは僕の名前を呼ぶと申し訳なさそうに頭を下げてきた。


『ルビー……』

『敵という形ではあったが、最期にお前達と会えて良かった。

 お前達と会えなければ、私は取り返しの付かない事をやっていたはずだ。

 ……こんな私を助けてくれて、ありがとう』


 そう言って、彼女は微笑みを浮かべた。

 僕はそれを見て、胸が締め付けられるような感覚を覚えた。


 ………。


「……レイ様?」

「……何でもない。僕達も、王都に帰ろうか……」


 レベッカの言葉で我に返った僕は、再び歩き出す。

 歩き出す僕の背中を、仲間達にはどう見えていたのだろうか……?

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