第523話 油断したのはどちらか
魔王との戦いは熾烈を極めた。
しかし、強い信頼で結ばれたレイ達を相手に魔王は次第に劣勢になっていた。
「……はぁ、はぁ……」
魔王は息を切らせており、明らかに消耗している様子だ。それに、魔物化して肥大化した体の大半を潰されるか炭化してしまい、その大きさは最初の人間体と同程度になっていた。
「流石、魔王……ここまでしてもまだ健在とは……!」
ルビーは、魔王のその強さとタフさに畏怖を覚えていた。
「うん………だけど、あと一歩みたいだね」
僕は魔王の様子を見て、そう判断した。
魔王は、先ほどまでの圧倒的な存在感は消え失せ、今はどこか弱々しく見える。
「はいっ、きっと勝てるはずです……!」
僕の言葉を聞いて、サクラちゃんも力強く答える。
魔王は
「……現代の勇者達がここまで強いとは……だが、それでも我は……!!」
と、魔王ナイアーラはそれでも立ちあがろうとする。
しかし、立ち上がろうとしたその足はまるで風化した石像のように砕け散る。
「くっ……これは……!」
魔王ナイアーラは、自分の身に起こっていることをすぐに悟る。
「……そうか、所詮は老化した人間の身体……。
如何に魔力で補い強化しようとも、限界を超えていたか……」
魔王はそう言って自身を冷静に分析する。
「……随分冷静だね、魔王ナイアーラ」
「……ふ、そう見えるか勇者レイ。だが見ての通りだ。
如何に我が魔王であろうと元が貧弱では限界が来ようというもの。……せめて、そこの女の肉体であったのなら、貴様らに勝つ可能性もあったのだがな」
魔王はボロボロの腕を伸ばして、ルビーを指差す。
「……っ!」
「何をしようとしてるのか知りませんけど、ルビーさんに手出しさせませんよっ!!」
サクラちゃんはルビーの前に立って彼女を庇うように剣を構える。
「……やれやれ、これではどうしようもないな」
魔王はそう呟いて、その場に座り込む。
「……降参するという事か?」
「魔王に降参など無い。だが、肉体は機能停止寸前、魔力は枯渇が近い、敵は余力を残している……この状況となれば手段は一つしかあるまい」
その言葉と同時に、魔王の目が怪しく輝く。
その瞬間、僕達の身体に異変が起きた。
「……なっ!?」
「か、身体が動きません……!!」
「まさか、これは………!」
僕達の身体が突然、鉛のように重くなり始めたのだ。
……いや、違う。重くなったのではない、完全に身体が動かないのだ……!
「ま、魔王……僕達に何をした!!」
「くっくっく……そこの女は気付いたようだぞ。勇者レイよ、聞いてみてはどうだ?」
そう言いながら魔王は、ルビーに視線を移す。しかし、今の僕達は身体も首すら動かない状態だ。なんとか声はまだ出せるようで、僕はルビーに向かって声を掛ける。
「ルビー、これは一体……?」
「<停止の魔眼>……効果があるのは魔法だけでは無かったのか……!!」
「う、嘘……なら、なんで今までわたし達に使わなかったの!?」
そのサクラちゃんの疑問に魔王が答えた。
「冥途の土産に教えてやろう。
並の人間ならいざ知らず、貴様らのような勇者や魔力が極端に高い人間に使っても、効果が影響する時間は短い。それに一度効果を浴びせてしまえば次は通じにくくなる。故に、この効果を使用する時は、貴様らに確実に止めを刺す時だ!!!」
魔王はそう叫びながら、身体から膨大な黒のオーラを放出し始めた。
「ま、まだそれほどの力が……!!」
「覚えておけ、勇者達よ。奥の手というものは容易く見せるものでは無い!
劣勢と見せかけて敵を油断させた時こそ、最大の好機となるのだ!
さらばだ!!
その瞬間、魔王のオーラは自身を中心に極大化し、僕達に襲い掛かる。
周囲が漆黒の闇に覆われていき、絶望が迫ってくる。
「くっ……!!」
「もう少しだったのに……!!」
僕達は動けない体で自身の死を待つことしか出来なかった。
しかし……。
「はははは、これで終わりだ……!!!」
魔王は高らかに笑うが、次の瞬間、魔王のオーラの速度が減少し、魔王自身の動きが鈍くなる。
「な、なんだ……今、一瞬、我の身体が……」
魔王は突然の自身の異常に困惑する。
だが、その疑問に答えたのは僕達の誰でも無かった。
「――奥の手は容易く見せるものでは無い。なるほど、その通りでございますね」
凛とした声が響く。その声の正体は――――
「……レベッカ?」
首が動かないため、その乱入者の顔を見ることが出来なかったが声でその正体に気付いた。
すると、レベッカは軽く頷く気配をさせてから、コツコツとこちらに歩いてきた。
「……き、貴様、何をした?」
魔王はレベッカを睨み付けて質問するが、彼女は無視して僕に駆け寄ってきた。そして、レベッカの手が僕の固まった身体に触れる。僅かだが、彼女の温かい手の感触を感じた。
「レイ様、身体は如何でしょうか?」
そう質問され、僕は身体を動かそうとする。すると……。
「う、動く……」
まだ体は鉛のように重かったものの、それでも先ほどまでとは雲泥の差だった。
「レイ様、ならば今こそ止めを!
わたくしが奴を何とか押し留めている間に!!」
「分かった!!」
僕はそう言って、剣を構えて動かぬ体を無理矢理動かし、魔王に突進する。
「ぐっ……貴様ら……!」
魔王は苦しげな表情を浮かべるが、僕に反撃しようと手を伸ばそうとしてくる。
だが、そんなものはもう関係ない。理由は分からないが、奴の動きも相当鈍くなっていた。
元々肉体の限界を迎えていた上に、レベッカが何か魔王に仕掛けたようで奴の動きは今までと比べて亀のように遅く、奴の手が僕に届く前に、僕の聖剣は奴の胸に深々と突き刺さった。
「ごふぁ……!!」
魔王は口から血を吐いて膝をつく。そして、僕は聖剣を解放する。
「いくよ、
『レイ、今こそ魔王を倒すのよっ!!』
「ああ、当然!!」
僕はそう叫ぶと同時に、ありったけの魔力を込めて極大の光の波動を放った。
「消えろ、魔王!
「こ、この魔王があぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
魔王の断末魔と共に、奴の身体が光に溶け込んでいく。
その光は既に夜を迎えていた夜空までも明るく照らし出すほどのものだった。
まるで世界の闇が消えるように、世界が光に切り拓かれていく。
やがて光が収まると、そこには魔王の姿はどこにもなく―――
「やった……」
僕は思わずその場に座り込む。
同時に、後ろで硬直していたサクラちゃんとルビーもその場に倒れ込んだ。
「あいたたた……」
「く……体中が痛い……」
二人はそう言いながら、身体をコキコキ動かしながら立ち上がる。
「皆様、ご無事でしょうか?」
それを真近で見ていたレベッカは心配そうに言った。
「うん、大丈夫だけど……」
「最後本当に死ぬかと思ったよー……レベッカちゃん、ありがとう」
「一応、無事だ……感謝しておく」
と、僕達はレベッカに返事をする。
するとレベッカはこの場に似つかわしくないほど美しい笑みを浮かべた。
僕はその笑顔に癒されてホッとする。
だが、同時に何故レベッカだけが出てきたのかという疑問が沸いた。
それに、レベッカは魔王に一体何をしたのだろうか?
「ところで、エミリアと姉さんは? レベッカと一緒に居たんじゃないの?」
僕がそう尋ねるとレベッカは困ったような笑みを浮かべた。
「ええとですね、そこにいらっしゃるのでこちらへどうぞ」
「???」
そう言われた僕達は大人しく着いていくことにした。
◆
「すー……すー……」
「すやぁ……」
エミリアとレベッカが地面に寝転がって寝息を立てていた。
「し、死んでる……!!」
「いえ、お二人とも寝息を立てて眠っているだけでございますが……」
サクラちゃんの早とちりにレベッカが冷静にツッコミを入れる。
「まあまあ、サクラちゃん落ち着いて。でも、こんな場所で眠るなんて……」
「何故こんなところで転がっている?」
「実はございますね……」
そう言ってレベッカは語り出した。
◆
今から少し前――
レイ達三人と魔王ナイアーラの戦いは熾烈を極め、
レベッカ達三人は自身の非力さを恨みながら戦況を見守っていた。
「く……こんな時にお姉ちゃんは見守ることしか出来ないなんて……」
「無念でございますね……」
ベルフラウとレベッカは戦えない事に申し訳なさそうに呟く。
「ですが、その代わりにレイを万全の状態に戻すことが出来ました。後は彼に任せましょう」
「そうね……」
……ややあって。
「おお、レイ様、魔王相手に優勢を維持しておられますよ!」
「流石、私の弟ね! もしレイくんが魔王に勝ったら、私、レイくんと結婚するの……」
「ベルフラウ……あなた、姉という立場を都合よく解釈してませんか?」
「というよりその台詞、レイ様が以前『しぼうふらぐ』とか仰っていたものでは?」
「えっ」
………。
「不味いですよ、レイ達がピンチです!!」
「私達も駆けつけましょう!」
ベルフラウは飛び出して行こうとするが、レベッカによって止められる。
「お待ちを、消耗したわたくし達では!!」
「そんなの関係ないわ、レイくんが殺されたら私だって生きる意味がないもの!!」
中々に重い事を言うベルフラウだが、状況が状況である。
彼女が思いつめるのも仕方ないだろう。
「エミリア様、レイ様に渡した薬は余っていないのですか?」
「あの薬はあれだけしかなくて……」
「なら、もういいわ。私一人でも……!!」
このままではベルフラウは、何の策もなしにレイの盾になって死んでしまう。
そうならないようにレベッカは必死で考えた。
そして、ある手段を思い付く。
「……いえ、ベルフラウ様。わたくしに起死回生の手がございます!!」
「本当なの、レベッカちゃん!?」
「はい、ただし成功すればの話ですが……。
なので、まずはわたくしの作戦を聞いてくださいまし……!」
◆
「――そういうわけでございまして。
「……そんなことが」
僕は驚きつつ、レベッカの説明を聞き終える。
ルビーはレベッカに質問する。
「だが、お前は一体何の魔法を使ったんだ?
いくらお前たちが強くても、あの魔王に通じる魔王など限られているだろう。
よほど高位の魔法だったのか?」
「あ、それわたしも気になります。何をしたの、レベッカちゃん」
二人に問われて、レベッカは答える。
「確かに、万全の状態であれば、わたくしの小細工など通じなかったでしょう。
ですが、魔王は力の大半を失った状態で、攻撃に全てを掛けていたあの瞬間であれば付け入る隙がございました。そこでイチかバチか、わたくしの<麻痺の魔眼>を使用してみたのです」
「……ん、麻痺の魔眼……レベッカ、そんな魔法使えたっけ?」
確かに、彼女は魔眼という特殊な魔法を使えたはずだけど、
それは<魅了の魔眼>という全く別の効果のものだったような……?
僕が不思議そうにしていると、レベッカは少し恥ずかしそうに言った。
「お恥ずかしながら……わたくし、以前から、戦闘中にカッとなった時、何故か突然、敵が動きを止めるような経験があったのです。
自身では何故そんなことが起きたのか理解できず、不思議と思い、魔法にお詳しいウィンド様にその事を相談していたのです。その時、ウィンド様はこう仰っておりました」
『ふむ……レベッカさん。貴女は無意識的に別の魔法を使用する癖があるようですね。
おそらく、幼少の時からその魔法の素養があったのでしょう。ですが、まだ未熟だったため制御できず、怒りをトリガーに勝手に暴発させていたのでしょうね』
「……それ以降、意識的に魔法を使用できるように訓練させて頂きまして、ここ最近、ようやくまともに扱えるようになりました」
「へー、師匠とそんなことを……」
以前もレベッカは度々ウィンドさんに相談を持ち掛けていたようで、ウィンドさんの指導の元、レベッカは色々な魔法を習得していたようだ。
「ですが、わたくしが出来たことは数秒間、魔王の動きを止めることでした。
その間、レイ様達が動けなければ詰みという、運が必要な上に最終的に他人任せという愚かな策でございましたが……それでも、これしか方法が見つかりませんでした」
レベッカはそう言って、申し訳なさそうに頭を下げる。
「ううん、そんな事ないよレベッカ。
キミの最後の機転が無ければ僕達は全滅してたと思う」
「……ありがとうございます」
そう言ってレベッカは微笑んでくれた。
「……ともあれ」
僕は、すぅーと深呼吸をする。
もう言ってもいいだろう。ずっとさっきから言うのを我慢してた。
そして息を整えて、僕は皆に聴こえるように、こう叫んだ。
「……魔王は倒した。この戦い、僕達の勝利だよ!!!」
「いえーい、やったーーーーーー!!!!!」
僕の言葉に、サクラちゃんが大喜びして二人でハイタッチを繰り広げる。
「おめでとうございます、レイ様!」
「……ふん」
レベッカは嬉しそうにぱちぱちと拍手をしてくれて、ルビーは素直じゃなかったけど、それでも満更でもない表情で、祝福してくれているのが分かった。
「ふう……」
僕は大きく安堵のため息をつく。
こうして、魔王ナイアーラとの戦いは幕を閉じるのだった。
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