第572話 学校26
僕とエミリアが魔法学校で働き始めて3ヵ月ほど経った頃。
「レイ先生、エミリア先生」
その日の仕事が終わって職員室を出て帰宅する直前、僕とエミリアはハイネリア先生に声を掛けられる。
「二人とも、今日までお勤め御苦労さまでした。明日がお二人の最後の勤務となります」
「……!」
「そうですか……という事は、もう本来の講師の人達が集まったのですね?」
僕が何も言えずにいると、冷静なエミリアはハイネリア先生に質問を返す。
「ええ。それに特別新生学科の生徒たちの増員も決まりました。これも、これまでお二人のサポートで、特別新生学科の生徒達の意欲の向上に繋がった結果でしょう。国王陛下もお二人の働きに大変満足されていましたよ」
「ふぅ、それは良かったです……」
エミリアは目を瞑って肩の荷が降りたような安堵の表情を見せた。
「まぁ、私も何だかんだで楽しかったです。久しぶりの恩師のハイネリア先生と会えましたし……まぁ、説教も改めていっぱいされた気がしますが」
「ふふ、久しぶりの教え子の成長ぶりにアレコレ言いたい事もありましたからね」
「むぅ……」
少し不満げに頬を膨らませるエミリア。
「でも、本当にお世話になりました。私も何だかんだで子供達と一緒に成長出来た気がします。……ね、レイ?」
「……」
「……レイ?」
「……うん?」
僕はハッとして我に返る。
「……どうかしましたか、レイ? ボーッとしていたようでしたが」
「……何でもないよ。ちょっと疲れてるだけだと思う」
「……そうですか」
「レイ先生は頑張って働いていましたものね。子供達にも信頼されてましたし、明日が最後だと思うと名残惜しいのも理解できます」
「……はい」
僕はハイネリア先生の言葉に正直に答える。
「別に今回で会えなくなるわけじゃないでしょう? 先生という立場じゃなくなるにしても、学校に遊びに来て様子を見に来ることだってできるのでは?」
「……だよね」
エミリアの言う通りだ。
実際、手さえ空けば、また会いに行くことは出来る。
だけど……。
「……レイ先生、そのままでいいので私の話を聞いて下さい」
「……?」
真剣な表情で僕を見つめるハイネリア先生の言葉に、僕は困惑しながらも耳を傾ける。
「以前、私はレイ先生にこう言ったのを覚えていますか?」
「……え?」
「レイ先生、
「あ……」
それは、僕が子供達に教えるようになって間もない頃にハイネリア先生に言われた言葉だった。
「あの時は冗談半分に言いましたが、今、その言葉を撤回させてもらいます」
「…………」
「――そして改めて勧誘させてください。
――レイ先生、教師になる道を本気で考えてみませんか?」
「――!!」
「私は、貴方は教師として素質があると確信しています。サクライ・レイさん、貴方はただ力が強いだけじゃない。それ以上に人を惹き付ける魅力も持っている。
それに、あなたは子供達の事が大好きなのでしょう? ……ふふ、私もそうですから気持ちがよく分かりますよ。だからこそ、私は貴方に提案をしているのです」
「……ハイネリア先生……」
「私は子供達を正しく導ける聖職者になろうと努力を重ねてきたつもりです。……ですが全ての子供達を正しく導けたかというと、出来ませんでした。
どうしても、歳の違い、身分の違い、価値観の違い、才能の違い……様々な要因が邪魔をして、正しい道に導くことが出来なかった。
……ですが、レイ先生。あなたは違う。子供達の気持ちを『理解』ではなく『共有』できて、貴族や平民など、身分関係なく分け隔てなく接することが出来る。
それに、何よりも……貴方は偽りなく子供たちの事を心の底から愛してくれている。だからこそ、私は貴方に私と同じ道を進んでほしいのです」
「……僕は」
僕はすぐに答えることが出来なかった。
「すぐに答えを出せないのは分かります。ですが、私はあなたが良い返事をしてくれることを期待しています。返事に何年かかっても構いません。私、ハイネリア・フレンスは、あなたが素晴らしい教育者となってくれると信じています」
ハイネリア先生は、そう言って僕に深々と頭を下げた。
◆◆◆
――――その日の帰宅途中。
ハイネリア先生と別れ、僕とエミリアはエミリアの箒に乗って、夜空の街を飛んでいた。
「うーん、夜空が綺麗ですねぇ……」
「……うん」
「久しぶりに外食でもしますか。ベルフラウとレベッカを誘って王都の高級料理店に繰り出すとか」
「……うん」
「あ、どうせなら女装が似合うレイにドレスを着せていきましょうか。色んな意味で周囲の視線を独り占め出来ますよ」
「……うん」
「レイ、さっきからずっと上の空ですけどどうかしましたか?」
「……うん」
「私の声、聴こえてます?」
「……うん」
「………(イラッ)」
その瞬間、いきなり僕とエミリアを乗せていた箒の飛行魔法が解除され、いきなり高度が急激に下がって落ちていく。
「うわっ!!!!」
急に身体が投げ出された僕はもがくように空中で手足をバタバタさせるが、次の瞬間にはエミリアに片手を掴まれて彼女に引き寄せられる。
エミリアはもう片手に箒を持っており、彼女自身が飛行魔法を行使しているため、僕が地上に落下することは無かった。
突然の出来事に驚く僕だったが、彼女は「はぁー」とわざとらしくため息を付いて僕にジト目を向けて言った。
「……なんだ、ちゃんと聴こえてるじゃないですか」
「って、もしかして今のわざと!?」
「えぇ、勿論」
「酷い!」
「まぁ、レイが私の話をまともに聞いてくれないのが悪いんですよ」
エミリアは僕の手を掴んだまま、そのままゆっくりと地面に降下していく。
気が付くと、そこは僕達が寝泊まりしている宿の前だった。
「それで、どうしてそんなにボーッとしてたんですか?」
「……いや、その……」
僕は俯いて静かに答えようとするが、
「あ、言わなくても大体分かります。ハイネリア先生の言ってた話で悩んでるんですよね」
「……うん」
先に言われてしまった。
「まぁ、レイの将来の話なので、必要以上に口出しするのはどうかと思いますが……どうしたいんです?」
エミリアの言葉に僕は黙り込んでしまう。
「僕は……」
本音を言えば、ハイネリア先生の提案はすごく魅力的だ。先生の言ってた通り、僕は子供達と過ごしている時間が好きだし、これからも続けていきたいと思っている。
でも、自信が無い。
ハイネリア先生は僕を高く評価してくれているけど、僕自身は自分の事をそこまで評価できない。仮に先生の誘いを受けても、先生や子供達に迷惑をかけてしまうかもしれない。そう思うと、簡単に返事をすることが出来なかった。
「……」
僕が何も言えずにいると……。
「……ふむ、なるほど。これは私達の出番かもしれませんね」
エミリアはポンと手を叩く。
「……え、どういうこと?」
「ひとまず宿に入りましょう。で、さっき話してたようにベルフラウとレベッカを連れて何処かのお店に行きましょう」
「……そんな事言ってたっけ?」
「……本当に上の空だったんですね」
呆れた表情を浮かべながら、エミリアは僕を引っ張りつつ宿の中へと入っていった……。
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