第649話 降伏拒否

【三人称視点:レイ、セレナ、ノルン】


「この、男が……『勇者』?」

 セレナはレイと対峙するアンデッドを睨みながら疑惑の表情で呟く。


「うん」

 レイは聖剣を構えたまま彼女の言葉に頷いた。だが、目の前のアンデッドを見据えるその目は相変わらず鋭く細められている。


『か……カカカカッ!! 突然、何を言うかと思えば……!! レイよ、貴様はこの我がそんな善良な人間に見えておるのか?』


 ロドクはカラカラと骨を鳴らしながら大口を開けて笑い出す。


『この姿を見れば……一目瞭然であろうて!!』

 ロドクはカタカタと身体を大きく揺らし、笑いながらそう言った。


 その姿は、とてもじゃないが人には見えない。身体は骨格標本のように細く、全体的に骨と皮だけで構成されており、眼球は無く目のある場所は変わりに赤い光の球が浮かんでいる。


『カカッ! これが人間に見えるというのならば……貴様の目は節穴よ!!』

「……」


 ロドクはそう言いながらレイに近付こうと歩き始めた。

 だが、その瞬間、足下から蒼い光が迸る。


『――ぐぉっ!?』

 骸骨の魔道士は短い悲鳴を上げて後ろに下がった。足元を見ると、いつの間にか聖剣の刃が地面に触れており、彼の周囲には聖なるオーラが渦巻いていた。


 聖剣のオーラは人間には全く影響を及ぼさない。しかし、魔物やアンデッドにはそのオーラだけでも消滅しかねないほどの破壊力があった。今、すぐに後ろに下がらなければ、目の前の骸骨の魔道士もただでは済まなかっただろう。


「僕の質問はまだ終わってない」

 レイは、目の前の骸骨の魔道士を強く睨み付けながら聖剣を男の方に突き立てる。


「確かに、以前にアンタの身体を切り飛ばした時も、他のアンデッドの身体を乗っ取って復活したり、上半身だけで生きていたり、本当に人間離れしてた。今のアンタはどう考えても人間じゃなくてアンデッドだ」


『……』


「でも、僕はアンタの正体に察しが付いてるんだ。今から100年以上前、アンタは『勇者』としてこの聖剣を使って『龍王ドラグニル』と戦い、敗北を喫した。アンタはその時に死亡し、その後アンデッドに成り下がったんじゃないか?」


『……』


「違うか?」

 レイは聖剣を真っ直ぐ構えながら、目の前の骸骨の魔道士に問い掛けた。

 すると、ロドクは静かに笑いだした。


『……ククッ……カカッカカカカカッ!!』


 それは、嘲笑だった。


「……何が可笑しい?」


『……いやはや、仮にこの身が元勇者だとしても、我がアンデッドの時点で既に過去の存在よ。そのような大昔の事を聞かれても困ってしまうな』


 ロドクは骨を鳴らしながら、馬鹿にしたような態度で答える。しかし、その骨がカタカタと鳴る音は徐々に小刻みになっていった。


『だが、貴様の指摘通りだ』


「……」


『我は、今より100年以上過去に、『勇者』と名乗る男と旅に出た。我自身も自分を勇者と名乗った覚えはないが、生前に『二人の勇者』と呼称された覚えがある。だが、大昔の話だ。今の我には、既に過ぎ去った過去であり、今更何の感慨も湧かぬ話よ』


「僕がアンタの正体を知っていて、今こうして問答を持ちかけているとしてもか?」


『ふん、相変わらず洞察力の鋭い男よ。しかし、貴様が我の何を知ってようと関係ない。仮に、貴様が我の昔話を語ったとしても、我が人間の感情を取り戻して改心でもすると思ったか。だとすれば、貴様はアンデッドの事を何も知らぬ愚か者よ』


「……」


『良いか、レイ。我は我が人生を何も後悔しておらぬし、むしろ、人間の身体を捨ててアンデッドとなった現状に満足しておる』


『過去も未来も無いこの身なれば、貴様の敵として立ち塞がる今のみが全てよ』


 ロドクはそう言ってニヤリとむき出しの歯と顎を歪ませる。まるで骨だけの存在とは思えない程表情豊かだ。その髑髏の奥にある赤い光には確かな意志を感じる。


 だが、その力強い言葉は明確な拒否を孕んでいた。

 僕はその感情を理解しながらも、目の前の男に問いかけを行う。


「……僕は、アンタに会いたがってる人を知ってる。アンタを大切な友人と語る人を知っている。……賢いアンタなら誰の事を言ってるか理解できるだろ。

 ―――この場で降参しろ、魔軍将ロドク。僕の最後の温情だ。グラン陛下の友人であるアンタが、これ以上の悪事に手を染めるのを看過できない」


『ふ……カカッ!! やはり貴様は愚か者よ。このロドクが勇者? そんな下らぬ称号、死んだ後には何の価値も無いわ』


「……それが返答か?」

『……くどい!!』


 ロドクはそう言って再びレイに向かって攻撃魔法を放つ。

 しかし、レイは即座に聖剣のバリアで奴の攻撃をいとも簡単に弾き飛ばす。


「……そうか、残念。陛下にアンタの事を聞いて、色々考えた結果、これがアンタと対話できる最後のチャンスだと思ったんだけどな……」


『甘い男よ。こうして敵対して、それでも話し合えると思うていたのか?』


「別に改心までは求めてなかったよ。だけど、せめてどういう経緯で今、アンタが悪に染まったのかせめて聞いておきたかった。今のアンタの事を知らず、思い出を懐かしむグラン陛下を見て心が痛んだよ」


『ふん……答える義務など無い』

「……そう。……なら―――」


 僕は、そう語りながら聖剣の力を引き出して自身の能力を強化する。

 僕の全身に青いオーラが迸る。


「なら、アンタは陛下の思い出の中で眠ってくれ。これ以上、現実のアンタの存在はもう看過できない……この場で消えろ」


『……ほう?』


「僕は、今からアンタをここで倒す」


 レイは聖剣を構えながら宣言した。

 その言葉にロドクは、カタカタと骨を震わせて笑う。

 しかし、その声はどこか楽しげな雰囲気だった。


『カカカカッ。その発言、我を本気で消滅させる自信があると見える』

「……試してみれば分かるよ」


 僕は構えていた聖剣【蒼い星】をロドクに向けた。


「魔軍将ロドク、せめて最期は『アンデッド』ではなく、『人間』として生涯を終えるといい」


『カカッ!! 面白い、やってみよ勇者!!』


 勇者とのアンデッドは、互いに剣と骨の杖を構えて対峙する。

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