第648話 余計な一言
【三人称視点:レイ、セレナ、ノルン】
レイとロドクの一騎打ちが始まりしばらくした後……。ベルフラウ達が向かった方角から、ここまで響くほどの巨大な咆哮と共に、大きなドラゴンが出現した。
「ドラゴン……こんな森の中で……?」
二人の戦いを見守っていたエミリアの姉のセレナは、遠くの空に飛び立つ二匹の竜を目撃し訝しむ。
片方はルナというレイの仲間のルナだ。
セレナは彼女の事をよく知らないが、レイが騎乗していたことから察するにレイの仲間なのだろう。
問題はそれを追いかけるもう片方の深紅の巨竜だ。
セレナはその竜が
しかし、何故こんな場所に? 火龍は火山などの地域に巣を作る生き物だ。少なくともこの国に火龍が住処に出来る様な土地は存在しない。
「ねぇ、ノルン。あの竜は……」
セレナは、隣でちょこんと座っているノルンに話し掛けるが、彼女は小さく首を横に振る。
「勿論、あんなドラゴンがこの森に住んでいるわけない」
「という事は……」
「あの、胡散臭いアンデッドの仕業でしょうね」
ノルンはそう呟きながら、レイと相対しているスケルトンの魔道士、魔軍将ロドクを睨む。
彼らは何度かぶつかり合って攻防を続けるが、お互い腹の探り合いをしているのか睨み合いが続けていた。
『……厄介なものよな。自身の手の内を読まれているとこうまでやり辛いとは』
「それはお互い様だろ。さっきから警戒して全く攻めてこないじゃないか」
『カカカッ! 貴様の我を見る視線が余りにも鋭くてな。迂闊に攻めようとすると、即座に斬り掛かって来そうで気が抜けんのだ。しかし、良いのか? 貴様の仲間は大ピンチのようだが?』
「……僕の仲間はあんなドラゴンなんかに負けないよ」
レイはそう言って魔軍将ロドク睨み返す。
『カッカッカ、大した信頼ではないか!!
……そこの見物人、我に何か言いたいことがある顔をしているようだが?』
「……あら、答えてくれるの?」
ロドクは急に静かになったと思ったら、セレナの方に視線を向ける。
『許可があれば、少しくらい会話に付き合ってやろう。どうだ、ん?』
ロドクは面白がるようにレイに許可を求める。
「……良いけど」
それを聞いたレイは、視線を目の前の髑髏から外さないまま一歩後ろに下がる。
会話しても良い、という意思表示だろう。
それに気を良くしたロドクは、彼女の方にその髑髏の顔を向ける。
「……あの竜はアナタの仕業?」
セレナは目の前の髑髏の男に気圧されないように、目を鋭くして睨み付ける。
『そう睨むでないわ。手駒であるアンデッド共では力不足だったので、我が【召喚魔法】を用いて、【竜の谷】と呼ばれる場所から呼び寄せただけであるぞ』
「召喚……魔法……ですって!?」
セレナはそのワードに驚愕する。彼女の知識において、召喚魔法は既に使い手が存在しない【失伝魔法】と認識していたためだ。
目の前のアンデッドはそれほどの使い手という事か。
『とはいっても、契約には中々苦労したものよ。意思なきゴーレムや死体と比べれば、竜はプライドも高く屈服させるのにも手間が掛かる。かといってやり過ぎてしまえば殺してしまいかねんからな。加減が難しかったわ』
「……加減、ね……」
ドラゴンといえば、生物でも最強格の存在だ。
彼らは50年以上生きると【成体】と呼ばれ、単独で狩りを行うようになる。
更に年月を重ねると【龍王】と呼ばれ、龍王となったドラゴンは人間と同等以上の知性を持ち人語を話せるようになる。あのドラゴンは、【成体】と【龍王】の中間程度と言ったところか。
通常の【成体】のドラゴンと比較すると見た目の変化は乏しいが、内包するマナが大幅に増加しておりその力も相応だろう。仮に、熟練の冒険者複数で挑んでも全滅する可能性が非常に高い。
そんな存在をこの魔道士は『やり過ぎない程度』に手懐けたのだという。少なくとも目の前の存在はあの竜よりも圧倒的に強いという証明でもある。
だが、そんな魔道士と互角に戦っている
セレナは彼が魔王を討伐した『勇者』であるという事を知らない。
彼が先程から勇者という名称で呼ばれていることに気付いているが、言葉通り『勇気ある者』という意味で使われることもあるため実力を測る指針にならない。
セレナが知っていることは、彼が妹のガールフレンドである事くらいである。妹はどうやってこんな規格外な男の子を捕まえたのだろうか。私が居ないところで成長したものだ。
「……流石、私の妹ね」
セレナは、レイとロドクの戦いを見守りながら、妹への尊敬の念を強めた。
「(……妹が絡むとこんな愉快な人だったのね……)」
その隣で、ノルンは苦笑いを浮かべていた。
【視点:レイ】
「……僕からも質問いいか、ロドク」
静かに二人の会話を聞いていた僕はは、剣を構えたまま油ロドクに質問する。
『む……? どうした好敵手よ。貴様と我の仲ではないか。そんな警戒せずともフレンドリーに話し掛けてくれても良いのだぞ?』
「お前とそんな仲良くなった覚えはないっ!! ……じゃなくて」
骸骨の魔道士相手についツッコミを入れてしまったが、気を取り直そうと咳払いをする。
「……アンタ、以前に龍王ドラグニルっていう大昔の竜をアンデッド化させて操ってたことあったよね」
『む? 確かに、それを使って貴様らに襲わせたことがあったが、何故名前まで知っている?』
「本人から聞いた」
『なぬっ……!? ……既に理性など吹き飛んでいると思っておったが……流石、龍王を名乗るだけある』
ロドクは腕を組んで感心したように頷いた。
『して、それがどうしたのだ?』
その質問に、僕は自身の手に持っている剣、<蒼い星>を奴に見せつけながら言った。
「その龍王の腹からこの剣が出てきたんだけど、アンタ、この剣の事知ってるんじゃないか?」
『……カカカッ、我がそんな煌びやかな聖剣を知っておるわけがないだろう』
「……本当? 前にこの剣をジロジロ見てた気がするんだけど」
『物珍しい武器を持っておるから少し興味があっただけよ。何故、そのような事を質問する?』
「別に……元の持ち主は誰なんだろうって思っただけだよ。……ね、
僕は、
その直後、目の前のスケルトンの魔道士は言った。
『カッカッカ、残念だったな。本人は覚えていないそうだ!!』
「………!」
蒼い星は龍王の腹の中から出てきた時は錆び付いてとても聖剣とは呼べない状態になっていた。その後、凄腕の鍛冶師さんの手によって今の状態に復元出来た。
今のように意思を交わすことが出来るようになるまでに時間を要したが、蒼い星自身、過去の事は覚えていないようでそういう会話を交わしたことは殆ど無い。
また、僕と蒼い星の会話は、他の人とは聞こえない。そのせいで、傍からみたら僕が剣に向かってブツブツと呟いてるだけに見えてしまう。
以前に魔法学校で生徒の前でうっかり会話してしまった時に、『レイお兄様、剣に話しかけてる! リリエルもぬいぐるみちゃんと会話するからおそろいー♪』と、リリエルちゃんが嬉しそうにはしゃいでいた。
では、今の僕とロドクの会話に不自然な点が一つ無いだろうか?
少なくとも、僕はその不自然な点にすぐ気付いていた。
それは―――
僕は後ろを振り返り、セレナさんとノルンの方を見る。
「?」
「二人とも、僕は今、誰と会話してたと思う?」
レイはロドクに背を向けたまま、背後に立つ二人に小声で聞いた。
「……誰って……あの骸骨のアンデッドとかしら?」
ノルンは小さく首を傾げるだけだったが、セレナは首を傾げつつそう答えた。
「ノルン、キミにも他に声は聞こえなかった?」
僕のその質問に、セレナさんとノルン二人が頭を傾げる。
「レイ、何が言いたいの? 少なくともここに居るのは私とセレナと、貴方と……そこのアンデッドの四人だけでしょ?」
ノルンもセレナと同じような反応を示した。
「……うん、だよね。二人が聞こえてるはずないんだよ」
そう、聖剣は選ばれたものにしかその声を聞くことが出来ない。それ以外の人間には聖剣の声は届かず、僕が独り言を言ってるようにしか聴こえないはずなのだ。
……なのに。
僕は頷いて、再びロドクに視線を向ける。
「ロドク」
『?』
「――アンタ、さっき
『……!!』
『蒼い星』は、僕以外と会話を交わすことが出来ない。なのに、この魔道士は、『残念だったな。本人は覚えていないそうだ!!』
……と、蒼い星の声が聞こえないと出来ない台詞を言い放った。
何度も重ねて言うが、蒼い星と僕の会話は他の人には聞くことが出来ない。同じ聖剣使いであるカレンさんやグラン陛下ですら聖剣の声を聞いたことが無い。
僕が知ってる限り、声が聞こえるのは僕自身だけだ。
しかし僕が推測するに、例外となる人物が一人いるはずなのだ。
それは――
「……アンタ、この剣の元の使い手だろ?」
『―――っ!!』
例外があるとすれば、『蒼い星の元の所持者』だった場合のみだ。
「……」
目の前の魔道士は、既にアンデッド化しているため表情などでの感情を読むことは出来ない。だが、今の僕の一言で、奴は明らかに狼狽していた。
「ねぇ、レイ。どういう事?」
「さっきから、義弟くんが何の事を言ってるのかさっぱりなんだけど……?」
セレナさんとノルンが困惑したように話しかけてくる。聖剣の声が聞こえない二人は、僕が言ってる事の意図がさっぱり分からなくても仕方ない。
「僕の所持するこの剣……【蒼い星】は意思を持っているんです。そして、蒼い星の『声』は僕にしか伝わらない。なのに、この目の前の男には、『声』がしっかり聞こえてたんです」
「……本当に?」
「ええ、間違いありません」
僕は断言した。
目の前の骸骨の魔道士は、間違いなく蒼い星の『声』を認識していた。
これは間違いない事実だ。
『……ふ、ふむ……』
ロドクは慌てたように顎をカタカタ鳴らして頷くが、既に遅い。
僕は、わざとらしくため息を付いて、はっきりとした声で断言する。
「魔軍将ロドク。アンタ、『勇者』のクセに何故魔王軍なんかに入ってるんだ?」
『…………』
僕の言葉にロドクはピタリと動きを止めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます