第263話 飛行キャンセル

 それからボクたちは山を周囲をぐるりと回り、近くに敵が居ないことを確認してから少し遠くへ飛んでいく。

 連絡用の魔法陣の逆探知の結果、敵は東南の方角から攻めてくるようだ。ボク達はカエデの背に乗って東南の方に向かって飛んでいく。


 カエデの背中に乗りながら指示を出す。

 彼女は大型のドラゴンなので、空を飛ぶスピードが結構速い。あまりスピードを速くし過ぎると、地上の敵を見落としてしまうかもしれないし何より背中にしがみついてるボク達がきつい。


「カエデ、ちょっとスピード落として!」

 ――えーこれでも時速五十キロの徐行運転のつもりだよ?


「いや全然徐行じゃないよ!!」

 ――大丈夫だって。空に障害物はないし自動車に轢かれたりしないからー。


「だから死んだときのトラウマ抉るの止めてってば……」

 何度もカエデに注意して、ようやくスピードを落としてくれた。


「あぁもう、やっぱりこういう時にレイ君が居ないと困るわね……」

 後ろでは、カレンさんがカエデに掴まりながら愚痴っていた。


「レイさん以外、カエデさんと話できませんからねー」

 あはは、とサクラちゃんは笑う。

 ――話が出来ないだけで、言葉自体は聞こえてるんだけどねー。


「そこがちょっと不便だよね」

 ――私としては桜井君とだけ話せるってのが運命を感じちゃうかな。

 ――こんな身体にしてくれた女神様は恨んでるけど、そこは感謝してるよ。


「あ、あははは……」

 ドラゴンの身体といえども、カエデ……楓さんは女の子なんだよね。

 こんな風にストレートに言われるとちょっと恥ずかしい。


 ――桜井君はこっちに来て身体が変化したとかなかったの?

 カエデに言われて、ボクは今の自分の身体をまじまじと見る。


「えっと……前より、身体が小さくなって髪が伸びて、胸が膨らんで……」


 今の自分の状態を改めて確認すると悲しくなってくる。

 これ、本当に男の子に戻るんだろうか……。


 ――あ、転生した時の話だよ。女の子になったのは最近でしょ?

 

「あ、そっちか。女の子になってること以外の話だと、元の世界と比べて運動能力が上がってた気はするよ」


 元の世界だと引きこもりで運動だって殆どしてなかった。でも、こっちの世界に来たら魔物と遭遇して逃げきれたり、きちんと戦闘訓練したら戦えてたりと全然違ってた。

 筋肉痛もあったけど、多分元の身体と比べたら雲泥の差だったと思う。


 ――良いなー、見た目もほとんど変わってないしー。

 ――自分で言うのもアレだけど、結構かわいかったんだよ?覚えてる?


「う……うーん……」

 実は元の世界の事は結構忘れてることが多い。

 両親のことは今でもはっきり覚えてるけど、学校は通ってない期間が長すぎたせいで記憶が殆ど無い。かろうじて楓さんの事を庇って虐められたことが思い出せたけど、顔までは……。


 ――まぁ、無理に思い出そうとしなくてもいいよ。

 ――私は、今のこの姿の方も慣れてきたから、カッコいいでしょ?


「うん、すごくかっこいいよ!」

 ボクの言葉に、カエデは少し笑ったような気がする。ドラゴンの表情は読めないけど、雰囲気で何となく感情の揺れ幅が分かるかな。


「レイさんレイさん! 前見て、まえ!」

 サクラちゃんに肩を叩かれて、言われた通り前を見る。

 すると、ボク達が飛んでいこうとしている方向から少し離れた場所に何かが飛んでいる。

 最初は、鳥かと思ったんだけど……よく見たら大きい。


「あ、あれって……」

「ワイバーン……ね。結構強力な魔物で、本来はあんな風に群れて行動しないはずなんだけど……」

 カレンさんも呟く。

 ワイバーンは小~中型サイズのドラゴンだ。大きさは体長4~7mくらいで、成長してもさほど大きくはならない。普通のドラゴンより軽く機敏に動き、飛行能力に優れると聞いている。


 ドラゴンらしく炎のブレスやそれを固めたような火球を口から放つなど、普通に戦ってもかなりの強敵だ。単体でも討伐難易度はそれなりに高い。新人冒険者ではどうしようもなく危険な相手で、中堅冒険者でも単独ではまず勝てないため複数人で挑むのが前提とよく言われる。


 ちなみに、強いワイバーンの報酬金額は大体金貨十枚らしい。大きさや体の色によって上下するんだとか。ドラゴンなので報酬はかなり高めだけど、ドラゴンスレイヤーの称号を得るには足りない。


 そんな相手にボク達三人は向かっていっているわけだが、眼に映る数だけ計算しても間違いなく二十を超えている。正直、ボク達でも正面から戦って勝てるような数では無い。


 おまけに空の上だ。剣を構えたところでロクに攻撃が出来ない。


「先輩、あれよく見たら何か乗ってませんか?」

「えっ?」

「本当、サクラちゃん?」


 皆で目を凝らしてワイバーンたちの姿を凝視する。

 すると確かに、その背に人にしてはやや小さい何かが掴まっている。


「まさか……あれ」

「多分だけど、ゴブリン……よね。しかも、ちゃんとした鎧を付けてるわ」

 カレンさんが言ったように、ワイバーンに乗っているのは武装したゴブリンだった。しかも、よく見たら椅子まで付いてる。通常のゴブリンと色が違うのでおそらく上位種だろう。


「もしかして、あれがこっちに向かってきてる魔王軍!?」

「その可能性は高いわね。あいつらが向かってる方向、雷龍……カエデさんが住処にしてた山の方角よ」

 どうやらついに目的の魔王軍を発見出来たようだ。


「他に、魔物は?」

「んー、ここからだと分かんない……」

「もしかしたら地上の方にも居るかもしれないけど、まずはこいつらをどうにかしましょう」

 そう言って、カレンさんは聖剣を鞘から解き放つ。


「え、先輩、もしかして……」

「こっから聖剣技ぶっ放すつもりですか!?」

 ボクとサクラちゃんは屈み込んで耳を抑える。


「ちょ、ちょっと待ってよ、まだ心の準備が……きゃあっ!!」

 ドォン!!と、閃光と同時に爆発音が鳴り響き、衝撃が走る。

「うぅ……」

「あ、あはは……。相変わらずの威力ですねー」

 サクラちゃんは苦笑いしながら、正面を見ると、上空を飛んでたワイバーンの数体が巻き込まれたのか地上へ落ちていく。

 その際、騎乗していたゴブリンも宙に投げ出され、下の地面に叩きつけられていった。

 しかし、カレンさんのその攻撃でボク達に気付いたワイバーンたちは、奇声を上げながらこちらへ向かってきた。


 ――こっち向かってくるよ!桜井君、どうする!?


「数が多いし、これは一時撤退かなぁ……」

 遠距離攻撃出来る手段が限られ過ぎている。


 ――分かった。じゃあ、旋回しつつ逃げるねー!


「お願い!」

 そこからカエデは速度を上げて離脱する。

 しかし、そう上手くはいかなかった。


「あのワイバーン、全部追いかけてきてますよー!?」

「えっ!?」

「これは、やぶ蛇だったかしら……ちょっと反省ね……」

 気付いた時には、ワイバーンは全てこっちに向かって飛んできていた。

 ワイバーンと、その背に乗っているゴブリンは何か奇声を発しながらこちらに向かって叫んでいる。


「まさか全部追っかけてくるとは……」

 何かぎゃあぎゃあ言ってるけど、人語を話さない言葉は分からない。


「カエデ、何言ってるか分かる?」

 ――ゴブリンの方は分からないけど、ワイバーンの言葉は分かるよ。

 ――えっと……「逃がさないぞ」「捕まえろ」とか言ってるみたいだけど。


「完全に怒らせちゃったみたいだね……」

「言ってる場合じゃないですよ! このままだと追いつかれちゃいます!」


 カエデの飛行速度は早いが、身軽な分ワイバーンたちの方が少し早い。

 単純にボク達三人が乗っているのが理由かもしれない。


「そうだ! 私が魔法で一気に倒しちゃえば!?」

 サクラちゃんは名案とばかりに、魔法を詠唱し始める。


『―――風の精霊さん、お願い………!』


 サクラちゃんは目を瞑って右手を前に構える。

 彼女の周囲は柔らかな風を纏い、徐々に彼女のマナが高まっていく。


『――私の身に眠る風の精霊よ、私の願いを聞き届けて!

 私が望むのは一陣の風、顕現するは、敵を打ち払う激風……!!』


 彼女の詠唱が紡がれるたびに周囲のマナが彼女を守るオーラのように覆っていく。通常マナは見えないものだけど、その量が膨大なせいか目に見えるほどのマナを感じる。


「カレンさん、この魔法って……!」

「サクラの一番得意とする攻撃魔法よ。確かに、これなら……」 


 カレンさんは呟く。サクラちゃんから普段感じる魔力は今のボクとそこまで差が無かったけど、詠唱し始めたと同時に魔力が膨大に膨れ上がっている。おそらく精霊魔法によるブーストだ。これから放たれるであろう彼女の魔法は、エミリアの極大魔法と拮抗するだろう。


「無意識に身体浮いてるし、以前見た時よりも格段に魔力が上がってるわ」

「え、浮いて……? あ、本当だ……」

 飛行魔法を使用しているときのように彼女の身体が浮いている。

 無意識のうちに飛行魔法を使用しているのだろう。


「いや、ちょっと待って、サクラちゃん?」

 今カエデの背中に乗って空を高速移動中なんだけど……。


「どうしたの? ……あっ」

 カレンさんも気付いた。

 浮いているせいで移動中のカエデの背中から少しずつサクラちゃんだけ離れていってしまっている。両手でカエデの背中を掴んでいるけど、このままだと…….


「ちょっ!? サクラちゃん、置いてかれてる!!」

「さ、サクラ! 私の手に掴まって……!!」

 カレンさんが必死になって、彼女の手を強引につかみ取る。


「私の前に立ち塞がる敵達に――――って、きゃっ!?」

 それに集中力を乱されたのか、サクラちゃんの詠唱が中断されてしまう。突然強く手を掴まれて驚いた彼女は、改めて自分の状態に気付いてしまった。


 サクラちゃんは自分の体を見下ろして、困惑した表情を浮かべた。

「え、え? 何ですかこれぇ!? 体が勝手に動いて……!」


 しかし、身体が浮き上がっていたのも魔法の影響だったのか、詠唱を中断してしまったせいで彼女に集まっていた魔力が霧散してしまう。

 同時に今まで浮き上がっていた身体に、通常通り重力が働き、そのまま……。


「う、嘘ぉ!? きゃあぁっ!!」

「サクラーーーーッ!!!」

 サクラちゃんは悲鳴を上げながら地上へと落下していき、カレンさんも一緒に空へと投げ出されてしまう。



「ふ、二人ともっ!」

 ――ちょっ!? この高さで落ちたら……!!


 カエデが必死になって旋回して、

 下に落ちていく彼女達を救援に向かおうとするが……!!


「カエデ、前っ!!」

 ――えっ!?

 迫っていたワイバーンたちが一斉に炎球の攻撃を放ってくる。


「カエデ、ちょっと頭借りるよっ」

 ――きゃん!?

 咄嗟に剣を取り出し、カエデの頭の上に飛び乗って剣を一閃させる。同時に、魔法を発動させ、カエデに迫っていた無数の火球を振り払って反撃する。


 これで、一旦攻撃は凌げたけど―――!


「――カレンさん、サクラちゃん!!?」

 ボクは大声で叫びながら、下に落ちた彼女たちをカエデの背中に乗りながら地上を食い入るように睨み付ける。


 すると、地上から約20メートル程度の高さ、およそ森の上辺りで、彼女たちがふわふわと漂いながらパラシュートのように下降していく姿が見えた。


 彼女達はこちらを向きながら、ボクの方に手を振る。 


「そ、そっか……サクラちゃん、飛行魔法使えたんだっけ……」

 突然の事だからすっかり忘れていた。ボクはホッとしながら、安堵のため息をつく。


 二人はそのまま森へ降下していく。

 地点が分かっていれば、カエデに乗って迎えに行けるだろう。


 ――ふぅ、びっくりしたねー。

「本当だよ……だけど、今はボク達もピンチだよ」

 サクラちゃん達が別行動になってしまったおかげで、ボク達もワイバーンの群れから逃げることが出来なくなってしまった。ワイバーンたちは足を止めたボク達をぐるっと取り囲んでいる。


 ――どうする? 一気に上空に飛べば包囲網を抜けられると思うけど……。


「……カエデ、こいつらを引き付けて上空に逃げてくれる? ボクは二人が気になるから森に降りてみるよ」

 ――それは良いけど、この高さだと危ないよ? 桜井君も飛行魔法使えるの?


「使えない。だから、一旦カエデは森の上空スレスレまで降りてくれると助かる」

 そう言いながらボクは、二人が降下した森の西側を指差して言った。


「ボクが二人と合流したら、あの地点まで二人を連れていくよ。そこでもう一度合流しよう」

 ――うん、分かった! 高度を下げるね!


「気を付けてね!」

 カエデは翼を広げて羽ばたかせ始めると、ボクの指示通り西に向けて低空飛行を始めた。

 その隙を狙って、数匹のワイバーンが空中から襲い掛かって来た。


「悪いけど、今忙しいんだ! ――剣よ、雷撃を纏え!<上級電撃魔法>ギガスパーク!!!」


 ボクは魔法を唱えながら、カエデの背中から飛び降りる。

 そして、魔法が発動し、周囲一帯に電撃が迸る。


 ――ギィイイッ!?

 ワイバーンたちの身体を電流が駆け巡り、次々と地面へと墜落していく。


「それじゃあ、カエデ、また後でね!!」


 ボクが飛び降りた直後に、カエデに声を掛ける。

 降下しながら風魔法で地面への衝撃を緩和し、地上へ降り立つ。


 地面に着地してから、上空を見上げて、カエデが再び高度を上げてこの場から飛び去って行く姿が見えた。それを追ってワイバーンたちもカエデを追いかけていく。


「ほっ……良かった。こっちを追っかけてくることは無さそう」


 あとは二人を探して、カエデと合流してみんなの元に戻らないと……。

 あれから結構時間が経ってるはず。

 ボクは、走り出して早速二人を探し始めた。

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