第262話 年上弄り
翌朝――
三時間程度休んで起床してから、テントの傍でエミリアと隣り合って座って相談をしていた。他の皆も各々話し合っている。
「魔王軍がこちらに攻めてくるまであまり時間がありませんね」
連絡用の魔法陣から盗聴した情報によると、残り一時間強といったところだ。
今のところ変わった様子はないけど時間の猶予はあまり無い。
「……敵が迫ってくるまで、あと一時間ちょっとか」
「魔物の姿は今のところ見えないですけど、こちらから確認出来ないような場所に陣取っている可能性も考えられますね」
「それって例えば?」
「例えば……森の中とか、遮蔽物のある場所とか?」
「そっか、なるほど……」
となると、あまり悠長にしてはいられない。
待ち構えて策を練るという形で話し合っていたけど、もし敵が近くまで来ているなら、こっちから攻めていった方が良いのではないだろうか。
ボク達は少人数ではあるけど、カエデという強い味方がいる。雷龍である彼女なら戦闘力も高いだろうし、不測の事態でも対応できるはずだ。
「レイ、何か危ないこと考えてません?」
「ぎくっ」
エミリアに心を読まれてしまったようだ。
「ちょっと、カエデと一緒に周囲の様子を探ろうかなって……」
「駄目です。そんな事したら、レイはきっと無茶します」
「でも、待ち構えているだけだと……」
「……」
「どうしてもだめ?」
ボクは真剣な目でエミリアを見つめる。
すると、エミリアは何故か少し顔を赤らめてから目を背けて言った。
「……少なくとも一人では危険です」
「今、何で顔を赤くしたの?」
「う、うるさいですね!! 怒りますよ!!」
「えぇ……?」
エミリアが突然癇癪を起したので平謝りして、話を続ける。
「悪かったよ。でもすぐに戻ってくるから」
「……絶対に無理をしないって約束してくれるなら良いですよ」
「うん、分かった!」
「ウィンドさんにも許可を貰ってください。それと一人か二人連れていくことが条件です。それなら私はこれ以上は何も言いません」
「了解だよ。じゃあちょっと行ってくるね」
というわけで同行者を選ぶことになった。
ボクは立ち上がって、何かの作業をしていたウィンドさんに声を掛ける。
「ウィンドさーん。周辺に敵が来てないか探りたいんですけど」
「一緒には行けませんが、レイさんが行くのは構いませんよ。危ない目に遭わないように立ち回るようにしてくださいね」
「ありがとうございます。でも、なんで一緒に行けないんです?」
「避難が済んで無人とはいえ、魔物の襲撃で村に被害を出すわけにはいきません。私は村の周囲に結界を張るつもりでいるので、離れるわけにはいかないのです」
「ああ、なるほど……」
そういう話なら別の人を誘った方が良さそうだ。
「では、私は先に降りていますので」
ウィンドさんは崖に飛び出して、飛行魔法を使ってゆっくりと降りて行った。
そのまま麓の村まで移動するつもりだろう。
「うーん、誰にしようかな」
最初、ウィンドさんを誘ってみるつもりだったのでアテが外れてしまった。
なので、次は誰を誘おうか考えていると――
「はい!」
突然、目の前に元気よく返事する女の子が現れた。
サクラちゃんだった。
「サクラちゃん? 一緒に行きたいの?」
「敵がこっちに襲い掛かる前に一気にやっつけるんですよね! 先手必勝です!」
「え!? いや、その……」
実は、無理しないと言いつつ自分も同じ事を考えていた。
まさかサクラちゃんも同じ考えとは……。
「違うんですか?」
「いや、違わなくもないけど……」
「???」
ボクの言葉に、サクラちゃんは首を傾げる。
どうしようかと考えてみるけど、同じ目的を持っているなら好都合だ。
彼女を誘うことにしよう。
「それなら、サクラちゃんも一緒に行こう」
「わぁ、よろしくですね♪ 久しぶりに二人で冒険です♪」
「まぁカエデもいるけどね」
「えへへ、そうでした」
サクラちゃんとほんわか話してると、
「それは聞き捨てならないわね。 サクラが行くなら私も行くわ!」
何故か妙にテンションが高いカレンさんも乗ってきた。
「先輩も?」
「一応形としてはカエデの背に乗って敵の偵察だよ?」
「分かってるわよ。でも、敵と交戦する可能性があるなら私も行くわ」
どうやらカレンさんはボクとサクラちゃんを心配してくれてるようだ。
やっぱり面倒見の良い人だなぁ。
「それにしても先輩、元気ですね。どうしたんです?」
サクラちゃんは、首を傾げながら言った。
すると、カレンさんは指をもじもじさせながら言った。
「……久しぶりにサクラと一緒に戦えるから気分が乗ってるだけよ。悪い?」
その言葉を聞いて、ボクとサクラちゃんがニヤニヤし始めた。
「せんぱい、かわいい♪」
「カレンさん、見た目クールなのに中身は素直で可愛いよね」
「そうそう、普段大人びてるんだけど、時々私に甘えたりしてくるんですよ♪」
「え、甘えて? どんな風に?」
「それはですねぇ――」
サクラちゃんがそこまで言おうとしたところで、
「や、やめて、恥ずかしい!!」
カレンさんは居た堪れなくなったのか顔を真っ赤にして両手で顔を隠しながら言った。
「先輩ってば、もう冗談なのにー」
「うぅー……この子、酷いわ……」
どんな風に甘えてるのか凄く気になる……。
「えっと……それで、私は一緒に行ってもいいのかしら?」
カレンさんはまだ頬を染めた状態だったが、少し遠慮気味に聞いてきた。
「うん、カレンさん頼りになるし助かるよ」
「そ、そう?」
カレンさんは少し照れたように言った。
それをサクラちゃんは微笑ましそうに見ている。
こうして、サクラちゃんとカレンさんとボク、それにカエデの三人と一匹で敵の偵察を行う事になった。
――余談
「……カレンお姉ちゃん」
何となく、サクラちゃんの前でカレンさんをお姉ちゃん付けで呼んでみた。
「!?!?!?」
カレンさんはボクの突然の言葉に絶句している。
「え、お姉ちゃん? レイさんって先輩のことそう呼ぶんですか?」
「うん、前に私をそう呼んでいいって言ってくれたから」
サクラちゃんは、ボクの言葉が意外すぎたのか、目をパチクリさせながらカレンさんを見た。
「……お姉ちゃん?」
「うっ……」
サクラちゃんがカレンさんを揶揄うように言った。
「もしかして、サクラちゃんも呼んでたりする?」
「幼い頃は大体『カレンお姉ちゃん』って呼んでましたよ。
今はたま~に呼ぶくらいです。ね、カレンお・ね・え・ちゃん?」
サクラちゃんはカレンさんの耳元で囁くように言った。
何かちょっとドキドキする……。
「うぅ~……違うの!!」
カレンさんは顔を赤くしながら言う。何が違うのだろうか。
「先輩、結構寂しがり屋なので……気安く話し合える人が恋しいのかな?」
「なるほど、だからカレンさんはボクに優しかったんですね」
ボク自身もカレンさんに対しては割と積極的に話すようにしていた気がする。早く打ち解けたかったのもあるけど、カレンさんって何故か傍に居てあげたくなる気持ちになるんだよね。
「でも、レイさんとそこまで親密な仲だったなんて……」
「親密かどうかは分かんないけど、それにカレンさんって百合疑惑が――」
「わあああああああああ!!」
「わっ!?」
カレンさんが突然叫んで会話に割り込んできたので驚いてしまった。
「さ、サクラ、今の聴こえてないわよね!? ねっ!?」
「え? あ、はい」
「よ、良かった……!」
……もしかして、百合疑惑はサクラちゃんの前では禁句なのだろうか。
そんな風に思っていると、カレンさんはこちらを振り向いた。
そして、満面の笑みで言った。
「……レイ君、カレンお姉ちゃんと向こうで話し合いましょうか……」
「ヒィ!?」
笑顔なのに何故か声が低くて怖い!!
「あ、その、ボクも言い過ぎました。だから許して……」
「あはは、何謝ってるの? 私は、レイ君とお喋りしたいだけよ」
そのまま、カレンさんは持ち前のパワーでボクを引っ張って連れていかれた。
そこで、『サクラの前では百合がどうこうとか禁止』と厳命された。
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