第261話 戦いの前夜
ボク達は、リゼットちゃんと合流してから村の外に出た。
周囲は既に暗く、地上からは魔王軍が進軍してくる様子は分からない。
以前の場所に戻ると、その場は誰も居なかった。
「おや、待機なさってるはずのカエデ様がいらっしゃいませんね」
「本当だ……どこに行ったんだろう」
カエデに待機してもらって一時間くらい経っている。
想像よりもずっと早く戻れはしたけど、カエデには退屈だったのかも。
「仕方ない、ちょっと待とうか。すぐ戻ってくるかもしれないし」
「そうでございますね」
ボクとレベッカはお互い頷いて、近くの岩場に腰を下ろした。
続いて、リゼットちゃんも腰を下ろす。可愛らしく地べたで女の子座りだ。
「ところで、リゼット様。本来のお名前はサクラ様とお聞きしたのですが……」
「えっ!? レベッカさん、何故それを?」
リゼットちゃんは隠していた名前を看破されて驚いているようだ。
「ボク達、カレンさんと一緒に行動してるから、色々と……ね」
「先輩と? ……えっと、それってもしかして勇者の事も知ってたりします?」
「うん……」
「あはは、そうだったんですね。先輩が最近、重要任務を達成して行動を共にしていると聞いたことありましたけど、つまりレイさんがってことです?」
重要任務というのは<もう一人の勇者を探す>という事だろう。カレンさんに色々話してもらった時に言っていたことだ。ボク達に自覚は全く無かったけど。
「そういうことなら、私の事はサクラで構いませんよ」
サクラちゃんは、笑顔でそう言ってくれた。
「じゃあ、サクラちゃん、よろしくね」
「では、わたくしはサクラ様と」
ボクとレベッカは改めてサクラと呼んで、互いに自己紹介をした。
そうして、ボク達は互いの事を話し合ってカエデを待つことにした。
「ところで、カエデさんってどんな人なんですか?」
サクラちゃんは興味深そうにカエデのことを訊いてくる。
「……何と言えばよいのでしょうか」
「そ、そうだね……」
「?」
ボク達二人が言葉に詰まると、サクラちゃんは不思議そうな顔をして言った。
「もしかして、何か言いにくい事情とか?」
「うん、まぁ……」
「言いにくいというよりは、信じて貰えそうにないので……」
「??」
カエデがドラゴンだと言っても流石に困惑するだろう。
と、そこにボク達の真上に何かが通過した。
一瞬、夜の僅かな明かりが影で消えて周囲に風が吹く。
「えっ? な、何?」
サクラちゃんは魔物がもう現れたのかと一瞬身構える。
しかし、ボクとレベッカはすぐに気付いたため、空を見て手を振った。
――桜井くーん、お待たせ―!!
空からバッサバッサと翼を羽ばたかせながら、雷龍であるカエデが降りてきた。
何故か尻尾を丸めている。何か尻尾で縛って動けなくしているようだ。
「ら、雷龍!? なんで、こんなところに!?」
突然目の前に現れたドラゴンにサクラは驚きを隠せないようだ。
そっか、サクラちゃんはこの子と会ったことがあるって言ってたね。
「あぁ、大丈夫だよ。この子は味方だから」
ボクはそう言ってサクラちゃんに笑いかける。
「???」
サクラちゃんは大混乱中だ。
――ねぇ、桜井君。その女の子誰?
「サクラちゃん。ウィンドさんのお弟子さんでカレンさんの後輩だよ」
ボクは簡単にサクラちゃんを紹介した。ちなみに、相変わらず雷龍のカエデの声は他のみんなには聞こえていない。どうにかならないかな、これ。
「あの、レイさん、どういうこと?」
「説明すると長くなるんだけど、色々あってボク達の仲間になってくれたんだ。もう暴走する様なことはないし、大丈夫だよ」
「そ、そうなんですか……?」
サクラちゃんは雷龍のカエデにおそるおそる近づく。
――なんか、凄く警戒されてるね。
「警戒されるのは仕方ないよ……」
「カエデ様は見た目は普通のドラゴンでございますからね」
ボクとレベッカは苦笑しながら話す。
レベッカには聞こえてないはずだけど、ボクの言葉で察したのだろう。
「えっと……色々あったけど、よろしくね。カエデ……さん?」
サクラちゃんはちょっと遠慮気味に話す。
少なくとも、敵でないことは分かってくれたようだ。
「サクラ様、色々とは?」
「んーと……実は、雷龍さんが暴走中に何回か戦ったことがあって……」
「ああ……そういうことか」
――暴走中? 実は、暴走してる時ってあんまり覚えてなくて……。
カエデ自身は身に覚えが無いらしい。
もし覚えていたらギクシャクしていただろうから、ある意味幸いだ。
「そうなんだ。でも、もう暴走することは無いから大丈夫だよ」
「そ、それなら良かった……。
あの、ごめんね……極大魔法とかぶつけちゃって……。痛くなかった?」
割ととんでもない戦いをしていたようだ。
っていうか、サクラちゃん極大魔法使えるのか……。
しかし、カエデはというと記憶が無いので謝罪に困惑している。
――うーん、話が通じないのってちょっと不便だね。
――私は覚えてないから気にしなくていいって伝えてくれる?
「分かった」
ボクはサクラちゃんに、気にしなくていいという事を伝える。
サクラちゃんはホッとしたようだ。
「というか何でボク以外と話せないの?」
カエデがボクと話せるようになったのは契約以前の時からだ。
つまり<契約の指輪>は無関係という事になる。
――わかんない。でも、どっちかというと桜井君が特別なんだよ。こっちの世界で何度か人に話し掛けたことあるけど、誰も理解してくれなくて怯えてたから。
「あ、そっか……。理由は何なんだろうね」
――しいて言えば、愛かな?
「何でそこで愛っ!?」
「えっ?」「愛……?」
しまった、つい突っ込んでしまった。おまけに、カエデの声が周りに聞こえてないせいで、ボクが総突っ込みを受ける羽目に……。
「もう、変な事言わないでよ……」
――別に変な事じゃないんだけど……まぁ、いいや。
――さっき、怪しい奴を見つけてね。捕まえてきたよ。
カエデはボク達に背を向けて自身の尻尾を向ける。
すると、そこにはカエデの尻尾に縛られて動けなくなっている魔物の姿があった。
「くそっ……! は、離せ――!」
カエデに掴まっている魔物は、悪魔系の魔物だった。
「こいつ、アークデーモンじゃないか!」
「こんなところに悪魔が……! 師匠の話は本当だったんだね……」
「敵の残党でしょうか?」
――私がさっき暇だったら夜空の散歩してたらこいつが飛んできててね。
――どうやら、敵の偵察兵だったみたいだよ。
「カエデ、お手柄!」
――えへへー、桜井君に褒められたー!
「レイ様、カエデ様はなんと?」
「どうやらこいつ、魔王軍の偵察兵みたいだよ。何か情報握ってるかも」
「えっ、偵察兵!?」
「ならば、情報を吐かせねばなりませんね……」
しかし魔物は口を割ろうとしなかった。
「仕方ない、カエデ、このまま頂上まで飛んでいける?」
――出来るけど、どうするの?
「ボク達じゃ口を割らせるのは無理そうだからウィンドさんに任せるよ」
――あー、あの人ならやりそうだもんね。
「その言い方もどうかと思うけど……」
――オッケー、じゃあみんな背中に乗って!
ボク達は、この魔物を連れて山の頂上まで戻ることした。
◆
それからボク達はカエデの背中に乗って頂上まで戻ってきた。
「せんぱーい、久しぶりですー」
「サクラ! 元気だった!?」
カレンさんとサクラちゃんは久しぶりに会ったので嬉しそうに話していた。
サクラちゃんを見つけた瞬間抱き付いてたし、やっぱ好きなんだねぇ……。
「レイくん、お疲れ様」
「うん、ただいま姉さん」
ボクは姉さんや皆に挨拶してからウィンドさんに声を掛ける。
そして、村の避難を終えたことと、敵の偵察兵と思われる魔物を捕縛したことを伝えた。
「ほほう、敵の……カエデさんお手柄ですよ」
山の山頂に戻り、早速ウィンドさんにこの事を伝えると、ウィンドさんは目の色を変えて魔物に詰寄った。
「な、何されようが俺が何も情報を流さねぇぞ!!」
「構いません。あなたから話をしたくなるようにさせてあげますよ。……それでは
ウィンドさんはその魔物を
――十分後、ウィンドさんは一人で戻ってきた。
「お待たせしました。大した情報は持っていませんでしたが、いくつか聞きだしてきましたよ」
「お、お疲れ様です。……魔物はどうしたんです?」
「知りたいですか?」
「いえ、訊いたら後悔しそうなので止めておきます」
アークデーモンから聞きだした情報は二つだった。
「まず、あの連絡用魔法陣の声の主は『魔軍将ロドク』だそうです」
「ロドク……」
「そいつの手下たちが襲い掛かってくるというわけね」
カレンさんに拳を握りしめながら言った。
「そういう事になりますね。二つ目の情報ですが、敵の目的は『雷龍の討伐』及び、万一、魔軍将サタン・クラウンが人間に倒されていたことを考慮して、麓の村の人間を襲撃する予定だと」
「なんで、それで村を……?」
「村の人間が冒険者達を匿うのでは、と想定したのでしょう」
ウィンドさんはそう推測して答える。
「もしかして、私達の事に気付いていたのかしら?」
「さぁ、それは分かりません。……が、可能性の一つとして警戒されているのかもしれませんね。……レイさん、サクラ、村の人々の避難は終わっているのですよね。それならば、ひとまず命の危険はないと思うのですが……」
ボクとサクラちゃんは二人して頷いた。
「でも、村が壊されるわけにもいかないですね。師匠」
「となると、あっちにも戦力を回した方が良いのかな」
二面作戦となると、少人数での対応も難しくなる。
「その辺りは後で考えましょう。
ひとまず、今の私達は疲労しています。今のままの状態で戦うのは難しい」
「そうね、少し休みましょう」
◆
ボク達は少し離れた山の中の森まで移動した。
ここならば、周囲から見えにくいし野営も出来るだろう。
ためにも、ボクたちは身体を解して休息を取ることになった。
簡易的だけど、木の実やキノコなども食べられる。
他にも干しパンや粉のスープなどで少しでも栄養が欲しい。
そして、ボク達はその材料で食事を取ることにした。
ちなみに、カエデはその辺から自分で獲物を狩っていた。
イノシシのような魔物だった。中身に反して見た目通りワイルドだ……。
その食事中の話――
戦闘前だというのに、ボク達は意外と和やかな雰囲気だった。
「それにしてもカレンさん、久しぶりにサクラちゃんに会えたのに普通だね」
ボクは直球で思ったことを聞いてみた。
「それ、どういう意味よ。レイ君」
「え、だってカレンさんってサクラちゃんの事が――」
「や、やめなさいよ!」
好きなんじゃ……と言い終える前に、カレンさんに止められた。
「あはは、冗談だよ」
まぁ、すっごく気になってたから言ってみたんだけど。
「もう……びっくりさせないでよ。というか、もう私ずっと誤解されたままよね……」
「誤解って何です? 先輩が私の事好きなのは知ってますけど……」
サクラちゃんは不思議そうな顔をして言った。
「ちなみに私も先輩の事好きですよ?」「――!!」
そのサクラちゃんの言葉にカレンさんがビクッってなった。
この子は、そういう意味で言ってるのか分からないな。
レベッカと似た感じの天然か、それとも……。
「あー、もうこの子は!」
カレンさんはサクラちゃんに怒りながらその身体を抱きしめた。
喜んでるのと恥ずかしいが混在した結果、怒ってるように見えるのだ。
「あはは、カレン先輩可愛いー」
サクラちゃんが楽しそうに笑う。本当に仲良いね……。
二人とも可愛いから、見てて癒される。でも、ちょっと妬けるかも……。
「……緊張感がありませんね。このメンバーは」
ウィンドさんはジト目になりながらパーティを眺めている。
逆に、他はみんな纏まって騒いでるのに、ウィンドさんだけ若干離れた場所で独りぼっちでキノコ食べてるもんだからハブられているようにも見えなくもない。
「ウィンドさん、一人で寂しそうですね」
「喧嘩売ってるなら買いますよ……エミリアさん」
「あ……いえ、ごめんなさい」
エミリアは大人しく自分の座っている切り株に戻っていく。
ウィンドさんは冷静に見えて、案外キレやすい。
「レイくーん! このキノコ、食べると舌がビリビリするの……」
「えっ!? それ毒キノコだよ! 姉さん、ペッってして!」
姉さんが変なもの食べたので、回復魔法で毒消ししてあげた。
「レイ様、キノコのスープです。お召し上がりくださいませ」
「ありがとう、レベッカ」
ちなみに、カエデは森の外で体を丸めて眠っている。
雷龍が傍にいれば、野生の魔物や魔獣はまず近づいて来ないだろう。
そして、ボク達は結界を敷いてその場で睡眠を取ることになった。
傍に雷龍が居るという事で見張りは不要と判断した。皆、疲労が溜まっており、その日はすぐに寝入った。
そして、夜は更けていく―――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます