第340話 弱そう
抽選を終えた後、観客席に戻ると、
いつの間にか戻ってきていたサクラちゃんが観客達に呼びかけを始めた。
彼女の恰好はメイドのままで着替える時間が無かったようだ。
「皆様、お待たせしました! ただいまから本戦前半の開始を宣言します!!」
すると歓声が上がった。
参加者の中には「あれ、さっきのメイドじゃん?」とか声が聞こえた。
「これより、本戦前半の試合が始まります。
前年は本戦以降はトーナメント形式でしたが、今年は参加者が多かったため、前半は予選と同じくチーム形式で行われます」
どうやら、去年までは予選を勝ち抜いた上位32名によるトーナメント方式で行われていたらしい。
「それでは早速第一回戦を始めましょう。
まずはAブロック対 Bブロックです!!
それぞれ四名をこちらから選出させていただきました!!」
そして、それぞれのブロックごとに参加者が集められる。
「えーっと、ボク達は……」
ボク達はAブロックなので、当然最初の方になるはずだけど――
「あ、ここに張り出されておりますよ。レイ様」
レベッカがこちらに向かって手招きをする。
「ありがと、レベッカ。どれどれ……」
掲示板には、こう張り出されている。
Aブロック 1回戦、参加者
サクライ・レイ
サクライ・ベルフラウ
エミリア・カトレット
レベッカ
Bブロック 1回戦、参加者
シグルド・イレイ
ナハルト・ズイーガー
リキッド・チャンパー
オニキス・ザイード
「………」
「これは……」
「なんというか……」
「意図的ね……」
Aブロックの参加者は見事にボク達4人だった。
「(やっぱりさっきの抽選って……)」
こうやって意図的に集められてると考えるなら、意図的に操作されていると考えた方が自然だ。
しかし、誰が何のためにそんなことを?
「(まさか、サクラちゃんが?
いや、抽選を操作した実行犯だろうけど、サクラちゃんに命令した人がいるはず。だとしたら……)」
頭の中で犯人を思い浮かべる。
すると、頭の中に見た目は幼い少年なのに、中身は大人だったあの人が思い浮かんだ。
それと、もう一人。ボクをこんな体にした緑の魔道士さんだ。
「(うーん、嫌な予感がする……)」
……なんて考えていると、
「それではAブロックの出場の皆さんはこちらへ。
他の方は観客席へ移動してください」
「あ、はーい!」
ボク達はコロシアムに向かうことにした。
◆
ボク達四人はコロシアムの階段を登っていき、中央まで歩く。
反対方向からはBブロックの四人がこちらに向かって歩いてくる。そして、ボク達は約一五メートル程度の距離が離れた状態で向かい合う。
どうやら、ボク達と向かい合っている彼らが対戦相手のようだ。
「ルールは簡単、勝ったチームが二回戦に出場出来ます!!
それでは、第一回戦、Aブロック対Bブロックの試合を開始します!!!」
司会者のサクラちゃんの声が響き、同時に戦いのゴングが鳴る。
「(とりあえず、相手の様子を見ようかな……)」
相手側の先頭にいるのが、戦士のような格好をした赤髪の男性だった。
身長は約180cmくらいだ。女の子の身体になっているボクと比較して体格の差が大きすぎる。
「(……うん、彼が一番強そうかな)」
他の人は、軽装の短剣使い、黒いローブを着た魔法使いさん、それに武器を持たないおそらくモンク職の人だ。
簡単に言えば、前衛三人と後衛一人のチーム。
彼らは全員男性で、後衛職が多くて女性しか居ないボク達とは対極だ。
対戦相手であるBブロックの短剣使いはこちらを見ながら言った。
「おいおい、全員女かよ……」
「……」
ボク達はその言葉に返事をせずに、曖昧に笑う。
レベッカとエミリアは真顔だ。エミリアはイラッとしてるのが分かる。
短刀使いの言葉に、赤髪の剣士さんが咎めるように言った。
「おい、オニキス。失礼だろ」
「いやだってよ、これじゃ勝負にならねぇよ」
オニキスと呼ばれた短刀使いは肩を竦めて笑う。
しかし、黒いローブを着た男性は言った。
「いや、そこのとんがり帽子は覚えがある。予選で荒らし回った奴だ」
とんがり帽子というのはエミリアの事だろう。
「……うむ、拙僧も覚えがあるぞ」
その言葉に、修行僧姿をしたモンクが頷く。
「そこな、少女よ。其方、槍使いのレベッカという名前では無かったか?」
名前を呼ばれたことに気付いたレベッカは、修行僧の恰好をした男性に向かって静かにお辞儀をする。
「どちらも予選で活躍をしていた奴だ。オニキス、知らないのか?」
「知らねえよ。どのみち前年でベスト16だった俺の敵じゃねえ」
オニキスと呼ばれた短剣使いは、吐き捨てるように言う。
「(ベスト16……)」
あまり強そうに見えないけど実力者だったらしい。
「まぁ、いいさ。どうせこいつらは予選を勝ち抜いただけの雑魚だ。俺達が軽くひねってやるぜ」
短剣使いは、そう言いながら短剣を軽く上に放り投げて、もう片方の手でひょいっと受け止め、こちらを見てニヤリと笑う。
しかし、同時にその姿がまるで煙のようにその場から消え失せた。
「(これは……)」
ボクは、すぐに相手が姿を消した理由を理解する。
「(初速だね)」
ボクやレベッカが得意とする技能だ。
最初の一歩から加速して移動が可能な移動技で、身軽な冒険者達が得意とする。
この速度に不慣れな人だと、そのスピードに目が追いつかなくなる。
短剣使いは、前衛のボクを無視して後衛のエミリアに突っ込んだのだ。
エミリアも遅れてそれに気付いて、肩をビクッと震わせる。
しかし、ボクはそんな短剣使いの彼の動きを読んでいた。
「……ッ!?」
突然、目の前に出てきたボクに短剣使いは驚愕の表情を浮かべる。そして、そのままボクに危うくぶつかりそうになったところで、彼は慌てて急ブレーキをかけた。
だけど、タイミングがちょっと遅かった。
「うぐっ……」
ボクは彼の鳩尾に向けて、引き抜いた剣の柄の部分を当てる。
そのまま、彼は鳩尾を抑えて倒れ伏した。
「……えっと」
あっという間の出来事に会場は静まり返っていた。
会場が静まったのを見計らってサクラちゃんがマイクで叫んだ。
「おおっと!! レイ選手、見事な当て身でオニキス選手を一蹴しました!!
これは強い!! 圧倒的!! 絵面的には地味ですけど!!」
サクラちゃんの言葉に観客は沸き立つ。
「(そんな地味だったかなぁ)」
観客の人は派手な斬り合いや魔法の応酬を望んでいたのかも。
「くっ、オニキス……!!」
「仕方ない、こうなれば全力で行くぞ」
「うむ、拙僧も本気でいかせてもらおう!!」
残った前衛三人はそれぞれ武器を構えてこちらに向かってくる。ボクとレベッカは前に出て、後衛のエミリアと姉さんを守るように彼らの前に立ち塞がる。
「レイ、いい加減終わらせていいですかー」
ボクの後ろから気の抜けたようなエミリアの声が聞こえる。
「いいけど、ちょっとは手加減してね……」
エミリアが本気でやっちゃうと一瞬で戦闘が終わっちゃいそうだ。
そうなると、この人達の見せ場が……。
「了解です。じゃあ極大じゃなくて上級魔法使いますね。
「!?」
エミリアが放ったのは、火属性の上級の魔法。彼女が習得している魔法の中では極大魔法を除くと一番威力が高いものだ。それをエミリアは上空ではなく、三人の前衛さん達に対して広範囲に放つ。
「「「ぎゃああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」」」
彼らの周囲は一瞬で業火に呑まれ、そのままリタイアとなった。
◆
こうして、一回戦はボク達の勝利で終わった。
あっさり勝負が付いてしまったため、観客が逆に冷えていたのが不安だ。
そして、試合の終わったボク達四人は参加者控室で反省会をしていた。
「反省会ってなんですか!? 私に何か落ち度がありましたかっ!?」
エミリアが涙目で抗議してくる。
「泣かないでよ……」
ぶっちゃけ、エミリア一強過ぎて相手が可哀想だった。
「そんなの相手が弱いから悪いんですよっ」
「それはそうかもだけど……」
エミリアの言う事も分かる。
ただ、思ったよりもレベル差があり過ぎた。
「まぁまぁエミリア様、落ち着いてくださいまし」
レベッカがやんわりと宥める。
「それで、レイ様。反省会とは何を反省するのでございますか?」
レベッカはボクの方を向いて、可愛らしく首を傾げる。
「うん、今回の相手チームって、一人が独断専行して突っ込んだせいであんな簡単に壊滅しちゃったわけでしょ。ボク達もそうならないように、色々連携を考えておこうと思って」
魔物と戦う時の連携ならボク達は全く問題ない。
だけど、前半はチーム形式の対人戦が何度か続くことになる。
対人にあまり慣れてないボクらは、そこで苦戦する可能性がある。
だから、事前に話し合っておく必要があった。
「なるほど、そういう事でございましたか……」
レベッカは小さく微笑んで、ボクの耳元で小さな声で言った。
「(エミリア様はわたくしが守ります故、ご心配には及びませんよ)」
「(うん、ありがとう)」
レベッカはちゃんと意図を飲み込んでくれたようだ。
さっきの戦闘、仮にボクが守りに入らず、レベッカがエミリアの周囲で警戒を張らなければ、エミリアが倒されてた可能性があった。
普段のエミリアならあの程度の速度なら対応できただろうけど、短剣使いの口調にイラついてて戦いに集中出来てないようだった。それは、気の抜けたエミリアの声で何となく読み取れた。
エミリア自身もその事を自覚していたようで、
「ま、まぁ……レイの言うことも最もですね。えぇ……」
冷や汗を掻きながらボクの言葉に同意した。
「でも、エミリアちゃん。
前にレベッカちゃんと手合わせした時は完璧に動き読んでたのよね?」
姉さんは疑問を感じてエミリアに質問する。
「レベッカの事は、普段からよく見ていますから……」
エミリアはとんがり帽子を深く被って、表情を隠しながら言った。
照れてる。かわいい。
「レイくんから見て、あの短剣使いの人はどうだった?」
「んー? ……まぁ、弱くはないと思うけど……」
それでも、強さで考えるならレベッカには遠く及ばなかったと思う。
初速の熟練度から見ても身体能力からしても、ボクに簡単に回り込まれるレベルだった。だから、そのレベッカの動きすら読めるエミリアが捉えきれないわけがない。
エミリアが不意を突かれたのは、十中八九、油断が理由だろう。
「面目ありません……」
エミリアは珍しく落ち込んでいるようだった。
「(やっぱり反省会しといてよかったかも)」
今回は圧倒的に実力差があったから良かったものの、拮抗する相手と当たった時に油断であっさり負けかねない。
そういう意味で、今回それを自覚出来たのは良い経験だった。
「……ところで姉さん?」
「何、レイくん」
「姉さんは、短剣使いの人の動き見えてたの?」
「………」
姉さんは笑顔で固まった。
「エミリアはともかく、姉さんはそんなに動体視力良くなかったよね」
「……」
「……」
「な、ナンノコトカナー」
「あ、うん、分かった」
ボクは追求を諦めることにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます