第339話 実況メイド勇者

 ただいま、女の子になってお着替え中――


 ――数分後。


「こ、これでいいですか?」


 ボクは女の子になって姿見の前でくるりと回ってみる。

 昨日と同じ、白い布地と鎧を組み合わせた鎧だ。

 

 結構かわいいと思うんだけど、

 男の時に同じ鎧を見た時とはちょっと感想が変わるかもしれない。


「よくお似合いですよ。

 その鎧は性別によって自動的に形状が変化する仕組みになっています。

 今のレイさんに丁度いい装備ですね」


「ボク専用に作られたみたいにぴったりですね……」

 サイズだけじゃなくて、動きやすさまで完璧だし……そもそも男性の時と女性の時で形状が変わるって誰得過ぎる。


「当然です。私が作りましたから」

 ちょっと予想はしてたけど、やっぱりだった。


「折角私がいることですし、装備の調整をしましょうか。多少なら聖剣についてレクチャーできますし、闘技大会の本戦が始まるまでじっくりと教えて差し上げますよ。うふふ」


「は、はい……」

 この人と二人っきりになるとなんか怖い。



 三時間後―――。



「――ということです。今日の講義はここまでにしましょう」

「な、長かった……。ありがとうございました」


 結局、聖剣のみならず魔法の講義も受けてしまった。

 実戦形式の内容もあったので、身体は鈍るような事は無かったけど、ウィンドさんは講義に熱を入れるタイプなのか物凄く厳しかった。


「レイさんは異世界人なので魔法の文化には疎いと思いますが、

 魔法というのは一種の技術ですよ。難しく考えることはありません。

 基本を学び、他者を模倣し、自身で実践、それを繰り返し試行錯誤し、後は才能次第でどんな魔法でも使えるようになります」


「頑張ります……」


「そろそろ時間でしょう?

 今日は本戦の初日ですし、小手調べ程度の相手しかいないでしょうが、

 実戦を通して色々試してみるといいでしょう」


「はい、行ってきます」

「頑張ってくださいね」

 ウィンドさんに見送れらながら、ボクは会場へと向かった。


 ◆


 受付さんは何故か物凄く忙しそうにしていた。

 声を掛けたのだけど、あまりに忙しそうだったのか返事が返ってこない。

 邪魔しちゃいけないと思い、ボクはそのまま中に入る。


 選手控室に向かうと、廊下は人で溢れていた。

 予選と違って本戦の出場者はかなり絞られるはずだが、それでもまだ100人の参加者が本戦に残っている。

 聞くところによると、この後でもう一度抽選を行い、そこで更に絞り込むみたい。

 しかし、廊下の人達はみんな暇そうにしている。


「みんなはもう来てるかなーっと……?」

 と、皆を探すが、控室には仲間の姿は見掛けなかった。

 ボクは廊下に戻り、今度は付近にある訓練所に移動し、見知った仲間を探す。しかし……。


「いらっしゃいませー!!」

 何故か控室にはメイドさんが接客していた。

 しかも、知り合いだった。


「何やってるの……」

 メイドさんはもう一人の勇者、兼、闘技大会の実況アナウンサー。

 サクラちゃんだった。


 しかも、当の本人はやたらノリノリだった。


「あ、レイさん! 今日も女の子なんですねー」


「うん。ところで、どうしてこんなところで……」


「実はですねー。少しばかりスケジュールが立て込んでまして……。

 本戦の一回戦の準備が終わってないんですよ。だから、皆さんに待ってもらっているんです」


「なるほど……だからあんな廊下に人がいっぱい集まってたんだ」

 そろそろ時間なのにおかしいと思ってた。


「それで、参加者さんのフラストレーションが溜まらない様に私がこうやって接客して癒してるわけです! えっへん!」


「そ、そう……」

 正直、あまり意味が無い気がする。

 むしろ、この光景を見て余計ストレスが溜まりそうな気さえしてきた。


「ていうかなんでメイド姿なの?」

 闘技大会の訓練場にメイド姿で接客する理由を知りたい。


「接客業の基本コスじゃないですか?」


「ま、まぁそう……かな?」


「ほらほら、似合いますか? 結構かわいいと思うんですけど」

 サクラちゃんはクルッと一回転してピタッと止まる。


「すごく可愛いけど……てか、なんで剣を持ってるの?」

 サクラちゃんはメイド姿にも関わらず、いつもの双剣を腰に下げている。


「あー、これですか?

 参加者さんの中にはストレスが溜まって暴れ出す人が数人いたので、

 これで剣でちょっと落ち着かせてたんです軽くしばいてました


 サクラちゃんはえへへ、と笑いながら訓練場の端の方を指差す。

 そこには、「私は反省中です」とプラカードを首に掛けられた参加者の男性数人が座り込んで、一様にボコボコにされていた。


「(容赦なさすぎだよ、この子!?)」


「流石に受付さんや普通の人だと対処が難しいですからねー。自衛が出来て接客業の経験がある私が参加者さんに癒しを与えていたんですよぉ」


「サクラちゃん、多分それ全然癒してないよ」

 メイドに負けた選手たちは一生心の傷が消えないと思う。


「それで、レイさんも開始まで待機中です?

 あ、お飲み物用意しましょうか、それとランチも?行きつけの喫茶店の人から色々教わったんですよ。ライスを卵で包んだ食べ物なんですけど赤いソースを掛けてハートマークを描くってやつです。

 何人かの参加者さんに振る舞ったら結構好評でしたよ♪」


 サクラちゃんは大きめのトレイを手に取って皿を並べながら言う。ちなみに、訓練場の隣には少し大きめの休憩室があり、そこで食事を作ることが出来る設備がある。


 参加者はそこでも休んでいるようだ。


「美味しそうだけど要らないよ。

 少し前に食べたばかりだし、太っちゃう」


「むぅ……残念です」

 ボクが断ると、サクラちゃんは心底残念そうな表情を浮かべる。


「ところで、ボクの仲間を見なかった? 控室に居なくて探しているんだけど」

「あー、レイさんのお仲間の皆さんならもう来ていますよ?」

「えっ?」


 サクラちゃんが訓練場の中心を指差す。

 すると中心に人だかりがあった。


「エミリアさん、レベッカさん、それにベルフラウさんですよね?

 三人とも折角訓練場に来たという事で、少し体を動かしてたみたいです」


「そっか、ありがと」

 ボクはサクラちゃんにお礼を言って三人の元に向かった。


 ◆


 それから十数分後―――


 メイド姿で接待していたサクラちゃんが急に慌ただしくなった。

 急いで訓練場を出て行き、その後別の人が訓練場に入ってきた。


 そして――――


「お待たせしました! ただいまから本戦の前半を開始します。

 予選を通過した参加者の皆様はコロシアムに移動してください!!」

 と、参加者に向かって声を掛け始めた。


「準備できたみたいだし、行こうか」

「だねー」

「ふむ、本戦前半ということですが、何か特別な試みがあるのでしょうか」

「まぁ行ってみればわかりますよ。行きましょう、レイ」


 ボク達は訓練場を後にする。

 そして、コロシアムの会場に向かうと、予選の時より沢山の観客が入場していた。


「おわ、すごい歓声……」


「ここに集まってる人は、富裕層が多いと聞いていますが……王都の外からも客を呼び寄せているのかもしれませんね」


「なるほど……確かにこの盛り上がり方は凄いですね。

 こういう催し物は初めて見ましたが、とても楽しみです」


 レベッカとエミリアが興奮気味に話す。

 対照的に、姉さんは少し気落ちしているようだ。


「き、緊張する……」

「大丈夫だよ、姉さん。別に姉さん一人に注目が集まってるわけじゃないし」


「まぁ……それはそうなんだけど」

 姉さんの気持ちは分かるけど、ここは切り替えて頑張って欲しい。


「ほら、始まるよ」


「来場のお客様、そして参加者の皆様、大変お待たせいたしました! 

 それでは、これより第一回戦の抽選を行いたいと思います」


 司会者の声が会場に響く。


「あれ? サクラちゃんの声じゃない?」

 予選の時の司会はサクラちゃんだったけど、今回は違うらしい。


「なお、本来予定だった司会のサクラ・リゼットは、

 この後のちょっとした催しのために席を外しております。あらかじめご容赦ください」


 どうやらサクラちゃんはどこかに行ってしまったようだ。


「それでは、まずは名前順に――」

 参加者の名前が読み上げられていく。

 呼ばれた参加者は前に出て、くじを引いていく。


「はい、これで全員分のカードを引き終わりました。

 それでは早速、くじ引きの結果を発表していきましょう!」


 司会者が宣言すると、観客達がわっと盛り上がる。


「それじゃあ、ボク達の番号は……」

 Aブロックのメンバー見ると、ボクの名前が一番端の方に載っていた。


「あ、レイくん一緒だー♪」

「私もですよ」

「ふむ、わたくしもですね」


 まさかの四人全員一緒だった。


「(いくらなんでも出来過ぎているような……?)」


 ボク達は、抽選の箱からくじを引く前にそれぞれ名前を宣言してから引いている。

 パッとみでは特に不正が行われた気配は無かったけど……。


「(……そういえば、抽選箱の下に不自然に盛り上がった台座があったよね)」

 高さから考えると、大体100cmくらいの高さだった。


「………ん?」

 参加者の一人が抽選箱の方をみて怪訝な顔をした。


「おい、どうした?」

 その知り合いの参加者が、その様子を見て声を掛けた。


「ん、いや……なんか、箱がちょっと動いたような気がして……」


「ははは、そんなわけないだろ」


「だよな。なんか抽選箱のしたに不自然に盛り上がった台座があるけど、気のせいだよな」


「気のせいだろ。まさか、台座に人が入ってて操作されてるとかそんな事あるわけないしな」


「ははは!! 仮にそんなことしたら、ずっとしゃがみっぱなしでキッツいだろうな!!

 しかも男の大きさじゃ無理だろうぜ、せいぜい出来るとしたら女の子くらいだろ。それでもしんどそうだけど」


「違いねぇ」

 二人は笑いながら話を続ける。


「さてと、そんじゃ俺は行ってくるわ。お互い頑張ろうぜ」

「おうよ! お前も頑張れよ!」


 そう言って、二人は別々の方向に向かって行った。


「………」

 もしかして、台座の中にサクラちゃんが……。

 怖くなったので、それ以上追及せずにその場を離れた。

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