第281話 懐かしきあの人に
ボク達はウィンドさんを追うために宿舎の外に出た。
カエデとアリスちゃんは何時の間にか部屋を出ていなくなっていた。一応カエデは竜だし、村人が驚いたりしないだろうか心配だ。
仕方ないので二人は今回はお留守番だ。
その後ウィンドさんを探すために村の中を探索を続けること三十分。
「遅いですよ、レイさん。こっちは既に準備が整っています」
ウィンドさんは村はずれの場所で、大きな魔法陣を描いて待機していた。
「探しましたよ、師匠。何してるんですか」
サクラちゃんはウィンドさんに向かってちょっと不満そうに言った。
「見てのとおりですよ、サクラ。
というかアナタは私の弟子なのですから魔法陣くらい描けるでしょう。
むしろ私と一緒に飛んでいって魔法陣作るの手伝いなさい」
「そりゃあ出来ますけど……。
師匠、何も言わないからそんなの察して動くなんて無理ですよ」
サクラちゃんが頬を膨らませながら言った。
「……まぁいいでしょう。レイさんとベルフラウさん……と、一応ミーシャちゃんもですか。魔法陣の中に入ってください。その後、私が指示しますから、指示通りの行動を行ってくださいね」
「分かりました」
「何する気なのかしら……」
「……え、ボクもですか?」
ミーシャちゃんが少し不安そうな顔を浮かべていた。
ボクと姉さんはミーシャちゃんの手を引いて、魔法陣の中に入っていく。
「サクラも魔法陣の中に入りなさい。この魔法陣の構造と役割は分かっていますよね?」
「分かってますよー。えーっと……多重の魔法円と古代文字……この記号の意味するのは確か……」
サクラちゃんは頭の中の知識を総動員して答えを導き出す。
「移送転移魔法陣……ですよね」
サクラちゃんの回答を聞いて、ウィンドさんはフッと笑ってから言った。
「正解です。この魔法陣は、本来は転移先にも同一の魔法陣を用意しなければ機能しません。しかし、魔法陣を借りずに空間転移を行える人間がいれば話は別です」
そこで、ウィンドさんは姉さんに視線を移す。
「ベルフラウさん、今から私がこの魔法陣を起動します。
その後にあなたは、行きたい場所の光景をイメージして空間転移を使用してください。この魔法陣があなたの転移のサポートの役割を果たします」
「わ、わかりました……」
姉さんは緊張した面持ちで答える。
「それでは、いきますよ。3・2・1――」
ウィンドさんのカウントダウンの後、魔法陣が光り輝き始める。
「――ゼロ」
その言葉と同時に魔法陣が強く発光し始める。
「……これで、この魔法陣は起動状態になりました。では、次にサクラ」
「え?」
「ベルフラウさんの空間転移が無事成功したなら、その場所に、同一の魔法陣を描いて魔力を込めてください。上手く起動できれば、この魔法陣と転移先の魔法陣がリンク状態になります。そうすれば私がいなくても魔法陣に入るだけで帰ってこれますよ」
その言葉を聞いて、サクラちゃんはちょっと嫌そうな顔をした。
「……同一?」
「はい、円の大きさも古代文字も全く同じ物です」
「……うへぇ……」
「ちなみに、失敗するとどうなるんですか?」
ボクは疑問を口にする。
「魔法陣が消失するか、転移先が分からなくなるのどちらかですね。
もし失敗したり、どうしても思い出せないなら歩いて帰ってくるしかありませんね」
「……サクラちゃん、頑張ってね」
姉さんがサクラちゃんに優しく声をかけた。
「……はい、頑張ります」
サクラちゃんはぎこちない笑みで応えた。
◆
その後、無事転移は成功した。
数ヶ月前に訪れた森の中は相変わらず、自身の位置すら見失うような迷いの森だった。
ただし、以前のような邪悪な気配は薄れている。魔王の影と遭遇するような事は無いだろう。
それからしばらくして、ボク達はその場から動かずにサクラちゃんが魔法陣を描くまでその場に待機する。
「できましたよー!」
サクラちゃんの声が聞こえた。
「……よし、魔法陣は問題なく動作しているようですね。
レイさん。念の為に、ちゃんと開通してるから見てきますねー」
「うん、頑張って」
ボクを返事を聞いたサクラちゃんは魔法陣の中に入っていき、その姿が消失した。
無事に転移に成功したようだ。
「……あの、もしサクラお姉さんが失敗していたら」
さっきまで緊張で黙っていたミーシャちゃんがボクの隣でボソっと言った。
「?」
「もし、失敗してたら?」
「失敗してた場合、サクラお姉様は迷子になって、ボク達はここに置いてきぼりになりません?」
「あ、確かに……」
しかし、その心配は不要だった。
数秒後、サクラちゃんが無事に戻ってきたからだ。
「ただいまー、お待たせしました?」
「ううん、大丈夫だよ。安心した」
帰り道を確保したボク達は、以前のように森の奥へ進んでいく。
といっても、今回はエミリア達はおらず、代わりにサクラちゃんとミーシャちゃんが付いて来ている。
「この森にお爺ちゃんが……結構危険そうに見えるのですが」
「そうねー、ここに初めて来た時の事を思い出すわー。ねぇ、レイくん」
姉さんに話を振られて、ボクは前に来た時の事を思い出す。
「そうだねー。前来た時はかなり苦戦したと思う。
変な結界が張られてて、魔王の影っていう化け物と戦って……」
あの時は、一歩間違えればボク達は全員殺されていた。
よく生き延びられたものだ。
「ま、魔王の影……? そんな凶悪そうな魔物がこの森に……」
「心配しないで、その魔物は流石にもう居ないから」
姉さんはミーシャちゃんの不安を取り払うように優しく答える。
「そ、そうですか……」
流石に、あんなレベルの魔物がウヨウヨしてたらジンガさんでも危ないだろう。
と、そこでボクは気付く。
ここ最近、魔王の影と全く遭遇していないことに。
「(……確か、魔王の影が出現する理由は)」
以前に女神ミリク様から聞いた話を思い出す。
この世界に魔王はまだ出現していない。
しかし、魔王の影響は既に現れている。一つは魔物達の凶暴化だ。そして二つ目は、魔王軍の動きそのものが活発になっていることだ。そして3つ目は魔王の影だ。
魔王の影は、この世界に現れる際にその絶大な魔力の一端としてこの世に顕現する。その目的は、魔王の誕生の際に、この世界に影響を及ぼすことで魔王の力を増大させる役割だと聞いている。
個体数は確かに多くはないけど、各地に出没しているという情報は聞いている。実際、ボク達も旅の途中で一度遭遇してるし、それ以前にも出くわしたことがあった。
だけど、それっきり見たことが無い。
「(……という事は、もしかしたら魔王は……)」
ボクは考え込む。
魔王の影の存在が既に不要の段階に入っているとするのであれば……。
と、そこまで考えて、目の前にサクラちゃんの顔が突然入ってくる。
「うわ、びっくりした!」
「あ、ごめんなさい。レイさんってば何か一生懸命考えてたので……」
しまった、考え込みすぎたらしい。
「何でもないよ、行こう」
「そうですか?」
今はあの人と再会することが先だ。
それからボク達は森の中を進んでいく。
初めて入った時は、混乱するような場所だったけど既に一度入ったことのあるボクと姉さんは迷うことなく進んでいく。時々魔物が出現するが、以前に戦った魔物と変わらなかったため流石に苦戦する要素が無かった。
そうやって何度も戦っては追い払っていると、ボク達を見ると魔物の方が逃げていくようになった。
「……私達、魔物さんに嫌われてます?」
「んー、どうなんだろ」
ボク達は冒険者だから、魔物に嫌われて当然の立場ではある。
「ここの魔物達だとレイくん達の相手にならないんじゃない? だから敵わないと思って魔物の方から逃げていくとか」
姉さんの言葉に、ボクとサクラちゃんは疑問符を浮かべた。
「そんなに強くなってる自覚は無いんだけど……」
「私もー」
ボク達が首を傾げていると、姉さんはクスっと笑った。
「レイくんもサクラちゃんもまだまだ成長途中だって事よ。
ほら、二人ともまだ若いんだからどんどん強くならないとね」
姉さんはボク達に笑顔を向ける。
「そうだね。……ところで、若いとか言うけど姉さんの年齢って」
「シャラップ」
ボクが質問しようとすると、
その前に姉さんは口元に人差し指を立てて黙らされた。
姉さんはこの世界に来てずっと自分を十七歳だと言い張ってる。
ボクが十五歳から十六歳になったというのに、姉さんだけ歳をとらない設定は都合が良すぎるんじゃないだろうか。言ったら怒られそうなので言わないけど。
そして、しばらく歩いてようやく家が見えてきた。
そこには、木を切り倒して薪を作っている筋肉隆々の男性の姿があった。
懐かしい……。
もう出会って半年くらいは経つのかな。
鍛冶師さんであり、お爺さんと言われるほどの高齢なのに、
ボクの恩人である、鍛冶師のジンガさんだ。
「ジンガさん……」
「あら、本当ね。……相変わらず元気ね」
ボク達が彼の前に歩いていくと、ジンガさんもこちらに気付いた。
「……? お前達、俺に何か用事でもあるのか?」
ジンガさんは怪訝な表情でボク達に尋ねた。
「お久しぶりです。ジンガさん。
以前に龍殺しの剣を作ってもらったレイです」
「……何?」
こうして、ボク達は無事再会を果たした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます