第346話 ボク達が新人の頃はゴブリンを狩っていました
「勝負ありです!!! レイ選手、見事一回戦突破しました!!!」
審判が勝利宣言を行い、会場内に歓声が巻き起こった。
ボクは、アルベルさんの首筋から剣を離して一歩下がる。アルベルさんは、自分の負けを認めたのか両手を挙げて降参ポーズを取って、その場に座り込んだ。
「……負けたぜ、嬢ちゃん」
「あ、ありがとうございました」
ボクは彼にお辞儀をする。すると、観客席の方から拍手が聞こえてきた。どうやら観客の人達も、ボクの勝利を称えてくれているようだ。
「うおおおおおお、すげえええええ!!」
「あんな可愛い子が勝ったぞぉっ!! しかもアルベルさん相手に!!」
「ああ、凄いなぁ…………」
「アルベル殿が敗れたか……」
アルベルさんは、かなり認知度のある選手だったようだ。
「アルベルさん、立てますか?」
ボクはしゃがんでいるアルベルさんに手を差し伸べる。
「すまないな……よっと……」
アルベルさんはボクの手を掴み、立ち上がる。
「いやあ、嬢ちゃん強いな!!」
「いえ、そんなことは」
「謙遜するなって。それにしても、特に最後の猛攻は驚いた。それまで必死に躱してたのに、いきなり完全に見切ったかのように銃弾を対処し始めた時は瞠目したぞ。あれは魔法か何かなのか?」
「え、えーと……」
『気が付いたらいきなり出来るようになりました』
って言ったら信じてもらえるだろうか……。
「まぁなんでもいいさ。
きっと嬢ちゃんなら優勝も夢じゃない。この後も頑張りな」
「はい!」
ボクはアルベルさんの言葉に元気よく返事をした。
◆
一回戦が終わり、ボクは仲間に迎えられながら観客席に移動した。
他の選手の戦いが終わるまで、しばらくボクの出番はないだろう。これでゆっくり休憩できる。
そう、思ってたんだけど……。
「あ、あの……サインください!!」
「えっ?」
「俺にも!!」
「私も!」
何故かボクの周りには人だかりが出来ていた。
観客席のお客さん達だった。
「あ、あの、落ち着いて?」
「レイさん、いや、レイ様!! どうか、私の分もサインを!!」
「えぇっ!?」
それから何十人かの観客さんに囲まれてサインを一人ずつ書き、
一時間後、ようやく解放された。
「はぁ……つかれたー」
結局、50回くらいサイン色紙に名前を書かされた気がする。
こんなことになるなんて聞いてないよ。
「大丈夫? レイちゃん」
後ろでボクの様子を見守っていた姉さんからタオルとドリンクが渡される。
「うん、大丈夫。ありがとう、お姉ちゃん。
それじゃあ、次の試合を見ようか。次はレベッカの試合だったよね?」
ボクは配られていたトーナメント表を広げる。
ボクがサイン色紙を書き終えた頃には、第三試合まで終わっていた。
決勝トーナメントの出場者は合計三十二人。
まず、一回戦を16回行い、勝ち進んだものが二回戦に進むことが出来る。
その後、二回戦を8回、二回戦で勝利したものが三回戦へと進む。
そして、三回戦を勝ち抜いた者が四回戦進出となる。
最終的に五回トーナメントで勝てば優勝という事になる。
「お、次始まるみたいだよ」
「本当だね!!」
ボク達は再び闘技場に視線を向ける。
そこには銀の髪をした小柄な少女の姿があった。
「さぁ、やってまいりました!! 今大会のダークホースの一角!!
今大会で最年少にもかかわらず、予選において体格に見合わない槍を振るい圧倒的な強さで無双した『戦場を駆ける巫女』こと、レベッカ選手!!」
レベッカはコロシアムの中央に進み、
声援を送る観客席の方を向いて丁寧にお辞儀をして、
可愛らしく手を振る。
「(かわいいなぁ、レベッカ……)」
今のボクは女の子だけど、それでもレベッカの愛らしさにはドキッとしてしまう。何というか、とにかく守ってあげたくなる。
観客の人達もレベッカの熱烈なファンが多いようだ。
あの可愛らしさなら当然かもしれない。
「対する相手はこの方だー!!
その鍛え抜かれた肉体はまさに戦士の中の戦士!! 予選の試合では大斧を振り回し相手を薙ぎ払う姿はまるで嵐の如く、その異名は『暴風』!!
今年冒険者になったいう期待のルーキーが一人、ブリガンド選手!!!」
ブリガンドと呼ばれた選手は、身長二メートルに届こうかという大男だった。巨大な斧と、全身甲冑に覆われて素顔が見えないが、おそらくかなりの強面だろう。あれで新人冒険者というのが驚きだ。
「よろしくお願いします。ブリガンド様」
レベッカは対戦相手に向かって丁寧にお辞儀をする。
反面、ブリガンド選手は―――
「………」
無口なのか、何も言葉を発せず、
レベッカの言葉に兜だけコクンと上下に揺れた。
一応、ちゃんと聞こえてはいるらしい。
「それでは、決勝トーナメント、第一回戦、四試合目、開始ぃぃぃぃ!!!」
サクラちゃんの声と共に試合開始のゴングが鳴る。
先に動いたのはブリガンド選手だった。
「――――っ!!!」
彼は重そうな鎧を纏いながらも、
中々素早い動きで駆け出しレベッカに向かって駆けてくる。
見た目通り、純粋な前衛アタッカーのようだ。この大会では、最初の位置関係で選手同士は15メートル離れた位置からスタートする。彼のような前衛は最初に一気に接近しないと攻撃が出来ない。
「はああああっ!!」
野太い声と同時に、彼の手に持つ巨大な斧が振り下ろされる。
レベッカの正面から振り下ろされた斧を彼女は難なく避けるが、彼の巨大な斧はコロシアムの石床に叩きつけられ、その周囲が軽く振動する。
かなりの腕力だ。
レベッカは、そのまま後方に大きくバックステップ。
五メートルほどの距離を取る。
「槍よ―――」
レベッカが言葉にすると、彼女の手に大きな槍が召喚される。
彼女の得意とする技能、<限定転移>だ。能力は、保管された場所にある自身の武器を手元に召喚するというもの。
非常に希少な技能であり、彼女以外に使える人物を見たことがない。
「貫け、
レベッカの言葉に呼応して、彼女が手に持つ槍の先端が黒いオーラを放ち始める。
その黒いオーラは、彼女に引っ付いている闇の精霊の力を借りているのだろう。
彼女によってその槍が振るわれると、彼女の槍の矛先の軌跡に黒いオーラが残り、それがブリガンド選手に放たれる。
放たれた黒いオーラは、
ブリガンド選手に黒色の斬撃となって襲い掛かる。
「……っ!」
ブリガンド選手は、それを斧で軌道を逸らしながら回避する。
しかし、完全には防ぎきれず、兜の一部が黒刃に切り裂かれていた。
彼が立ち上がると、兜の一部に亀裂が走り、兜が割れ落ちた。
「……くっ」
兜が崩れ落ちたことで、彼の素顔が露わになる。
その素顔を見て観客席の一部の人が注目し始めた。
「……イケメン」
「あら、素敵……」
観客席の女性、主に既婚者の女性から好意的な声が聞こえてくる。
緑の髪で顔立ちは整っており、体つきも引き締まっている。
いわゆる細マッチョというやつだ。強面を想像していたので意外だった。
「……やるな」
ブリガンド選手は、無口ではあるが、
レベッカを睨みながらその強さを称える。
しかし、彼はまた大斧を構える。
「―――ならば、見せよう。我が、我流奥義―――」
ブリガンド選手の体が青白い光に包まれる。
どうやら、身体強化系の技能を使ったようだ。
「いくぞ――!!」
ブリガンド選手は大斧を振りかざし、レベッカに突進してくる。
「
ブリガンド選手は巨大な斧をまるでバッドのような重さ程度に感じているのか、さっきと違い凄まじい速度で斬撃を繰り出す。
「わっ、くっ!!!」
レベッカはいきなりの連撃に戸惑いながらも、
身軽な体で後方にステップし、その一撃一撃を躱していく。
巨大な斧による凄まじい連撃だ。
彼が斧を振るうたびに、周囲にまるで暴風のような風が巻き起こり、コロシアムの石床に斧が叩きつけられると、まるで雷に撃たれたかのような破砕音が響き渡る。レベッカは体重が軽いため、その風に振り回されないように、自身の槍を重しにしてなんとか彼の暴風のような攻撃から身を守っている。
その迫力は、異名の『暴風』に恥じない。
「いきなり激しい攻撃です、ブリガンド選手!!その凄まじい迫力と破壊力により、レベッカ選手、攻撃をする隙を見つけられず防戦一方だー!!!」
サクラちゃんの言う通り、
今のレベッカには攻めに転じる余裕がないようだ。
「あのブリガンドって選手、陛下はご存知ですか?」
実況席のカレンさんが、隣に優雅に腰掛けている陛下に声を掛ける。
「いや、あまり情報は無い。どうも遠い国からやってきた若者で、半年前にこの国で冒険者となって頭角を現し始めた期待のルーキーという噂だ。
話によると彼は最初の討伐依頼で、オーガロードを仕留めるという快挙を為したと聞いている」
「オーガロードを!? それは凄いですね。
新人どころか、中堅の冒険者すら避けて通る厄介なモンスターなのですが」
カレンさんは感心して言った。
「オーガロード?」
実況席から聞こえてきた名前に、ボクは頭を傾げる。
聞いたことのないモンスターだ。
「お姉ちゃん、知ってる?」
「ううん、私も……」
と、ボク達が話していると、後ろからボク達に声が掛かる。
「オーガロード、名前の通りオーガの上位互換のモンスターですよ」
その声に、ボク達は後ろを振り返る。
そこには黒髪の凛々しい女魔法使い、ボク達の仲間のエミリアだった。
「エミリア、知ってるの?」
「はい。たまーに、依頼書に名前が載ってたりするので」
と、言いながらエミリアはボク達の隣の席に座る。
「上位互換ということは強いの?」
と、ボクが質問すると、エミリアは頷きながら語った。
「えぇ、通常のオーガは2メートル前後くらいの大きさですが、
更に巨体でオーガロードは3メートル以上あります。滅多に現れない魔物なんですが、依頼がいつまでも放置された結果、ユニークモンスターとして出現するというのが多いケースですね」
通常、ゴブリンなどの弱小モンスターしか出現しないエリアでも、
放置されていると自然と魔物の力が強まって上位種に変化することがある。
そのような条件下で発生する個体の事をユニークモンスターと呼ばれる。
「普通のオーガよりも体格が大きいだけじゃなくて、
下位種のオーガを従えていることも多くて、かなり厄介な魔物だと言われていますね。
個々の強さで言えば、アークデーモン程ではありませんが、それでも数多くのオーガを従えたオーガロードは相当厄介な存在と言われてたりします。……ただ」
エミリアはコロシアムに目線を移す。
そこには、暴風のように斧を振り回すブリガンド選手と、それを僅差で躱し続けるレベッカの姿があった。ブリガンド選手は必死に攻撃をレベッカに当てようとしているが、レベッカの素早い動きに翻弄されてその一撃が遠い。
「ただ?」
エミリアの言葉の続きをボクは促す。
「ただ、あの選手の実力では、レベッカの相手にならないでしょう。
オーガロードを倒したところで、それよりも上位の魔物を相手にし続けている私達は彼よりもずっと強い」
エミリアは冷静な口調で言う。
「(……確かに)」
二人の戦いを冷静に見守る。
猛攻を繰り広げるブリガンド選手だが、彼の攻撃は一度たりともレベッカに届いていない。全て僅差で回避されるか、槍の先端を上手く斧に合わせることで軌道を曲げられて不発に終わっている。
最初の方は、必死で回避していた様子だったレベッカだけど、
攻撃に慣れてきたのか今は涼しい顔で回避している。
一方、ブリガンド選手は―――
「――っ!! こうなれば!!!」
ブリガンド選手は、自身の攻撃がまともに届かないことに焦ったか、何かを覚悟したような表情を浮かべると、攻撃の手を止め、距離を取った。
そして、彼は大斧を頭上に構える。
「我流奥義、地裂斬!!!!」
ブリガンド選手は、技名を叫ぶと同時に斧を振り下ろし激しく地面に叩きつける。
その瞬間――
コロシアムの地面がまるで地震が起きたかのように揺れ動く。
「きゃっ!!」
「うわぁ!?」
その激しい振動は、ボク達のいる観客席にまで届き、観客席の人達が周囲に必死にしがみ付く。更に、叩きつけた地面の前方に亀裂が入り、そこからまるで蛇のような土色の瓦礫が隆起する。直撃すれば、レベッカもダメージを受けてしまうかもしれない。
だが、レベッカの姿は既にそこには無い。
「なっ!?」
ブリガンド選手は驚愕する。
レベッカは、彼の地裂斬がヒットする前に、十メートル以上の高さまでジャンプで跳躍しており、彼の地震攻撃や地割れの攻撃を完全に回避していた。
レベッカの手に持っていた槍は既に消失しており、代わりにその手には弓と矢が握られていた。そして、レベッカは空中で地上にいるブリガンド選手に向けて弓を向ける。
彼女の謳うような詠唱が周囲に木霊する。
『地の力を、我が弓に宿れ、
レベッカの矢に地属性の魔法が付与される。
その効果はシンプル、矢の威力が大幅に向上するというものだ。
「くそぉ!!」
と、ブリガンド選手が悔しそうに叫んだ時、既にレベッカの放った矢は放たれていた。風を切りながら一直線にブリガンド選手の胸元へ飛んでいき、 次の瞬間、爆発的な衝撃と共に、轟音が鳴り響く。
そして彼の大斧が、はるか上空に吹き飛ばされ、
数秒後に大きな音を立ててコロシアム内に落ちてきた。
ブリガンド選手は―――
「………っ!!!」
彼は大斧を盾にしたことでダメージを軽減することが出来た。
だけど、甲冑の左半身を大きく損壊し、斧を持っていた両手の小手の損壊は更に酷く、もはや武器を握ることすら出来ない状態だった。
ブリガンド選手は苦悶の表情を浮かべながら、片膝をつく。
レベッカは地上に着地し、彼にゆっくりと近づき、槍を構える。
そして、彼は小さな声で言った。
「俺の、負けだ………」
ブリガンド選手の敗北宣言に観客から歓声が上がる。
「勝者、レベッカ選手!! 一回戦を勝ち抜きました!!!」
実況者としてサクラちゃんが興奮気味に宣言した後、観客席からは拍手喝采が沸き起こった。ボク達も惜しみない称賛の拍手を送る。
彼女は観客席の皆を見て、可愛らしく笑ってコロシアムを後にした。
※補足
オーガの強さはドラゴンキッズやゴブリンウォリアー未満、
オーガロードはアークデーモンより若干劣る程度の強さとして設定しています
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