第345話 無茶振り陛下

 決勝トーナメント、一回戦の第一試合。

 ボクとアルベルさんの一騎打ちは、今のところボクの優勢だった。

 彼の得物であるサーベルを弾き飛ばし、あと一歩でボクの勝ちだ。


 しかし――


「もらった!!!」

 ここが勝機と思い、ボクは一気に勝負を決めるべく彼の肩目掛けて剣を振り下ろす。しかしその瞬間、アルベルさんは今まで隠していた左手を腰にやり、予想外の物を取り出した。


「えっ?」

「悪いな、嬢ちゃん、至近距離なんで耳を抑えてろ」


 彼がボクに向けたのは―――


「け、拳銃!?」

 ボクの驚きの声と同時に、アルベルさんは空に向かって、銃を数発放った。

 いきなり取り出された銃に怯えて、その場から距離を取って逃げる。


 発砲音に驚いたのか、見学をしていた観客の人達も驚きを隠せないようで、中には席を立って悲鳴を上げながら逃げ出す様な人も居た。


 アルベルさんはボクと距離が離れたところを見越して、

 拳銃のリボルバー部分をスライドさせて、弾丸を装填する。


 しかし、周囲がざわついてることにようやく気付いた。

 最初不思議そうな顔をしていたが……。


「ん? ……お、そうか、この国では『銃』は珍しいか」


 と、納得したような顔をした。

 しかし、ボクの方は納得していない。この世界に銃なんてあるのも驚きだけど、試合で発砲してくるなんて驚きを通り越して恐怖しかない。いきなり事件の犯行現場に巻き込まれた気分だ。


 だから咄嗟に彼を非難して、以下のような事を口走ってしまう。

「な、な、な……なんで銃を持ってるんです!? ていうか、反則じゃ……!?」


 ボクはいきなりの出来事に混乱しながら、

 実況席の三人を見て抗議の視線を向ける。


 しかし―――


「有効です!!!」

「うそっ!? だって銃だよ!?」

 即答されてボクは抗議する。


「ふむ、サクラ君。マイクを貸してくれ」

 グラン陛下は、サクラちゃんからマイクを受け取り立ち上がる。


「『銃』はこの国では非常に珍しい武器ではあるが、西の国においてはポピュラーな武器の一つと聞いている。故に、この国においての『剣』や『弓』と同じ扱いだ」


 確かに、同じ武器には違いないけど……。


 陛下の言葉に不満があるのか、観客席がざわつき出す。

 流石に逃げ出した観客達も冷静さを取り戻したのか席に戻ってきた。


「静まりたまえ、皆の衆。

 皆が言いたいことも理解は出来る。『銃』は他の武器と比べて扱いが簡単で素人でも扱えるから卑怯だと言いたいのだろう。

 だが、それはあくまで素人同士の話だ。この大会に出場する猛者であれば、素人が撃つ銃撃などいくらでも対処できると、私はそう考えているが……どうかな?」


 グラン陛下は、今度は観客では無く、選手たちに声を掛ける。

 選手たちは苦笑いをしながらは何人かは頷いた。と言っても「いや、出来ねぇよ」と言いたげな表情をしている選手たちも多い。


 しかし、グラン陛下は数人が頷いたことで満足したのか、ボクの方に向き直って言った。


「というわけだ。理解したかい、レイ君?」


「あ、はい……」

 

「結構。しかし、キミほどの実力なら銃くらい回避できるのではないか? 随分怯えているようだが、少なくともこの国で名を轟かせてる戦士ならこの程度で狼怯するようなことはないと思うがね」


 無茶苦茶言うな、この人!?


「ちなみにカレン君、君は銃を躱せるかい?」

「銃口から発射する角度を推測すれば普通に躱せますね」

「嘘でしょ!?」


 思わず突っ込んでしまったが、

「え? 出来るわよ? レイ君、出来ないの?」

 と、カレンさんにキョトンとした顔で返されてしまった。


 前々から思ってたけど、

 この世界の人達の身体能力って異常だよね。


「さて、そろそろ再開しようじゃないか。彼も待たせているようだしね」


「はい……」


 ボクは渋々返事をする。

 改めてアルベルさんの方を見ると、

 彼は落としたサーベルを既に帯刀し準備万端だった。


 ボクは彼と向き直る。

 そして、アルベルさんは銃をくるくると指で回しながら言った。


「さて仕切り直しだ。ここからは、剣と銃、両方で戦わせてもらう」


「よ、よろしくです……」


 どうしよう……怖くて、今すぐ降参したいんだけど……。カレンさんは当たり前のように、銃を避けられるみたいだけど、ボクにはとても出来そうにないよ。


 ボクが自信無さそうにしていると、後ろから声が飛んできた。


「レイー!! 銃なんかに負けちゃダメですよー!!」

「レイ様ー、弾道をしっかり見極めて躱すのですー!!!」

「レイくん、ふぁいとー」

 上から、エミリア、レベッカ、姉さんの順でボクに声援が掛かる。


「み、見極めて回避出来るもんなのかな……」

 そんなことを呟きながらも、ボクは再び剣を構え直すのだった。


「さぁ、続きを始めよう」


 アルベルさんはそう言いながら、再び拳銃を構える。

 ボクは、彼の構えを見て、先ほどまでよりも慎重に距離を詰める。

 そして再び、銃から爆音が迸る。


「(きたっ!!)」

 ボクは言われた通り、銃口の位置と弾道を見極めるべく――――


「って、無理!!!」

 見極めることを諦め、ボクは咄嗟にその場から身を逸らす。

 すると、ギリギリだが弾がボクの横を掠める。


「おお、今のをよく避けたな」

 アルベルさんが感心して言った。


「いやいや、偶然ですからっ!!!」

「でも、今完全に回避してたが……よし、じゃあ今度は連発するぞ」

「ひぃぃぃ」


 ボクは情けない悲鳴を上げながら、必死に回避行動を取る。しかし、とても見極めるなんて事が出来ず、ボクは爆音がすると同時に身体を逸らすことで運よく回避することが出来ていた。


「レイ選手、必死ですが全ての銃撃を回避し続けていますっ!!!」


「もっとスマートに避けるものだと思っていたが、まぁいい。

 アルベル選手も銃の素人では無いな。正確に彼に向けて射撃を行っている」


 実況席では、サクラちゃんとグラン陛下が解説をしている。


「しかし、このままだとレイ選手は防戦一方だな。

 なんとか反撃の機会を伺っているようだが……、どうなるかな?」

 グラン陛下はそう言って、ボクを見る。


 今は辛うじて避けられているけど、このままだと体力切れで負ける。だけど、グラン陛下の隣で戦いを見守っていたカレンさんは言った。


「いえ、彼……じゃなくて、彼女は大丈夫でしょう」

 その言葉に、陛下は「ほぅ」と言って、カレンさんの次の言葉を待つ。


「今は『銃』という未知の攻撃に対して戸惑っているだけですわ。

 その証拠に、銃の攻撃は今のところ全て回避出来ています。能力が足りていないなら、アルベル選手の正確な射撃を避けられるはずがありませんし、冷静さを取り戻せばおそらく……」


 カレンさんがそこまで言ったところで、

 ボクはついに回避しきれず被弾してしまった。


「うわっ!?」

 左肩に衝撃が走り、ボクはよろめきながら撃たれた肩を抑える。


「おぉっと!! レイ選手! 遂に一発貰ってしまったか!!」


「レイ様っ!!」

「レイ君、大丈夫!!」

「レイっ!! だ、大丈夫ですか……?」


 姉さん達は観客席からボクの心配をしてくれている。

 ボクも痛みを感じた肩を抑えながら、傷口を見る。


 しかし、意外にも傷を負っていなかった。


「……あれ?」

 間違いなく銃弾を受けてしまったはず。

 その割に、銃弾はボクの肌に傷一つ付いていなかった。

 さっき一瞬感じた痛みは、衝撃による痛みでしかなかったようだ。


「おいおい、マジか……どんな防御力だよ……」


 アルベルさんも驚いている。

 ボク自身も、まさか銃弾を受けて無傷で済むとは思わなかったのでびっくりしていた。

 ちなみに、受けた肩は一切鎧で覆われておらず、ほぼ素肌同然の状態だった。


 そんなボクの様子を見て、

 観客席に座っていた参加者たちは唖然としながらも、


「す、すげぇ……あの女、あんな華奢で可愛い面しておきながら、鋼鉄の身体の持ち主だったのか……!!」

「こ、鋼鉄の肉体を持つ姫騎士、か……こいつはやべぇやつだぜ!!!」

「い、一体どういうことなんだよ!! さっきから訳がわかんねぇぞ!!」

「素敵……」


 かなり好き勝手言われてるが、一番驚いているのはボクだ。


「(もしかして、この鎧が……?)」

 魔法を付与された鎧の中には、デザインを重視したタイプのものもある。一例として挙げるなら、女戦士が好んで装備する【ビキニアーマー】などがある。


 これらの装備は水着くらいの面積しか鎧で覆っていないにも関わらず、魔法の付与されていない普通の鎧よりも防御性能が上だったりする。


 ウィンドさんのお手製のこの鎧も、

 おそらく何らかの強力な防御魔法が付与されていたのだろう。

 肌が丸見えだった肩の攻撃を完全にシャットアウトしたに違いない。


 間違っても、ボクの身体が鋼鉄で出来ているわけじゃない。

 さっき鋼鉄の身体とか言ったやつはに対して失礼過ぎると思う。 


「(とはいえ、いつまでもダメージ無しってわけにはいかないよね……)」


 撃たれた肩は今でも衝撃で多少痺れがある。殆どダメージは負っていないけど、もっと攻撃力のある攻撃を受けたらおそらく突破されてしまうだろう。


 ボクは改めて剣を構え直し、アルベルさんと向き合う。


「……銃を受けてノーダメージとは。

 流石に、私も本気で行かざるおえないか」


 アルベルさんは銃のリボルバーを取り出し、

 中の銃弾を装填しなおす。さっきと違い、色分けされた弾薬を詰めている。


「アルベルさん、何をしてるんですか?」

「聞きたいか? ―――簡単な話さ、今の銃弾で貫けないなら、更に強力な弾を込めればいい」


 そう言いながら、彼は再びボクに銃口を向ける。


「って、来るっ――ッ!?」


 またもや銃弾が飛んでくると思い身構える。

 そして、一瞬後で銃撃音がさく裂した。


 が、銃口から飛んできたのは、炎を纏った炎弾だった。


「えぇ!?」

 高速で飛んでくる火炎弾をボクは咄嗟にそれを剣で防ぐ。


「って、おい! 今、普通に防ぎやがったな!!! 満を持しての切り札だったんだが!」

 そう叫ぶアルベルさんの表情は、本当に悔しそうだ。


「い、いえ、そんな事言われても……」

 ボクは困惑しながら答える。

 確かに凄く威力がありそうな攻撃だったけど。

 

「ふむ、魔力弾というやつか」

 グラン陛下は感心したように言った。


「陛下、知ってるんです?」

 実況のサクラちゃんが尋ねる。


「昔見たことがある。特殊な鉱石を加工し、そこに指向性を持たせた魔力を込めることで、銃弾が魔力を纏い、今のように魔法のような効果を発揮するらしい」


「じゃあ、あの弾丸はレイ選手にダメージを与えるために放たれたんですね」


「そういうことだな。レイ選手が無傷だったのは、彼女の身に纏っている法衣鎧のお陰だろう。おそらく、あの装備は物理攻撃に対して強力な耐性がある。アルベル選手はそれを見破って、物理攻撃と魔法攻撃ダメージを同時に与えることが出来る魔力弾に切り替えたのだと思う」


「なるほど、流石はアルベルさんですねぇ」

「しかし、レイ選手も自身の鎧の性質は把握しているはずだ。

 だからこそ、今度は剣で防いだのだろう」


 ボクは陛下の解説を聞いて、こう思った。 


「(この鎧、そういう効果だったんだ……)」


 当然だけど、ボクがこの装備の性能を熟知など全くしていなかった。

 何となく魔法を防ぐ感じで剣を盾にしただけだったりする。


「(ん……それって……?)」

 さっきの炎弾は、今までの銃弾と遜色ない速度でこちらに飛んできていた。ということは、もしかして今の感じでやれば、今までも普通に防げていたのだろうか。


「くっ……! だが、今度は連射で行かせてもらう!!

 急所に撃つつもりはないが、多少の痛みは覚悟してくれよ、嬢ちゃん!!」


「うぅ……痛いのはいやだなぁ」


 ボクは泣き言を言いながらも、アルベルさんに向けて駆け出す。

 そしてアルベルさんはこちらに向かって3発ほど連続で放つ。


「(来たっ!!)」

 今度は、カレンさんが言ったように冷静になって見極める。それぞれ、炎、氷、雷を纏った銃弾が0.5秒もしないうちに、ボクの太ももと肩に直撃するだろう。


 だけど―――


「(あ、あれ、これってもしかして……)」

 ボクは、攻撃魔法を防ぐ要領で、

 正面から飛んでくる銃弾を剣で叩き落した。


「ええぇ!?」

 その光景を見て、観客席にいる人達は唖然としていた。


「(い、今のって……)」

 ボクは自分にやったことに驚きつつも、次の行動に出る。立て続けに発射される銃弾を自身に直撃するものだけ剣で防ぎ、軽く身を逸らすだけ避けられるものは回避して避けていく。


「嘘だろっ!! さっきまで必死に避けていたってのに!?」

 アルベルさんは驚愕しながら銃を撃ち続ける。


「(もしかしたら、ボクでも出来るかもしれない)」

 アルベルさんが撃った銃弾を剣で弾いたり、紙一重で避けることが出来ているのは、おそらく【勇者】の力によるものだろう。

 ボクはアルベルさんの銃撃を掻い潜りながら接近していく。


「ちっ!」

 ボクが一気に距離を詰めると、アルベルさんは舌打ちしてリボルバーのシリンダーを回転。装填されていた弾を全て撃ち切ったようで再び銃弾を込める。

 

 しかし、その間にもボクは一気に接近して斬り掛かる。


「くそっ! こうなったら……」

 アルベルさんは、後ろに下がり腰に付けていたサーベルを再び構える。

 残りは剣で勝負を付けるようだ。


「勝負だ、嬢ちゃん!!!」

「行きますっ!!」


 ボクは剣を構え直し、アルベルさんに向かっていく。


「(よし、この距離なら……)」

 しかし、彼は銃も同時に構えながら右手でサーベルを握っている。流石に同時に攻撃が来た場合、この距離ではどうやっても防げない。だからこそ、こちらから攻める。


「食らえ、魔力弾!!」

「させません!! <初級氷魔法>アイス!!」

 ボクは銃を構えてトリガーを引く寸前だったアルベルさんの左腕を狙って氷魔法を放つ。


「ちぃっ!」

 彼は即座に左手で持っていたリボルバーをこちらに放り投げて、氷魔法の直撃を防ぐ。これで左腕を凍らせる作戦は防がれてしまったが、厄介な銃による攻撃を無力化することに成功した。


「はぁっ!!」

 そして、右手に持ったサーベルをボクに振るってくる。

 彼の斬撃の軌道を読みその場で大きくジャンプをして彼の背後を取る。


「なっ!?」

 大きくジャンプで後ろに回り込んだボクに驚愕し、

 彼は左手の銃でボクを打ち落とそうとするのだが―――


「し、しまった……」

 彼の愛銃はさっきボクが凍らせて床に転がっている。それを失念していたアルベルさんは、そのまま振り向かずに右腕だけでボクに向けてサーベルを振るおうとするが、もう遅い。


「やあっ!!」

 ボクは彼のサーベルがボクの身体に直撃する前に、

 僅かに早く、ボクの剣が彼の首筋に撃ちこまれる直前で動きを止める。


 勿論、寸止めだ。

 そのままボクとアルベルさんは動きを止める。


 そして―――


「勝負ありです!!! レイ選手、見事一回戦突破しました!!!」

 審判が勝利宣言を行い、会場内に歓声が巻き起こった。





※ちょっとした補足

レイ君は異世界転生した際に、肉体が作り替えられています。

異世界に来て魔法が使えるようになったり、身体能力が高くなったのはそれが理由です。

それに加えて女神の祝福のお陰で勇者適正を得た結果、身体能力の伸びがえげつないことになってます。

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