第463話 「おかえりなさい」
次の日―――
僕が一日の騎士団の業務を終えて宿に戻ると―――
「で、出来ましたよっ、レイ……ぜぇ……はぁ……」
ずっと調合で部屋に籠っていたエミリアが、顔と服を煤だらけにして怪しげな黒い液体の入った小瓶を手に持って僕の部屋に押しかけてきた。
何故か息を乱して目にクマを作っている。
多分、徹夜だったのだろう。
「あ、ありがとう、エミリア。疲れてるみたいだし、少し休んだ方がいいんじゃない?」
「いえ、私は大丈夫です……。それよりも早くこれをカレンさんに飲ませてあげて下さい!」
彼女はそう言って手に持っていた薬の小瓶を手渡してきた。
「ちょ、ちょっとそこのベッドで寝ていいですか……?」
「いいよ、休んでて」
僕はエミリアの身体を支えて、エミリアをベッドに運び、
彼女の身体をベッドに仰向けにさせて毛布を掛けてあげた。
「あ、ありがとうございます……ちょっと眠りますね……」
「お疲れ……」
僕はエミリアの帽子を彼女から預かり、戸棚に置く。
そして、エミリアがすぅすぅと眠り始めてから、
改めて僕は受け取った小瓶の中に入っている黒っぽい液体を見る。
「……これ、大丈夫なのだろうか……?」
寝たきりで意識を失ってるカレンさんにこれを飲ませるのは抵抗がある。
僕は少しの間、考え込む。
「(……いや、エミリアがカレンさんの為に徹夜して作った薬だもんね)」
いくら見た目がヤバそうでも効果は確実にあるだろう。見た目的な嫌悪感はともかく、信頼する仲間であるエミリアの言葉を信じなくてどうする。
「……よし」
既に夜だが、病院はまだやってるはずだ。
今からならなんとかギリギリ面会の時間には間に合うだろう。
僕は覚悟を決めて、部屋を出る。
そして、姉さんとレベッカに声を掛けて、
宿の外に出てカレンさんの家にいるサクラちゃんの元へ向かった。
僕が彼女の元へ向かって事の顛末を話すと、
「えっ、ついに薬が完成したんですか!!」と言って大いに喜んでいた。
その後、サクラちゃん達と一緒に僕は病院へ向かう。
◆
―――病院にて。
「随分遅くなってしまいましたね……」
レベッカが心配そうにそう呟く。姉さんはレベッカの呟きを聞いて言った。
「でもまだ時間的にセーフなはずよ、急ぎましょう」
「うん」
僕は姉さんの言葉に同意して、駆け足で病院の中へ入っていく。
僕達は、カレンさんの病室に訪れ、彼女の病室のドアをノックする。
すると中からスタスタと早足でドアに向かってくる音が聞こえ、直後にガチャッと音がしてドアが開く。
「こんな時間に一体どなたが……あ、皆様」
ドアの開けたのは、当然カレンさんのお世話をしているリーサさんだった。
「ど、どうも……こんな時間にごめんなさい」
「リーサ様、夜分遅くに申し訳ありません」
「先輩に会いに来ました」
「ほ、本当にごめんなさいね」
僕達はそれぞれ謝罪とお辞儀をする。
特に姉さんは一番申し訳なさそうな顔をして最後に挨拶する。
「いえいえ、気になさらないでくださいまし。それで、本日は何用でしょうか?
……もしや、昨日仰っていた、薬が完成したのでしょうか?」
「ええ、その通りです」
「まぁ! それならば、お入りください。
昨日の話を聞いて、昨日、お医者様にお話をさせていただいたんです。
最初は、『そんな怪しい薬を患者に投与するわけにはいかない』と何度も断られてしまいましたが、粘り強く説得しようやく許可を得られました。
カレンお嬢様が信頼する皆様が怪しい薬など出すはずもないので大丈夫だと私が言ったら、お医者様も納得してくれまして」
「そ、そうですか」
僕は苦笑いしながら答える。
実物見せたら驚くんじゃないだろうか?と僕は、小瓶の入った鞄を見る。
それから僕達は、リーサさんに連れられてカレンさんの病室に入った。
「カレン様、お客様がいらっしゃいましたよ」
「……」
当然だが、眠り続けているカレンから返事は無い。
僕はサクラちゃんに視線を合わせる。サクラちゃんは意図を察して頷き、僕は鞄からエミリアに貰った薬を取り出す。その取り出した小瓶を見ると、リーサさんが激しく反応した。
「……あ、あの、もしかして薬って、その黒い液体ですか?」
「言いたいことは分かります、リーサさん」
「はい、とても信じられませんが……これが、カレンお嬢様を救う唯一の手段なのですよね?」
「そうです」
唯一かどうかは正直怪しいが、安心させる為に僕は力強く頷く。
「(本当に大丈夫なのでしょうか……)」
レベッカは不安そうな表情を浮かべている。
「サクラちゃん、この薬をカレンさんに」と、僕はサクラちゃんに薬を渡す。
「はい!」
サクラちゃんは覚悟が決まった目で薬を受け取る。力強い足取りでベッドの所へ向かいカレンさんの隣に座ると、小瓶の木栓を開ける。
僕達はその様子を傍で見守っているのだが、何故かサクラちゃんはそれ以上動かない。どうしたのだろう、と僕達が疑問に思っていると、彼女は困った顔でこちらを振り向いた。
「レイさん、眠ってる先輩にどうやって飲ませればいいのかな?」
「あ、確かに……」
僕達は全員頭を悩ませる。
考えてみれば、意識の無い人にどうやって薬を飲ませれば良いのか分からない。
口移しでもすればいいのだろうか? いやいやいやいや!! それは流石に……。
僕が思い悩む様子を見てレベッカは言った。
「……レイ様、ドサクサで間接キスを期待するのはどうかと。
女性の身動きが取れない時にそれは紳士としてあるべき姿ではありません」
またこの子に心読まれちゃったよ!
「へ!?」「えっ!?」
レベッカの言葉を聞いてリーサさんとサクラちゃんがきょとんとした表情をこちらに向ける。
僕は慌てて否定する。
「ち、違うからね、サクラちゃん! 僕はそんなこと全く求めていないからねっ!」
「あ、そうなんですか……結構いいアイデアだと思ったんだけど」
「レイ様も中々やり手でございます。確かに、今のお嬢様なら抵抗なさらないでしょうし……」
何故か感心されてしまった。違う、そうじゃない。
「リーサさんまで変なこと言わないでくれるかなっ!?」
僕のツッコミを放置して、レベッカは何かを考え込んでいる。そして、
「わたくしに一つ考えがあるのですが……」と言ってきた。
「え、どんな考えなの?」
僕が尋ねると、レベッカは言った。
「リーサ様、カレン様は意識が完全に無いというわけではなく、夢を見ている様子なのでございますよね?」
「ええ、レベッカ様の言う通り、カレンお嬢様は時々夢を見ておられるようです」
「それならば、夢の中で薬を飲んで貰えばよろしいのではないでしょうか」
「……夢の中に入って薬を飲ませるということ?」
そんな無茶な……。
「いえ、そうではなく……。
夢の中で薬を飲もうとすれば、口を開けて飲み込んでくださるかもしれません。
ですので、サクラ様、試しにカレンさんに語り掛けてください」
「ふむふむ、なんて言えばいいですか?」
「そうでございますね……。
『はーい、カレンお嬢様ぁ、お薬の時間でございますよぉ~。良い子でちゅから、お口を開けてくださいましぃ~』………というのは如何でしょうか」
何故に幼児言葉!?
「れ、レベッカちゃん? 流石に、そんな手は通じないと思うのだけど……」
姉さんは困った笑みでそう諭すが、レベッカは続けていった。
「それでも口を開かないのであれば、
『カレンお嬢様ぁ、お薬をちゃーんと飲んでいただければ、ご褒美をあげますよぉ?』……と仰っていただければ、きっとカレン様も喜んでお薬を飲むはずでございます」
「それじゃ、まるでカレンさんが幼児みたいじゃん……」
「レイ様、夢の中というのは自意識が曖昧でございます。
夢の中は記憶の整理が行われており、その人の深層心理が現れると言われております。なので、理想の女性であろうとするカレン様の深層には、戻れない幼き自身の過去への回帰が夢に現れているのではないでしょうか?」
「いやいや、そんな都合の良いことが……」
僕はそう否定するが、リーサさんは、ポンと自身の手の平に拳を叩き、
「なるほど……そうだったのですね」と納得していた。
「え、リーサさん!?」
「私も薄々感じていたんです。
お嬢様が時折、幼い子供のように甘えてこられることがあります。
それに、以前に言ったかもしれませんが、カレンお嬢様は幼少の夢を見ていられることが多いのです。ですので、あるいは……」
と、まさかのリーサさんのお墨付きを得てしまった。
レベッカは、「決まりでございますね」と言って、サクラちゃんに視線を移して、彼女の隣まで歩いていく。
「サクラ様、お願いしてよろしいでしょうか?」
「りょ、りょうかい!」
サクラちゃんは緊張した面持ちでベッドに横たわるカレンさんの傍に寄る。
レベッカに促されて、サクラちゃんは一度深呼吸してから、カレンさんに声を掛ける。
「あ、あの……先輩、……いや、……カレンちゃん、お、お薬の時間だよー……♪
素直に薬を飲んでくれたら、後でいっぱいご褒美あげちゃうよ、お菓子大好きだよね?
ワッフルとかプリンとか、いっぱい持ってきてあげる。……だから、お願い」
サクラちゃんは最後の一言を囁くように言って、
小瓶に入った黒い液体を、眠るカレンさんの顔の前に差し出す。
……しかし、カレンさんは何も反応しない。
「やっぱりダメか……」と僕が諦めかけたその時、微かにカレンさんの口元が動いた。そして……。
「んん……良い子にするぅ……」と、カレンさんは寝言を言いながら、口を開く。
「サクラちゃん、今だよ!」
「!!」
サクラちゃんは意を決して、カレンさんの口を手で開き、小瓶の中の黒い液体をカレンさんの口の中に流し込む。
すると、カレンさんはゴクッと音を立ててそれを飲んだ。
「の、飲みました……これで……」
「これで、カレンお嬢様は助かるのでしょうか?」
リーサさんが不安げに呟く。
「多分……」と僕は曖昧な返事をする。
だが、僕がそう呟いてから数秒後、
カレンさんの今まで閉じていた瞼が突然くわっと見開く。
「目覚めた!?」
と、僕達が驚きと喜びが入り混じった声を口にする。
次の瞬間、カレンさんはベッドから跳び起きるように上半身をいきなり起こし、
サクラちゃんの頭とカレンさんの頭が激突した。
「いったぁぁぁいっ!!!」
「あいたっ!! えっ、何事っ!?」
カレンさんは自分の身に起きていることを理解できていないようで、キョロキョロと辺りを見回す。
「せ、先輩っ! 大丈夫ですかっ?」
サクラちゃんは頭を押さえて涙目になりながらも、カレンさんの事を心配して声を掛ける。
「へ? え、えぇ……。それより、サクラ、一体何をして……いえ、そもそも私はどうしてこんなところにいるのかしら? 確か、私は魔王軍との戦いの最中で……」
カレンさんは思い出そうとするが、その前にサクラちゃんがカレンさんを思いっきり抱きしめてそのまま押し倒す。
「ちょっ!?」
「せ、せんぱい、せんぱーい!! ………うぅ………うぇーん!!!」
サクラちゃんはカレンさんにしがみ付いて泣き出してしまった。
「サ、サクラ、ちょっと、離しなさいってば」
カレンさんはそう言いつつも、サクラちゃんを振り払おうとはせず、優しく頭を撫でていた。
「おかえりなさい、先輩……」
「もう、そんなに泣かなくても……うん、ただいま……サクラ……」
カレンさんはそう言って泣きづづけるサクラちゃんを優しく抱き返す。
その後、サクラちゃんが泣き止むまでしばらく時間が掛かり、
その日は面会時間を過ぎていたため、僕達は一旦出直すことにした。
最後に、僕もカレンさんに「おかえりなさい」と伝えた。
カレンさんは「ただいま、レイ君」と涙を流しながら返事を返してくれた。
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