第464話 信頼できる二人に

 そして、次の日―――

 僕達は再び病院に来てカレンさんに会いに来た。


 彼女の病室のドアとトントンとノックする。

 すると、「開いてるわよー」とカレンさんの声が聴こえてきた。


 ドアを開くと、カレンさんがベッドから起き上がって、パジャマのままの姿でリーサさんに髪を櫛でとかしてもらっていた。何故かカレンさんの膝元には、サクラちゃんがカレンさんに膝枕されており、緩みきった表情をしている。


「いらっしゃい、レイ君。それに皆も」

 僕達を見て、カレンさんは明るく声を掛けてくれた。


「お邪魔します」

「お元気そうで何よりです、カレン様」

「ふふ、元気で良かったわ」

 僕達は各々が笑顔で挨拶を返し、部屋に入っていく。


「わざわざお見舞いに来てくれてごめんね」


「ううん、僕達が会いたかったから。それと、ケーキを買ってきたから一緒に食べよう」


 僕がそういうと、カレンさんは満面の笑みで応えた。

「あら、それは嬉しいわね」


「そんなにケーキ好きなの?」

 僕がそう質問すると、カレンさんは穏やかな笑顔でこう答えた。


「ううん、勿論ケーキも嬉しいけど……。

 それ以上に、『会いたかった』って言ってくれたのが嬉しかったのよ」


「そんな、当然だよ……」


「ふふ、ありがと、レイ君。

 じゃあ、リーサ、ケーキの事お願いして良い?」

 カレンさんは自身の髪をとかしてくれているリーサさんに声を掛ける。


「畏まりましたわ」

 リーサさんは手を止めてカレンさんの髪から櫛を外す。

 そして、僕の持ってきたケーキの箱を受け取り、食器の置いてある場所に向かった。


「……それじゃあ、昨日は遅かったから聞けなかったけど、教えてくれるかしら。……私が倒れてからの事をね」

「うん、それじゃあ話すね」


 僕達はカレンさんに、今までのいきさつを話した。


 ◆


「―――と、いうわけで、カレンさんは、僕達が調達した材料で作った薬でようやく目を醒ましたんだよ」


「……そうだったのね」

 カレンさんはパジャマ姿で僕の話を聞き終えると、少し照れた様子でそう言った。


「でも、本当に良かったわ。

 回復魔法をどれだけ掛けても、全然目覚めなかったのよ、カレンさん。

 このまま目覚めなかったらどうしようかと……」


「心配掛けてごめんなさい、ベルフラウさん。皆も、助けてくれてありがとう……それに、レイくんも心配してくれていたのよね?」


 と、カレンさんは上目遣いで僕を伺う。


「当たり前だよ!! っていうか、心配して当然じゃん!」


「そ、そうね……ありがとう」


 カレンさんは頬を赤く染めてお礼を言う。

 ちなみに、その間、カレンさんはずっとサクラちゃんを膝枕していた。


「ところで、薬を作ってくれたエミリアは?」

 カレンさんはそう言いながら病室の中をキョロキョロと見渡す。


「ここには居ないよ。昨日まで徹夜で薬を調合してたみたい。夜、僕の部屋に突然来て、薬を渡したと思ったら僕のベッドでばたんきゅーしてたよ。今日はちゃんと自分の部屋に戻ったけど、それでもまだ寝てる」


 ちなみに、エミリアが妙に煤だらけだったから予想してたけど、エミリアの部屋の中は酷い有様だった。

 何度も失敗しながら試行錯誤していたようで薬品が炎上し、部屋の中も煤だらけになっていた。そのせいで、僕達は朝から彼女の部屋の片付けを手伝っていた。


「そうなの……後でお礼を言わないとね」

「うん、そうしてあげて」


 カレンさんは僕の言葉に頷いて、一旦その表情を引き締める。

 そして、言った。


「じゃあ、もう一つ、結局あの戦いはどうなったのか教えてくれる?

 さっきは私が倒れて薬を作るまでの話を聞いたけど、戦いの結末は聞いてなかったわ。私が気絶する寸前に戦ったあの魔物は無事に倒せた?」


「うん、分かったよ」

 それから、僕達はカレンさんに、魔王軍との戦いで起こったことを伝えた。


 まず、カレンさんが戦った巨大な人型の魔物の正体。そして、それをカエデの究極破壊光線で一度撃破し、二度目に起き上がった時はレベッカの極大魔法で完全に消滅させたという事。


 加えて、その魔物を操っていた魔軍将アカメについての情報だ。その間に僕が別の場所で戦っていた、もう一人の魔軍将ロドクとの戦いの行方の事も。


 更にその十日後、元々カレンさんが赴くはずだった任務に僕達が代わりに参加して無事に終わらせた事。その時に、捕らえられていた人々を救助し、とあるお爺さんを保護したことも一緒に伝える。


 最後に王都はまだ復旧の途中で、

 それでも街並みが戻ってきて落ち着きを取り戻しつつあることを添える。


「……そっか、あれからもう二週間は経ってたのね」

 カレンさんは、今までの空白を埋めるかのように時間を掛けて僕達の話を聞いてくれていた。


「それにしても、あの巨体な魔物の正体が過去の魔王だなんてね……」


 カレンさんは当時の事を思い出しながら端正な顔を悔しそうに顔を歪めた。

 すると、カレンさんに膝枕されてるサクラちゃんが言った。


「あの時はわたしも先輩がやられちゃって、動揺しっぱなしでしたよー」


「心配掛けたわね、サクラ」


 カレンさんは彼女の頭を撫でて、サクラちゃんはご機嫌そうな顔をする。

 姉さんはその光景を微笑ましそうに見ながら言った。


「すごかったのよ、サクラちゃん。

 力づくであの魔物から貴女を引き剥がそうとしてたのよ。その後もエミリアちゃんと一緒に沢山の魔物と戦って一歩も引かなかったし、凄い気迫だったわ」


「そうなの?」とカレンさんは自身の膝の上で横になるサクラちゃんに視線を向ける。サクラちゃんは「えへへー」と、照れ臭そうに笑った。


「大活躍だったのね。あーあ、私なんて魔王とはいえあっけなくやられちゃったし……いい加減、英雄の称号も返上すべきねぇ」


 カレンさんは、特に落ち込んだ様子もなくあっけらかんとそんな事を言う。

 その様子に、レベッカは「ふふふ」と笑う。


「ご謙遜を、カレン様も遅れは取ったとはいえ、わたくしが苦戦した魔軍将と互角以上に渡り合っていたではございませんか」


「それだってサクラが一緒だったし、私単独だと追い込むまでは無理だったわ。

 それに最終的にあの魔王を斃したのは、レベッカちゃんだったんでしょ? そろそろ私よりも、皆が英雄って称えられるべきだと思うのよね……っていうか、私は普通の女の子に戻っても良い頃よ」


 カレンさんは何故か僕を見ながら、そんなことを言う。


「??」

 僕が首を傾げると、カレンさんは僕の顔を見てクスッと笑って言う。


「冗談よ。でも、やっぱりもう私より、今は皆の方が相応しいとは思うけどね。私なんて一番強い相手でも、単独で勝ったのは地獄の悪魔とか超大型のドラゴンとかその程度だし……」


「いやいや、“その程度”のレベルが高すぎるって……」

 僕はカレンさんの豪快過ぎる自虐に苦笑する。


「嘘よ、レイ君はそれよりも強い魔軍将に一人で勝ったでしょ?」


「あれは皆が弱らせてくれたのが理由だし、カレンさんに借りた聖剣のお陰だよ」


「相変わらず謙虚なんだからぁ」

 カレンさんは僕の背中をバシっと叩く。


「いてっ」


「私も皆のお陰で意識は戻ったけど、体力も魔力も完全じゃなくてリハビリが必要だからしばらく戦線復帰は無理よ。その間、王都を支えるのはあなた達の役目なんだからね、しっかりなさいな」


「えー、責任重いよ……」


「まーた、何言ってるかしら。私、本当のところは副団長なんて偉そうな肩書は嫌なんだからね? 二人の実力が私を完全に上回ったら、すぐに代わってもらうつもりなんだから」


 カレンさんはそう言いながら、

 僕の背中と膝枕しているサクラちゃんのおでこをぺチぺチと叩く。


「はーい、頑張ります」

 サクラちゃんは元気よく返事をする。


「じゃあ、今日からは私が復帰するまで、貴方が副団長ね」

 そう言って、カレンさんはビシッと僕を指差す。


「は、はい!?」

 突然の無茶振りに僕は声を上げる。


「あら、不満かしら?」


「今、実力が上回ったらって言ったばっかじゃん!!」


「それも本当の話よ?

 今、病み上がりの私とレイ君が決闘でもしたら100%私が負けるもの」


「不公平だよ!」

 僕はカレンさんに反論する。


「だーめ、聞きません。大体、私が居ない間、あいつアルフォンス団長に全部負担が掛かってるはずだから少しは手伝ってあげなさいな」


「うぐ……」

 それを言われると何も言えない。


「サクラもそれでいいかしら? 当分はサクラとレイ君の二人で副団長の仕事をすること。面倒な手続きや書類の仕事はここに持ってきてくれれば全部私がやってあげるわ」


「分かりましたー」

 サクラちゃんはニコニコしながら了承する。


「ふぅ、分かったよ」

 僕にはそう答えるしかなかった……。


 そんな僕達を見て、周りの皆は微笑む。


「ふふ、楽しそうですね、カレンお嬢様」


「レイ様達も、とても楽しそうでございます。きっとカレン様の笑顔が見られたのが嬉しかったのでしょうね」


「良いわねぇ、若いって……。あ、今の間違い、お姉ちゃんはまだ若いから、うん」


 リーサさんの言葉に、レベッカは同意し、姉さんは自分の発言に言い訳してる。そんな彼女達に僕達は笑い合い、元気になったらここに居ないエミリアも誘って一緒に遊びに行こうと約束をした。


 僕にとって、そんな賑やかな日常が戻ってきた事が素直に嬉しいと感じていた。

 こんな素晴らしい日々がずっと続きますように……。

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