第759話 ノルンの部屋にお邪魔するレイくん
【視点:レイ】
ルナの部屋を出た後、僕とノルンはそのまま隣のノルンの部屋に向かう。
ノルンは自室の部屋のロックを解除し、扉を開けてくれた。
「どうぞ」
「お、お邪魔します……」
僕は若干緊張気味に、ノルンの部屋に入る。
「……どうしてそんなにカチンコチンなの?」
「な、なんでだろうね……」
少し前にお風呂でお互い抱き合いながら、”あなたの事が私も好きだった”と言われたのが理由だろうか。その直後に、部屋に来るように誘われたとなれば、意識するなというのも無理がある。
ノルンの部屋はルナとうってかわって無機質で物が少ない部屋だった。この宿は僕達が貸し切っているため、部屋の内装も自由に変えていいのだが、ノルンの部屋は初期の状態とあまり変わっていない。
「ノルン、もうちょっと部屋に何か置かないの?」
「私、趣味らしいものは何も無いの……というか、部屋に居る時は大体寝てるし……」
そうだった。この子は今の姿になって睡眠に一日の半分以上の時間を費やしているのを忘れてた。
「僕もインドアな方だけど、本とかも読まないの?」
「実は私、この姿になって視力があんまり良くないのよ……読んでもボヤけちゃって……」
「あ……だからノルンって目つきが悪いんだね……」
目を細めて睨んでいるように見えるのは、彼女が目を悪くしていたからなのか。
「……どうせ、私は目つきが悪いわよ……」
ノルンは拗ねたようにそっぽを向く。その仕草はなんだか外見相応で可愛くて笑ってしまった。
「ごめんごめん、それなら今度二人で眼鏡を買いに行こうよ。王都にそういう店があったと思うし、コンタクト……は、確かこの世界にはまだ無かったか……」
この異世界は科学や機械技術が発展していない代わりに魔法技術が発達しており、地球に存在しているような機械の代用となるような魔道具がいくつも存在する。眼鏡もその一つであり魔法によって視力を若干矯正することが可能だ。
だが、コンタクトレンズは今の所見たことが無い。おそらく、単純に目の中に何かを詰めるという発想が無いのだろう。あるいは、僕が知らないだけでそんな発想をしなくても視力を矯正出来る手段があるのかも知れない。
「別に、眼鏡が無くても生活は出来るわ……」
「そうかも知れないけど、眼鏡があった方が何かと便利だと思う。睡眠時間が長いのも視力が悪くて疲れちゃうのが理由かもしれないし……もし金銭に余裕がないなら僕がプレゼントするよ。一緒に買いに行こう?」
ノルンは一見するとクールで冷淡な印象を受けるが、中身は若干天然でマイペースな所がある。彼女は自我が強いわけじゃないから、根気よく改善を求めれば理解してくれるだろう。
「……貴方が言うならそうかもね。じゃあお言葉に甘えようかしら」
……と、予想通り、ちゃんと話せばノルンが断ってくることは無かった。
「良かった」
「それじゃあ、明日にでも一緒に行ってくれる?」
「うん。どうせなら部屋に置く家具とかも見に行こうよ」
「お節介ね……分かったわ」
こうして僕はノルンと約束を取り付けた。
……これ、僕からデートに誘ったみたいな形になってないだろうか……?
「まぁそれは良いとして……ノルン、僕と話がしたいって言ってなかった?」
「そうね……今でも十分話をしているけど……隣でルナが眠ってるだろうから、静かに話しましょ」
ノルンはそう言って、自分のベッドに腰を下ろす。
「レイもこっちにいらっしゃい。隣り合って座った方が声を出さずに済むわ」
「……うん」
僕はノルンの隣に腰掛ける。彼女は特に意識してないだろうけど、こうやってベッドで二人で腰掛けるのは割と如何わしい行為ではないだろうか。
ノルンが幼い外見でなければ、僕はもっと強く意識してしまっていただろう。
「それで、話なのだけど」
「うん」
僕が頷くと、ノルンは僕の方に身体を寄せて体重を預けてくる。
「(……これ、絶対素でやってるんだろうなぁ……)」
大概の男は勘違いしてしまう行動だが、ノルンは意外と人懐っこい。
こうやって傍にいると自分から近付いてくる。そっけない態度なのに自分から歩み寄ってくれる辺り、僕は彼女が猫みたいだと常々思っている。
……多分、弟さんもこれをされて苦労してたんだろうなぁ。
「……レイは、彼女達のことどう思ってるの?」
「……」
その質問でノルンが周りの雰囲気の事を察していると気付いた。
「今朝、エミリアとあなた達は喧嘩してたでしょ。最初私もすぐに理由が分からなかったけど、恋愛に疎い私でも流石に理解出来たわ。他の女の子と何かあってエミリアと険悪になったとか……?」
「……うん、大体その通り……」
僕は素直に答えて、隣の部屋のルナに聴こえない様に声を抑えながら、昨日あったことをノルンに説明する。
「なるほど、カレンに告白されて……それが理由で喧嘩になっちゃったのね」
「……うん、でもエミリアは何も悪くないよ」
「……そうね。今回に関しては、レイが優柔不断なのがいけないと思う」
「……返す言葉もございません」
ノルンはバッサリと僕が悪いと言ってくれた。ある意味、それは他の子達がしてくれなかったことで僕は少しホッとする。
「ただ、レイの感情を察するなら即断は出来ないでしょうね。……カレンの事、好きなんでしょう?」
「……やっぱりノルンにはバレバレだったよね」
「以前に話を聞いてたからね……。憧れてた女性に告白されてキスもされて……たとえ彼女が居たとしても、男の子ならきっと夢見るシチュエーションだと思うわ。優柔不断だとは思うけど、仮に私が貴方の立場だとしても拒否することは出来ないと思う」
「……ノルン」
「……それで、レイはどうしたいの? エミリアと別れて、カレンと付き合う?」
「……そんな事はしないよ。僕はエミリアの事が好きだもん」
「……じゃあ、カレンの事を諦めるの?」
「……それは」
僕はその問いに答えることが出来なかった。
「……なるほどね。二人の女性から選ぶことが出来なくて思い悩んでるわけか……」
ノルンは、呆れというよりは何処か同情めいた声でそう呟く。
だが、ノルンは知らないだけで、僕にはそれ以上の事態に直面している。
「……実は」
「……?」
僕の呟きに、ノルンは反応する。
「……他にも、レベッカとルナにも告白されているんだ……」
「……そういうこと」
ノルンはチラリとルナの部屋の方の壁に視線を移す。
「世の男性からすれば、羨ましいことこの上にないわね。嫉妬の的にされて呪い殺されても文句言えないかも」
「……だろうね。僕だってもし他人事ならそう感じると思う」
「……確認するけど、ベルフラウからは何も言われてないの?」
「え、姉さん? 姉さんから別に……」
「(……ある意味、ベルフラウが一番面倒なのかもね……)」
「……?」
「なんでもないわ。それより、四人の女性から告白を受けるような立場になったわけだけど、レイは告白を保留にしたのよね」
「……うん」
僕は頷く。そして、同時に胸が痛くなるのを感じた。未だに考えが纏まらず誰を選ぶことも出来ずにいたからだ。
「……二択さえ選択できないのに、四択を選べるわけないわよね……」
「……」
僕はその質問に答えず項垂れる。
「……最大で”
「……え、今、なんて……?」
「……聞かなかったことにして」
そう言ってノルンは僕の疑問をはぐらかした。
「……実は、レベッカから提案を受けてるんだ。もし、選べないなら、私の故郷に来ないか……って」
「レベッカの故郷に? どういう事……?」
「レベッカの故郷……ヒストリアは、かなり辺境にある場所らしくて旅人が滅多に訪れない場所らしいんだ。
だから、今はもう人が殆ど居なくて……結果、一人の男性に対して複数の女性と婚姻を結んで、血が途絶えない様にしてるとか……」
「……つまり、レベッカの提案っていうのは……そこで皆で結婚する……そういうこと?」
「……うん。正直、倫理的にどうかと思うし、常識的に考えてそんな選択はいけないと思うんだけど……」
「(……)」
ノルンは少し考える素振りを見せて、僕の目を見る。
「……確かに、一夫多妻制というのは主流ではないわ。だけど、決して例外が無いわけじゃないのよ。王族とかは優れた跡継ぎを残すために、正妻以外に沢山の側室を持つように推奨されているわ。実際、フォレス王国もそうだし……」
「……僕も聞いたことはあるけど、別に僕は血を残したいわけじゃないし……。……だ、大体さ……それってようは大勢の女性と……その……ね?」
途中で言ってて恥ずかしくなって尻込みして声が小さくなってしまう僕。
「まぁ、今の貴方には刺激の強すぎる話ね……。世の中の男性なら世間体さえ気にしなければ喜び勇んでそうだけど……」
「そもそも、僕は誰かと添い遂げるっていうのが……そんなの出来るのかな?」
「……少なくとも、貴方は愛される才能はあると思うわよ」
「な、なにそれ?」
「女性は本来、力強くてたくましい男性に対して好意を抱きやすい。反面、貴方は見た感じそこまで強そうに見えないし、身体の線も細いし、どっちかというと女の子みたいな顔だし、心なしか言動も中性的で性別が判りづらいし……」
「(全然愛されそうな才能ないじゃん!!!)」
「……だけど、貴方の周りの女の子は、皆あなたの事を信頼してる。あなたの内面に惹かれてる。あなたの優しさに救われてる。そして、皆、あなたに守られると同時に、あなたの弱さに気付いて守ってあげたいとも考えてる」
「……っ」
「それは立派な”愛される才能”、片方が守られる関係じゃない。互いに共存し合うという生物において当然の摂理。少なくとも、私が今まで出会ってきた”男性”の中でもあなたは飛び抜けて女性から好かれる性格だわ」
「……」
「あなたにはピンと来ないかもしれない。でもね、実際、私もそれを体感してるの……」
「……え?」
ノルンの言葉に、僕は一瞬困惑した。
すると、ノルンはこちらを見て――優しく微笑んだ。
「……だって、私も、あなたの事が気になって仕方ないんだから……」
――ノルンのその言葉は、僕を異性として好いていると言っているように聞こえた。
「ノルン……それって……」
「……もう、これで二度目なのにまだ分からないの? さっき、お風呂でも勇気出して告白してあげたのに……」
「!!」
……お風呂で聞いた”あなたの事が、私も好きだった”って言葉。
あれは、弟さんじゃなくて僕に向けての言葉……?
「あの時の言葉は、弟さんへの想いじゃ……?」
「勿論、あの子に対しての言葉でもあるわ。周囲はいつも私を特別扱いして、まともな交流すら出来なかったのに、あの子だけは私を特別扱いしなかった。
私をちゃんと見てくれて、他愛の話を聞いてくれて、そして……ずっと私を大切にしてくれていた。私の彼に対する感情は、多分”愛”以外の何物でもない……この想いはきっとあの子だけなの」
「……なら」
「……あなたと弟は違う、それは事実。
……でも、人が人を愛するのは生涯に一人だけとは限らない。あなたが何人もの女性に言葉では表せない感情を秘めているように、私もそんな想いがある……ふふ、あなたと私は似ているのかもね……」
そう言ってノルンは微笑む。
「……それに、あの子はもう居ない……。でも、あの子ならきっと『自分の幸せを選んでほしい』と言ってくれるわ……。あなたと同じく、あの子は優しかったから……。私も、ずっと感情の整理が付かなかったけど、いい加減、進まないとね」
ノルンが弟さんの事を語る時は悲しそうな表情をする。だけど、今は微笑んでいた。
「……僕は、色んな女の子に好意を持たれてるけど……でも、まだ誰か一人だけを選ぶなんて出来ないよ」
「レイのその答えを私は尊重するわ」
「誰かが傷つかない答えを見つけなきゃいけないと思ってる……」
「ならその前提で考えましょう。誰か選ぶんじゃなくて、”全員を幸せにする”……これがあなたの望み。
そして、私を含めた彼女達の望みは、”あなたと一緒に居たい”……私が言えるのはここまでよ。後は、あなたが最後の大きな一歩を踏み出すだけ……きっと、あなたにとって魔王なんかを倒すよりもずっとずっと大事な一歩よ」
「……」
魔王を倒すことより大事な一歩。
「……私の話はここまでね。あなたも色々あって疲れたでしょう。部屋に帰って休みなさい」
「……うん」
僕は頷いて、ベッドから立ち上がる。
「怖がらないで……レイ、あなたは自分の想いのままに行動すればいいの」
「……ありがとう、ノルン」
「どういたしまして……じゃあ、最後にご褒美あげるわ」
そう言って、ノルンは立ち上がって僕に身体を寄せて小さな身体を精いっぱい伸ばす。そして、僕の頬に小さな手で触れると頬にそっと口づけをした。
「……っ!」
「ふふ」
ノルンは悪戯っぽく笑ってから僕から離れる。
「明日のデート、楽しみにしてるわ」
最後に、彼女と約束の確認をしてから僕は部屋を出た。
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