第758話 思わせぶりのノルン
【視点:レイ】
あなたの事が私も好きだった。
この言葉は、ノルンが死んでしまった弟さんに伝えられなかった想いだ。
それは、僕に対しての言葉じゃない。
……だが、こんな風にお風呂場で密着して抱き合って、耳元で囁かれると、自分に告白してるように聞こえてしまう。
「……ノルン……」
僕は思わず彼女の名前を呼ぶ。
「……どうしたの?」
彼女は僕を抱きしめながらそう返してくる。その表情はいつもと同じで照れた様子もない。無表情とまではいかないが、相変わらず目を細めて眠そうな顔。彼女の平常運転。
「い、いや……なんでもない」
僕は恥ずかしくなって彼女から離れる。
そんな僕の様子を見てノルンはクスリと笑った。
「ふふ、照れちゃって可愛いわね……」
そう言って彼女は僕の頬を指で突くと、湯船から立ち上がって体のタオルを手で押さえながら脱衣場に向かう。しかし、ノルンは途中で足を止める。
「……どうしたの?」
「……ね、レイ。夕食が終わった後、私の部屋で話をしない?」
「……っ!!」
ノルンの言葉に僕は色んな意味で動揺した。
濡れた髪を抑えながらバスタオルを抑えて、少し赤らめて僕にそう提案するノルンに、普段は感じない大人の女性らしさを感じてしまったからだ。
僕は、胸の動揺を抑えながら彼女にこう質問する。
「それは、その……ノルンの部屋で二人でって事……?」
……何を当たり前の事を聞いてるんだ、僕は。
「そう言ってるのだけど……もしかして他に予定ある?」
「ええと……実は、ルナが今風邪で寝込んでて……彼女の様子を見てからって事でいい……?」
僕がそう質問すると、ノルンは少しだけ驚いた表情をする。
「ルナが……それは心配ね……。私も、気になるから夕食の後で二人でルナの部屋に行きましょうか。その後で、どう?」
「……う、うん」
僕は頷くと、ノルンも満足げに頷き返し脱衣場に向かっていった。
「……」
ノルンがお風呂を出ていってから、僕はしばらくさっきの出来事を反芻する。
「(……ノルン、さっきのは弟さんの事を好きって言ったんだよね……?)」
普通に考えたら弟さんに対しての感情だと思う。なのだけど、どうしてかノルンは僕に「好き」と言ったように思えてしまった。
だが、これは自分の勘違いだろう。最近、色んな人に想いを告げられて舞い上がってしまっているのだ。
「ダメだ、頭に熱が登り過ぎて馬鹿になってる……。さっさと出よ……」
僕はそう思って、さっさと脱衣所に向かった。
◆◆◆
その後、ルナを除いた全員で二時間半遅れの夕食となった。
僕達は食事をしながら、今、熱を出しているルナの話をしていた。
「姉さん、ルナの様子はどう?」
「熱冷ましの薬を飲んで今は静かに眠っているわ。風邪もそこまで酷くは無さそうだし、明日まで安静にしていれば大丈夫よ」
姉さんの言葉を聞いて、皆も安心した表情を浮かべる。
「そうですか……安心しました……」
「ルナ様、帰ってきた時はレイ様に抱えられてぐったりしておられましたからね……。最初、何があったのかと不安でございました……」
エミリアの安堵にレベッカが同意する。
「それで、レイ。ルナはなんで帰ってくるのが遅かったのですか?」
「言われてみれば、ルナ様の事が心配で理由を聞いていませんでしたね……レイ様、ご存知ですか?」
と、エミリアとレベッカが僕に理由を聞いてくる。僕は、肝心な部分だけボカして二人に説明する。
「うん、橋の上で誰かと話してたみたい。でも、今日は外が随分と冷えてたから身体を冷やして熱出しちゃったみたいだね……」
「そうなんですか……」
「ここ最近、急激に冷え込んでおりましたからね……」
「うん、僕らも気を付けないとね」
二人にそう説明をした後、僕はそそくさと食事を進める。だが、そうしていると姉さんが僕をジロジロを見ていることに気付いた。
「……何、姉さん?」
「……べっつにー?」
姉さんはそう言って、少し怒ったように僕から視線を逸らしてご版を食べ始める。
「……?」
ノルンは姉さんの様子に怪訝な表情を浮かべていたが、すぐに食事を終わらせて席を立つ。
「……ご馳走さま。ルナの様子を見てくるわね」
「眠ってるみたいだから静かにね、ノルンちゃん」
「分かったわ」
ノルンは姉さんの注意に頷きながら、少しだけ僕に視線を移す。僕が小さく頷くと、ノルンはすぐに振り返って二階の階段に向かっていった。
「ご馳走様」
僕も食事を終えて、自分とノルンが置いていった食器を纏めて台所に持っていく。そして皆に声を掛けてから僕もルナの部屋へと向かった。
その後、レイとノルンが去った後の食卓では……。
「……あやしい」
ベルフラウは、その女神パワー(詳細不明)による女の勘で二人の雰囲気が違う事を感じ取っていた。
「ご馳走様でございました。……ベルフラウ様、何が怪しいのでございますか?」
既に二回御代わりを繰り返したレベッカもようやく食事を終えて箸を置く。そして、ベルフラウの呟きに小さな頭を傾げる。
「二人の事よっ! ……なんか怪しいと思わない?」
「……と、言われましても……。エミリア様、どう思われます?」
レベッカの隣で、食後のコーヒーを飲んでいたエミリアは「別に」と短く答える。
その反応が不服だったのか、ベルフラウは頰を膨らませた。
「エミリアちゃん、なんでそんなに素っ気ないの?」
「……そんなに気にしなくても。レイはベルフラウの元から去ったりしませんよ……」
「むぅ……! エミリアちゃんだって気になるでしょ、レイくんの事……」
「……はぁ」
エミリアはため息を付いてコーヒーのカップをテーブルに置く。
「ベルフラウはレイの事になるとムキになり過ぎですよ。彼だってずっと子供じゃないんですから、精神的な成長と共に、感情や関係性が変化したって不思議じゃない。……実際、私達の関係性だって以前とは異なっているでしょう」
「だとしても! ノルンちゃんとは最近会ったばかりじゃない。……なのに不思議と仲良いし……さっきも私の女神センサーが反応したのよ……二人が何か隠してるって……!」
「……女神センサーって何……? それ言い出したら、レベッカなんてもっと仲良くなるの早かったですよ」
「む、わたくしでございますか?」
エミリアの言葉にレベッカが反応する。
「まあ、レイ様との絆は深淵よりも深いと自負しておりますが……」
レベッカは何処か誇らしげにそう語る。
「レベッカなんて初めて会った日に、レイと二人きりで宿で一夜を過ごしたんですよ。それに比べたら健全も良いところじゃないですか」
「エミリアちゃん、言い方!!」
実際、レイとレベッカは初めて会った日に宿で一夜を過ごしたのは事実だったりする。
「……あの夜は、本当に素敵でございました……♪」
レベッカは目をキラキラさせて恍惚な表情を浮かべる。
「(冗談のつもりだったんですが、マジで何かやってたんですか……?)」
「(レベッカちゃんは思わせぶりな発言が多すぎて読めないわ……)」
恍惚の表情を浮かべるレベッカを見て二人はコソコソと話し合う。
「……こほん。私の意見としては、今は動向を見守りましょう、ということです。なんでも疑ってかかるのもどうかと思います」
「……むぅ。もし、二人がナニかしてたらどうするの?」
「……その時は……」
エミリアは遠い目をして言った。
「……ロリコン罪でレイを詰所に連れて行きましょう」
※そんな罪状はこの世界にも存在しません。エミリアのでっち上げです。
◆◆◆
一方、レイとノルンは―――
「お待たせ、ノルン」
「来たわね、じゃあ入りましょう」
僕とノルンはルナの部屋の前で待ち合わせて、静かにルナの部屋の扉を開けて中に入る。
ベルフラウの言った通りルナはベッドで静かに眠っていた。僕達は彼女のベッドの傍に移動して彼女の様子を見守る。
「……安らかに眠っているわね」
「……うん」
ノルンの言葉に頷いた僕は、ベッドに掛けてあったタオルを手に取って、眠っているルナの顔を汗を拭う。そして、彼女の額に手を当てて熱を測る。
「熱は最初よりは下がってるね……呼吸も乱れてない……」
「……なら良かったわ」
僕がノルンにそう言うと、ノルンは安心したように息をつく。
「(……ルナ、僕がはっきりしないせいでこんな想いをさせてごめんね……)」
僕は心の中で彼女に謝罪する。彼女が寒空の下で悩み続けさせる理由を作ったのは僕が原因だ。まだ誰にも話していないけど、僕は彼女に告白を受けている。
僕も彼女の気持ちを知って返事はした。だが本当の意味で答えを出したわけじゃない。僕は自分の手を布団の中に潜り込ませて布団の中の彼女の手を取る。
「(……もう少し待ってて……ルナ……僕なりに答えを探すから……僕も皆も、納得できる方法……)」
心の中で彼女に伝える。すると、微かにルナの手が動き、彼女は僕の手を握り返してくれた。
「……ルナ」
しかし、ルナは相変わらず眠ったままだ。
「……そろそろ出ましょう。彼女を安静にさせてあげないとね」
「……うん」
僕は握っていたルナの手を離して、椅子から立ち上がる。そして、起こさない様に二人で静かに部屋を出るのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます