第983話 その場凌ぎの主人公とヒロイン

 次の日の朝――


「お、おはよう……」

「おはようみんなー、良い天気ねー♪」


 ほぼ夜通しで詰問を受けていた僕と、その僕を詰問していた姉さんは遅れて朝食へと向かう。


 結局、姉さんに根掘り葉掘りあったことを聞かれてしまい、ある程度黙秘権は行使したものの一睡も出来なかった。


 お陰で眠くて仕方ないが、詰問していた側の姉さんは何故か元気そうだ。


「あ、二人とも。おはようございます」

「おはようー」


 姉さんと僕が朝食の部屋に向かうと仲間は全員揃っていた。当然、昨日デートしたレベッカも。


「……あ、お……おはようございます、レイ様……」

「う、うん……」


 僕の視線に気付いたレベッカは顔を赤らめて僕の声を掛けてくれる。その後、照れ隠しなのかすぐに僕から視線を逸らされてしまった。


「(昨日の今日だから話しづらい……)」


 デートに誘ったのはこちら側なのだからそれもおかしな話である。


 二人きりの時ならともかく他の皆が近くに居ると皆の視線もあって恥ずかしさが込み上げてくる。


 なので僕もレベッカから視線を外し、なるべく平静を装って姉さんと同タイミングで椅子に腰掛ける。


「……」


 椅子に座ってテーブルを見渡すと、隣にはニコニコとした表情を浮かべる姉さん。しかし、それ以外のメンバーは全員僕をなんとも言えない表情で見つめていた。


「(き、気まずい! 隣の姉さんは別の意味で怖いし、誰か何か言ってよ……!)」


 僕がそんなことを考えていると、ぬぅっと襖の戸が開いてそこから巨体の長老様が部屋に入ってくる。


「ふはは! 皆、集まっているようだな!

 ……む? 何故だか婿殿を中心に微妙な雰囲気になっているようだが……。ふはははははは!! まずは吾輩が用意した朝食を食べると良いぞ!!」


 長老様はそう言って僕達の前に朝食を手早く用意してくれた。


「(ナイスタイミング、長老様!)」


 僕は周りの皆に気付かれないように密かに長老様に向けて親指を立てる。


「ふはは! さぁ、召し上がれ!」

「……あ、はい」


 長老様の勢いに押される形でとりあえず朝食を食べ始める僕達。そして皆で朝食を食べながら今日の予定を話し合うことにしたのだが……。


「おお、そうだ婿殿……」

「?」


 食事の最中、長老様が言った。


「そこのカレン殿からの情報だが、不審者が村の中をうろついていたらしいの。


 婿殿は我が孫と一緒に夜外出していたらしいが、それらしい人物は見なかったかの?」


「不審者……」


 僕は昨日アカメに聞かされた話を思い出しながらカレンさんに視線を向ける。すると僕と視線があったカレンさんがコクンと頷く。


「私とエミリアが夜通し不審者が現れないか捜索してたのだけどね」


「結局見つかりませんでした。私とカレンの目から逃れるって事は相当な手練れだと思います。レイとレベッカに聞きたいんですが、それらしい人物を見掛けませんでしたか?」


「いや……僕も気付かなかったよ。……レベッカは?」


 僕がレベッカに視線を向けると彼女は首を横に振って否定する。


「わたくしも気付きませんでした……申し訳ございません」


「……ふむ。二人も気付かなかったとなると完全に手詰まりですね。流石に最上位級の冒険者四人が気配を捉えきれないのは考えにくいですし……」


 エミリアは「はぁ」と息を吐いて、茶碗をテーブルに置いて手を合わせる。


「その不審者ってどんな格好してるの?」


「見たのはカレン一人なので……説明お願いできますか、カレン」


「分かった。レイ君とレベッカちゃん以外も聞いておいて。金髪の長い髪に眼鏡を掛けていて身長は大体私と同じくらいの女に見えたけど、黒装束と黒いフードを被ってたから顔はよく見えなかったわ」


「ふむ……黒装束に黒いフード……どう見ても怪しいのぅ……」


 長老様は腕を組んで考え込む。


「金髪ねぇ? 知り合いに一人いるけど……こんなところに居るわけないし……」


 僕の隣に座る姉さんが不思議そうな顔をして呟く。


「……うーんと、金髪……金髪……」


 ルナは少しだけ考える素振りを見せて手を挙げて言った。


「カレンさん、質問いいですか?」


「良いわよ、どうしたの?」


「その金髪の不審者さん……どんな雰囲気でした……?」


「うーん、雰囲気と言われてもね……」


「こう……何か、その不審者からカレンさんが感じた事はありますか……?」


「……そうねぇ……」


 カレンさんは少し考えてから「そう言えば」と呟いた。


「妙に気配が薄く感じたのよね。存在感が乏しいというか……私もかなり集中しないと気配を察知無かったくらいよ」


「気配が薄い……そういう技能でもあるのかな?」


「もし戦士としての技で私の技能を上回ったのなら大したものだけど……」と、カレンさんはそこまで口にするのだが、「そこまで戦い慣れた雰囲気は無かったわね」と付け加える。


「他に何か特徴はある? カレンさん」


「一言二言会話を交わしたくらいだから、私にもそれ以上は分からないわね。

 ただ、私が攻撃を仕掛けると同時に姿と気配を晦ましたから、何かしらの魔法を使っているのだと思う。もし出会ったら気を付けて」


「カレンさんですら警戒する相手か……」


「相手に敵対の意思があるか分からないけど、もし私やルナが一人で遭遇したら危ないかもしれないわね」


 僕の言葉にノルンがそう付け足す。


「念のため、村の者達にも伝えておこう。目的は分からんが、この村に害を及ぼす存在であれば捕まえて真意を問いただす必要がありそうじゃ。では、吾輩は先に上がるとしよう……婿殿達はゆっくりと朝食を堪能するといい」


 長老様はそう言って立ち上がる。そして彼は皆に目配せしてその場を去って行ったのだった。


「長老様が出ていったことだし、不審者の話はここまでにしておきましょうか」


「で、次は――」


 ヤバい。この流れは明らかに僕とレベッカに話を振ってくる流れだ。

 僕とレベッカは視線だけでやり取りする。


『ど、どうしましょう……』

『ま、まだ正式に決まっていないし……ここで全部言うのはちょっと……』


 ある程度の話は既に姉さんに言ってあるが、それでもプロポーズしたことは黙ってある。


 デートの感想くらいならいくらでも答えられるが、絶対それ以上踏み込んでくるのは皆の剣幕で予想出来る。なので今は逃げ一択だ。


 という事で――


 僕とレベッカは示し合わせて同時に椅子から立ち上がる。


「あ、申し訳ございません。わたくし両親から神殿に来るようにと言われておりました!」


「僕もちょっと用事が出来たから、行ってきます!」


 そして素早く荷物を片付けると、僕はレベッカの手を引いて屋敷を後にする。


「あ、逃げた」


「まぁ時間はある事ですし帰ったらたっぷり話を聞けばいいでしょう」


 背後からそんな姉さん達の声が聞こえて来たが気にしない。そしてそのまま僕とレベッカは屋敷を出て神殿に向かって歩き出したのだった。

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