第984話 愛を知る勇者レイくん

 レベッカとのデートを終えた次の日の朝。朝食を終えた僕達は、仲間達に質問責めにされる前にレベッカと共に屋敷を出て神殿に向かっていた。


「うぅ……緊張する……!」


「レイ様、気持ちはお察ししますが落ち着いてくださいまし。深呼吸でございますよ」


 レベッカに言われ、僕は大きく息を吸ってゆっくり吐く。


「ごめん……昨日から一睡もしてなくて……」


 昨晩は姉さんから夜通し笑顔で詰問を受けていたのだ。おかげで今日寝不足である。そんな僕を見てレベッカは優しく微笑む。


「ですが、わたくしとても嬉しいのでございます。レイ様に選んで頂き、今はこうしてレイ様がわたくしの両親に挨拶までして下さるとは……わたくし、とても感激しております……」


「あ、あはは……」


 目を輝かせて感動するレベッカを見て、僕は心の中で少しだけ罪悪感を感じていた。僕が彼女に対して抱く想いと決意に嘘偽りはないつもりだ。


 ……でも。


 『貴方、誰かにレベッカの事を頼まれたんじゃないの?』


 昨日、蒼い星に言われた言葉を思い出す。その言葉を僕は否定しきれなかった。


 もし彼女のお父さんに頼まれなければ、僕は昨日のように彼女にプロポーズしたかどうか自信が無い。仮にあったとしても長いスパンを置いて考えてからプロポーズしただろう。


 ……その場合、確実に時間切れになっていただろうが。


 もし僕が彼女に対しての想いが家族に対しての家族愛だったとしたら?


 プロポーズしたのも、彼女と彼女の両親を救いたいという使命感によるものだったとしたら?


 もしそうだったとしたら僕は彼女の想いを踏みにじってしまう。


 僕が仲間からの追及から逃げようとしたのは、もしかしたらそこを責められたら何も言えなくなったからじゃないのか……?


 いつの間にか、神殿へと向かう僕の足が止まっていた。


「……レイ様?」


 僕が足を止めた事を不思議に思ったのか、レベッカが僕を見つめて首を傾げる。


「あ……」


 僕はとっさに何か言おうと口を開いたのだが、そのまま何も言えず口を閉ざしてしまう。そんな僕の様子を見て彼女は小さく笑った。


「レイ様、まだ緊張なさっておられるのですか?」


「……それは」


 言えなかった。

 この期に及んで自分の気持ちに疑いが出てしまったことを。

 言えなかった。

 もしかしたら僕にキミを愛する資格が本当にあるのかと。


「……ごめん、僕は――」


 僕にキミを愛する資格は―――


「――随分と辛気臭い顔をする男だ。貴様に神子様を任せたのは間違いだったか」


 そこに、まるで冷や水をぶっかける様な声が辺りに響いた。

 

 僕とレベッカが声が聞こえた方に顔を向けるとそこには一人の男性が立っていた。


 その男性は弓を片手に持ったまま、冷ややかな目で僕を睨んでいた。


 確か、この人は……。


「プラエ様……」


 レベッカはその男性の名を呼ぶと、男性……神官プラエは弓を下ろしてレベッカの前に跪く。


「神子レベッカ様。突然のご無礼をお許しください」


「あ……いえ。プラエ様もお変わりないようで何よりでございます。ですが、どうしてここに……?」


「ラティマー様に命を受けまして、お二人を迎えに上がりました」


 そう言いながら神官プラエは立ち上がる。


 だが、僕達を迎えに来たという割には妙に敵意を感じる。


 その敵意はレベッカではなく、僕に一人に向けられていた。


 しかしレベッカはその敵意に気付くことなく、いつも通りの態度で神官プラエに接する。 


「そうですか、母上が。丁度良かったです。今からレイ様と一緒に神殿に向かうところでございました。ですよね、レイ様」


「……うん」


 僕は目の前の神官プラエから視線を外さずにレベッカの質問に答える。


「レイ様?」

「ごめん、レベッカ。先に行っててくれる?」

「え……?」


 突然の僕の提案に戸惑うレベッカだったが、僕は構わず続ける。


「彼と話がしたいんだ」

「そ、それは構いませんが……」


 レベッカは少し戸惑った様子で僕と神官プラエの二人を交互に見る。


「……わかりました、レイ様」


 少し悩んでからレベッカは僕から離れると、そのまま神殿の方に向かって行った。それを見届けた僕は改めて神官プラエに向き合う。


「……」


 改めて神官プラエと視線を交えると、先程よりも僕に対して敵意をハッキリと向けてきていた。


「……さっきの言葉、どういう意味ですか」


 僕は彼に問う。


 胸に渦巻く感情もあってか、僕自身苛立った表情をしているに違いない。


 さっきの言葉とは『貴様に神子様を任せたのは間違いだったか』という彼の言葉だ。

 

  レベッカは気に留めていないようだったが、明らかに僕に向けた侮蔑の言葉だった。



「どうもこうもない。そのままの意味だ。神子様が連れてきた客人だったのでしばらく様子を見ていたが、俺はどうも貴様の事が気に入らん。

 先程の貴様のツラは何だ? 神子様があれほど貴様に好意を抱いているというのに、貴様はまるで神子様を拒んでいるような顔をしていたぞ」


「……っ」


 神官プラエの言葉に僕は思わず押し黙る。


 彼女に対する後ろめたさと疑念に満ちていたから、そう思われても仕方がないかもしれない。だが、僕や彼女の事をよく知らない目の前の男にそれを指摘されるのは不愉快だった。


「……」


 しかし、感情の向くままに声を出すのはあまり好ましくない。


 ここで僕が感情的になってこの男に掴みかかってしまうと、レベッカや彼女の両親、それに僕によくしてくれている長老様に迷惑を掛けてしまう。


 なので僕が出来るのは静かに彼を睨み返すことだけだった。


「……フン、だんまりか。益々気に入らん。

 そもそも俺はこの村に余所者を連れてくるのは反対だったのだ。高潔な神の血を分けた俺達と違って余所者は穢れた血が混ざっている。

 神子様が連れてきたからと大目に見てやっていたが、貴様はこの村の者達を危険に晒す存在になりかねん。神子様は何故こんな奴らを連れてきたのか、解せんな……」


「……っ!」


 こちらが黙っているのを良いことに、随分と好き勝手言ってくれる。


 他の皆なら一言気の利いた言葉を返すか、あるいは一発ぶん殴るとかするのだろうけど、今の僕は彼女に対しての罪悪感もあってかそこまで強気には出られない。


 だが、僕のレベッカに対する気持ちに余所者だの穢れた血だのと好き勝手言われて黙っていられる程、僕は大人ではない。


 一言、何か言ってやろうと僕は口を開けるのだが――


「黙って聞いていれば――」


「――やはり神子様は余所者と関わらせるべきではなかったのだ。最初の予定通り、許嫁の俺と式を挙げていれば、こんな余所者など連れてくることも問題を起こすことも無かっただろうに。昨日現れたという不審者もどうせ貴様ら絡みだろう。全く、余計な面倒を――」


「―――は?」


 神官プラエの言葉の中に、聞き逃せない言葉があった。

 僕は思わず彼に向かって問い質す。


「今……何を言った??」


「…………不審者の事か? 貴様らも聞いているのだろう。昨日、深夜に現れたという謎の女だ。

 正体は不明だが金髪の女と異国の衣装を纏っていたと聞いている。十中八九、この国の人間ではあるまい。

 だとすれば貴様らの仲間か、そうでなくとも貴様らと同じ余所者だ。分かったらならさっさと――」


「―――違う。『許嫁』って言葉の方だよ」


 僕は神官プラエの言葉を遮るように。何故か黙り込んだ神官にもう一度聞こえる様に、僕は低い声色で再度同じ言葉を繰り返す。


「……何?」


 僕の言葉に何かを察したのか、神官プラエの目の色が変わる。

 そして明らかに怒りを含んだ目で僕を睨みつけてきた。


「それが貴様に何の関係が――」


「あるに決まってる。 彼女は僕の大切な人だ!!」


 僕は神官プラエの言葉を遮って叫ぶ。


 そう、レベッカは僕達の大切な仲間だ。そして僕にとって妹のような存在でもある。


 実妹の妹のアカメが現れた今でもそれは変わらないし、出会った当初からずっと僕は彼女を気に掛けていた。


 彼女と過ごした年月は三年と数ヶ月だ。他人からすればたったその程度の時間と思うかもしれない。


 だが、彼女過ごした時間はとても濃密で、その時間の中には思い出すと胸が苦しくなるほどの辛いことも悲しいこともあった。それ以上に彼女と過ごした時間は僕にとって掛け替えの無い時間で、この先もずっと大切にしていきたいと思える時間でもあったのだ。


 そんな僕の大切なレベッカとの思い出の日々を、たかが”許嫁”とかいう身分だけ優遇された関係だけの男に踏みにじられたとあっては、黙っていられない。


 っていうかもう黙っていられるか、コノヤロー!!


「……何を馬鹿なことを。俺は神子様が幼少の頃に親同士で決められた許嫁だった。

 俺の両親は数年前に狩猟中に魔物に襲われて帰らぬ人となったが、その約束は今でも違えていない。

 神子様が旅に出るということで、婚約は延期になってしまっていたが、こうして帰ってきた以上、彼女と俺との婚約は確定事項だ。余所者の貴様が口を挟むことではない」


 神官プラエの物言いに僕は怒りを通り越して、呆れ果てる。


「……その約束。レベッカは知ってるのか?」


「ふん、当然知っているだろうさ」


 レベッカの様子を察するに、それを気にしているようには感じなかったが……。


 しかし、彼女の両親のウィンターさんとラティマーさんは当然知っているだろう。だがこの男の名を口にすることは一度も無かった。


 あくまで予想でしかないが……おそらくウィンターさんとラティマーさんは、この男の両親が亡くなった時点でその約束は破棄されたものと考えている。いや親同士の約束よりも娘の気持ちを優先しようとしているのだろう。でなければ、ウィンターさんが僕にあんな頼みごとをするとは思えない。


 反面、この男はレベッカとの許嫁の関係はずっと続いていると考えている。それはまぁ仕方ないのかもしれない。彼女の両親が直接破棄すると口にしない限りは。


 ……だが、問題はこの男がレベッカの事をどう思っているか、だ。


「……質問、いいか?」


 僕自身、気が付かなかったけど、いつの間にか目の前の男に対しての態度が変わっていた。


「何だ?」


「神子……レベッカの事はどう思っている? 彼女の事が愛しているのか?」


「……愛している? 馬鹿か、貴様?」


 僕の質問の意図が分からなかったのか、神官プラエは不可解そうに顔を歪める。


「許嫁なのだから、感情など関係あるまい。我々ヒストリアの民は神子の血を絶やしてはならない。感情など不要。我らは使命の為に未来を見据えて子を為すのみだ」


 ……そうか、その程度の認識か。なら遠慮はいらない。


「お前なんかにレベッカは渡さない」


「……は?」


「レベッカは僕が連れていく」


 僕はそう宣言すると、神殿に向けて歩き出す。


「な……おい待て貴様! どこへ行く!?」


 僕の宣言に慌てた神官プラエが慌てて僕を呼び止めてくる。

 だが、僕の気持ちはもう決まった。


「レベッカのところに決まってます」


 気持ちが決まったと同時に僕の口調は元に戻っていた。もう、この男とこれ以上感情的に話す意味が無いと判断出来たからだろう。


「ふざけるな! 勝手に何を言って……!」


「ふざけていませんよ。僕はこの後、レベッカと一緒に彼女の両親の所へ行って彼女と結婚する意思を伝えに行きます」


「……な、何!?」


「貴方の気持ちは分かりました。貴方はレベッカの事など何も考えていない。

 自分が”許嫁”だから、”使命”がどうのなど、彼女を一人の女の子として考えていないし、彼女の両親がどう考えているかも分かっていない。

 仮に貴方がレベッカと結婚などしてしまえば、レベッカはきっと悲しむことになる」


「ふざけるな!何を勝手な事を――!!」


「……僕が、彼女を幸せにします」


 僕は神官プラエに向き直り、ハッキリと宣言する。


「今ならはっきり言えます。僕は彼女を愛している。この想いは誰にも負けません」


「貴様……ふざけたことを……」


 僕の言葉に怒りで顔を真っ赤にした神官プラエが弓を僕に向けようとする。だが、その矢が放たれる前に僕の背後から野太い笑い声が響き渡る。


「ふはははははははは!!!! 話は聞かせてもらったぞ、婿殿!!!」


 この声は……!


 僕が後ろを振り向くと、そこには――

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