第985話 レイくん、結婚するってさ

「ふはははははははは!!!! 話は聞かせてもらったぞ、婿殿!!!」


 聞き覚えのある笑い声が背後から聞こえて振り返ると、そこには大体予想通りの人物が腕を組んで立っていた。


「長老様……」


「ふははははははは!! 一人の女子を巡って、恋敵同士が争う。実に青春ではないか!!」


 いや、そんな良い笑顔で言われても……。


「ちょ、長老様……何故ここに……!」


 神官プラエは突然現れた長老に動揺を隠せない様子で弓を握りしめたまま固まっていた。


「何故? 我が孫のレベッカの事で婿殿が何やら騒いでいたようなのでな。吾輩が事態の収束を図ろうと思ったまでよ。……もっとも最初は傍観するつもりでいたのだが、この娘に急かされてのぅ……? こら、いつまで吾輩の背中に隠れておる?」


「ふえっ!?」


 長老様がそう言うと、長老様の背後から女性の戸惑う声が聞こえる。


 この声も聞き覚えあるな……。


 僕がそう考えていると、長老様の後ろに隠れていた人物がひょっこり顔を出す。


「あ、あはは……」


「って、姉さんか……もしかして僕達の後をずっとつけてたの?」


「うん、えっと……ごめんね」


 現れたのは元女神様の僕の姉さんだった。

 どうやら僕達が言い合いを始めた段階で長老様を呼びに行ったらしい。

 そしてもう一人……。


「レイ様!!」


 神殿に先に向かったと思われていたレベッカまでもが長老様の背中から現れる。長老様のガタイが良過ぎて女の子二人くらい身を隠すのは余裕なのだ。


「レベッカ!?」

「み、神子様……神殿に先に向かったはずでは……」

「申し訳ございません。プラエ様、一度神殿へと向かったのですが、お二人のご様子がただならぬ雰囲気でしたので心配で戻ってまいりました」


 レベッカはそう言って僕達に一度頭を下げてから僕と神官プラエの間に割り込んでくる。そしてレベッカは僕に背中を向けて、僕を庇うように手を広げて言い放つ。


「神官プラエ様。大変失礼だと分かってはいるのですが、お二人のお話は聞かせて頂きました。

 プラエ様はわたくしとこの村の未来の事を想って、レイ様にあのような物言いをされたのでございますよね」


「はい。神子様……俺は神子様の事を思って……」


 神官プラエはそう返事をしながらも、彼女に気圧されたかのように一歩後ずさる。


「ありがとうございます、プラエ様。ですが、わたくしはプラエ様と婚約するつもりはございません」


「……っ」


 レベッカの一言に、神官プラエは顔を顰めてギリッと歯を食いしばる。


 だが、彼は怒りを抑えつつも話を続ける。


「……何故です? 神子様はヒストリアの民にとって大事な存在。いずれは貴方の父上のウィンター様のように、村の未来を背負って我らを導かねばならない立場であることを自覚しておいでですか?」


「ええ、自覚しております……ですが父上と母上は仰っておりました。『いつか自分の心から愛した人が現れたら、迷わずその人の元へ嫁ぎなさい』と。『神子としての役割を担うために、自身を犠牲になどしなくて良い』と……。 

 わたくしは神子としての役割を全うする為に戻ってきたわけではなく、旅をして出会った大切な友達を皆様に紹介したくてここに戻ってきたのでございます。……そして、わたくしがこの身の全てを捧げても良いとそう思わせてくれたレイ様を両親や長老様に紹介するために」


「神子様……」


 神官プラエがレベッカの言葉に動揺する。


「(……そこまで思ってくれていたなんて……レベッカ……)」


 レベッカはここに来る前に既に心を決めていたのだ。


 それに比べて僕が完全に決心を固めたのはついさっき、この神官との言い争いの最中だった。


 彼女の事をずっと大事だと言っておきながら最後の決心がここまで付かないとか、自分のことながらなんと情けないことか。


 だが、今なら僕も堂々と言える。


 僕は先程から長老様の背中の後ろで不安そうな顔をしている姉さんに視線を移す。


「姉さん……」


「……レイくん。今の話、本当?貴方は、私じゃなくて……レベッカちゃんを選ぶの? ……本当に?」


 姉さんはどこか悲し気な表情で僕に問い掛ける。


「姉さんや皆が僕を慕ってくれていることは理解してる。だけど、決めたんだ」


 そう言って僕はレベッカの隣に立つと、レベッカの肩を抱いてハッキリと宣言した。


「僕はレベッカと結婚するよ」


 僕がそう言うと、レベッカも僕に合わせて一緒に神官プラエに宣言する。


「どうかご無礼をお許しください。ですがわたくしの想いはレイ様と共ある事です」


「……っ!!」


 僕達の宣言に、神官プラエが膝を崩す。


「こ、こんな……こんなことが……!!」


「神官プラエよ、聞いたであろう。我が孫娘は婿殿と結ばれることを望んでおる。お主もこの村で厳しい修練を得て神官になった益荒男……そのように膝を崩してみっともなく喚くでない」


「く……!」


 長老の叱責に、神官プラエは歯を食いしばる。だが、自分の気持ちが完全に空回りになっていることに気付いたのか、神官プラエは僕達に背中を向けて、神殿へと戻っていった。

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