第738話 地上行き賢者様

 次の日―――頂の塔の全知の間にて僕達は集まっていた。


「それじゃあ、三人以外はまたここで待ってて貰えるかな」


 四賢者の一人であるクロードはそう言う。三人とは、僕、サクラちゃん、カレンさんの事だ。姉さんやエミリア達は相変わらずグウィード様に会わせる気はないらしい。


 仲間達にそう言ったクロード本人と他の賢者たちはそのまま彼女達を置いて先に進もうとする。


「……ちょっと待って、クロードさん」


 だが、流石に詳しい理由も告げずにこういう扱いをされるのは不満だったようで、姉さんは少し声のトーンの下げてクロードを引きとめる。


「ん?」


「ちゃんとした理由を聞かせてくれません? レイ君達が良くて、私達が長老様に会っちゃダメな理由」


「……」


 そう質問されて賢者たちは足を止めて姉さん達の方を振り返る。


「……以前に言わなかったかい? 長老様は元々、僕達四賢者以外の誰ともお会いにならない。彼は僕らが認めたから特例で許可しているだけなんだ」


「それは以前に聞きました。私が聞きたいのは何故そこまで『長老様』に会わせることを渋るのかって事です。

 これからは魔法都市の人間と私達地上に住む人間は、手と手を取り合って協力し合うのでしょう。今更、隠し事などどうかと思うのだけど?」


 クロードは「……」と何も答えない。

 姉さんの言いたいことも分かるのだけど、そこまで言わなくても……。


「姉さん、ちょっと言い過ぎじゃ……」


「レイ君、お姉ちゃんは今この人と話してるの」


「はい……」


 有無を言わさない口調で返されてしまう。

 僕はちょっとだけ萎縮してしまい黙って下がることにした。


「ふむ、もしや、わたくし達が『長老様』に危害を加えるかもしれない……と?」


 レベッカはふと自身の推測を口にしてみる。すると、四賢者の一人のグラハムが「……それも間違いじゃない」と端的に答える。


「わ、私達はそんな人に暴力を振ったりしませんよっ!」


「……魔法都市の四賢者は随分と警戒心が強いのね。私達、そんな野蛮に見える?」


 グラハムの返答を聞いたルナとノルンは反応し、ルナは必死で、ノルンは少し呆れながらグラハムに訴えかける。


「いや……そうは言っていない。あくまで可能性の話だ……それに、理由は他にもあって……」


「他……?」


 グラハムの言葉に、エミリアが怪訝な表情で反応をする。すると―――


 ――良い、通しても構わない。


 何処からともかく声の枯れた老人の声が全知の間に響き渡る。

 四賢者たちは、ハッと上を見上げる。


「長老……ですが……」


 ――儂が良いと言っているのだ。これは命令だ。


「……分かりました」


 クロードは長老の命令通り、その足を止めた。そして、僕達に向き直り……頭を下げた。


「君達を案内するよう長老から仰せつかった。ついてくるといい」

「……」


 姉さん達は黙って頷く。そして、僕達全員で長老の元へ向かうことになった。そして、長老の待つ階段を上がり切る直前でクロードは足を止める。


「……レイ達は既に長老様とお会いしてるから問題ないけど、他の人達は長老の姿を見ても、失礼な態度を取ったりしないでくれよ……?」


「……?」


 クロードの言い回しに姉さん達は不思議に思っただろう。

 彼は階段の向こうを見つめて、この後の展開に頭を悩ませているようだ。

 そして、そのまま階段を上がって進むと再び声が聞こえた。


 ――ようこそ、地上の者達よ。儂がグウィード・ヴィズ・ラスティオーネだ。


 当然、長老の声であるが、初めて長老と対面する仲間達は、その声の人物を探して周囲をキョロキョロを見渡す。


「……?」

「???」


 ――そのように首を動かさずとも儂はお主らの正面におる。しっかり見よ。


 長老のやや不機嫌そうな声に従い、仲間達は視線を戻して正面を見つめる。


「……えっ!?」

「……ちょっ、アレって……!」

「……まさか、あのガラスの中の……」


 その姿を見た途端に姉さんとルナが驚きの声を上げる。その気持ちは凄くよく分かる。僕も初めてお会いした時は本当に驚いたものだし……。


「……だから会わせたくなかったんだよ」

「……まぁ仕方あるまいよ」


 クロードはため息を付いて呟き、グラハムをそれに同意する。


「み、みんな……落ち着いて……確かに、長老様は、見た目はアレだけど……偉大な方なの、よ?」


 ミントは仲間達に落ち着くように声を掛けるが……。


 見た目はアレ……。ミントの表現にクロードとグラハムが苦い顔をする。すると、真っ先に正気に戻った姉さんがコホンと喉を鳴らして視線を『長老』に固定して言った。


「し、失礼しました……長老様。まさかそのようなお姿とは思わず……」


 ――……構わん。その反応は既に二度目だ。


 ――儂とてこの姿は不本意としか言えんが、少し我慢してくれ。


 ――さて、客人達よ。何度も言うが、儂がグウィード・ヴィズ・ラスティオーネだ。この魔法都市の創設者であり、この国の礎を築いた者である。


「は、はい……」


 ――昨日の祭典、無事上手くやり遂げてくれたようだな。これにて、我らエアリアルの民は其方らと友好関係を築いたことを約束する。


「ありがとうございます。グウィード様」

 事の成り行きを静かに見守っていたウィンドさんが代表して礼をする。


 ――そして約束通り、我らは其方らに力を貸そう。魔王討伐の為に、我らの技術の<魔導船>を託す。存分に役立ててくれ。


「はい、ありがとうございます!」


 ――そして……最後に、四賢者たちよ。


「……はい」

「……なんなりと、ご命令を」

「……グウィード様」


 ――うむ、お前たち三人は、彼らの魔王討伐に同行するのだ。


「「「!?」」」


 三人の賢者たちは驚いた表情でグウィード様を見る。


 ――何を驚いた顔をしておる。魔王討伐の為に提供するのは<魔導船>だけではなく戦力も必須だ。ならば、この国において最も強力なお前達を指名するのは自明の理であろう。それとも、儂の決定に不満か?


「い、いえ……」


「しかし、グウィード様、我らが居なくなれば、この都市の治安と防衛に少なからず影響が……」


「そ、それに……長老様の護衛が……」


 ――賢者たちよ、儂の可愛い弟子たちよ……。儂はお前達をこの国の為だけに育てたわけではないぞ。


「!?」

「……グウィード様?」


 ――お前達は、世界を知り、新たな知識を得よ。それが儂が賢者としてお前達に教えたかった事だ。魔王討伐とはまた違った意味で有意義な経験が出来るだろう……この旅は、間違いなくお前たちの糧となるはずだ。


「……長老様……」

 三人はその言葉を受けて沈黙する。


 ――心配せずとも、残る賢者の一人であるコーリンだけはこの場に残す。後の事は心配するな。……のぅ?


 グウィード様は誰かに問いかけるように言った。すると、直後に頭上から男性が飛行魔法で空から降りてきて優雅に着地する。


「……コーリン先生」

 その人物はウィンドさんの元師匠のコーリンだった。


「……やぁ、ウィンド・ジーニアス君。数日前は世話になったね。少しは怪我の具合も良くなったからキミ達に会いに来たよ」


 コーリンはそう言いながら僕達を見渡す。そして、自身と同じ賢者の三人に視線を合わせて言った。


「安心してくれ。私が健在な限り、長老様の御身は私の命に代えても守る。キミ達は、長老様のいうように彼らに付いて行くといい」


「……分かりました。四賢者の務めとして、彼らの魔王討伐の旅の同行、お受けいたします」

 クロードがそう言って頭を下げると、他の二人もそれに続くように頭を下げ「お任せ下さい」と言った。


 ――うむ……任せたぞ。


 グウィード様はクロード達の同行に満足した様子でそう言う。

 ウィンドさんは改めてグウィード様に頭を下げる。


「……グウィード様、此度の件、本当にありがとうございました。それに、私の個人的な質問にも答えて下さり、感謝の極みです」


 ――気にするな。ウィンド・ジーニアス。


「……コーリン先生。事情はあったとはいえ、貴方に杖を向けてしまい、申し訳なく思います」


「……それはお互い様さ。しかし、いつも私に反抗していたキミがここまで素直に謝罪できるようになるとは……やはり、私の教育が正しかったのかな?」


「……ふふ、相変わらずですねコーリン先生。あまり自意識過剰すぎると誰かに足元を掬われてしまいますよ」


「む……やっぱり生意気な弟子だな、キミは」


 ウィンドさんはコーリンの言葉に憎まれ口で返したが、その表情はどこか嬉しそうだ。


「それでは、お世話になりました」


「長老様、お身体にお気をつけて……」


「我ら賢者たちも、準備ができ次第、彼らと共に地上に降りることにします」


「長老様……いつまでも、お元気で……ね?」


 ――うむ。其方らもな……。


 そして、四賢者達はそれぞれグウィード様に別れを告げた。

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