第209話 不穏
次の日――
今日は朝から姉さんと一緒に、街の外の森までやって来た。
森と言ってもそれほど深くはなく、せいぜい5kmくらいの広さだ。
この辺りには、ゴブリンやオークなどの魔物が多く生息している。
正直なところ、この依頼は
何せ、本来なら新人冒険者、あるいは中堅冒険者が優先して受けるようなものだからだ。この大陸では珍しく弱い魔物が生息する場所なため、新人冒険者にとっては希少な収入源でもある。
では、何故僕達が受けに行くのかというと……。
――今から三時間前の話。
僕達は、近隣の街で宿を取り、旅で足りなくなった物資の補給を行っていた。そして、特に理由があったわけではないのだけど、近くに冒険者ギルドがあったので足を運んだ。本当のところ、目ぼしい依頼が無ければすぐさま旅を再開する予定だったんだけど……。
冒険者ギルドへ向かった時、僕達は少し違和感を感じた。
「……気のせいかな、何か人が少ないような」
本来、冒険者ギルドはもっと騒がしい場所だ。冒険者同士が依頼を取り合ったり、受付嬢と新米の冒険者の会話などで賑やかなものだ。
しかし、この街は何故か人がまばらだった。
今回寄った街は<サクラタウン>と<サイド>の間にある街である。
つまるところ、ここは冒険者の行き交いが多いはずなのだ。本来ならば。
それなのに、冒険者は数人しかいない。
「そうね……。確かに少ないわ。これはどういうことかしら」
「依頼が少なくて、冒険者あまり来ていないとか?」
これはエミリアの予想だが、結論だけ言えば間違いだった。ギルドのボードに張り出されている依頼書を確認してみると、多数の依頼書がそこに張られていた。
「依頼書は沢山ありますね……」
「んー、となると何が理由なのかな」
新人が受けるような『ゴブリン』『コボルト』の討伐依頼や薬草採取。
中堅冒険者が受けるような『キマイラ』『オーク』の討伐など一通りの物が揃っている。他にも急募の依頼も少なくない。
妙なのは、どれも張り出された期日から三日以上経っていることだ。難易度の割に報酬が比較的多い依頼も数日経過している。普通に考えたら取り合いになっていてもおかしくない。
「……妙ね、割のいい依頼も多いのに」
カレンさんの言う通りだ。もし他の街なら受付に行列が並ぶくらいの依頼書の量なのに、静まり返っている。
「……あぁ、なるほど。そういうことでしたか」
少し離れたところで、エミリアはある張り紙に注目して言った。
エミリアが何かに気付いたようだ。
「エミリア、何か分かった?」
「こっちに来てください。原因は多分これでです」
エミリアの言葉で、僕達はエミリアの近くに集まっていく。
そして、エミリアの指さす場所に視線が集中する。そこには、赤い張り紙がしてあった。最初は依頼書かと思ったが、どうやらそうではなさそうだ。
『とある冒険者のパーティが、遺跡調査を行った際、誤って呪いのアイテムを持ち帰ってしまいました。
その呪いの影響により、同じパーティの冒険者達に病魔の呪いが掛かってしまい、その影響かどうかははっきりしませんが、今この街の冒険者に似た病状の病が数日前から流行しています。そのため、現在、依頼の処理が遅れている状態です。
もし健康に問題が無い冒険者様や外来の冒険者様がいらしたら、申し訳ありませんが依頼を代わりに受けて頂けると非常に助かります。
また、呪いのアイテムが見つかった遺跡は現在緊急封鎖状態です。冒険者、民間人問わず立ち入りを禁止とします。』
……と、その赤い張り紙には書かれていた。
「カレンさん、これって」
「緊急時の赤用紙による警告文ね。
冒険者に最優先で伝えたい事項があるとき、
赤い紙に内容を書いて張り出す決まりがあるの」
「そんな物があるんだ……」
「ええ。でも、私でも使われてる所を見たことは少ないくらいね」
「ということは、結構危険な状態なんですね……」
「そうみたい。この感じだと相当数の冒険者に影響が出ていると思うわ」
カレンさんの話によると、この張り紙を使われるのは相当事態が深刻ということらしい。そして、僕達が相談をしていると、ここのギルドの職員さんと思われる方が話しかけてきた。
「もし、その方々、もしかして外来から来た冒険者の方々でしょうか。
……初めまして、この支部ギルドマスターを務めているものです。少しお話宜しいでしょうか」
その人は、大体三十前後と思われる男性だった。
職員のスーツを身に纏っており、姿勢正しく真面目そうな人だった。
「はい、構いませんよ」
「ありがとうございます。それではこちらへどうぞ」
案内された場所は、応接室のような場所だった。
ソファーが対面に置いてあり、僕達は勧められるままに腰掛けた。
その後、女性がお茶を運んできてくれてから、話が始まった。
「まずは、自己紹介から。
ギルドマスターを務めています、【リディア・クラウン】と申します。以後、お見知りおきください」
僕は、カレンさんに目配せをし、カレンさんが黙って頷いたので僕が代表として返事をすることになった。カレンさんが代表でもいいんだけど、あまり目立ちたくないらしい。
「ご丁寧にどうも。僕はレイと言います」
僕がそう言うと、クラウンと名乗った男性は言った。
「事情はご存知かもしれませんが……。
今、この街の冒険者ギルドは事実上、機能停止状態に追い込まれています。何せ、在来の冒険者の9割が原因不明の病で動けなくなっている状況なのです。
現在、街の冒険者ギルドは人手不足により、依頼の消化にも遅れが出ており、ギルドとしても対応に追われている次第です。
そこで、あなた達にお願いしたいことがあります。どうか、冒険者としての力を貸して頂けないでしょうか」
まさか在来の冒険者の九割とは。
想像以上に被害が広まっていることに僕達は驚きを隠せなかった。
「……それで、僕達に協力して欲しいことというのは?」
「はい。といっても、想像されてる通りの事だと思います。
このギルドで溜まっている、緊急依頼を全てこなして欲しいんです。報酬は勿論払いますし、必要な物資があれば全てこちらで負担します。報酬に関しては、後程、ということになりますが……」
やはり予想通りの内容だった。
依頼書を見ると、どれも『緊急』のマークが付いている。報酬に関しても緊急を要する依頼なためか、どれも通常よりも上乗せされている。
しかし、問題はその数だ。
クラウンさんの手に握られてる依頼書の束、それは全て緊急の依頼書だ。
その数はトータルで30枚以上はあるだろう。
「……これだけの依頼書を処理するのは、今のギルドだけでは無理です。
そもそも、緊急の依頼書は本来なら三日以内に処理しなければならないものです。この街のギルドは現在、他の街への応援依頼を出してはおりますが、それでも依頼が増え続けている状態なのです。どうか、お力を貸して頂けませんか」
そう言って、頭を下げるクラウンさん。
僕としては、別に構わないのだけど……。
「これだけの数を、ですか?」
普通の冒険者なら依頼は一日で2~4件くらいでも多い。
それを踏まえるとこの数は異常だ。冒険者一団だけに任せる量では無い。
僕の返答は予想できたものだったのだろう。
クラウンさんは言った。
「通常の冒険者様なら、このような無茶な事は言いません。ただ……」
クラウンさんは、カレンさんを見て言った。
「――かの有名な<蒼の剣姫>の一団となれば、可能ではないかと」
「……私の正体に、気付いていたのね」
カレンさんは少し不機嫌そうに言った。
なるほど、それが分かってて僕達に話を振ってきたわけか。
クラウンさん、物腰は静かで丁寧なのに、結構な食わせ者だ。
「エミリア、カレンさん。どうしようか?」
「私は構いませんよ。困っているようですし、助けましょう」
「……そうね。私も賛成よ。
……流石に、この異常事態を放っておくわけにはいかないからね」
カレンさんは今回の事態を重く受け止めているようだ。
多少不機嫌そうだが、断るつもりは無さそうで安心した。
「姉さん、レベッカ」
「わたくしは構いません。
というより、とても放置することは出来ません。
皆様の準備出来次第、早速参りましょう」
「お姉ちゃんも構わないよ」
ということだ。レベッカと姉さんも問題ないようだ。
「ありがとうございます。本当に助かります」
こうして、僕達の緊急依頼が始まった。
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