第990話 結婚式

 それから一ヶ月の月日が流れた。


 レイとレベッカの結婚式は神殿で盛大に行われることになった。


 結婚式には狩猟に出た村人以外の殆どが参加しており、勿論僕の仲間も全員揃っている。


「……では、新郎のサクライ・レイ殿。貴方はここにいる神子レベッカを妻として、健やかなるときも、病めるときも、富めるときも、貧しきときも、妻を愛し、敬い、慈しむ事を誓うか?」


「はい、誓います」


 僕は神父役のウィンターさんに問いかけられて迷いなく返事をする。


「では、神子レベッカ殿。貴女はここにいるサクライ・レイを夫とし、健やかなるときも、病めるときも、富めるときも、貧しきときも、彼を愛し、共に助け合い、その最期の時まで彼に尽くすことを誓うか?」


「はい、誓います」


 レベッカは父ウィンターさんの問いに力強く返事をする。


「では……誓いの口付けを……」


 ウィンターさんはそう言うと一歩後ろに下がる。

 そして僕とレベッカは互いに見つめ合う。


 花嫁衣裳を見に付けたレベッカは、幼い容姿なれどそれでも美しかった。

 キラキラと銀色に輝く彼女の髪とルビーの様な赤い瞳。

 そして、綺麗に化粧をした彼女の顔は、人形のように愛らしい顔つきをしている。

 そんな美しい花嫁が僕だけを見つめて微笑んでいる。


「レイ様……」

「レベッカ……」


 僕はレベッカの頬に手を添えてゆっくりと顔を近づける。


 キスを交わす寸前の彼女の目は潤んでいて、その美しさに思わず息を飲む。


 僕とレベッカは静かに目を瞑り唇を近づけて、沢山の人達が見守る中、僕達は誓いのキスを交わす。


「ああ、神子様……お幸せに……」


「ご立派になられましたな……レベッカ様……」


「……レイ君……」


「……立派になったわね……」


「お兄ちゃん、やる」


 僕達を見守る村人達と仲間達から祝福の声が上がる。その温かい声と彼女の唇からの熱を感じながら瞑っていた目を開いて唇を離していく。


 そして皆からの拍手と声援を受けながら僕とレベッカは見つめ合った。


「レイ様……わたくし、今とても幸せです……」


「……僕もだよ」


 こうして僕ことサクライ・レイと神子レベッカの結婚式は、多くの人々に見守られて無事に終わるのだった。


 ◆◇◆


 レベッカとの結婚式が終わって数時間が経過。


 結婚式に集まってくれた村の人達の殆どが帰路に就き、残ったのは僕とレベッカ、それに彼女の両親。そして僕達の結婚をずっと見守ってくれた仲間達だけになった。


 残った僕達はこれから何をするかというと……。


「うふふ……ということでぇ、これから皆さん全員とレイさんの結婚を始めまーす♪」


 神父役のウィンターさんに代わりラティマーさんが取り仕切って僕達の前で宣言する。


 そう、これからするのは……皆との結婚式である!


「では新郎のレイさん、ここに立ってください。この流れを全員分やるので、テンポよくお願いしますね♪」


「あ、はい」


 僕は早足で指定の場所に移動して待機する。レベッカとの結婚式と比べるとやたら軽いのは気にしてはいけない。


「ではレイさんの第二のお嫁さんのベルフラウさん。レイさんの隣に並んでくださいね♪」


「はいっ、お姉ちゃん頑張りますっ!」


 姉さんはそう言いながら物凄いノリノリでスキップしながら僕の隣まで歩いてくる。


 そしてこちらを向くと、


「レイくん、キスしよ!キス!!」

「いや、落ち着いて。っていうか段取り守ってよ姉さん!!」


 姉さんのテンションが振り切れていた。どうやら僕とレベッカの結婚式を見ているうちに姉さんの何かがぶっ壊れたらしい。


「じゃあ言いますね。レイさんはベルフラウさんの事をなんかこう……愛しますか?」

「雑過ぎぃ!?」


 ラティマーさんの端折った言葉に思わず突っ込みを入れてしまう。


「ほらほら、後が控えているんですから♪」


「レイくん、私の事愛してないの!?」


「……愛してるけど……」


 僕が少し照れながら答えると、姉さんは輝くような笑みを浮かべて僕の顔に自身の顔を近づけてくる。


 そしてそのまま唇を近づけてきて……。


「あ、あの……姉さん。チークキスじゃダメ?」


「ヤダ! ディープキスがいい!!」


「今まで姉弟として過ごしてたのに難易度高いって!!」


「レイくん、お願い……!」


 姉さんは瞳を潤ませて僕に懇願してくる。

 僕はそんな姉さんを見て溜め息を吐くと覚悟を決めた。


「分かった」

「きゃー♪」


 そして僕と姉さんはそのまま唇を近づけて……キスをした。が、流石にディープキスは色んな意味で恥ずかし過ぎて無理だった。なのですぐに口を離す。


「はい、終わり」


「え!? もう終わり!? それじゃあ私がたまにレイくんに夜這いして寝てる間にしてるキスと変わらないんだけど……」


「人が寝てる間に何とんでもないことしてんのさ!?」


 姉さんのとんでも発言に僕は思わずそう叫んだ。


「れ、レイ様がわたくしと結婚する前に傷物に……」


「これが俗にいうNTRってやつね……」


 レベッカとノルンが何やらショックを受けていた。

 というか、ノルンなんか言葉のチョイスがおかしい。

 誰から聞いたその言葉。


「はい♪ では次にエミリア・カトレットさん。新郎のレイさんの隣へどうぞ♪」


「は、はい……」


 姉さんの次に呼ばれたエミリアは、隣に座っていたアカメにとんがり帽子を手渡して、硬い表情でぎこちなくこちらに歩いてくる。


 どうやら物凄く緊張しているらしい。普段の彼女はむしろ飄々とした態度が多いのだが、今日はガチガチに緊張している。


「レイ……その……お手柔らかに……」


「う、うん……」


 ……普段の彼女と違って随分としおらしい。

 そんな彼女のギャップにときめきを覚えて心臓が高鳴る。


「は~い♪ では、新郎のレイさん。貴方はエミリアさんをこれからも友として信頼し、そして妻の一人として愛すことを誓いますか?」


「誓います」


「ではエミリアさん。貴方は新郎のレイさんを夫とし、その命ある限り共に信頼し助け合い、死が二人を分かつまで愛し合うことを誓いますか?」


「……はい、誓います」


 ラティマーさんが僕に続いてエミリアに問いかけると、彼女は顔を赤くしながらそう答えた。


「……なんか、私の時だけ雑じゃない?」


「多分ベルフラウさんはタガが外れてたから省略されたのでは……」


「ベルフラウは発情を抑えた方がいい」


「は、発情って言わないでアカメちゃん!!」


 姉さん、カレンさん、アカメの三人がそんな会話を交わす。


「では、誓いのキスをお願いします、うふふ♪」


 ラティマーさんの優し気な声に僕達は互いに見つめ合ってから唇を近づけて……キスをした。


「~~~っ!」


 が、唇を離した瞬間、エミリアは物凄く真っ赤な顔になって僕から三歩ほど後退する。そして手に持っていた杖を振ると、彼女が自分に変身魔法を使用して、猫の姿へと姿を変えた。


「みゃ~……」

「いや、なんでミーアの姿に……」


 どうやらあまりにも恥ずかしくて思わず変身してしまったようだ。猫となったエミリアは、そのまま座っているレベッカの膝の上に乗って丸くなった。


「くすくす……エミリア様は恥ずかしがり屋でございますね……そのような所も可愛らしいです……♪」

「みゃあぁ……」


 レベッカに頭を撫でられて猫となったエミリアは機嫌良さそうに尻尾を振っていた。


「では次、カレン・フレイド・ルミナリアさん」

「はい」


 名前を呼ばれたカレンさんは、他の二人と違って涼しい表情でラティマーさんの前まで歩き、僕に恭しく頭を下げた。


 そして僕に視線を戻したカレンさんは表情を緩めて言った。


「……ふふ、結局サクラの言った通りになっちゃったわね」


「サクラちゃん?」


「うん……以前、王都で皆で集まって買い物してた時あったでしょ? あの時ね……あの子ったら私に耳打ちして『レイさんがきっと幸せにしてくれますよ♪』って……全く、余計な世話を焼いてくれちゃってね……」


「サクラちゃんがそんな事を……」


 能天気な笑みを浮かべたあの子を想像して僕とカレンさんは苦笑いを浮かべる。


「だけど、本当にこういう日が来るなんてね……ねぇレイ君?」


「ん……カレンさん、何?」


 少しだけ頬を赤らめて目を瞑ったカレンさんは、ゆっくりと僕に顔を近づけてくる。そしてそのまま僕達は……お互いに吸い込まれるようにキスをする。


「ん……」

「……んん」


 そして、10秒ほどの熱烈なキスを交わした後、僕とカレンさんはゆっくりと顔を離してお互いの目を見る。


「好きよ、レイ君」

「……僕も、カレンさん……」


 そして、僕らはお互いに微笑み合いながら誓いのキスを交わした。


「あらあら……まだ誓いの言葉もしてないのに……二人とも、熱烈ね……」


「忘れてた……」


「ごめんなさい、ラティマーさん。つい感情を優先して先走ってしまいました……それじゃあ、また後でねレイ君」


「う、うん」


 カレンさんは僕に謝罪すると、そのままレベッカの膝の上に丸くなっているエミリアの所まで歩いていき、猫の状態で丸くなっている彼女の頭をわしわしと撫で始めた。


「アンタ、最近人前で猫の姿になるのに躊躇が無くなったわね……」


「……みゃ(余計なお世話です)」


 カレンさんとエミリアがお互い通じてるのか通じてないのかよく分からない対話をしていると、ラティマーさんが言った。


「では、次……ルナさん」


「は、はいっ!」


 ラティマーさんに呼ばれたルナは肩をビクンと動かして、足と手を同時に動かしてこちらに歩いてきた。


「だ、大丈夫……ルナ?」


「ぜ、全然大丈夫じゃないよぅ……」


 僕の問い掛けにルナは泣きそうな声でそう答えた。


「だ、だって……今からサクライくんと、き……キスをするって思うと……私……」


「……ぼ、僕もドキドキしてるけど……」


 そもそも正妻レベッカと結婚式を挙げた直後に他の女の子達と結婚式を挙げるって時点で色々とおかしい気がする。


 他の一夫多妻の男性もこんな感じだったのだろうか……絶対違う気がする……。


「じゃあ、誓いのキスはルナさんからお願いしますね♪」


 ラティマーさんの言葉に僕とルナは顔を真っ赤にする。そして……。


「サクライくん……」


「……うん」


 僕は覚悟を決めると、ゆっくりと近づいてくるルナに顔を近づけて、その唇に自身の唇を重ねるのだった。


「……初々しい」


「ルナちゃんの外見と合わさって微笑ましい感じすらあるわね……お姉ちゃんもキュンと来ちゃうかも」


 アカメと姉さんがそんな会話を交わしているのを聞きながら、僕はルナとの誓いのキスを終えた。


「はい♪ では次、ノルンさん♪」


 ラティマーさんがそう言うと皆の視線がノルンに集中する。

 しかしノルンはすぐに動かずに目を瞑ったままだった。


「ノルン?」


 僕がそう呼びかけると、彼女は目を開けて何かを口にする。

 する突然彼女の身体が光り輝いて、その姿を変化させる。


「えっ!?」

「の、ノルン様……そのお姿は……」

「き、綺麗……」


 皆がノルンの変貌に驚いているが、彼女のその姿を見たのは僕とエミリアだけだから仕方ない。彼女の今の姿は以前船の中で見せてくれた大人の姿と全く同じだった。


「レイはこっちの姿の方が好みかなと思ったのだけど……もしかして余計だった?」


「いや、全然!! むしろ、また見せてくれてありがとう!」


「そう、良かった……」


 そう言って笑みを向けて歩いてくるノルンに僕は思わず見惚れてしまう。


「じゃあラティマー、お願いしていいかしら?」


「ええ。では誓いの言葉を―――」


 ラティマーさんはノルンに促されて誓いの言葉を口にして僕達もそれに同意する。そして、僕とノルンは向き合って互いに誓いのキスをする。


「……ふぅ……って、あら?」


 そしてキスを終えてお互い顔を離す。だがノルンはそれで緊張が解けたのか、魔法が解けて元の子供の姿に戻ってしまった。


「魔法が解けちゃったわね……この姿だと普通にキスは難しそう……」


「あはは……その状態だとレベッカよりも背丈が低いもんね……」


「貴女とこうする時はこれからも大人の姿に変身した方が良いかしら?」


 ノルンは少し挑発的に目を細めてクスクスと笑う。そしてノルンはそのまま元の席へと戻っていった。


「(き、緊張した……だけど、これでようやく終わりか……)」


 レベッカを始めとして、姉さん、エミリア、カレンさん、ルナ、ノルン。今日一日で僕は六人の女の子と家族になってしまった。


 これからの生活を考えると色々大変そうだし、僕自身の倫理観も狂いつつあるが、今の僕にはそれを考える余裕が無かった。


 が、しかし。これで終わりでは無かった。


「じゃあ、最後に―――アカメさん♪」

「えっ」


 ラティマーさんの言葉に僕は耳を疑った。

 彼女が呼んだのは僕の実妹であるアカメだったからだ。


「ん」


 アカメは特に動揺した様子もなく、淡々とした表情で僕の隣に歩いてくる。


「あ、アカメ?」

「……」


 僕に呼ばれたアカメは僕に視線を向けてくるが、無言のままだった。


「では、アカメさん。レイさんに誓いのキスを」

「ん」


 アカメはラティマーさんの頷くと、僕の方に向き合い顔を近づけてくる。


「ちょ、あか――」


 まさか、妹のアカメが僕にそんな感情を……!?


 そう思って僕は彼女をどう止めようかと考えたが、彼女の唇は僕を唇の横を通り過ぎて―――


「「!?」


 彼女は僕の頬辺りに自身の頬をくっつける。

 そして僕が戸惑っている間に、僕のもう片方の頬にも同じ事を繰り返す。


 これは所謂『チークキス』というやつで、頬へのキスは親愛を表すものだ。恋人同士でするものではなく家族間でのコミュニケーションとしてするらしいが、日本ではあまり行わないのでアカメがこれを知っているとは思わなかった。


「お兄ちゃんもやって」

「え……あ、うん」


 チークキスであれば少し照れるけど、実妹のアカメにされても別に問題は無い。僕はアカメの頬に自身の頬を軽く触れさせる。


「では最後に近いのハグを♪」


 誓いのハグって何だよって突っ込みたくなるが、誓いの言葉の代わりだろう。僕とアカメは互いに寄り添って、腕を背中に回して軽く抱擁する。


 ……僕の身体の正面にアカメの胸が当たってちょっと気恥ずかしいが、妹にそれを意識させるのもどうかと思うので僕は無心で彼女の身体を抱きしめる。


 そして数秒ほどして僕達はお互いに離れる。


 アカメは無表情だったが僅かに顔を赤らめて満足そうだった。


「これで私もお揃い」

「何が!?」

「結婚式」


 アカメのその言葉に僕は思わず唖然とする。

 いや、確かに結婚式をした事にはなるんだけども……。


 僕の事を好きで居てくれるのは嬉しい。

 だけど、兄の僕とこんなことをして大丈夫なのだろうか……?


「アカメはいつか別の男の人と結婚するんだからね?」

「……」


 なんか物凄く嫌そうな顔されてしまった。


「お兄ちゃんは私が嫌いなの?」


「んなわけないでしょ!? 大好きだよ!!」


「ならいい。……大体、ベルフラウが結婚してるのに、私が仲間外れにされてるのが気に入らない」


 そう言ってプイッと顔を背けるアカメ。どうやら姉さんへの対抗心らしい。


「まぁまぁ、レイさん。兄妹で仲良いに越したことはないじゃないですか」


「それはそうですが……そういう問題なんだろうか……?」


 ラティマーさんに諭されるものの、アカメの態度があれなので少し腑に落ちない。


 ……流石に恋愛感情は無いんだよね?


 さっきチークキスだったし、誓いの言葉の代わりに誓いのハグだったし……。


 僕はそんな不安を抱くのであった。こうして色々突っ込みどころはあれど、僕達は正式に籍を入れて本当の意味で家族となったのだった。



 お母さん……お父さん……未熟だけど僕も家族を持てたよ……。


 これから色々大変そうだけど、僕はこれからもこの世界で頑張って生活するよ……。


 空の向こうにいる僕の両親へと、僕はそう心の中で呟いたのだった……。

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