第520話 ドーピング勇者
魔王は戦いの最中、突然自分語りを始めた。
「我は元々は人間でも魔物でもない。この世界の神だった存在だ」
「えっ!?」
サクラちゃんは魔王の言葉に大げさに驚く。
僕も本来なら言葉自体を疑うか、サクラちゃんと同じように衝撃受けるところなんだけど……。
「(イリスティリア様がそれっぽいこと言ってたもんなぁ……)」
以前に聞いたところ、今期の魔王はイリスティリア様と同じような存在だと言っていた。神であるイリスティリア様と同じ存在……つまりこいつは魔王に転生する前は神様だったという事だ。
……まぁ、そもそも自分で【創造神ナイアーラ】とか口にしちゃってたし。
「我が滅ぼしたいのは人間にあらず。かつて我から神としての地位を簒奪し、下界に追放した二柱の神々よ。奴らからこの世界を取り戻し、再び我が君臨する」
「つまり……お前の目的はミリク様とイリスティリア様か?」
「その通りだ、勇者レイ。しかし、奴らはこの世界に顕現することは滅多にない。神であった頃の我であれば次元の門を開いて自由に領域へ行き交うことも可能だったのだが、生憎と今のこの身では適わぬ能力よ。……ならば、別の手段を取るまでだ」
「……別の手段……?」
「魔王軍とは我を信仰する信者共でもあり、来るべき戦いに備えるための戦力でもある。今は人間たちとの戦いにその戦力を投入しているが、いずれは神としての力を取り戻した我の手足となって動いてくれるであろう。その時、奴らは魔物ではなく新たな人類として生まれ変わるのだ」
「新たな人類だと?」
「そうだ。今、地上に生きる人間たちは新人類の登場で淘汰されるであろう。しかしそのような淘汰を乗り越えて生き残る人間たちも出てくるはず。その時は、生き残った人間たちを我の手元に置いてやろう。……人間は愛おしい存在だからな。古くなったからといって捨てるわけには勿体なかろう?」
魔王はニヤリと笑う。
「―――ッ!!」
その笑顔を見て、僕の身体が怒りによって震える。
「……ふざけんな……」
「なんだ?」
「アンタ、愛おしいとか言ってるが、結局は人間を物扱いしているだけじゃないか!!」
僕は大声で叫ぶ。
「愛おしいさ。だが、所詮は人間など神にとっては消耗品と同義よ。故に、その者が使い物にならなくなった時に、乗り換えるのは当然の事だろう?
お前たち勇者もそうさ。死んだら次を選定するというのは、使い終わった道具を捨てているのと同じではないか?」
「それは違う!」
「わたしの知ってる神様はそんな非道じゃないです!!」
「……ふ、なるほど、今の神は随分と人間を飼いならしているようだ」
魔王は嘲笑しながら僕達を見る。
「貴様らが信じる神がどのようなものか知らぬが、神とは人間の崇め奉り、祈りが届くことで初めて神足り得るのだ。だが、我が魔王として君臨し続けることで、奴らは信仰を失いその力を落としていく。……そう、貴様たち勇者と人間の絶望が、奴らを神の座から引きずり降ろすことなるのだよ」
魔王はそう言って高笑いをする。
「いずれ奴らが信仰を維持できなくなれば、固く閉ざしている次元の門を綻ぶであろうよ。その時こそ、我ら魔王軍は奴らの居城に乗り込み、その首を刈り取る時が来る。その時の為にも、我はここで無残に敗北するつもりはないぞ」
魔王はそう言って、表情を改める。
「さぁ、幕間はここで終わるとしよう……これより到来するのは魔の時代。
勇者と魔王、そして我を滅ぼした二柱の神……役者はもう揃った。ここから先は、本当の意味で人間と魔物との生存を掛けた戦争の始まりだ!!!」
魔王が宣言すると、魔王の全身から魔力が溢れ出す。
「くっ!」
「す、すごい魔力です……」
「……っ」
魔王から発せられる強大なプレッシャーに、僕達は思わず気圧されてしまう。
「掛かってくるがよい。
魔王ナイアーラとしての力、その身でとくと思い知るがいい!」
こうして、僕達の戦いの第二幕が始まる――――と、思いきや……。
「ちょっと待ったぁぁぁ!!」
後方から、その戦いに待ったを掛けるかのように第三者の声が響き渡る。
僕達が振り返ると、そこには何処か別の場所で薬を調合していたエミリアと……。
何故か滅茶苦茶疲れている姉さんとレベッカの姿があった。
「……む、折角気合いを入れたというのに……」
魔王は興が醒めたとばかりに、現れた三人をジト目で睨む。
「……誰かと思えば、勇者レイの取り巻きではないか。
力及ばずとっくに逃げ出したと思っていたが、今更何をしに戻ってきた」
魔王ナイアーラは三人にそう吐き捨てて不快そうな表情をする。
しかし、エミリア達はそんな魔王を無視して僕の元へと歩いてくる。
「エミリア」
「お待たせしました、レイ。ようやく薬が完成しましたよ」
そう言って、エミリアは僕に液体の入った小瓶を渡してくる。
「薬?」
「あいつら……今までどこに行ってたんだ?」
サクラちゃんとルビーは戸惑った様子で、僕達の様子を見守っていた。
「ありがと、助かったよ。……ところで、二人は何故そんなに疲れてるの?」
僕は、エミリアの後ろで息を切らしている姉さんとレベッカに視線を移す。
「ああ、実は足りない材料があったので、その代用として二人の血と体液を……」
「え、今、なんて言った?」
「なんでもないです。ちょっと運動してもらっただけなので」
「そ、そう……」
僕は二人に憐みの眼差しを向ける。
「レ、レイくん……私達の努力を無にしないようにがんばってね……」
「うぅ……レベッカは嫁入り前なのに、こんな辱めを受けてしまうとは……」
……本当に何があったのか。
エミリアに視線を戻すと、何故か輝くような笑みを浮かべていた。
「さ、二人の為に飲んでください」
「……うん、色々突っ込みたい気分だけど、分かったよ」
僕はそう答えて、受け取った小瓶の蓋を開ける。そして細かい疑問とか、この薬を飲んで後々大丈夫なのか、とか一切の迷いを無視して、僕は中身を飲み干す。
「んぐ……んぐ……」
味は死ぬほど不味かった。
「薬だと……?」
魔王は薬を胡散臭そうな表情で見ながらエミリアに質問した。
「ええ、この危機的状況で私が調合の技術を総動員して作り上げた最高傑作……。その名も………【飲んだら疲労が抜けて魔力が爆上がりする超安全な薬】です!!!」
そう言って胸を張るエミリア。
「な、なんですか、それ!?」
「名前からして怪しさ全開なんだが……本当に安全なのか……?」
僕の横で、サクラちゃんとルビーがツッコミを入れる。
「ネーミングに関してはノーコメントで……あとで名前を考えておきますか。でも効果は保証しますよ。……ちなみに、名前の一部に嘘が混じってますが」
エミリアは自信満々に宣言した後、こっそり補足を入れた。
「……それ、絶対【超安全】の部分だよね」
僕は薬を飲んでからこっそり突っ込みを入れる。
すると、僕の心臓がトクンと跳ねた気がした。
「あれ、なんか身体が熱くなってきたんだけど……」
突然、全身が火照ってきたことに戸惑いを覚える。
「ただの副作用ですよ。では頑張ってくださいねー」
「えぇ……?」
エミリアはそういって、戦場から二人を連れて離れていった。
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