第168話 まだ見ぬ勇者さん
「こっちの大陸で女神に選ばれた<勇者>が現れたそうです」
勇者……。
少し前にも聞いたな。
何時だったか、確か三人のプレゼントを買うために奮闘していた時か。
そこまで思考して、レベッカに話し掛けられて思考を中断する。
「レイ様も断りはしましたけど、
女神ミリク様の加護を授かるところまで行きましたよね」
「――言われてみれば……」
そう、レベッカの言う通りだ。
数ヶ月前に、女神ミリクを名乗る女性と出会い、
彼女を言う通りにダンジョンを攻略した。
そしてその後、彼女に色々と話をされたんだった……。
魔王の復活が近いというのもその時に聞かされた話で、<影>の正体もその時に聞いた。その時に、勇者になってくれと言われたんだっけ。
「あの時は色々ビックリしました。
単なる冒険者だった私達が<勇者ご一行様>になるところでしたね」
「あはは……」
でも、僕は協力はするけど、勇者にはならないという答えを出した。
途中で姉さんの横やりが入って有耶無耶になったともいうけど……。
「エミリアちゃん、勇者が現れたって話はどこで聞いたの?」
「ファストゲートに行く前に同行した商人達がそんな話をしてました。
『<勇者>とやらに世界を救われると、武器が売れなくなるから困る……』とボヤいてたので」
「…………」
仮に勇者に世界を救われたとして、この世界は何が変わるんだろう。魔王の存在が消え去るのは当然だとしても、この世界から魔物が消え去ったり平和になったりするのかな?
「どう思う、姉さん?」
「……さあね。それはそれで、良い事だと思うわ」
曖昧な回答だ。
姉さんも、本来はミリク様と同じ立場だった人だ。
思う所はあるのだろう。
「仮に魔王が消えたとして、魔物が全て消えるってのは考えにくいです。
そもそも、魔王本体は未だに誕生していませんし、それでも魔物は昔から生き続けている。この世界からマナが消えない限り存在し続けるのではないかと」
エミリアが言ったことは、恐らく正しい。
魔王が誕生すれば魔王の力が世界に満ちるだろう。
そうなれば魔物達はより強くなる。だけど、それだけだ。
「真に平和にするなら、マナを何らかの手段で消去するしかありませんが……。
そんな方法、思いつきませんし、マナが消えると人間だって困りますからね」
「そうでございますね、エミリア様。
魔法の力で生活を営んでいる人々が大半でございますから」
「そっか……」
つまり、結局は現状維持のままということか。
魔王が誕生するのはもうすぐだ。僕達が出来ることなんて少ない。
「マナ消す方法はあるわよ?」
姉さんの一言で、僕達三人は一斉に振り返った。
「ほ、本当ですか!?」
「えぇ、勿論。簡単な話よ」
驚く僕達に、姉さんは得意げに微笑む。
「レイくんは何故勇者が特別な存在として扱われてるか知ってる?」
「う、ううん……知らないけど」
「じゃあ教えてあげる」
そう言って、ベルフラウ姉さんは語り出した。
「勇者は、神に選定されることで人間を超えた力を行使出来るようになるわ。この力を使って、世界の危機……この世界なら<魔王>を倒すという事になるのかしらね」
「うん、まぁそれは分かるけど……」
「でも、だだ力を借りて魔王を倒すだけじゃ、勇者になった人間にメリットがあるかしら?」
「……確かに。貰った力で好き勝手出来るわけじゃないんだよね?」
「勿論そうよ。不要な時に力は使えないし、勇者が逆に世界を滅ぼす可能性も考えられる。だから原則として、目的を終えた勇者は借り受けた力を神様に返却しないといけないルールがあるのよ」
「へー……」
勇者は神様から借りた力で魔王と戦う。
そして倒した後は、その力を返す事で<勇者>という役目を終える事が出来る……って事なのかな?
「ちなみに、魔王を倒した後の勇者はどんな感じなんでしょうか?」
「元勇者の人間の顛末は色々あるわ。
第二の脅威として人々に恐れられ、暗殺されたりする悲劇的な話、姫様と婚約をして新たな王となって一生を平和に過ごすとか……。
勇者になったけど、役割を忘れてスローライフを送り始めるとか……。
まぁ、人それぞれね」
「なるほど……」
「ただ、共通して言える事は<魔王>を倒した後、
その勇者は人として幸せになるか、それとも不幸になるかのどちらかって事ね。どちらにせよ、勇者になった人間は<世界の危機>を倒し、<勇者>としての力を失うまでの人生を全うしないとならない。それが勇者の宿命なの」
「……」
「だから、勇者になるにはそれなりの覚悟が必要なの。
世界の危機を打ち払う為だけに自分の人生を使うっていう、ね」
「……なんか、勇者になるのって大変だね」
「ふふん、でも勇者になって一つだけ良いことがあるのよ?
神にとって不利益な内容で無ければ、願いを一つだけ叶えてくれるのよ。
<世界の危機>を乗り越えることが条件だけどね」
「えっ!?」
僕は思わず驚きの声を上げてしまう。
そんな話は今まで聞いたことも無かったからだ。
「ミリク様、そんなこと一言も言ってなかったような……」
「あの女神様は雑なのよ」
姉さんも雑に僕を異世界転生させたから同じだよね?
「勇者の特権の一つね。
例えば、仮にレイくんが勇者になって魔王を倒したなら、
『魔物が二度と生まれない世界にしてくれ』と神に頼めば、魔物の根源たるマナがこの世界から消失して、二度と魔物が生まれない世界になるでしょうね」
じゃあ、もし今回生まれた勇者がそれを望んだなら……!?
「だけど、それを望む勇者が現れるかは未知数ね」
「えっ?なんで?」
「さっきエミリアちゃんが言った通りよ。
マナが消えてしまったら、この世界から魔法技術の全てが失われるの」
「あっ……」
そうだ、マナは人間の体にもある。
それは魔法を使うための魔力として変換できるものだ。
つまりマナを消してしまえば、人間は魔法を使えなくなる……?
「魔物が消えることよりも、そっちの方が大問題だと思うわ」
「た、確かに……。
なら、魔物そのものが消えて生まれなくすればいいんじゃ?」
「レイくんの言う通り、魔物自体が消えることを願ったとする。
だけど、それは一旦この世界から消えてなくなるだけで、時間が経てばまた生まれ始めるわ。この世界はマナに満ちている。マナがあるなら魔物は<無>からでも生まれてくるのよ。
最初は<ゴブリン>や<スライム>などの下位の魔物だけだろうけど、じきに魔物の影響を受けてしまった動物が魔物化してしまい<魔獣>と化す。そうなってしまうと、数十年くらいで今と変わらない状態になるでしょうね」
「そんな……!?」
「だから、結局は現状維持が一番平和なのよ」
世界を平和にしても、時間が経てばすぐに元通りなんて……。
それじゃあ命懸けで戦ってる人があまりにも不憫だ……。
「レイくんが言ったような願いをした勇者はこの世界にも居たのよ。
でも、今こうやって世界は魔物だらけでしょ?そして、これまでも魔王は数度討伐されたにも関わらず何度も魔王は誕生している。
この世界はここ数百年は同じように回り続けてるの」
「そ、そんな……」
「私達、女神が異世界から人を転生させて勇者にする理由の一つは、
この世界に何のしがらみがない人間を勇者にして、突拍子のない願いで世界を改変してもらうことを望んでいる女神もいるのよ。『マナを消し去る』とかね。
この世界出身の勇者では無難な願いしかしないでしょうから」
「……なるほど」
あえて世界の事を考えない異物を取り込む。
それを劇薬として投与し、大きな改変を期待しているのか。
それが僕達転生者の役割だったのか。
「姉さんはどういう理由で僕を転生させたの?
やっぱり、勇者にして世界を改変させるため?」
「一緒に異世界で暮らすためだよ?」
「えぇ……?」
この人を女神にした神様は人を見る目が無いんだと思う。
そこに、僕と姉さんの話にエミリアとレベッカが割り込んで言った。
「ベルフラウの考えは置いとくとしまして……
まぁ、真の意味で魔物を消滅させる勇者が現れてないのは事実ですね」
「仰る通りです。今まで積み上げられた歴史と技術を捨てて、
魔物を消滅させようと考えた勇者様は今のところはおりません」
……うーん、これはちょっと意外だった。僕の考えでは、魔物を消してしまえばいいんじゃないかと思っていたんだけど……。
「じゃあ、魔物を消す方法は事実上存在しないの?」
「一度魔物を全て消滅させた後、
新たに生まれた魔物を即座に消滅させることで、
恒久的な平和は実現できると思うわ」
姉さんのその提案に、僕は一瞬希望を見たが……。
冷静に考えると実現不可能なものだと理解できてしまった。
「……どうやって?
最初の消滅の方法は勇者の願いで出来るのは分かるけど」
問題はその後。マナさえあれば自然発生する魔物を感知してすぐに滅ぼすなんて不可能だ。世界は広いのに、例え世界全土の冒険者が討伐に向かったとしても絶対に撃ち漏らしが出る。
「魔物はマナで生まれるわけだけど、
外部的な干渉でマナを奪えば、生まれてもすぐに消滅させることが出来る。
仮に、この世界全土に、周囲からマナを無尽蔵に吸収する魔道具が設置出来たら、魔物が生まれたとしてもすぐさまマナを失って消滅させられると思うわ」
理解は出来る。
ただ、あまりにも難易度が高すぎる。
「それは出来るの?」
「理論上は可能ってだけの話よ。
まず『マナを無尽蔵に吸収する魔道具』ってのは荒唐無稽だと思う。それが作れたとしても、マナをため込んだ魔道具がいつ暴走するか分からないし……」
「下手をすると、その魔道具そのものが魔物になるかもしれないと?」
「レベッカちゃんの考えは正しいかもね。
溜めこむだけだと、その可能性が高くなるし、際限なく魔力を取り込む魔道具なんて聞いたことないでしょ?いずれ壊れてしまって、中からマナが溢れだして、下手をすればより凶悪な魔物を生んでしまうからもしれないわ」
「じゃあ、どうしたら……」
「溜め込むのがダメだとするなら……そうですね。例えば、街にマナが流れるようにして生活の中でマナを消費させるとかどうですか?」
「エミリアちゃん、それは現実的じゃないわ。
そもそもマナを消費するような技術なんて無いでしょ?」
「……いえ、あります」
エミリアはそう言って、レベッカを見つめた。
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