第952話 アカメちゃん、兄の将来に不安を覚える
エミリアの声が聞こえて渋々目を覚ましたアカメは、言われた通りに船内の雑談室に向かっていた。
――ガチャ。
「……何?」
雑談室の扉を僅かに開いて中を確認するとノルンとルナを除いた残りの仲間達全員が待っていた。アカメを呼び出したエミリアも当然待機しており、アカメの姿を見るとすぐに扉に駆け寄ってきた。
「来ましたね、アカメ」
エミリアはそうアカメに話しかけると彼女の手を取って部屋に引っ張り込む。
そして、そのまま扉を閉めて雑談室は密室となった。
自分をこんなところに呼び出して何を言うつもりなのか。
そんな疑いを持ちながら集まったメンバーを訝し気に眺めるとアカメ空いてる席に座る。
「……で、何の用?」
もし変な話だったらすぐに戻ってお兄ちゃんのベッドで寝直そうとアカメは考える。するとベルフラウは真剣な表情でアカメを見つめていることに気付いた。
「アカメちゃん……話があるの……」
「知ってる……何……?」
自分に対して負い目のあるベルフラウは、日常生活では基本的に自分に対して低姿勢な態度で接してくる。なのに今の彼女はなんというか何か重い使命を背負ったような覚悟が決まった目をしている。
以前に魔王城で自分と敵対した時の様な雰囲気だ。これでは普段のように煙に巻くことは出来ない。
「アカメちゃん」
「な、何?」
アカメはその雰囲気に圧されて息を呑む。
「……レイくんをお姉ちゃんに下さい!!」
「絶対にイヤ!!」
レイの姉を名乗るベルフラウからの突飛な要求にアカメは普段の態度を忘れて即答で拒絶する。
「……え」
拒絶されたベルフラウは信じられないというような絶望的な表情を浮かべる。
「……はぁ。ベルフラウさん、いくらなんでも直球過ぎよ」
「ベルフラウ様、そんなに落ち込まないでくださいまし。アカメ様もきちんと事情を説明すれば納得してくださるやもしれませんし」
ベルフラウが話していたので静まり返っていたが、アカメの一言で緊張が解けたのかカレンとレベッカがベルフラウにそう話しかける。
「うぅ……でも……」
「いきなり『レイ君を下さい!』は誰だってそんな反応しますよ。私だって他人に唐突にそんな事言われたら『ふざけんじゃないわよ』って叫んでついでに剣を突き付きつけるかもですし」
「カレン様、わたくしの想像よりも激情家でございますね……」
レベッカはカレンの発言に苦笑する。
「……一体どういうこと?」
ベルフラウの言葉に即断したアカメだが、カレン達がそんな反応をしたので少しだけ冷静になって事情を説明するようエミリアに促す。
「えーと……どこから説明すれば……」
「最初から」
圧を掛けて説明を求めてくるアカメにエミリアは肩を竦めて説明を始める。
「実はこの旅、単にレベッカの故郷に遊びに行くのが目的じゃなくて他に真の目的があるんですよ。ね、ベルフラウ?」
エミリアは半笑いで落ち込んでいるベルフラウに視線を移して声を掛ける。
「は、はい……」
「落ち込み過ぎて言動まで変わってますね。で、その真の目的っていうのが……」
エミリアがそこまで言うと、今度はカレンが続きを話す。
「……彼、要するに私たち全員でレイ君に告白して、そのまま皆で結婚しようって魂胆なのよね」
「……は?」
カレンのその発言にアカメは耳を疑った。
「……よく意味が理解できなかった。再度説明を求める」
「あはは、まぁアンタが困惑するのもよく分かるわよ。言ってる私自身も『正気なの?』と言いたくなるくらいだものね」
「……ですが、アカメ様。わたくし達は本気でございます。本気でその目的の為に今回の旅行を計画して実行に移しているのでございます」
「……エミリア、彼女達が言ってる言葉は真実……? というか、貴女もそんな事を本気で考えているの?」
「ええ、本気ですよ」
「……!」
この中で最もまともな返答を期待できると考えていたエミリアに真面目な顔で返答され、アカメも言葉に詰まってしまう。
「……ここに居ないルナとノルンも?」
「ルナに関してはまだ少し悩んでるようですが、少なくともノルンは乗り気ですよ。全く知らないのはレイ本人くらいです」
「……」
アカメはエミリアの発言に頭を抱えて俯く。
「……意味が分からない。そもそも結婚は男女一人ずつで行う儀式だと聞いている。それがどうしてあなた達全員とお兄ちゃん一人という事になるの……?」
彼女達の言ってる事はアカメにとって理解の範疇を超えたものだった。自分の最愛の兄のレイが、ここに居る女の子達と全員と関係を結ぶ……など考えた事すらも無い。
「実はこの話が出たのは今から1年前……貴女とレイが兄妹として邂逅を果たす以前の事なんです。その時にレイはルナとノルンを含めたほぼ全員に告白されていまして、私たちはずっとその告白を保留にされている状態なんですよ」
「(……まぁエミリアに関してはちょっと事情が違うんだけどね)」
アカメに説明をするエミリアの言葉にカレンが心の中で補足を加える。勿論その言葉はアカメには聞こえるわけないのだが。
「しかし、私たち全員がレイに告白をした事は事実です。レイ自身は私たちの告白を拒絶することはなく彼自身が真剣に考えているのも理解していますが……」
「……魔王討伐を終え、冒険者としての仕事も一区切りつきました。そしてアカメ様とレイ様が無事に元の鞘に収まり、レイ様自身も学校の先生という夢を叶え、いよいよ今後の憂いが無くなった今だからこそ、わたくし達はこの計画を実行したのです」
「レベッカの故郷のヒストリアはとある理由で一夫多妻が認められているんです。ですが他の国だと王族くらいしかそんな制度が認められてないので彼女の故郷に行くことが最低限必須だったんです」
「勿論、レベッカちゃんが故郷に戻りたいってのも本当よ? だけどそれ以上にレイ君の事があって旅行の計画を早めたってわけ」
「アカメ様にはギリギリまで伏せておりましたが、流石にこれ以上隠し通すわけにもいかず、今回はこのような形で真実を話すことになってしまったことを申し訳なく思っております……」
エミリア、カレン、レベッカはそれまでの事をアカメに一つ一つ説明をしていく。頭が混乱していたアカメだったが、少しずつ状況が飲み込めてきた。
「……皆、説明ありがとう。つまりそういうことなのよ、アカメちゃん。私達、本気でレイと添い遂げたいの」
最後に落ち込んでいたベルフラウが顔を上げてそう締めくくる。
「……」
アカメは彼女達の話を聞いて少し考え込んでいる様子だった。
「……つまり、皆お兄ちゃんの事が大好きで大好きで堪らないってことでいいの?」
結果、アカメは彼女達の心境を端的にそう解釈する。
「……うん」
「……は、恥ずかしいけど事実ね」
「わたくしは出会ったその日から今日までずっとレイ様をお慕い申し上げております」
「出会った当初は可愛い弟分が出来たくらいの印象だったんですが、まぁ……ね……今更ですが私にもちゃんと乙女心があったんですね、驚きです」
アカメの解釈に、全員が肯定の意を示す。
「皆お兄ちゃんの事が好きで大好きで堪らない……なるほど」
そこまで聞いたアカメは彼女達が言った言葉を反芻する。そして何かを決心したように彼女たちを見据えてこう口にする。
「……あなた達の気持ちは理解した。お兄ちゃんに対しての愛情も、一緒に暮らしていて感じ取れているから嘘だとは思わない」
「「「「……」」」」
アカメの言葉の一言一言に背に汗を流しながら四人は耳を傾ける。
「だけど……私は妹として簡単に認めるわけにはいかない」
「!」
アカメの続く言葉にベルフラウはショックを受けて俯く。他の三人も同様だ。
「……でも、お兄ちゃんがそれを望むなら話は変わる」
「え……?」
アカメの発言に四人全員が顔を上げる。そして代表してベルフラウがそう声を漏らした。
「お兄ちゃんがそれを望むなら、私が止める理由は無い」
「アカメちゃん……」
「……ただ、あんな優しくて紳士的で正義感が強くて格好良くて頭が良くて私の事を大事に想ってるお兄ちゃんを相手に、あなた達如きがお兄ちゃんに釣り合うと思ってるその傲慢さに少し呆れたけど」
アカメのその言葉に緊張していた四人は一気に緊張が崩れて声を出す。
「ちょ、アカメちゃん!?」
「アカメ様……流石にそれは辛辣過ぎるというか……」
「……シスコンだと思ってはいたけど、私たちの予想を超えてるわね」
「アカメが一番重症なのは大体理解出来ましたよ、はぁ」
それぞれの感想にアカメはやれやれと肩を竦める。
「とにかく、お兄ちゃんがそれを望むなら私は止めない」
「……ということは」
レベッカの言葉にアカメは頷いて肯定する。
「……ここには居ないルナやノルンも含めて、私は了承する。仮に私が誰か一人を選ぶのであれば、出来ればルナを希望したいところだけど……」
アカメはルナが過去にどういう経験と挫折を積んできたかを彼女自身から聞かされている。そして当然ルナのレイに対しての気持ちも知っている。
だからこそ彼女と自分の兄が結ばれるのであれば素直に祝福するつもりだったのだ。
「きっとルナもそれを聞けば喜ぶと思いますよ。まぁあの子ならそれ以上に恥ずかしくて悶えるでしょうけど」
「ふふ、想像できるわね」
エミリアの言葉にカレンも笑みを浮かべて同意する。
――こうして、”お兄ちゃんの事が好きで大好きで堪らない”ヒロインズは無事に最大の強敵だった実妹のアカメの了承を得ることが出来た。
後はレイ本人だけ。頑張れヒロインズ!!
そして外堀を埋められて逃げ場が無くなってるレイの明日はどっちだ!?
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