第229話 疑惑の遺跡
エミリアの活躍で操られた死体は一網打尽に出来た。
しかし、問題は呪いのアイテム本体だった。
「……何か変だね」
姉さんは黄金像を見ながら言った。
「何が?」
「この像、何かしらの封印をされた形跡が一切ないの。クラウンさんの話では、移動する時に簡易的に魔力を抑えたと言っていたんだけど」
……またしても、事実と情報が異なっている。
「考えたって仕方ないわよ」
カレンさんはそう言って、ウィンドさんはそれに頷く。
「さて、このガーゴイル像はどうやって封印を施すのですか?」
ウィンドさんは、僕達の手並みを拝見するかのように眺めている。
「うん、お姉ちゃんに任せて」
姉さんは待ってましたと言わんばかりに前に出て、それを見たウィンドさんが後ろに下がる。
ガーゴイル像は直径1メートル程度の大きさの黄金像だ。
持ち運びに苦労しただろうが、力自慢の冒険者なら運べないというほどでもない。
しかし、直接触ってしまうと呪いが降りかかるということなので、僕達は近づかず5メートル以上の距離を取っている。
姉さんは普段使わない杖を取り出し、黄金像に近付いていく。
そして、杖を振りかぶり―――
「えっ!?」
姉さん、まさか物理的に壊すつもり?
と、一瞬そう思ったのだが、杖が当たった瞬間、黄金像の周りに薄い光の膜が出来る。
「――――女神の名のもとに、呪われしものよ、その時を止めよ。<邪気封印>」
呪文を唱えると、その光は徐々に強くなり、そして黄金の像を包み込むように収束していく。
「…………!」
すると、さきほどまで怪しく輝いていたガーゴイル像はその気配を薄くし、
周囲に漂っていた邪気が薄れていった。
「……ふぅ。みんな、もう近づいて大丈夫よ」
姉さんに言われて僕達はホッと一息ついた。
「お見事です。それにしても、特殊な魔法を使用するのですね、ベルフラウさん」
「そ、そうね……」
ウィンドさんに問われて、姉さんは少し答えを窮する。
流石に、知り合ってすぐの相手に自分は女神だと言いづらかったらしい。
仕方ない、追及を避けるためにちょっと話を逸らそう。
「それで、ウィンドさん。これをどうやって持って帰るんですか?」
「あぁ、それは問題ありません。こうすれば……」
ウィンドさんは余裕の笑みで返し、黄金像を素手で触った。
「ふむ、もう触っても大丈夫そうですね」
ウィンドさんは黄金像をペタペタ触って満足したのか、そのまま腰を下ろし……。
―――無造作に両手で持ち上げた。
「はっ!?」「えっ」「おお……」「えぇ……?」「……ふふっ」
重さ百キロを超える黄金像を持ち上げたウィンドさんに僕らは言葉を失う。
カレンさんは特に驚いた様子はなく、僕達の反応を見て笑っていた。
「……何をそんなに驚いているのですか?」
ウィンドさんは不思議そうな顔で首を傾げる。
「いや、だってこんな重い物を軽々と持ち運ぶなんて……」
「今は軽いですよ。どうぞ、レイさん」
そう言って、カレンさんは物理法則を無視したように軽々と片手で持ち上げて僕に投げ飛ばしてきた。
「えっ!うわっ! ……あ、あれ、凄く軽い……」
僕の方に投げ飛ばされた黄金像は見た目の割に物凄く軽かった。
「重力魔法で重さをゼロにしました」
「な、なるほど……」
カレンさんに聞いていたけど、ウィンドさんは本当に禁呪魔法を使える様だ。
「とはいえ、これだけではまだ危ないですね。
いつ封印が解けるかも分かりませんし、私専用の倉庫に預けておきましょう」
と思ったら、今度はウィンドさんの一言で黄金像が目の前から消えた。
「なっ!?どこへ……」
突然黄金像が消えてしまったことに驚く僕達だったが、ウィンドさんは落ち着いた様子だ。
「少し別の場所に転送しました。周囲には誰も居ないので呪いの影響はありませんよ。さて、次は遺跡ですね。効率的に動きましょう」
そう言いながら、ウィンドさんは出口に向かって行った。
「は、はい!」
僕達が慌てて後を追うと、後ろでは姉さんがカレンさんに質問していた。
「ねぇ、カレンさん。あの子……ウィンドさん? 何者なのかしら。見た目ただの女の子にしか見えないんだけど……どうみても、普通の人じゃないわよね」
「そうね……あいつのことはよく分からないんだけど、多分レベッカちゃんと似たようなものよ」
いきなり自分の名前が出て、レベッカは自分を指差して首をかしげる。
その様子を見た僕達はつい和んでしまうが、カレンさんは言葉を続けた。
「レベッカちゃんが、女神ミリク様の巫女であるように、
あのウィンドも女神イリスティリア様の巫女らしいのよ。本人の言葉を信じるならね」
「ウィンド様が……」
レベッカが目を輝かせて呟いた。
◆
外に出た僕達は、今度は黄金像を再び遺跡に戻すために、
ウィンドさんの飛行魔法で再び空を飛んでいた。
「こわいこわいこわいこわい!!!」
ロクに体が動かない上に、上空数百メートルを飛んでいる恐怖から声を出してしまう。
ちなみに僕以外は平然としている。
「落ち着いて。そんな足をバタつかせるから体が安定しないんだってば」
「そ、そんな事言われても……」
「ほーら、私の手を掴めば大丈夫だから」
「あ、ありがとう……姉さん」
「どういたしまして」
姉さんに支えてもらったおかげで何とか落ち着くことが出来た。
「やれやれ……騒がしいですね」
「仕方ないわよ、飛行魔法なんて慣れないと誰だってあんなものだし」
ウィンドさんとカレンさんは僕達のことを呆れた様子で見ていた。
「そろそろ着きますね。皆さん準備をお願いします」
ウィンドさんの言葉に僕達は身構える。
「それじゃあ、行きますよ」
ウィンドさんの言葉で、僕達は地上にどんどん下降し、そして……。
――地面に着地した。
今度はかなりの距離が離れていたため、かなり気分が悪くなってしまった。
僕達は少し休んでから、目的の遺跡の入り口に向かった。
◆
「……ここが、遺跡の入り口?」
僕達は眼前にそびえる巨大な門を見上げる。
しかし、それだけだ。ここには門の先に何も見当たらない。
門の先は何もない平野となっている。
……あくまで見かけ上は。
「―――じゃあ言うね。
<リディア・クラウン>の名のもとに権限を実行する。
僕がそう言うと、目の前の空間に亀裂が入り、本来の姿を現した。
門の先にはさっきまで違い、入り口らしき階段があり、地上に見えているのは階段部分のみだ。遺跡は地下へ続くダンジョンのような構造になっているらしい。
「……よし」
先ほどまで見えていたのは、遺跡を封鎖するための幻覚魔法だ。
事態が収まるまでクラウンさんの権限で、この場所は誰にも入らないように魔法を付与させてあった。僕達はその権限を一時的に行使したという事になる。
「それじゃあ、行こうか。ウィンドさん、すみませんが最奥まで同行お願いします」
「構いませんよ、レイさん。元よりそのつもりですので」
◆
僕達はウィンドさんを連れて階段を降りていく。
魔物が多く出現するという話なので、武器を構えたまま階段を降りていく。
ちなみに、ウィンドさんに自分は非戦闘員扱いにしてくれと言われた。
理由を訊いたのだが……。
「私は、封印の為の協力を要請されただけです。戦闘に関しては手出しするつもりはありません」
とのことだ。なので、戦力としては数えない扱いとなっている。
自分の身は自分で守るとも言っているため、そこまで不安視していないけど。
「…………」
階段を降りていくと、まず広間に出た。
地下ではあるが、思ったほど暗くなく、姉さんとカレンさんが明かりの魔法を使用するだけでほぼ部屋全体を見渡せた。
最初に見掛けたのは、広間の中心にあった壊れた石像だ。
どうやらガーゴイル像だったものらしい。これは遺跡に置かれているトラップで、石像自体が襲ってくる仕掛けになっている。しかし破壊されているところを見ると、既に誰かが戦って壊したのだろう。
「前に来た冒険者がやったんでしょうか」
「多分ね……」
その冒険者も今はもう生きていない。
これ以上被害が出ないように、早く封印を施さないと……。
「他にも襲い掛かってくるガーゴイルがいるかもしれない。気を付けましょう」
僕はそう言って剣を構えて警戒しながら先へ進む
しかし、それからしばらく待っても敵が現れなかった。
「……来ませんね」
「そうね……」
遺跡にもよるけど、調査が進んでいない場所は大体魔物の巣窟だ。
ましてや呪われたアイテムが置かれているようなダンジョンなら頻度も尋常では無いはず。
それなのに、ここまで魔物の数が少ないというのも珍しい。
しかし、それでも魔物の気配は感じる。
「
魔物達がどういうわけか建物の奥へ移動していっているようです。誰かが誘導しているのでしょうか」
後方でウィンドさんが<索敵>の魔法を使用しながら言った。
「誘導? 魔物をですか?」
「そうとしか考えられません。同種の魔物同士なら多少連帯感を持って行動することもありますが、索敵の詳細を確認すると、様々な種類の魔物が何者かに導かれるように移動しています。通常なら起こり得ない事態です」
ウィンドさんの言葉を聞いて、僕達は顔を見合わせる。
「もしかしたら、僕らより先に入った人が魔物に襲われてるとか」
「ですけど、それだとおかしいです。
この遺跡はさっきまで封印が掛かっていて誰も入れないはず……」
「……確かに」
僕達がこの遺跡の封印を解いたのは、ほんの1時間ほど前だ。
それなのに、僕達に気付かれずに遺跡に入り込み、僕達より誰かが先へ進んでいるというのは考えづらい。
「……お姉ちゃんが思うに、この遺跡の封印はあくまで魔法でカモフラージュしていただけよね。それなら、元々この場所を知っている人物なら入れてもおかしくないと思うな」
「その点に関しては、私もベルフラウさんの意見に賛同します」
ウィンドさんが姉さんの言葉に同意する。
「そうすると、わたくし達がこの地に足を運ぶ前に、誰かがこの遺跡に入り込んだと仰るのですか?」
レベッカの言葉に、ウィンドさんが頷いて言った。
「えぇ……ですが、魔物に襲われている。という以外のケースを想定すべきです。あるいは、これが罠という可能性も考えられます」
「……」
僕達は黙り込む。
もし罠だとしたら一体誰が……?
「……とにかく先へ進もう。ここで考えても仕方ない」
僕はそう切り出し、前に進む意思を見せる。
どのみち、ここまで来て怖気づくわけにもいかない。
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