第9話 家族
「お願い、………帰らないで……ください…」
「レイ、くん…」
私は泣きじゃくる彼を抱き止めた。
私は異世界に来る前から決心をしていた。
でもすぐに行動を起こすことは出来なかった。
この女神の衣を脱いでも、それだけでは女神としての呪縛からは逃れられない。
既に先輩から何度も連絡が来ている。
戻れ、戻りなさい、このままだと貴女は…って。
摂理に逆らい続ければいずれ私は強引に天界に戻されるか、
それとも欠陥品として消滅させられるかのどちらかの道を辿ることになるだろう。
それに彼がどう思うか分からなかった。
もし拒否されたらと考えると、その時私は本当に全てを失ってしまうから。
でもエミリアさんとの会話で覚悟が決まった。
『でも、家族なんですよ?
もう親もこの世界にはいないし、二人っきりの家族なんだから
あれくらい寄り添って一緒にいないとレイくんだって寂しいだろうし……』
――これは私の本心だ、でもどちらかと言えば自分の欲望の方が大きかったと思う。
『弟さん(レイ)が可愛いのは理解できますが
そこは抑えて距離感を取って、姉として弟を受け入れる感じにするのはどうでしょうか?』
――彼を慰めてあげたいと思ったから、出来るだけ傍に居ようと思った。
――だけど私は人との距離の取り方が下手で…
『いや、変な意味じゃなくて!
そう!弟が困ったり寂しそうな時にいつでも寄り添ってあげるとか、そういう意味です!』
――彼は困っていたのだろうか?
――いや、どちらかと言うとうっとおしがられてたかもしれない。
だけど、彼が時々悲しそうにしてることに気付いてしまった。
――彼はもうあちらの世界には戻れない。
――大好きだったご両親にもう会えないことに薄々気付いていても認めたくなかったのかもしれない。
『あ、姉として弟を受け入れる…』
――私にはそれが出来ていなかったのだ。所詮は形だけの偽の姉だから。
『いつでも?』
『はい、彼が挫けそうになったときも傍ら(かたわら)で見守ってあげるんです』
――そうだ、本当に挫けそうな時、私は彼の傍に居てあげたい
――だから、こんな半端な関係なんて終わらせるんだ
例え、彼に嫌われても、女神で無くなっても、私は―――
いつの間にか雨が降っていた
「泣かないで……レイくん…大丈夫だから」
雨で濡れてるのか、それとも涙か、私の服も彼もびしょびしょになっていた。
「レイくん……」
彼の頭を撫でる。いつもとは違う、彼のお母さんがやっていたように。
「………」
いつもなら私が抱きしめていたけど、今は彼が私を抱きしめている。
だからいつもより強く私も抱きしめる、彼のお母さんとお父さんがやっていたように。
彼が異世界に転生してまだ一週間くらい。
異世界に来ても気丈に振る舞っていたけど、知り合って日が浅い私との別れが辛くなるくらい。
彼の
もしかしたら、半端に私が姉になるとか言ったのがこうなってしまった理由かもしれない。
責任とかじゃない、でももし彼が望むのなら、なのだけど…。
――――私が本当の家族になれるなら
「大丈夫だよ、私はもう帰らないから…」
「本当……?」
「うん、だって私………」
「女神を辞めちゃったから」
―――いつの間にか雨が降っていたみたいだ
「―――え?」
「うん、辞めたんだ、私」
女神さまが女神を辞めた。それは一体……。
「な、何で……?」
「まぁ、私がかなり無理を言って辞めたんですけどね」
えへへ、と笑う。
「今はまだ変わらないけど、数日経てば女神ではなく人間と変わらなくなります」
そして言葉をつづける。
「ど、どうして…」
そこで女神さまは深く息を吐く。
「私は……貴方が死ぬ前から貴方の事を知っていました」
「貴方が生まれたのは今から15年前
貴方の母の美鈴さんは、元々体が弱くて妊娠した後はずっとまともに生活が出来なかった」
そんな、お母さんはそんなこと一度も…
「うん、貴方の事を気遣ったんでしょうね
でもね、美鈴さんは例え死んでも貴方を生むと決めていたの、
お父さんは反対してたんだけど美鈴さんの意思が強くて結局二人とも生むことを決めた」
「そして、想定より早く貴方は生まれた
本当はもう少し先だったんだけどね、体重も2500グラムも無いくらいの未熟児でした」
それは、聞いたかもしれない
僕が生まれた時は体が小さくて普通の赤ちゃんとは違ったって…
「貴方の髪が黒じゃないのは
当時の美鈴さんが栄養失調の状態が続いた時に生んだからなのかもしれませんね」
でも、その髪の色は好きですよ、と女神さまは言った。
「でも、本当に危なかった
貴方を生むとき、美鈴さんは本当に一度死に掛けてました」
「でも、その時でした。貴方のお母さんとお父さんの声が私に届いたんです」
「今もそうですが、私は女神として未熟でした
祈りが届いたとしても、私に出来ることなんてせいぜい応援するくらい」
「応援…?」
「はい、転生の間に行って地上の貴方の両親の美鈴さんと正樹さんに
大丈夫、大丈夫ですから、私が見守っています。だから諦めないで……って
そう声を届けるだけが私にとっての精一杯でした」
「結果、貴方が無事に生まれました。美鈴さんも出産してからみるみるうちに回復しました」
それは女神さまが励ましてくれたから…そういうと女神さまは首を横に振った。
「それは違います、私の力なんてほとんど意味が無かった」
「でもね、それからも貴方たちがずっと気になって
時間が出来ればずっとあなたたち家族の事を転生の間のテレビから見てたんです」
テレビ…そう言えば、あの場所にテレビが壁に掛けてあった気がする。
「そうして15年間、
貴方たちを見守っているうちに
私は貴方の事が好きになってしまいました」
………
「桜井鈴(さくらいれい)さん」
女神さまが転生の間の時のように僕を呼ぶ。
「…はい」
「私はずっと貴方を見ていました。貴方の事を愛しています」
「……っ」
想像もしてないような告白だった。
「実はね、私は一つ嘘を付いていたんです」
「嘘?」
「はい、異世界に転移した時、
間違って巻き込まれて来たって私は言ったと思いますけど
本当は自分の意思で来たんです」
「あの時、
貴方が死んでしまったことに泣いて悲しんだのはご両親だけではありませんでした
見守ってきた私も、同じように泣いて悲しんで…………でも」
「…でも?」
「本当に偶然でした
貴方が死んだ時に私がたまたま”死者の橋渡し”の仕事の担当だったのです」
死者の橋渡しは死んだ人を転生の間に移動させて、新たな人生の橋渡しをする仕事
「もし、貴方が転生を選んで
そして、私も一緒に異世界に行けるのなら―――」
「私は、貴方の家族として生きられるんじゃないか、とそう思ったんです」
『よく聞いてね、鈴。あなたはね、私たちにとって奇跡だったの』
『奇跡?』
『そうよ、お母さん本当に危なくてね
このままだとお腹にいるあなたも無事に産めないかもって言われたの』
『でもな』『でもね』
『私はあなたに生まれてほしかった』
『だから、お前が生まれた時、俺とお母さんはずっと祈ってたんだ』
『私たち(俺たち)は今から生まれるこの子を愛し続けます
だから、私たち(俺たち)にこの子と一緒に生きさせてくださいって』
『その後な、俺たちの声が神様に届いたんだ―――』
―――思い出した
―――僕が小学校に入る前に両親に言われたことを
―――母が僕を産めなかったかもしれないということ
―――それでも産みたいと願っていたことを
―――神様が、それに応えてくれたことを
「思い出しました…両親のことを」
「……」
「ベルフラウ様……貴女が、神様だったんですね……」
「……はい」
「ベルフラウ様……。
良かったら…ここで、僕の家族になってくれませんか……」
「…………うん」
僕とベルフラウ様はそう言って抱き合い、しばらく泣き続けた。
そうして、僕らは二度目の人生をこの異世界で、
僕とベルフラウ姉さんは偽物では無い、本当の家族としてこれからも生きる。
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