第602話 お姉ちゃんに戦い方を教わるレイくん

 ――一方、その頃、レイとベルフラウ。


【視点:レイ】


「……そう。カレンさんの命を助ける為に……」

 僕は、姉さんに数日前に『半身反魂術』を使用したことを白状した。


「ごめん、姉さん……」


「……それで、レイくん、今の貴方の身体は大丈夫なの?」


「一応、今すぐどうこうってわけじゃない。時々胸や身体が軋むように痛むけどそれくらい。……だけど、ウィンドさんが言うには、『僕達』のタイムリミットはそう長くないって……」


 僕が静かに語ると、姉さんが僕に寄り添って僕の身体を強く抱きしめる。


「姉さん……」

「……ごめんね。私にもう少し力が残ってたら……」

「……」


 僕は、今にも泣き出しそうな姉さんの身体を抱き返して、彼女の顔をじっと見て言った。


「……大丈夫、要はカレンさんの呪いさえ解けばいいんだよ。魔王を倒して聖木を見つけることが出来れば僕達は全員助かる。……だから、その涙は全部終わってからにしよう、姉さん」


「……そうね。でも自暴自棄になっちゃダメだよ。私、レイくん死んじゃったら……」


「分かってる。絶対に死ぬ気はないよ。ウィンドさんやリーサさんにも強く言われてるからね」


 僕は彼女達の顔を思い出して苦笑する。二人が呪いの共有を申し出たのは、僕が無茶をしないように釘を打つためでもあったんだろう。


「じゃあ今回の無茶な模擬戦の理由は……」

「……うん。多少無茶でも強くならないと話にならないからね」


 すると、姉さんは僕の身体から手を離して離れる。


「それならレイくんは、色々な手段を学んだ方が良いかもね」

「色々な手段?」 


 姉さんの意味深な言葉に首を傾げる。


「うん、今のレイくんは戦い方が優し過ぎるのよ」

「そ、そうかなぁ……」


 自分的には結構攻撃的なつもりなんだけど……。


「例えば、さっきの模擬戦。レベッカちゃんが接近戦を挑んで来たら堂々と正面から立ち向かったし、エミリアちゃんが魔法勝負を仕掛けてきたら彼女に合わせて魔法で応戦してたでしょ? で、その隙をサクラちゃんに突かれてた」


「うっ……まぁ確かに……」

 さっきは二人の動きを観察しつつ、サクラちゃんの奇襲にも対応できるように動いてたつもりだった。実際はどれも上手くいかなかったが。


「だから、私はこう言いたいの。『もっと卑怯で悪辣に戦いなさい』って」

「ひ、酷いな……」


 いくらなんでも言い方が極端すぎる気がするぞ!?


「そういう戦い方をすれば、一方的な勝負にならなかったと思うわ。

 例えば接近してくるレベッカちゃんを足止めして、即座に後衛のエミリアちゃんに接近して攻撃を仕掛けるとか。不意を付いてくるサクラちゃんには、あえて距離を詰めさせて罠を仕掛けるとかね。

 最初にエミリアちゃんを倒せば、残りの二人の攻撃手段は基本的に接近戦に絞られる。魔法攻撃はレイくんの速度で余裕で回避できるわ。堂々と戦うふりをして、相手の嫌な部分を突きまくれば優位に戦えるはずよ」


「……いや、そこまでして勝ちたくないんだけど」


「でも本来想定する相手は、私達じゃなくて魔王とか魔物とか、悪辣とかそんな次元じゃ無い相手よ?」


 姉さんの言葉を聞いてハッとする。


「…………」

 そうだ。魔王は僕なんかよりも遥かに強い相手だ。そいつらと渡り合うなら、自分の流儀とか相手を気遣うとかやってる場合じゃない。


「レイくんは『正々堂々と戦って、かつ相手を圧倒する』っていう一番難しい戦い方をしようとしてるの。結果、三人にはボロ負けしたでしょ。

 三人同時だから当然だけど、序盤に一人撃破出来ていたら勝てた可能性もあったはず。相手の弱い部分を先に攻め続けて相手を疲弊させてから、隙を見せた相手から潰していく。それが本当の意味での『勝つ為の戦い』ってことよ」


「……なるほど。とりあえず今の姉さんが女神だと思わないことにするよ」

「え、酷い」


 少なくとも『もっと卑怯で悪辣に戦いなさい』なんていう女神様はいない。


「でも、ありがとう姉さん。おかげで目が覚めたよ。僕はまだまだ未熟だった。……それにしても姉さんって意外と策士なんだね」


「私に戦い方を教えてくれたのは皆なんだけどね……。でも一番弱い私でも、客観的に見てそう感じたんだから、エミリアちゃんやレベッカちゃんも似た感想じゃないかしら」


「……う、自分の事に一番気付いてなかったのは、自分だけって事か……」

 そう考えるとちょっと恥ずかしいな。


「分かった。次からはもう少し考えてみるよ」


「うんうん♪ 頑張ってね、レイくん!」


 姉さんは嬉しそうに微笑みながら、僕にエールを送った。


「うん、頑張るよ。……っと、どうやら向こうも終わったようだね」


 甲板の方を見ると、こちらに向かって歩いてくるルナ達の姿が見える。


「じゃあ、行ってくるよ」

「うん♪」


 ◆


 レイは彼女達の所に向かい、再び模擬戦を始めた。


「たあああっ!!」

「っ!!」

 レイは開幕で突進してくるレベッカの槍の一撃を受け止める。以前なら、ここから近接戦闘が始まるのだが、レイはそのまま彼女の横をすり抜けて走って行く。


「なっ――!?」

 レベッカは、レイを追おうとするのだが、その瞬間に左手だけレベッカの方に向けている。


<初級氷魔法>アイス!」

 レイは魔法を発動させ、追いかけようとしていた彼女の足を氷魔法によって凍らせて動きを止める。


「……くっ!」

 レベッカはなんとか拘束を解こうとするが、周囲の床と自身の脚が丸ごと凍らされてしまい、動くに動けない。下手に動こうとすると足に致命的な後遺症を負ってしまう可能性がある。

 炎魔法が得意なエミリアなら即座にリカバリー可能だが、そうではない彼女は時間を掛けて魔法を解除する以外の術が無い。


 レイはベルフラウの助言をしっかり受け止め、確実に動きが良くなっていた。正面からの彼女達の攻撃を防御せずに回避と妨害に専念し、主軸のアタッカーであるエミリアを先んじて狙う。


「レイにしては中々エグイ攻撃ですねっ!!」

 エミリアは笑いながら後ろに後退してレイに攻撃魔法の嵐をぶつける。


蒼い星っブルースフィア!」

 が、レイは聖剣のバリアを使用して彼女の魔法攻撃を完全にガードする。そして、魔法が途切れたところで初速の移動技能を使用して彼女に接近する。エミリアは後退しつつ設置済の攻撃魔法で迎撃するのだが、レイ相手には威力が低すぎて全く効果が無い。


 このまま接近されてしまえば自分はレイに秒殺される。


「(―――っ、やっぱり正面から戦えば勝ち目ありませんかっ!)」

 エミリアは心の中で悔しがるが、同時にレイの成長っぷりに喜んでいた。

 が、ここで喜んでいる場合じゃない。負けず嫌いなエミリアは距離を引き離すために、結界の上限ギリギリの高さまで飛行魔法で離脱しようとする。


 だが、レイは彼女の行動を予測して罠を張っていた。


「―――させないよっ!!」

 次の瞬間、空から多数の氷の槍がエミリアに向かって降り注ぐ。


「なぁ!?」

 エミリアは慌てて障壁を展開して攻撃を防ぐ。だが、足を止めてしまったことで、レイに追いつかれてしまいレイの剣の射程入ってしまう。


 ここまでか……と、エミリアは諦めそうになったが、


「エミリアさん、危ないっ!! 」

 隙を突くために戦況を把握していたサクラが、エミリアのカバーに入って代わりにレイの攻撃を受け止める。


「(―――掛かった!)」

 レイは自身の狙い通りに彼女が動いたと確信する。彼の本当の狙いはエミリアでは無く、サクラを意図的にこちらに引き寄せることだった。


 サクラはレイの攻撃を受け止めた直後に反撃を繰り出す。しかし、彼女の動きを見切っていたレイは紙一重でその攻撃を回避して、即座に気配を消して彼女の背後に回る。


「って、あれ、レイさん居ない!?」


「サクラ、後ろです!」

「!?」


 エミリアの鋭い声で即座に振り向く。

 しかし時既に遅し。レイの剣の柄頭つかがしらが彼女に頭にヒットする。


「はうっ!?」

 サクラはそのまま目を回して床に倒れて気絶してしまう。


「サクラちゃん、ごめんね!」

 レイは倒れた彼女に声を掛けて、すぐに気を引き締めてエミリアに向かって行く。


 だが、そこで今まで動きが止まっていたレベッカが動き出す。

 彼女は即座に回り込み、彼に奇襲する様に横から割り込んでレイの剣に対して槍を突きあげる。


 ―――ガッキィィィィン!!


「……っ!!」

 レベッカの不意打ちで、レイは一瞬剣を離してしまう。

 レイは即座に魔法で二人をけん制して片方で剣を拾い直して後ろに下がる。


「……間に合いましたか、エミリア様?」

「た、助かりました……」


 レベッカはエミリアのフォローに間に合ったことに安堵した。

 一方でエミリアは冷や汗を流しつつレベッカに感謝した。


 レベッカはレイから視線を外さないように気配だけを探って周囲を把握する。


「サクラ様は……」

「私を庇って真っ先に倒されてしまいました」


 レベッカの質問にエミリアは、申し訳なさそうな声色で答える。


「レベッカが戻って来ちゃったか……」

 レイは剣を持っている右手を軽く摩りながら言った。

 どうやら、さっきのレベッカの一撃で軽く痺れてしまったようだ。


「わたくしを軽くいなしてサクラ様を一撃で倒してしまうとは。お見事です、レイ様」


「レイの動きが1戦目と全然違いますね。心境の変化でもあったんですか?」


 臨戦状態になりながらも二人はレイに話しかける。

 レイは彼女達が不意打ちなどしないと判断し、笑みを浮かべて応える。


「あはは、ちょっとお姉ちゃんにね」


「……なるほど、ベルフラウの助言のお陰ですか」

「とはいえ助言一つでここまで動きが変わってしまわれるとは……」


 エミリアは複雑な表情でそう呟き、レベッカは反対に感心したような様子を見せる。


 レベッカは両手で槍を突き出し構え直す。


「しかし、レイ様がそう動くのであれば、こちらもそのように対応するまでです」

「ええ、ここからは連携を取りますよ。レベッカ」


 二人は息の合った表情で構える。


「(うわ、こうなるとさっきよりもヤバいかも)」

 レイはそんな二人の様子を見て、内心焦りを覚える。エミリアとレベッカのコンビネーションはかなり厄介だ。


 単純な戦闘力で見た場合、三人の中ではサクラが頭一つ抜けているが、この二人は互いに補い合う形で実力を底上げしている。単体を相手にするより遥かに強敵だ。


「……上等、じゃあ行くよ!!」

 レイはそれでも勝つのは自分だと、自分でもらしくない笑みを浮かべて二人に向かって行く。彼と相対する少女二人は、自分達のリーダーである少年に全力をもって応える。


 そうして、模擬戦は続いていく。

 気絶していたサクラは模擬戦を観戦していたルナの手で介抱されていた。


 その後、翌日の午後にフォレス大陸に到着するまで、

 レイ、エミリア、レベッカ、サクラは四人は模擬戦を通して研鑽を続けていた。


 レイは戦闘力の向上と、無意識に自身に課していた制約の克服。


 レベッカは仲間との連携を更に磨き上げて、槍を主軸に隙の無い戦闘スタイルを確立させる。


 エミリアはレイの戦法を見て自分の戦術の欠点を見つめ直し、更なる改善を試みる。


 サクラはエミリア達と共に連携を学んで、彼女達の足を引っ張らないように精進し続ける。


 それぞれがそれぞれの課題を持って、模擬戦の日々は過ぎて行くのであった。


 そして、彼らを母親のような優しい目で見守るベルフラウと、レイ達の戦いにあたふたしながら応援するルナの姿もあった。

 

 そして、翌日の昼頃、一行は無事に目的地のフォレス大陸に到着した。

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