第601話 ルナちゃん、やや警戒気味
【視点:レイ】
拳をチラつかせながら笑顔で圧を掛けるサクラちゃんに屈した僕は、大人しくその場で腰を下ろして休憩していた。僕の模擬戦に付き合ってくれた三人は、一旦船室に戻って別の場所で休息を取るようで歩いていった。
「サクライくん、大丈夫?」
「回復魔法いる?」
僕がその場でぐったりしていると、ルナと姉さんが僕を心配して駆け寄ってきた。ルナは僕の背中を支えて、飲み物の入った容器を手渡してくれた。
「ありがと」
素直に受け取り、容器の蓋を開けて一気に飲み干した。喉の奥を通る冷たい液体が心地よい。
姉さんは僕の隣に座って僕の肩に手を当てて回復魔法を施してくれた。
「はい、これで大丈夫。少しは楽になった?」
「うん、ありがとう」
「いえいえ~。でも、体力が戻るにはもうちょっと掛かるからしばらくはゆっくりしないとねー」
姉さんの何気ない気遣いに感謝しつつ、僕は姉さんの言葉に素直に頷く。
「皆、酷いよね。あそこまで容赦なく攻撃するなんて」
ルナは、船の前方を歩いているレベッカ達の後ろ姿を眺めながら、少し怒ったように呟いた。
「でも、それは僕が頼んだことだから」
「だからって、サクライくんが死んじゃうかもしれないのに!」
彼女にしては、随分を怒っているようだ。
「大体、ずっと一緒に旅をしてきたサクライくんに、あそこまで容赦なくできるっておかしいよ。大切な仲間なのに……」
「……」
ルナの言葉に、僕は何と返そうかと思い悩む。確かに傍から見たら彼女の言う通りなのだけど……。
「まぁまぁ、落ち着いて、ルナちゃん」
「だって、ベルフラウさん!」
彼女をなだめようとした姉さんにもルナは噛みつく。
「私、ちょっと三人に文句言ってきます!」
「え?」
ルナはそう言って立ち上がり、三人の後を追って走って行った。
「あらら、行っちゃったわね~」
「あー……どうしよ……」
僕が不甲斐なくやられていたせいだ。
ルナから見るとエミリア達が一方的に僕をイジメているように見えたようだ。
「優しい子ね、カエデちゃん……今はルナちゃんだけど」
「うん……」
中学校に通っていた時、僕がクラスメイトにイジメられていた姿を彼女は知っている。おそらく、その時の事が頭に浮かんでしまったのだろう。
「まぁ、すぐに戻ってくるでしょ」
「……」
「それに、レイくんはちゃんと私達に事情を説明してないもんね」
姉さんは僕を見ながらニコリと笑う。
しかし、その笑みは僕にとって何か言いたげに感じてギクリと反応してしまう。
「え……な、何の事かな……」
「ふっふーん。お見通しなんだからね。レイくんがなんであそこまで自分を追い込んで戦ってるのかは分からないけど、何か私達に隠し事してて焦ってるように見えるよ?」
「か、隠し事なんてそんな……」
カレンさんを延命させるために、禁呪で生命力を分け与えてるなんて言えない。
更に、そのせいで、僕やウィンドさんにもリミットが掛かっていて、魔王を倒せないと1カ月後には死んでしまうなんてもっと言えない。
「……ねぇ、レイくん。誰にも言わないから答えて。本当に何を隠してるの?」
「それは……」
姉さんは真っ直ぐに僕を見つめる。
これは、嘘をついても見抜かれてしまうような気がした。
僕は隠し通せないと感じて、周囲に誰も居ない事だけ確認する。
「……お願いだから、絶対に皆に言わないでね」
「……うん」
「実は――」
【三人称視点:エミリア、レベッカ、サクラ】
船室の休憩所に戻った三人は、テーブルを囲んで椅子に座り、用意した飲み物で体力補給を行っていた。
「……うーん」
「……?」
「うーん……」
「……」
「うーん…………」
エミリアは、目を瞑って腕を組みながら考え事をしていた。
「エミリアさん、どうかしました?」
サクラは、エミリアの様子を見て不思議に思い、声を掛けた。
「いえ……なんでレイは急にあんなことを言い出したかなって思いまして……」
あんなこと、とはさっきの集団模擬戦だろう。模擬戦とはいえ、別段自信家でもないレイがあそこまで自身に不利な戦いを提案してくるのは、エミリアにとって不思議でしかなかったのだ。
「確かに、なんか焦ってる感じに見えましたね……」
「カレン様を救いたいがための行動ではないかと、わたくしレベッカは思うのですが……」
レベッカの考えに二人も同意すが、それにしても不自然な面が目立つ。
「わたしも先輩を助ける為って想いは共感できるんですけど、いつものレイさんらしくないなって……」
「ふむ……」
「……思うに、レイは何か隠し事をしてるように感じるんですよね」
「隠す……ですか?」
「そう。私達にも言えないような何かを……」
「やはり、わたくし達にも想像できないような春画を隠し持っているとか」
レベッカの一言に、二人は何とも言えない表情でレベッカを見つめる。
「冗談です……和ませようと思ったのですが、申し訳ありません」
「……サクラ、あなたはどう思ってます?」
「う~ん……」
レベッカの謝罪をスルーして、レベッカはサクラに問いかける。
サクラは自分なりに考えて、とあることを思い出す。
「レイさんが隠してる事……そういえば……」
「何か気付いたんですか?」
「レイさんがイリスティリア様の所から帰ってきた時に『カレンさんと二人きりにしてほしい』とか言ってたの覚えてます?」
「……確かに、そのような事を仰られておりましたね。レイ様の言葉なので、皆、信頼してその場を離れたわけですが……」
「あの時は深く考えてませんでしたが、今にして思えば妙ですね。一体何をしてたんでしょう?」
「「「うーん……」」」
三人は考えるが、何も浮かんでこなかった。
「ま、まさかレイ様……カレン様に如何わしいことを……」
エミリアとサクラはレベッカの方を見る。
「レベッカ、いつからあなたはそんなキャラになったんですか……」
「は! いや、今のは言葉の綾という奴で……」
「(この中で一番幼くて丁寧な口調なのに、一番えっちな考えしてるレベッカさんかわいい)」
サクラは心の中でそんな風に思った。
———タタタタタタタッ。
三人はあーだこーだ話し合っていると、廊下の方から誰かが走ってくる音が聞こえてきた。
「? この足音は……」
三人が足音に気付いて振り向くと、休憩室の入り口にルナが立っていた。
「見つけた……」
「ルナ、どうしたんですか?」
エミリアは彼女にそう尋ねる。
しかしルナは答えずに、やや硬い表情表情にこちらに歩いてきた。
「三人とも!!!」
「はい!?」
「ふむ?」
「ふぇっ!?」
ルナに詰め寄られて、三人は思わず声を上げる。
「さっき、サクライくんに酷い事してたよね!」
「え?」
「サクライくん、ボロボロになるまで三人の攻撃を受けてたんだよ!」
ルナの言葉を聞いて、三人が彼女が何故怒っているのか見当が付いた。
「あ、そういうことですか……」
「ルナ様、別にわたくし達は好きでああしたわけじゃなくて……」
「レイさんの気迫が凄かったから、わたし達も手が抜けなかったんですよ……」
三人はルナに弁解するが……。
「でも、やりすぎだよ!」
「と、言われましても……」
エミリアは、ルナの対応に困ったのかレベッカの方を見る。
レベッカも彼女に何と言葉を掛けていいか分からずにすぐに言葉が出ない。
しかし、サクラだけは彼女の言いたいことが少し理解出来た。
「(そっか……ルナさんからするとおかしく見えちゃうかも……)」
サクラは彼女の言葉を自分なりに解釈して考える。
自分達は、元々冒険者で魔物との戦いを繰り返しているので多少の怪我は慣れっこだと思っているその際、冒険者同士で喧嘩になることも模擬戦も珍しくない。
だけど、ルナはそうじゃない。彼女はレイと同じく異世界人であるが、人間として転生されなかったばかりにこの世界の常識を学ぶ機会が無かった。当然だが、冒険者の常識など知る由もない。故に、彼女のこの反応は一般人視点では正常であり、おかしいのはサクラ達の方なのだ。
「……ルナの言い分は分かりました。確かに、私達がレイを傷つけてしまったのは事実です……ごめんなさい。謝ります」
エミリアは素直に頭を下げて謝罪する。
しかし、エミリアは直後に言葉を続ける。
「ですが、それは彼が今以上の強さを求めたから、私達は彼が望むままに引き受けたまでです。なので私は事情を知らない貴女に対して謝罪はしますが、彼に対して行った行動に後悔は一切してませんよ」
エミリアは真剣な眼差しでルナを見つめてそう言った。
「……」
エミリアの眼差しに気圧されたルナは彼女に何も言えずに黙り込む。
「ルナ様……あなたが、レイ様をお慕いする気持ちはわたくしにもよく分かります。
ですが、もしわたくし達が力及ばずに魔物たちに倒され、最後の希望であるレイ様が殺されてしまえば全てが終わってしまいます。万一そうなってしまってから後悔しても遅いのです。故にわたくし達は、心を鬼にしてでも今考えられる最善の行動を起こさなければなりません」
レベッカは諭すように優しく語り掛ける。
「……っ。そ、そんな事……」
「理解してくださいまし。わたくし達も最善を尽くしているのです……」
レベッカはそこまで言うと、ふぅっと息を吐いて肩の力を抜く。
「……とはいえ、ルナ様のその優しさはレイ様にとって救いかもしれませんね……」
レベッカは微笑みながらそう言った。
「……」
ルナはレベッカの優しい笑みを見て、それ以上は何も言わずに俯いた。
サクラはそんな彼女の頭に手をポンと置く。
「……?」
「もし、仮にわたし達三人が死んじゃうような事があったら、ルナさん。貴女は、無理矢理にでもレイさんを連れて逃げてください。そしてレイさんと一緒に平穏に暮らしてくださいね」
サクラの言葉を聞いたルナは、ハッとした顔になって彼女を見る。
「あ、私……」
「と言っても大丈夫ですよ。わたしたちはつよーいですから♪」
「……うん。ありがとう………それに、ごめんなさい……私、よく知らなくて感情的になっちゃって……」
ルナは少し泣きそうになりながらも、笑顔でそう答えた。
「いえいえ、レイさんもこんな優しい女の子に慕われてて焼けますねー♪」
サクラはルナの頭を撫でながら彼女に人懐っこい笑顔で笑い掛ける。
その様子を見て、エミリアとレベッカはホッと胸を撫で下ろしていた。
「……どうにか説得できましたね」
「ええ、サクラ様がいなければどうなっていたことか……」
この先、どうあってもルナの力が必要になる時が来る。ここで私達が仲違いしてしまえば、その時に間違いなく致命的な事が起こる。
それだけは絶対に避けなければならない。
だから、今は皆が納得できる落とし所が必要だった。
「さて、それではそろそろ戻りましょうか……」
レベッカは仕切り直すためにパンッと手を叩き、そう切り出した。
「ええ、レイ様もそろそろ体力が戻り始めているでしょう」
三人は休憩室から出て、甲板の方へ向かい始めた。
「あ、私も行く!」
ルナは慌てて彼女達に付いていった。
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