第659話 占い

【視点:レイ】


 その後、食事を終えて部屋に戻ろうとする時―――


「待ちなさい、そこの少年」

「はい?」


 声が聞こえた方を見ると、セレナさんが顔に黒い布を纏って、小さな机に怪しげな占い道具を並べて黒い椅子に座ってこちらを見ている。


 ……え、何やってるんですかこの人。


「セレナさん、そんな所で何やってるんですか」


「私はセレナではありません。私は通りがかりの占い師、少年。一つ占いでもいかが?」


「え、いや……」


 ここ、そもそも船の中なんですが。

 通りがかりの占い師なんて聞いた事がない。というか、絶対嘘だろう。 


「(ふっふっふ……そうよ、私は占い師。こうなれば直接聞きだして、それとなくミリーの方に好意が向くように誘導してあげるわ!!)」


 セレナは心の中で、『恋する乙女に道を開けさせてやる!』と意気込んでいた。


「その胡散臭い格好は一体……」


「私は通りがかりの占い師です。さぁ、占いを始めましょうか、何を占いたい?」


「えーっと……」


 突然質問されたので僕は戸惑った。


「(……いや、いきなりそんな事言われても……)」


 そういえば、この人は占いが得意だとエミリアに聞いたことがある。ということは別に今やってるこの行為は怪しいけど、ふざけているわけではないのだろう。


「……えっと、なら―――」


「恋愛占いね」


「いや、まだ何も言ってないけど!?」


「大丈夫、私に任せておきなさい。あなたの運命の人を私が独断で……じゃない、見つけてあげるから!!」


「今『独断』って言ったよね!?思いっきり変な事しようとしてますよね!?」


 僕は慌てて、怪しい占い師(?)の言葉を遮った。


【視点:エミリア】


「さぁ、私の占いは当たるのよ」と自信満々のセレナ姉。


 私は呆れながらも彼女の後ろで<消失>の魔法を使って隠れていました。


 正直、レイとの距離が近くていつバレてしまうかドキドキしています。


 ですが、先程の尾行作戦に比べればまだマシです。


 占いはセレナ姉の得意な魔法の一つ。的中率は非常に高く、村の中でも評判でした。


 しかし、恋占いはそこまで得意じゃなかった気がするのですが……。


 私は、一抹の不安を抱えつつ見守ります。


「さて、早速占うわよ」

 セレナ姉は言いながら自身のお手製のカードの束を取り出して、両手でシャッフルを始めます。そして、机に五枚のカードを横に並べて、左端のカードを一枚捲ります。


 カードの図柄は『火の粉』。


「ふむ……『火の粉』の意味は、迸る情熱、胸に滾る想い、そして新たな始まり。このカードはあなたの人生に、大きな転機が訪れる事を暗示しています」


「ふむふむ……」


 レイは感心したように頷いています。

 そして、セレナ姉は左から二番目のカードを捲ります。

 カードの図柄は『花畑と小川』。


「ふむ……このカードは、心の安らぎ、美しさに惹かれる想い。このカードはあなたに小川の穏やかな心を持ち、そして周囲にも優しい気持ちを向ける事を促しています。また、貴方の今の境遇に安心感を得ているという意味もあります」


「なるほど……」


 レイはそう言って頷きながら、セレナ姉の話を真剣に聞いています。


 何でしょう、この構図は……とても不思議な光景でした。


「(というか、あの怪しい格好で真面目に占いしてる辺りシュールですね)」


 私は心の中でそう呟きます。


「では、次のカード」


 セレナ姉は真ん中のカードを捲ります。次のカードの絵柄は『幼い少年と少女』、二人が楽しそうに遊んでる絵でした。


「これは……」


 セレナ姉は少し驚いた表情を浮かべます。


「これは『幼い少年と少女』。このカードの意味は、純粋な想いや愛情。そして子供特有の無邪気さを表しています」


「純粋で無邪気な……」


「しかし、これは恋愛占い。その考えを元に考えると……ふむ」


 そこでセレナ姉は無言になる。


「?」「?」


 レイも私もセレナ姉が黙り込んでいる姿に疑問に感じました。


「……なるほど、少し貴方の事が分かって気がするわ」


「え?」


「では、残りのカードをを捲るわ」


 セレナ姉は、まるで何かを悟ったかのように納得した表情で頷きながら、残った二枚を捲る。


 開いたカードは『美しい大人の女性』、そして『力強い男性』でした。


「……やはりね」


 セレナ姉はポツリと呟く。


「これは、どういう結果なんですか、セレナさん……じゃなくて、怪しい占い師さん」


「『美しい大人の女性』。これは母性を意味します。そして『力強い男性』。これは力強い何かに惹かれることを指すわ」


「なるほど、つまり?」


「………貴方の想い人は、一言で言うと『お母さん』よ」


「はい?」


 セレナ姉の言葉にレイは目を点にする。


「正しくは、自身に無償の愛を注いでくれる女性ね。お母さんというのは、イメージとしてもっとも想像しやすいワードだから使っただけよ。別に、貴方がお母さんをどうとかそういう意味じゃないから安心してね」


「(よ、よかった……)」


 セレナ姉の言葉に私は安堵する。以前、私はレイの事をロリコンだのマザコンだの冗談でネタにしたことがあったのだが、まさかの事実じゃなくて良かった。


「(しかし、無償の愛を注いでくれる女性……ですか……)」

 レイの周りにはそれに該当する女性が何人かいる。


 まず、彼の姉であるベルフラウ。レイに対して過保護かつ、レイの為に女神という立場を捨てるほどの献身だ。少々、過剰な部分もあるがそれは彼女の愛情故のもので、多少レイに冷たくされようが態度はずっと変わらない。無償の愛というには十分だろう。


 それに、妹ポジションのレベッカ。彼女はベルフラウと少々ズレるが、レイに対して強い信頼と愛情を抱いている。それはもはや信仰に近いレベルのものがあり、彼の行動すべてを容認する包容力も兼ね備えている。無償の愛と言っても頷いてしまえる。


 そして、最後の一人は……私が一番懸念してる女性、カレンだ。ベルフラウほど過剰ではなく、レベッカほど彼を信奉しているわけではないが、彼の存在に絶対の信頼を置いている。


 当然それだけではなく、カレンはレイを一人の異性として見ながらも、彼の危うさに気付いて寄り添うように彼を支えている。『母』ではないが、最もそれに近いのは彼女だろう。


「(では、私はどうなんでしょうか……彼に無償の愛を捧げられているのか……)」


 自分で言うのはなんだけど、私は彼女達と比べると随分と面倒くさい性格だと感じる。レイに告白されて喜んでたくせに素直にイエスと言えずに、適当にはぐらかしてしまったこともあります。


 異性としてあまり意識されないように彼を弄ったり、意地悪に思われているかもしれません。無償の愛と言われると、自分にそれほどのものがあるとは……。


 ……という事は、レイは私よりも彼女達の方が……。


 私が、自己嫌悪に陥っているとセレナ姉はレイに言いました。


「それで、貴方の真の想い人は………」

「……はい」


 レイが真剣な表情で返事をすると、セレナ姉はとんでもない事を言いました。


「エミリアよ」

「(……は?)」


 突然自分の名前が出てきたことに私は目が点になりました。


「(え?何です?いま何て?)」


 私が混乱していると、セレナ姉は占い結果のカードを一枚ずつ丁寧に捲りながら解説を始めます。


「まず、最初の一枚『火の粉』が分かりやすいわね。この絵はエミリアの内面のそれに近い、炎のように熱い内面を持っているけどいつもそういうわけじゃない。

 これが『炎』なら常に熱意を持った人物になっちゃうけど、エミリアは意外とナイーブな所が……まぁ、それは置いておきましょう」


 セレナ姉はチラリと私を見てそう言います。


「次、二枚目は『花畑と小川』。この絵の意味は『純粋で無邪気な心』ね。エミリアが、そういう子供っぽい一面を持ってるとしたら納得がいくわ」


「…………」


 セレナ姉の言葉に私は複雑な思いを抱きます。ただ、私の事を言っているのに違う人物が脳内にチラつくせいで居心地が悪い気持ちで一杯です。


 その後も、セレナ姉は一つ一つ解説して、強引な理屈で私に結び付けていく。レイも最初は真面目に聞いていたのだけど、無理矢理結び付けているように感じ始めたのか眉を顰め始める。


「……で、総合的な結果、私はエミリアが一番貴方の理想に近いと思うわ」


「そ、そうですか……? う、うーん……」


 レイはセレナ姉の言葉に疑問を感じながらも思考する。


「そして、エミリアを推奨する理由はもう一つあるわ」


「え?」

「(ん?)」


 セレナ姉は、自身の胸をポンポンと軽く叩きながら自身ありげに言った。


「今なら、この私がオマケで付いてくるわ!!」


「(アホか、この姉はぁぁぁぁぁ!!)」


 私は心の中で叫んだ。


「……えーと」

 レイは、セレナ姉を心底呆れた目で見つめて―――


「……僕、ちょっと用事を思い出したので戻りますね」

「あっ」


 レイはそそくさと逃げていった。


「……もう、あと一歩だったのに……」

「(いや、逃げられて当然でしょう!?)」


 私は呆れながら<消失>の魔法を解いて、姉に声を掛ける。


「セレナ姉」

「あ、エミーちゃん、ごめんなさいね、もう少しだったんだけど……」


 セレナ姉は、私が感情を殺して声を抑えてる事に気付いておらず、反省の色を全く見せない。


「でも心配しないで、今すぐ次の手を―――」

「いえ、もういいです」


 私は、敢えて笑顔でセレナ姉の提案を拒否します。


「セレナ姉、今、私がどういう感情か分かりますか?」


「え、セレナ姉大好き、結婚して! ……とか?」


「正解はこれです」


 私は笑顔のまま、目の前のバカ姉に杖を突きつけて<影縛り>の魔法を発動させます。


「ちょ、え、エミーちゃん……? お、お姉ちゃん動けないわ……?」


「すっかり忘れてました。セレナ姉は肝心な時に『空気の読めない無神経な所がある』って………全く、離れてしまうと良い部分しか見えなくなって悪い部分をわすれてしまいますね……」


「い、いや、エミーちゃん……? その……お姉ちゃんが悪かったから魔法を解いて欲しいな……?」

 私の怒りが徐々に燃え上がっていくのを目の当たりにしているセレナ姉は、引き攣った表情で私を宥めようとします。


「ええ、解きますよ………ですがその前に……」


 私は魔法で彼女の身体を浮かび上がらせて歩きはじめます。


「ちょっと表に出ましょうか」


「え、エミリーちゃんお手柔らかに……」


 私はそう言って、セレナ姉を甲板まで引きずって説教したのでした。

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