第144話 別大陸
――二十三日目
次の日の早朝、馬車は無事橋を渡り終えていた。
深夜に休憩所に立ち寄って仮眠を取ったが、かなりのハイペースだ。
「思ったより早く着きましたね」
「クロキツネとシロウサギが頑張ってくれたお陰だね」
姉さんが御者をすると何故かスピードが上がる。
他にもレベッカが時魔法で速度を上げてくれたお陰もあるだろう。
本来想定した時間よりも四時間くらい早い。
「今のペースなら今日の夜くらいまでに、
目的の街に着けるかもしれませんね」
「次の街って、確か港町だっけ?」
「はい、ここから南西に進んでいくと、港町があります」
エミリアは地図を確認しながら話す。
「そこまで進んでいって、
今度は北へどんどん進んでいくと森がありまして、
そこを越えるといくつか村がある感じですね」
「結構距離あるんだね」
「そうですね。サクラタウンまで二週間弱でしょうか。
スムーズに進めばもっと早そうですが、
途中で森や荒野を抜けるのでどうなるか……」
それでもなんとかなるだろう。
問題は例の怪しい商人に追いつけるかどうかだけど……。
「レイくん、焦っても仕方ないわよ」
「そうだね……」
考えても仕方ないことだ。
それに、また魔物とか例の<影>が出現する可能性もある。
想定外も起こる可能性は十分に考えられる。
「それではベルフラウ様、
ここからはわたくしレベッカが御者を務めさせていただきます」
「うんお願いね、レベッカちゃん」
「はい、任せてください。
それでは、クロキツネ、シロウサギ」
レベッカが名前を呼んで、
手綱を軽く引っ張ると馬車が動き出した。
◆
その後、しばらくは順調に進んでいたのだが……。
――ガタン、ガタン
「ひゃっ!」
「わっ!」
「っと、どうしたのかな」
急に馬車が揺れ始める。道が荒れているのだろうか?
僕が御者席から顔を出すと、街道ではなく若干荒れた荒野を走っていた。
御者をしているレベッカに声を掛ける。
「レベッカ、これ本来のルートなの?」
「レイ様、すみません。
本来行くルートの街道が通行止めになっておりまして、
少し回り道して荒野を走っております」
「そうなんだ……。何かあったの?」
「詳しいことは分からないのですが、
本来行くルートの一部の道で魔物の襲撃があったらしいです。
どうも、大きな足跡がいくつか出来ていたようで、
馬車で走れなくなっているとか」
魔物?
それに大きな足跡か……。
「分かった。それなら仕方ないよ」
「申し訳ありません。
今は多少揺れると思いますが、少しすれば元の道へ戻りますので、
時間的な遅れはさほどないと思われます」
「了解。気にしないでいいから、安全運転よろしくね」
「ありがとうございます」
それから三十分ほどで元の街道に戻り、問題なく進んでいる。
「レイ様、もう少ししたら休憩所に着きます」
「分かった、そこで一旦休もう」
僕達は途中で街道から逸れ、
旅人用に用意されている休憩所へ入った。
他にも馬車が停めてあった。どうやら先客がいるらしい。
「レイくん、私はお馬さんのお水と餌やりしてくるね」
「レベッカもお手伝いします」
「それじゃあ、宜しくね。二人とも」
馬のお世話は姉さんとレベッカに任せて、
そしてエミリアに頼み事だけして僕は先に小屋に入る。
「―――お、旅人かい?」
僕達が中に入ると、小屋でくつろいでいた人に話し掛けられる。
少し太り気味の男性と疲労困憊気味の男性の二人だった。
机には薬品が散乱しており、薬草なども置かれている。
どうやらまさに今調合している最中のようだ。
今さっき、声を掛けてきたのは太り気味の男性の方だ。
見たところの風貌は旅商人のような感じだった。
「どうも、こんにちは」
ひとまず愛想笑いを浮かべて挨拶をする。
「(一瞬、例の怪しい商人かなと思ったけど……)」
薬品はエミリアが調合する時に見たことがあるものばかりだ。
他にも武器も多少並べられているが、特に目立ったものは無い。
「よう、兄さん。
随分若いな。どこから来たんだい?」
「あ、えっと……北の方からです」
「へぇー、そりゃ珍しいねぇ。
という事は別の大陸から来たのか?私たちと一緒だね」
と、そこで再び建物の扉が開かれる。
「レイ、お待たせしました。
―――そちらの二人は商人さんですか?」
エミリアだ。
後ろから黒髪を靡かせて、
顔を出したエミリアが小屋に入ってきて同時に質問した。
「おや、彼女連れかい?
そうだよ、まぁそこでぐったりしてる彼は護衛だけどね」
「そうなんですか。
あ、いや、彼女ではないです。
……今は、旅仲間なので」
一応、否定しておく。
こういう勘違いは少なくはないし、
別に強く否定する意味も無いけど。
「レイ、ちょっと」
僕達は一旦建物の外に出て、扉越しに小声で話す。
「確認しましたが、
特に問題のありそうなものはありませんでした」
「そっか、わかった」
エミリアがすぐに建物の中に入らなかったのは、
荷馬車の中身に怪しいものが無いか、確認してもらってたのが理由だ。
置かれていた荷馬車の中身を確認させてもらったが、
至って普通の装飾品や完成された薬品が綺麗に整頓されていたようだ。
僕たちは怪しまれないよう、再び建物の中に入る。
「どうしたんだい?
若いから外で色々したくなったのかい?」
「いや、違いますから……」
「……とんだエロおやじですね(ボソッ)」
エミリアが小声で悪態を吐く。
「それにしてもお互い嫌なタイミングで来ちまったねぇ」
嫌なタイミング?
「ん?知らないのかい?
少し前にドラゴンの姿をした魔物の襲撃があったみたいでね。
この辺りの街道は荒らされてボロボロになってるんだよ」
「ドラゴン……」
あんまり良い予感はしない。
『雷龍』がここまで飛んできたのだろうか。
「ああ、その魔物が暴れたせいで、あちこちに被害が出たらしい。
幸い、冒険者達のおかげでなんとか追い払えたみたいだけどな」
「それは、ご苦労様です」
「いやぁ、まったくだよ。
武器を背負って物騒な雰囲気してる連中も多いが、
こういう時は役に立つもんだ、っと――」
太った商人は僕達が剣や杖を持っていることに気付いた。
どうやら失言をしたと思ったようだ。
「いやすまない、君達の事を悪く言うつもりはなかったんだ。
ただ、そういう雰囲気の冒険者が最近増えてるって話でね。
ちょっと気になっただけだよ」
「いえ、大丈夫ですよ」
冒険者は喧嘩早い人たちは多い。
自分達はそうではないと思っているけど、
傍からみれば似たようなものだろう。
「ところで、お二人は何故こちらに?」
エミリアは商人さん達に質問する。
「ああ、こっちの大陸は魔物との戦いが苛烈化して怪我人が多い。
薬の知識がある商人は優遇してくれるらしく、出向いてきたのさ」
「なるほど……そのようですね」
エミリアは机に置かれているビーカーや薬草に目を向ける。
荷馬車に置かれていた薬品はこの人の自作のようだ。
「とはいえ、私達も他人ごとではない。
何せこれから戦地に近い場所に向かうわけだからね。
まぁ、腕の良い護衛を雇ったから問題は無いがな!!!」
はっはっは!と豪快に笑う太った男性。
もしかして、その護衛ってそこでぐったりしている男性だろうか……。
僕達の話を聞いていたのか、
うなだれていた男性は太った男性の方をじっと睨んだ。
「はぁ……勘弁してくれよ。
御者は頼まれたが、護衛まで兼任しろとは聞いてなかったぞ。
俺が元ガードじゃなかったらどうするんだよ」
どうやら中々の無茶振りをされたらしい。
疲労で突っ伏してる辺り、その辺りの事情が伺える。
「文句言わんでくれ。高い金で雇っているんだからな」
「はいはい、分かってますよ。
それにしてももう一人は全然帰ってこないな。
どこまで行ったんだか……」
「もう一人いらっしゃるんですか?」
「ああ、流石に護衛一人でここまでは来れないからな。
近くを散歩してくると言ってもう10分ほど経つんだが……」
「迷子でしょうか?」
エミリアの言葉を聞いて、男性2人は顔を見合わせて笑う。
「ははは、まさか!この先の街道は一本道の筈だしな!
それに、この辺りは魔物も多いし、わざわざ遠くには行かないだろう」
ちょっと気になるな……。
魔物が多いとするならもしかして魔物に襲われている可能性だってある。
「エミリア、ちょっと僕気になるかも」
「そうですか、なら私も一緒に行きますよ」
僕達はそう言って建物を出ようとすると、
慌てた後ろの二人に止められた。
「おいおい、心配してくれるのはありがたいが……
君たちは冒険者のようだがまだ若いだろう。無茶せんでも戻ってくるさ」
「そ、そうですよね……」
心配し過ぎかな。
でも、魔物との戦いが激化してるって話だし……。
「レイ様、こちらにいらっしゃいましたか」
僕達が会話してると、扉が開きレベッカが入ってきた。
「どうしたの?レベッカ?」
「はい、どうも怪我をした方がこちらに避難されてきたようで」
その言葉に、後ろの商人二人が反応した。
「――まさか、ハンの奴か?」
ハン、とは散歩に出て行ったという護衛の名前だろうか。
レベッカは声のした方を向いて、お辞儀をしてから言った。
「お連れの方がいらっしゃったのですね。
ベルフラウ様が外で癒しの魔法で治療を行っている最中です。
ご安心ください」
「おお……!それは助かる。
あいつが怪我したら旅が続けられんからな」
「悪いな、冒険者さんたち」
それを聞いて二人は外に出て、怪我をした人の元へ向かった。
僕達も気になって外に出て付いて行った。
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