第358話 本気の勝負

 そして、数時間後―――


「さぁ大変長らくお待たせしましたぁぁ!!!!

 今から第三回戦を開始しますよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


 サクラちゃんがマイク片手に声を張り上げる。


「それでは早速始めましょう!

 一試合目、レベッカ選手対、サクライ・レイ選手ぅぅ!」

 会場が沸き立つ。


「ご存知のように、この二人の選手も優勝候補の一角とされています!!!

 今大会で最年少にも関わらず、予選、本戦、全てにおいて全く隙を感じさせない『戦場の巫女』レベッカ選手!!!

 そしてぇ!! 昨年の実力者を悉く打ち破り、更に銃弾すら効かない鋼鉄の肉体を持つ美少女、

 『鋼鉄姫こうてつき』のサクライ・レイ選手のお二人です!! お二人とも、コロシアムに入場して下さいぃぃいいい!!!」


 歓声を浴びながら、ボク達はリングに向かって歩き出す。


「(鋼鉄姫って異名はどうにかしてほしかった……)」


 装備のお陰なのに、変な噂が立ってしまった。

 まぁ、ここまで言われたらもう仕方ないけど……。


 諦めて、ボク達は向き直る。


「レイ様、―――こうなった以上、もう語ることはありません。お互い、悔いのない勝負をいたしましょう」


「―――分かった。手加減はしないよ、レベッカ」


 ボク達二人はお互いに武器を構える。


「両者準備が整ったようですねぇぇ!! それではぁ、試合開始ぃぃい!!」

 サクラちゃんの開始宣言と同時に、戦いのゴングが鳴る。


「(……)」

 今回の戦いは、今までのような様子見や小手調べはしない。

 気心の知れた彼女との勝負に、無粋な真似はしたくなかった。


 それに、彼女との約束もある。

 今回の戦い、彼女の希望もあってボク達は本気で戦うことになる。

 だからこそ、この試合は普段の自分の甘さを捨てて挑む。


 レベッカが、姿勢を低くして槍を構える。

 ボクは、剣を両手に構えて、集中する。


 おそらく、彼女との勝負はさほど長引かない。


「行きます……!」

 レベッカが地面を強く蹴って飛び出してきた。


 その動きは、速いどころではない。

 おそらく常人では目に移らないほどの速度だ。


 彼女が最も得意とする技能、<初速>により、

 その速度は瞬間移動といっても良いレベルにまで昇華される。


 レベッカが一瞬にしてボクとの距離を詰める。

 その鋭い彼女の疾走を、ボクはギリギリまで引き付けて見極める。


「はああああっ!!」

 彼女の姿を完全に捉えた瞬間には、既に目の前に迫っていた。


 そして、目の前には一瞬の閃光が迸り―――


「!!」

 その閃光が、放たれた槍の一突きだと確信した瞬間、それを剣で弾いて横にズラす。


「――っ!!!」

 ボクの剣による一振りでボクの彼女の槍は、

 本来なら当たるはずだったボクの胸辺りから逸れて肩を抉る。


 その痛みに、ボクは顔をしかめながらも、そのまま一歩前に出る。


 槍などの長い柄の武器は、リーチを生かした刺突や距離を保ったままけん制することに優れた武器だ。反面、今のように最初に一撃を弾いた瞬間に隙が生まれやすく、懐に飛び込まれると攻撃手段が一気に限定されてしまう。


 ボクが使用する剣種の武器は、槍に比べて接近戦を得意とする。

 つまり、今のように距離を詰めた状態なら、一気に有利に働く。


「しまっ―――」

 レベッカは、自身の攻撃が凌がれ、

 ボクに距離を詰められた瞬間、即座にバックステップし距離を取る選択をする。


 だけど、彼女が後ろに下がろうとした瞬間、

 ボクの左手はレベッカの槍の棒の部分を握り、そのまま引っ張っぱる。

 結果的に、彼女は下がることが出来ず態勢が崩れてしまう。


「くっ!?」

 体勢が崩れたところで、ボクは右手の剣を振りかぶる。


「――っ」

 その勢いのまま、ボクは彼女に袈裟斬りを狙う。

 しかし、彼女は咄嵯に、槍を手放し後方に倒れ込むようにして間一髪回避に成功する。

 更に、そのまま宙返りして、ボクから距離を取った。


 この攻防は七秒にも満たない時間だった。


「はぁ、はぁ……」

 レベッカが息を切らす。


「……ふぅ」

 一方、ボクも呼吸を整えつつ、額から流れる汗を拭う。


「いきなり攻めてくるなんてね……流石だよ、レベッカ」


 今の一瞬の攻防で、レベッカはボクに対して肩にダメージを与えた。

 しかし、槍を手放してしまったことで、レベッカは接近戦でボクに対しての攻撃手段を失ってしまったことになる。そして、レベッカの槍は、ボクの足元に転がっている。


「い、今の攻防は……!!」

 実況のサクラちゃんは、ボク達の戦闘に驚きを隠せないでいる。


 観客の殆どは、今何が起きたか殆ど理解できてなかったようだ。

 大半の観客が唖然としている。


「し、失礼しました!! 開幕早々、まさかの展開に私も動揺してしまいました!! まさに一瞬の出来事!! 何が起きたのか、解説の方お願いしますぅ!!」


 サクラちゃんは自分で解説することを放棄して、後ろの二人に丸投げした。カレンさんは丸投げされたことに苦笑しつつ、今の出来事を頭の中で整理しながら解説していく。


「そ、そうね……。

 まず、レベッカ選手は、おそらく全力の速度で一気にレイ選手に接近して、開幕で勝負を付けようとしたのでしょう。でも……」


 カレンさんは一旦言葉を区切って、

 続けようとしたところで、陛下が解説に加わる。


「―――レイ選手は、彼女が一気に勝負を決めることをおそらく読んでいた。

 故に、最初の彼女の一突きを全力で防ぎ、そこに生まれた隙を突いて彼女に斬り掛かった。レベッカ選手も、状況を判断して、後方に跳ぼうとしたものの、レイ選手は彼女の槍を自身の左手で固定し、彼女の行動を阻害しようとした。

 しかし、レベッカ選手は咄嗟の判断で、自身の槍を捨ててレイ選手の攻撃をギリギリ回避したという所か……」


「えっとぉ、つまりどういうことでしょうかぁ?」

 実況のサクラちゃんは、ボク達の戦闘の一部始終を見てた筈なのに、いまいちよく分からず首を傾げる。彼女も相当実力があるはずなのだが、戦闘の組み立ては得意ではないようだ。


「……簡単に言えば、レベッカ選手が先に攻めて、レイ選手がそれに対応したということだな。結果的にレベッカ選手は主武装の槍を捨てた代わりにレイ選手にダメージを与えたわけだ。

 ―――だが、形勢的に考えれば、レベッカ選手が不利だな」


 陛下は、彼女の現状を分析して、冷静に戦況を判断する。


「くっ……!」

 レベッカが悔しそうな表情を浮かべる。


 しかし、ボクもあまり余裕が無い。

 左肩に受けた傷は決して浅くなく、出血している。何より、ボクは今の攻防で勝負を決めようとしていたのに、彼女に凌がれてしまった。


「(これがただの訓練なら、お互い休憩を入れたいところだけど……)」


 今はそういうわけにはいかない。

 レベッカが槍を手放している今こそ最大のチャンスだ。


 回復などしている暇はない。

 仮にボクが詠唱しようものなら確実にその隙を突かれてしまう。


 レベッカの武装は槍だけでは無い。

 その気になれば、一瞬で弓や盾に持ち替えることが出来る。


 しかし、それは限定転移で保管場所から取り出しているに過ぎない。今のように自身の手元から離れてしまった武器は、普通に拾って装備しなおす必要がある。


 つまり、ボクの周囲に彼女の槍が転がっているかぎり、彼女は槍を使用することが事実上不可能となる。彼女が槍を取ろうとした瞬間、ボクは即座に動き、彼女を斬る。


 このコロシアム内では、致命の一撃を一度だけ無効化する仕掛けがある。

 ボクが彼女を斬れば、その仕掛けが作動し、彼女の命は保証されるが、仕掛けが発動した時点でボクの勝ちが確定する。


 本来、仲間を攻撃するなんてボクには出来ないし、出来れば寸止めで終わらせたいところだけど、レベッカ相手にそれが出来る自信はない。一瞬の気の緩みで形勢を逆転される可能性もあるのだ。


 だからこそ、ボクは言った。

 いくら彼女の頼みでも、やはり彼女を傷付けたくはない。


「レベッカ、降参してほしい」

「……」

 でも、レベッカは、黙ったままだ。

 

「……そっか、残念」

 確かに、レベッカには逆転の手立てがある。無理に槍を拾うよりも、今残された手持ちの武器でボクと戦い、ボクの隙が出来た時に槍を拾い直す。そうすれば、怪我を負ったボクが不利になる。


 なら、ボクは―――


「……レベッカ、行くよ」

 一言。

 その瞬間、ボクは即座に動き、彼女に斬り掛かる。


「くっ!?」

 レベッカは即座に反応し、バックステップする。


 レベッカは初速により一気にこの場を離脱したいところなんだろうけど、ボク自身も同様の技能を所持している。つまり、レベッカは速度差でボクから逃げることがほぼ不可能な状態だった。


「はぁ!!」

「―――盾よ!!」

 レベッカはボクの剣戟を辛うじて躱し、

 その後の追撃を<限定転移>で召喚した盾で防ぐ。


「―――!!」

 突然目の前に現れた大盾により、

 自身の攻撃を防がれ、同時に彼女の姿が見えなくなってしまう。

 レベッカは、ボクが自身の姿を見失ってるうちに、横を初速で一気に加速し通り抜ける。それに気付いたボクは剣の横薙ぎで彼女を妨害するが、彼女は地面に滑り込むように、ギリギリ回避する。


 彼女はその状態から足に力を込めて、

 彼女は自身の槍が転がってる場所に一気に跳び込む。


 そして、槍を手に取ると同時に立ち上がり、レベッカは構えを取る。


「――まだ、終わってないです、レイ様!!」

 レベッカは、自身に喝を入れるように叫び、槍を構える。


「(くっ……奪い返されてしまったか)」

 ボクは自身の失策に歯噛みしつつ、レベッカを迎え撃つ。


「はあああ!!」

 レベッカは、レイに接近すると、一気にラッシュを仕掛けてくる。


「(でも、さっきよりは遅い!!)」

 先程までの彼女の攻撃に比べたら、明らかに遅く感じる。


「(もしかして……)」

 彼女の槍の連撃を剣で凌ぎつつ、状況を再確認する。


 レベッカの槍の動作、それに踏み込みの速度、

 どちらも最初の一撃を受けた時と比較すると格段に鈍くなっている。

 スタミナ切れかと思ったが、違う。

 さっきから彼女は、ボクが後方にステップした際に追いかけようとするときに、一瞬顔を顰める時がある。そして、その瞬間は、彼女は右足を前に踏み出した時だ。


 つまり―――


「(レベッカは、右足を負傷している)」

 おそらく、さっき強引にボクの横なぎの攻撃を回避した時だ。

 あの時、無茶な回避と、地面を蹴った際に、足を挫いたのだと思う。


「(だけど、ボクも限界が近い)」

 左肩の数が酷く痛む。出血も止まらない。

 自身が思うよりも傷口はかなり深かったのだろう。

 レベッカもボクもそう長く戦える状態じゃない。


 となると、ここからは技量だけの戦いではなくなる。

 彼女との約束を果たすために、ボクは次の手段で彼女と向き合う。


「レベッカ、足は大丈夫?」

「―――っ!! ……気付かれていたのですね」

 レベッカが息を呑んだのが分かる。


「(ブラフ……では無いね。完全に図星を突かれた顔をしてた)」

 レベッカは、喜んでいるとき以外は意外と表情を出さないのだけど、

 流石に付き合いが長いと些細な変化で感情が読める。


 となると、彼女はもう初速の技能を使うことが出来ない。

 あの技能は、体力が万全で、足が通常通り動かないと、負担が大きすぎて使用不可能になる。

 つまり、今の彼女は、彼女の最大の強みであるスピードを失っている。


「……ですが、レイ様。あなたも、肩の傷が痛むのではないですか?」

「――っ」

 やせ我慢して平静を保っていたつもりだったんだけど、レベッカには看破されていたようだ。付き合いが長かったのは、レベッカも同じだ。つまり、どちらもお互いの考えが読めてしまう。


「……やっぱりレベッカ相手に心理戦では勝てないね」

「ふふ……」


 ボクの言葉を聞いて、レベッカは微笑みながら答える。

「お互い様ですよ、レイ様。わたくしも、レイ様には敵いません」


 槍を構えなおし、レベッカは再び戦闘態勢に入る。

 その雰囲気で、彼女が最後の勝負に挑もうとしているのが分かった。


「――レイ様、これで最後です」

「――うん、レベッカ、これで決めよう」


 お互いにそう告げると、同時に駆け出す。

 ボクはレベッカの懐に入ろうとし、レベッカはそれをさせまいと動く。


 レベッカの足はもう限界だ。

 彼女は右足を引きずりながらこちらから距離を取って逃げようとするが、

 それをさせないために、ボクは残った力で彼女よりも早く動いて距離を詰める。

 レベッカはボクから逃げるのを諦め、迎撃に移る。


 そして、互いの武器がぶつかり合い、お互いの攻防が続く。

 しかし、ボクが彼女の槍の一突きを回避し、彼女の懐に入る。


「くっ……」

 レベッカはそれでも無理をして動こうとするが、彼女は足が痛むのか、満足に後退も出来ずに、槍を盾にしてボクの剣の攻撃を防ぐ。


 しかし、そこまで。


 ボクがレベッカに肉薄し、そのまま彼女が槍で慌てて防御したところで左手も使って剣に力を込めて押す。そして、彼女はバランスを崩して、片膝をついたところで、ボクは彼女の肩に剣先を乗せる。


「あ……」

 レベッカは、そこで自分が詰みの状態になったことに気付く。

 そして、彼女は目を瞑り……。


「……ふふ、レイ様、お見事です」

 と、疲労困憊ながら、彼女はボクに微笑んだ。

 そして、彼女は槍を地面において降参を意を示した。


 そこで実況のサクラちゃんの声がコロシアムに鳴り響いた。


「勝者、レイ選手です!!! 」

 そして、周囲から大きな声援と称賛の声が聞こえてきた。

 それは勝者のボクだけでなく、レベッカに対する称賛の声もあり、互いの健闘を称えるものだった。


 ここにようやく、ボク達二人の試合が終わった。

 今までで、最も短く、それでいて長い試合だった。

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