第681話 引かないカレンさん

 僕達はミーシャちゃんに案内され、ジンガさんが待つ鍛冶場に案内される。


「では、ボク達は外に戻りますね」

 案内を終えたミーシャちゃんとアリスちゃんは外に戻っていく。


  鍛冶場の入り口に足を踏み入れると、今しがた一仕事を終えたと思われる壮年の男性が煤だらけの複数の剣を目の前にして一息ついていた。


 壮年の男性はそのうち一つを鉄のテーブルに乗せて研ぎ始めたところでこちらに気付き、手を止める。


「……レイか、久しぶりだな」

「お久しぶりです、ジンガさん。お元気そうで良かった」


 僕は頭を下げてから壮年の男性の前まで歩いていき挨拶を行う。

 それに続いて、仲間達も鍛冶場に入ってくる。


「俺が修理したあの剣の調子はどうだ? 簡単に壊れる代物ではないと思うが、大事に扱っているだろうな?」


「勿論です」


 僕は腰に下げた鞘を指差して鞘から剣を抜く。


「名前は蒼い星ブルースフィアと名付けました。今はもう僕にとって欠かせない仲間です」

『……』


「ふん……まぁいい。……それで」


 ジンガさんはフッと笑い、僕の後ろに視線を向ける。

 視線が合ったカレンさんとレベッカは丁寧にお辞儀をして挨拶を行う。


「お久しぶりです、ジンガ様」


「ご壮健そうで何よりですわ、ジンガ殿」


「……堅苦しい奴らだな。どうやら新顔もいるようだが」


「……あ! る、ルナです。え、えーっと………きょ、今日はお日柄もよく……」


「ルナ様、それは挨拶ではございませんよ」


「あはは……」


 僕は微笑ましい光景に苦笑して、ジンガさんへ向き直る。


「今日はジンガさんに修理の依頼をお願いしに来ました」


「修理だと。見た感じ、お前の聖剣は特に問題なさそうだったが……?」


「いえ、僕じゃなくて……」と、僕はレベッカの方に振り向く。

「彼女の持ってる槍です」と言いながら、レベッカをこちらに呼び寄せる。


 レベッカは僕に頷いてこちらに歩いてきて挨拶を行い、両手に抱えている布に巻かれた槍をジンガさんに見せる。


「この槍なのですが……」


 ジンガさんはレベッカから槍を受け取り、じっと見てから言った。


「――これは、神合金か」

「!!」


 ジンガさんは顔を顰めながらそう言った。

 その言葉に僕達は目の前の槍が本物だと確証を得る。


「これだけ錆び付いているのに、何の金属か分かるのですか?」


「当然だろう。見て何の金属で作られているかくらい分からなければ鍛冶師など務まらん」


 ジンガさんは当たり前のようにそう語る。


「だが、数百年放置されたどころでは無いな。このまま修理しようとすると、素材が一気に劣化する可能性がある」


「やはり、ですか……」


 レベッカは唇を噛みしめる。

 ジンガさんは槍を布に包み直して、僕達に向き直って口を開いた。


「だが、修理は可能だ」


「ほ、本当でございますか!?」


「色々条件があるが……この槍を預かって、良いんだな?」


 レベッカは僕達に目線を向けてくる。僕は仲間達と顔を見合わせる。皆、頷いて賛成の意思を示す。


「はい、お願いします」


「……よし、任せろ。ただ、時間が掛かる上に修理の為の素材が多く必要だ。修理費用はかなり掛かるが、大丈夫か?」


 その言葉に、僕とレベッカは顔が一気に青ざめて彼女と視線を一瞬合わす。


「(ヤバい、さっきルナとノルンに買ってあげた分でお金が無いよ!)」


「(ど、どうしましょう……わたくし、最近育ち盛りで食費がかさんであまり持ちあわせがございません!)」


 こんなどうでも良い状況で心の中で通じ合う僕達。それを察してか、カレンさんが言った。


「大丈夫よ、今回は私が出してあげるわ」


「カレンさん大好き!!」


「わたくし、カレン様を強くお慕い申し上げてございます!」


 僕達がカレンさんの手を握ってぶんぶんと振りながらそう言うと、カレンさんは顔を真っ赤にした。


「ま、まぁ私が出すのは今回限りよ? 次からはちゃんと自分達で稼ぎなさい」


「ありがとう! 本当にありがとう!」


 僕はカレンさんに抱きついて感謝を示す。カレンさんは照れながら笑顔で僕達の手を振りほどき、ジンガさんを見る。



「それで、おいくらほどでしょうか?」


「聖剣に使われている希少な『神合金』は風化しても再生可能だ。だが、一度ある程度溶かして別の金属と混ぜ合わせる必要がある。

 その金属もかなり希少な『オリハルコン』というものでな。これは『神合金』に次いで二番目に希少な鉱石だ。それらと諸々の資材全てを込みにすると……ざっと概算だが、修理費は金貨五百枚というところだ」


「「「「ご、五百枚!?」」」」


 流石に予想外の金額でお金の使い方が荒いカレンさんすらも驚愕する。


「こちらも『オリハルコン』という貴重品を使うことになるからな。正直、その程度の修理費を貰わないと割に合わない」


「ちょ、ちょっと待ってくださいね。仲間内で相談してみますから!!」


 僕とレベッカは仲間達のもとに駆け寄って声を潜めて話す。


「どうする? 金貨五百枚だって」


「わたくし達でなんとか稼げる金額ではございませんね……ベルフラウ様に相談してみますか?」


「いや、ダメだよ。姉さんは金貨一、二枚のやりくりに苦労してるし」


「そ、そうでございますね……」


「も、もしかして私のせい……? ごめんね、サクライくん」


「いや、そうじゃないよ。あれは僕の個人的なプレゼントだし、ルナが気に病むことじゃないよ」


「でもぉ……」


「そもそも『オリハルコン』って何? 滅茶苦茶凄そうな名前なんだけど!?」


「確か、それも伝説級の金属よ。絶対に錆びないだとか鉄すらも貫通する威力の武器を作れるだとか……。

 流石に神合金には及ばないけど人類最高峰の鍛冶師が一生を賭けてやっと数本造れるかどうかっていうレベルだったはずよ。そんな希少な金属を、それも神合金と混ぜ合わせるなんて……」


「そんな凄い金属なんだ……」


 神しか扱えない金属と伝説級の金属を合わせるなんて最強じゃないか。高額には違いないけど、もしかして聖剣すら超えるような武器になるのでは……?


「……この機会を逃すのは勿体ないわね……。よし、覚悟を決めたわ!」

「えっ」


 カレンさんは、苦悶の表情で何かを決意してジンガさんの前に立つ。


「修理、お願いします」


「構わんが……それだけの金額を出せるのか?」


「………………ええ!」


 カレンさんは五秒ほど固まった後に僕達に向けて親指を立てる。

 僕達はカレンさんのその行動に敬意を表して頷く。


「……分かった。しかし、今回に関しては金額が金額なのでな。前払いで金貨壱百枚ほど貰うが」

「どうぞ」


 カレンさんは胸から一つの宝石を取り出す。


「これなら金貨壱百枚くらいの価値はあるはずよ」

「……」


 ジンガさんは渡された宝石を見て僕達をジッと見る。


「……良いだろう。そこまで覚悟があるなら俺も依頼に取り掛かろう」

「感謝いたしますわ」


 僕達は頭を下げる。これで、レベッカの槍の件はどうにかなりそうだ。


 ◆◆◆


 話を終えて外に出ると、カレンさんがガクッと膝を降ろした。


「……お金を使うのに、こんなに覚悟を決めたのは初めてだわ」


「お疲れさま、カレンさん」


「本当に良かったのですか……? 金貨五百枚はカレン様であっても相当負担だと思うのですが……」


「……親の支援を頼れない今の私だと全額までは払えないわ」


 ………え?カレンさんが払えないって、それって……。


「え、なんで……?」


「魔法病院を退院した際に、お父様とお母様に言っちゃったの。

『フレイド家の娘ではなく、一人の冒険者『カレン・ルミナリア』として、これからは自身の力で道を切り開いてみせます。』って……。

 あれは私なりの決意表明だったんだけど、冷静に考えると金銭面の支援も出来なくなってたことに今気付いちゃったわ……」


「いや、早く気付いてよ!!」


 カレンさんは僕のツッコミに少し涙目で反論する。


「だ、だって……下手すると今生の別れになるかもしれないのに、反対を押し切って出てきたんだからね。それくらい言わないと絶対納得してくれないし、少しくらい格好付けても良いでしょ……?」


「……じゃあ、カレンさんが払えるのは、さっき渡した宝石だけなの?」


「いえ、一応あと金貨二百五十枚は蓄えてるわ。これが今の私の全財産ってところね」


 すると仮にカレンさんが全額払うとして……。いやいや、流石に全額は鬼畜過ぎるからいくらか僕達が負担しないといけない……。


「あと、最低でも金貨百五十枚か……」


「……レイ様、あとおいくら残っていますか。わたくしは金貨十五枚ほどですが……」


「えっと……あと金貨二十枚だね……」


「わ、私は、ベルフラウさんに貰ったお小遣いの金貨一枚だけ……」


「……」


 僕を含めた全員が、頭を抱えた。


「―――やれやれ、そんな事だろうと思ったぞ」


 その声に僕達が振り向くと、ジンガさんが立っていた。


「あ、えっと……」


 今の会話、聞かれてしまっただろうか?


 大見栄切って『払う』と言ってしまった手前、『安くしてください』とは言い辛い。もしかしたら呆れられて依頼を無かったことにされてしまうのでは……?


 だが、ジンガさんが放った一言は意外なものだった。


「……なら、お前たちに俺から一つ仕事を頼んでも良いか? やってくれたら少しは安くしてやってもいい」


「なんでもやります!!」


「やらせて下さい!!」


「わたくし達に出来ることであれば!!」


「わ、私も……難しい事じゃないなら……」


 即答する僕とカレンさんとレベッカ、それに追従してルナも頷く。

 そんな僕達を見て、ジンガさんはニヤリと笑みを浮かべた。


「よし、分かった……ミーシャ、アリス、何処にいる!!」


 ジンガさんが突然、大声で呼んだ。


「はーい!」

「なんですか?」


 すると、近くの茂みから二人の少女が慌てて出てきた。


「ミーシャ、アリス、お前たちはこいつらと一緒に数日間行動を共にしろ」


「えっ?」


「レイさんやカレンさんと一緒にってこと?」


「そうだ。こんなところで二人で訓練しても大した成長は無いだろう。なら、お前たちよりも数段上の冒険者と一緒に冒険者ギルドで依頼を受けてこい」


「お、お爺ちゃんがそう言うなら……」


 ミーシャちゃんは、オドオドしながら返事をしてこちらを見る。



「つまり、ジンガさんの仕事っていうのは」

「聞いた通りだ。いつまでもこの二人の実力が伸びないのは、身の丈に合った依頼しか受けなくて格上の魔物や怪物を倒す機会が無さ過ぎるからだ。お前たちと一緒に行くなら、それらを相手にした依頼をこなせるだろう」


「……なるほど」


 カレンさんは納得したように声を出す。


「もし成長が見られれば、金貨五百枚の所を四百五十枚まで値下げしよう」


「マジで!? ……じゃなくて、本当ですか!?」


 流石に金貨五十枚分値下げしてくれると言われたから拒否する理由は何もない。


「それに、今の話を聞いていたかぎり、お前たちも金欠なのだろう? この森の近くの街は冒険者が少なくて、依頼がかなり溜まっているはずだ。お前たちも丁度良いんじゃないか?」


「そうでございますね……」


 レベッカは苦笑いを浮かべる。僕もそれは同感だった。


「よし! じゃあそれで決まりね!」


 カレンさんがパンと手を叩いて笑う。僕はミーシャちゃんとアリスちゃんを見る。彼女たちもそれに気付いてビクッとする。そんな二人に僕達は言う。


「二人ともよろしくね」


「ミーシャ様、アリス様、しばしご同行よろしくお願い致します」


「二人とも、分かってるわよね……? 私達が一緒に行くんだから、ちゃんと成果を上げて結果を出しなさい?」


 最後にカレンさんが二人に笑顔で圧力を掛ける。


「は、はいぃ……」

「が、がんばる」


 ミーシャちゃんとアリスちゃんは涙目で返事をする。


「修理の時間は大体三日程度だ。それまで二人をよろしく頼む」


「分かりました。その間、僕達も冒険者ギルドで金策……じゃなくて、精一杯仕事してきます」


「ああ、そうしろ」


 僕はジンガさんに礼をして、僕達はジンガさんの家を後にした。

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