第207話 喧嘩は止めましょう

 

 次の日―――


 リーサさんが1日で、職人に渡りを付けて馬車を新調してくれた。昨日の内に、今日の朝一で受け取りに行くと伝えていたので、取りに行ってくれたようだ。


 馬車は以前と同じく向かい合わせに座れるようになっている。

 しかし以前よりも広く計六人くらいは余裕で座って過ごせるようになっている。更に荷物を置ける場所も以前より広く、少し隙間を空ければここで眠ることも出来るだろう。


 車輪は魔道具が使用されており、サスペンションが超強化されている。

 これがあるおかげで揺れが相当軽減されて、乗り心地が良くなっているのだ。

 お尻も全然痛くないぞ。


 更に更に、御者席にも工夫がされている。

 以前までなら御者の座る場所は狭くて座り心地も悪かったのだが、この馬車には座席が二つあるため、そこに座ることで快適になる。なので、今までより長時間の移動でも疲れにくい設計になっている。


 さらに、車体の前後左右に簡単な対魔物用の結界魔法陣が組み込まれており、いざという時に備えての小型の大砲のようなもの付いており、攻撃機能も備わっている。


 これらの機能は全て、通常時は馬車本体の収納スペースに収められている。

 収納空間内部は常に魔力によって浄化されており、常に清潔に保つことができる。

 つまり、汚れることが無い上に、食材などの長期保存も可能らしい。


「あの、なんか物凄い高性能なんですけど……?

 リーサさん、これどれくらいお金が掛かっているんです?」


 最初はリーサさんの説明を聞いて『へー』くらいにしか思ってなかったけど、対魔物用の結界とか、常時魔力で清潔さを保つとか異様に高性能なのでちょっと不安になってきた。

 前の馬車もそこそこ高かったはずだけど、それでもここまでではなかった。


 これって結構高いんじゃ……。

 すると、リーサさんが苦笑しながら答えてくれた。


「大丈夫です、全てカレンお嬢様のポケットマネーですから」

「そ、そうですか」

 カレンさんの方を見ると、

 こっちの視線に気づいたのか、振り向いてニコーっと笑い。


「レイ君、気に入ってくれたかしら?」

 と言ってきた。

 カレンさんの笑顔を見た瞬間、全身から汗が出てきた気がする。

 多分だけど、僕の勘違いじゃないはず。


「う、うん。凄い」

「喜んでくれて良かったー。少し奮発した甲斐があったわー」

 ヤバい、これ多分滅茶苦茶お金使ってるよ!?


 前に僕が買った馬車よりも比較にならないくらい高性能だし、それこそ数倍……いや、それ以上掛かってるかも。具体的な金額を訊いてしまうと、一生カレンさんに頭が上がらなくなりそうだ。


 ……でも、僕達の為にそこまでしてくれたと思うと嬉しい。


「ありがとうございます、カレンさん」

「いいのよ。私がそうしたくてやってる事だから……

 あと、今は他にリーサしか居ないんだから、カレンお姉ちゃんって呼んでいいのよ?」

 そう言って、カレンさんは僕にウィンクしてきた。


「あ、ありがとう。カレンお姉ちゃん」

「うん♪ 私もレイ君に喜んでもらえてうれしいわ」


 カレンさん、昨日で結構仲良くなれた気はしてたんだけど、想像よりも全然距離が縮まった感じがする。むしろ距離が縮まり過ぎて、みんなから色々と言われるかもしれない。


 そこに、エミリアとレベッカ、それに姉さんもやってきた。


「おはようございます。カレン様、レイ様、それにリーサ様も。気持ちの良い朝でございますね。馬車も新調されていて、絶好の旅日和だとレベッカは思います」


「おはようですー。

 おおー、これが新しい馬車ですかー……。

 なんか、至る所に魔道具が付いているような……」


「レイくん、おはよう。カレンさんとリーサさんも。

 ――ねぇ、レイくん、何で朝からカレンさんとそんなに距離が近いの?

 お姉ちゃんに説明してくれないかしら?」


 全員、注目する点が全然違ってた。

 レベッカは快晴の青空を見て気持ちが良さそうな表情を浮かべている。

 姉さんは、ただただ、怖い。


 エミリアは僕に近づき、ニコニコしながら僕を見ている。


「何、エミリア、何か言いたい事あるの?」

「いやいや、随分一日で仲良くなったみたいですねぇと思っただけですよ。

 それが理由か分かりませんけど、馬車も想像以上に凄い魔改造されてて気合いが入ってますし、良しとします」

 エミリアが満足げにウンウン言っている。

 その横では、姉さんが無言の圧力を掛けてくる。


「あの……レイ君、もしかして私、ベルフラウさんに嫌われたのかしら……」

 カレンさんが姉さんの圧で心が折れそうになってる!


「姉さん、怒るよ?」


「じょ、冗談だよ。カレンさん、ちょっとレイくんと一気に仲良くなってたから嫉妬しちゃっただけ……。もう何も言わないから、カレンさん、そんなに落ち込まないで」

 姉さんは流石にやり過ぎたと思ったのか、取り繕う。


「べ、別に落ち込んでなんかいないわよ? 私はいつも通りよ」

 そう言って、カレンさんは無理矢理笑顔を作って誤魔化していた。


 色々大丈夫だろうか……。


 ◆


 それから朝食を食べて少し休憩した後、いよいよ出発となった。

 馬車に乗り込むと、早速リーサさんが御者席に座って手綱を握る。


「さぁ皆さん乗ってください。出発いたしますよ」

 全員が馬車に乗ったのを確認してから、リーサさんが馬車を走らせ始めた。

 街道を進むことしばらく、特に魔物に襲われることもなく順調に進んでいた。


「……はぁ」

 最初は凄く笑顔で機嫌良さそうだったカレンさんだったけど、

 姉さんの圧のせいで落ち込んでしまった。


「……姉さん」 

「ごめんなさい。反省しています」

 流石の姉さんも自分が悪いことを自覚したらしい。


「さっきカレンから少し話聞きましたけど、

 レイにちょっと呼び方変えてほしいって言っただけみたいじゃないですか。

 それくらいで何でベルフラウが怒ってたんですか?」


「そ、それはぁ……」

 エミリアに問われて、今度は姉さんが黙り込んでしまった。


「ベルフラウ様の事ですから、レイ様にもう一人『お姉ちゃん』が出来てしまうと、ご自分の立ち位置が危うくなると思われたのではないのでしょうか」


 姉さんが答えなかったので、レベッカが推測して答えてくれた。


「うっ……」

「……その反応、どうやら図星ですね。

 まぁ、義理とはいえ、姉弟という関係性は唯一無二です。

 そういう意味では、分からなくもないですが……」


 姉さんの反応を見て、エミリアがため息を吐いていた。


「別にレイがカレンと仲がちょっと変化したところで、ベルフラウとレイの関係性が変わるわけでは無いでしょうに。その辺、自慢の弟だと思ってるなら貴女が信じてあげないでどうするんです? そんなことで拗ねてるとレイに呆れられて本当にカレンにレイを取られちゃいますよ」


 エミリアの珍しいガチトーンの説教だ。

 こういう雰囲気のエミリアは最近あんまり見なかった。


「エミリア様、そこまでにしておいてあげた方が宜しいのではないかと」

 レベッカに言われてエミリアは仕方ないとばかりに肩をすくめた。


 レベッカはこちらに向き直り、僕に顔を近づけて小声で言った。

「(申し訳ないのですが、レイ様の方からカレン様を慰めてあげて下さいまし。

 ベルフラウ様はわたくしの方から言って聞かせますので、わたくしにお任せください。後で必ずカレン様に謝らせますから)」

 レベッカは、落ち込んでいるカレンさんに視線を移す。


「う、うん……分かった」

 姉さん……。流石に、十三歳の女の子にガチで叱られるのはきついよね……。姉さんは自称十七歳だけど、多分もっと上だろうし、今回はかなり姉さんも堪えるだろうなぁ。


「さ、ベルフラウ様、少しわたくしとエミリア様とお話しましょう」

「この際なので、腹を割って話しましょうね、ベルフラウ」

「た、助けてレイくん、お姉ちゃんの味方がいないよぉ」

 姉さんはレベッカとエミリアに両側から抑えられ、席を立たされる。


「あー、えっと……頑張ろうね」

「うぅ……」

 レベッカとエミリアに両脇を固められながら、姉さんは馬車から引きずり下ろされていった。姉さん、今度からはもう少し大人になってほしいかな。



「カレンさん」

 僕は後ろから見ても落ち込んでるのが分かるカレンさんに声を掛ける。


「あ……レイ君」

 僕の声で振り向いたので、僕はカレンさんの隣の席に座った。

 顔色を見てみると、少し目元が赤くなっていた。


「か、カレンさん、もしかして泣いてたの……?」

「い、いえ、そんな事ないわ! ちょっと目にゴミが入っただけ」

 そう言ってカレンさんは無理矢理笑顔を作った。


 だ、駄目だ、想像よりもカレンさんが落ち込んでる!!


 これは、何としてでも慰めないと――!


「大丈夫だよ、姉さん達は今外にいるから誰も聞いてないよ」

 僕は御者席にいたリーサさんに目配せする。すると、リーサさんは頷いて、音を立てないようにその場から立ち去って行った。


「……ありがとう、レイ君」

「ううん、気にしないで」


 僕がそう言うと、カレンさんはぽつりと呟いた。

「……私ね、強い強いってよく言われるけど、本当は弱いの……。心の方が。今は、前に比べたらマシだけど、少し前は私とパーティ組んでくれる人なんて全然居なかったし、いつも依頼を受ける時も一人の事が多かったの。

 だから、少し前はリゼット……サクラに会いに行って、いつも寂しさを埋めて貰ってたの……。でもね、サクラが勇者になって、彼女とあんまり会えなくなってしまって……。そうなると私は以前に逆戻りになっちゃったのよ。情けない話だけどね」


 カレンさんは自嘲気味に笑みを浮かべていた。

 僕はそれを黙って聞いている。


「何となくサクラと雰囲気が似ているレイ君に甘えちゃったのかもしれない。

 私ほどでは無くても、強くて一緒に戦ってくれるし、素直で何だかんだで慕ってくれるレイ君に。だから、『カレンお姉ちゃん』なんて呼んでほしいとか言って、あはは……」

 カレンさんは自分の頭をコツンと叩いた。


「……ごめんなさい。ちょっと弱気になったみたい……。

 もう大丈夫よ。レイ君の事は信頼しているもの。それに、ベルフラウさんだって本気で怒ってるわけじゃないも気付いてるわ。

 ……でも、もう『お姉ちゃん』は止める。迷惑かけてごめんなさい。レイ君……」

 カレンさんは落ち込んだ様子で頭を下げてきた。


「カレンさん、ちょっとこっちに来て」

「え? う、うん」


 カレンさんが僕の隣に来ると、僕は彼女を抱きしめた。


「れ、レイ君!?」

 突然の事にカレンさんは凄く驚いていた。


 正直、自分でもこんな大胆な行動出来たのが驚きだ。だけど、今にもまた泣きそうなカレンさんを見て、僕は昔の自分と重ねてしまった。


「……僕が、前の世界に居た時の話だけど、

 今のカレンさんみたいに、自己嫌悪に陥って、一人で塞ぎこんでいたとき、いつもお母さんがこうやって抱きしめて慰めてくれていたんです」


 僕の言葉にカレンさんは何も言わず、静かに聞いていた。


「きっと、カレンさんも一人だったんですよね。周りから強いって言われていても、その裏で誰にも頼らずにずっと孤独に耐えてたんだと思う。

 僕とカレンさんは性別も境遇も、責任の重さも全然違うけど……だけど、カレンさんは心の底から支えてくれる友達や家族がきっと必要だと思うんです。

 それがきっとリゼットちゃんで、そして、今代わりにその役目が出来るのは、カレンさんの気持ちの一部でも理解できる僕なんだと思います」


 僕の言葉にカレンさんはただじっと耳を傾けていた。


「だから、僕はカレンさんの力になりたいです。まだ頼りないけど、少しでも力になれるように頑張ります。少しでもカレンさんの寂しさを埋められるなら、僕はカレンさんの弟でも構いません。だから、もう止めるなんて言わないでください。

 僕もカレンさんに言ってもらえなくなるのは寂しいです」


 そう言って、僕は最後に抱きしめるのを緩めて、カレンさんの頭を軽く撫でてから離れた。カレンさんの顔を見ると、さっきよりも赤らめていて、そして、涙が溢れていた。


「レイ君は……本当に優しいわね……」

「そんなことないです。僕は弱いから、多分弱い人の気持ちが分かっちゃうんだと思います」 


 僕がそう言うと、カレンさんはクスッと笑みを浮かべた。


「やっぱり、レイ君の方が私より大人よ……。

 わかったわ、『お姉ちゃん』を辞めたりしない。これからもよろしくね」

 目元の涙を手で拭って、カレンさんはそう言って微笑むと、今度はカレンさんの方から僕を抱きしめてくれた。前の時と違って、とても優しい抱擁だった。


「でもね、代わりだなんて言わないで。レイ君はレイ君なんだから。

 貴方はサクラじゃないし、サクラは貴方じゃない。私も、貴方を代わりだなんてこれからは思わないわ。だって、こんなに私の心を埋めてくれたんだもの。貴方も私の特別な人よ」

 カレンさんは僕の胸の中で、頬擦りしながらそう言った。


「はい……。わかりました」

 僕は少し照れながら答える。すると、カレンさんはパッと僕から離れた。


「……と、流石に、私もちょっと恥ずかしくなってきたわ。ありがと、レイ君。もう私は大丈夫よ」

 その表情はさっき見た時よりも吹っ切れていて、いつものカレンさんに戻っていた。


「ほっ……良かった、元気になってくれて」

 死ぬほど恥ずかしかったし、拒否されたらどうしようって思ってたけど、

 カレンさんが受け入れてくれて良かった。


「ふふ、ごめんなさい。レイ君には心配かけちゃったみたいね。

 ……さっきの話だけどね、『カレンお姉ちゃん』ってのは強要したりしないわ。でも、たまに呼んでくれると私が嬉しくなると思う。だから、二人の時だけ……ね?」


「はい、カレンさん……」

「『カレンお姉ちゃん』」


「……カレンお姉ちゃん」

「ふふ、良く出来ました」


「って、カレンさん強要しないって言ったじゃないですか」

「今のは練習だもの、強要じゃありません」


 カレンさんは悪戯っぽく笑って見せた。

 その笑顔はとても可愛くて、普段のカレンさんとは別人のようだったけど、どっちのカレンさんも素敵だった。


 ◆


 ―――そして、その後で


「ほ、本当っっっに!! ごめんなさい、カレンさん!!!」

 姉さんは、エミリアとレベッカに、かなり絞られたのか、馬車に戻るなりカレンさんに全力で謝った。


「もういいの。元々私が至らなかった部分が多いですし。

 私も、ベルフラウさんの事を配慮してなかったもの、だからお互いさまです。

 ……だから、その、頭を上げてください。弟のレイ君も見てますし……」


 カレンさんがそう言うと、姉さんはゆっくりと顔を上げた。


「ありがとうございます、カレン様!」


「レベッカちゃんならともかく、カレン様は止めてください、ベルフラウさん。

 さもないと、これから私はベルフラウさんを、ずっと女神ベルフラウ様って公衆の面前で呼び続けますよ」


「そ、それだけは勘弁してください」


「分かってくれたのなら良いんです。これからはもっと仲良くしていきましょう」

 そう言って、カレンさんと姉さんは握手を交わし、和解することが出来た。


 ◆


 ――余談。


「ところで、レイくんはお姉ちゃんとカレンお姉ちゃんどっちが好き?」

「えっ」

「ベルフラウさん、突然何言ってるのよ。

 そんなの……ねぇ、決まってるわよね、レイ君?」

 二人とも、『もちろん、私だよね』と言いたげな顔をしている。


 ……これが、二人の姉を持つ弟の心境なのだろうか。


「いや、そうはなりませんから」

 後ろから僕達の様子を見ていたエミリアが突っ込みを入れた。


「エミリア様の言う通りです。

 それに、創作のお話では、義理の姉よりも義理の妹と結ばれることが多いようです。つまり、カレン様とベルフラウ様より、『妹分』のレベッカとレイ様が結ばれるのが妥当だと思います。

 どう思われますか、レイ様」


 レベッカが突然超理論を言い始めた。

 そして、僕にどう答えろと。


「い、いや……僕にはなんとも……」


「お待ちください、レベッカ様。その理論には穴があります。レベッカ様はあくまで創作で『姉』より『妹』の方が人気だという事でしかありません。

 しかし、現実において、妹より姉に惹かれやすいというデータは、このリーサが既にサーチ済みです」

 突然参入してきたリーサさんが大量の紙束を持ってレベッカに立ち塞がった。


「な、なんですと……? それは誠でございますか?」

「ふふふ、今からそれを解き明かそうではありませんか……!」

 二人は、そのまま何かの議論を始めてしまった。

 僕は、その隙にこっそり馬車を降りて、馬に乗って逃げようとするが、途中で見つかってしまった。


「レイくん、質問にまだ答えてないよ?」

「そうね、ベルフラウさん。レイ君の答え知りたいわよね」


「だ、誰かたすけてー!」

 結局、馬車の中で姉さんとカレンさんの両方から責められることになった。でも、不思議とその時間は心地よくて、幸せな気分になれたのは、ここだけの話である……。



「いや、そうはならないでしょう!!」

 最後に、エミリアがまた突っ込みを入れてこの話は終わった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る