第206話 姉と自称するヤバい人

 カレンさんに街に引っ張り出されて、二時間ほど。

 僕とカレンさんは街の色んな場所を回って、

 買い物や露店を回って食べ物を買って食べたりして楽しんでいた。



 これって、もしかしてデートなんじゃ……。



「レイ君、次はどこに行きたい?」

 カレンさんが楽しげに聞いてくる。


「えっと、少し歩き疲れたから何処かで休憩したいかも」


 色々買い物しながら歩き回ったからか、足がパンパンだ。

 足の裏も痛くなってきたし、何処かで座って休憩したい。


「そう? じゃあ……」


 カレンさんが指差す先には、カフェのような店があった。

 店の中に入ると、甘い香りとコーヒーの匂いが入り混じっている。

 席に座り、店員さんに注文をする。

 そして、頼んだコーヒー二つとケーキを持ってきてくれた。


「あー、楽しかった、久々に普通の女の子として遊んだかも」

 カレンさんは満足げな顔でコーヒーを飲んでいる。


「僕も、楽しかったです」

 普段、姉さん達と立ち寄った村や街で出掛けてるけど、

 今回みたいに色々と案内しながら遊ばせてくれたのは久しぶりかもしれない。

 1年くらい前にエミリアにゼロタウンを案内してもらったことを思い出す。


「サイドでは私は一応領主の娘ってことになるから、こんな気軽にお店に入れないのよ。ここだと、そこまで名前が知れ渡ってないからのんびりできるわー」

 そういえば、以前会った時もそんなことを言ってた気がする。


「カレンさん、有名ですもんね」

「そうなのよー、ちょっと保有するマナが多くて、

 魔王軍の幹部みたいな奴倒しただけなのに、英雄だのなんだの持ち上げられちゃって困っちゃうわ」

 そりゃ有名になっても仕方ないよ。


「えっと、それって」

「あ、レイ君は知らないか。

 1年半くらい前かな。この大陸の端の方で上級の悪魔が大量の魔物を引き連れてきてね。

 その時に、色々あって私が前線で戦ったの。あの時は大変だったわ」


 所持する聖剣で全力解放して、100匹以上の魔物を一撃で葬った。

 最終的に魔物大将と一騎打ちして勝利を収めたそうだ。

 以降、カレンさんは<蒼の剣姫>という二つ名と共に、<蒼の英雄>と呼ばれるようになった。

 ちょっと次元が違い過ぎる。


「カレンさん凄いんですね」

「まぁ、凄いかもしれないけど、でもそれって、私が魔物と戦う力があるからそういう役目を負っただけよ。その点で言えば、リゼットやレイ君みたいな勇者とあんまり変わらないわ。別に私が偉いわけじゃない」


 カレンさんは謙遜しているが、十分凄いと思う。

 例えそれが、たまたま力を持っていた人間だったとしても。

 その力を人々の平和の為に振るってるのはカレンさん自身の意志だ。


「それより、レイ君!」

「は、はい?」

 カレンさんがちょっとムッとした顔で言った。


「一応、これ私としてはデートのつもりだったんだけど気付いてる?」

 カレンさんが頬を膨らませながら言う。


「えっ……あっ」

 僕はようやくそこでカレンさんの言わんとしている事に気づいた。


 デートと言ってるが、カレンさんの目的は僕と親睦を深めるためだ。

 僕がカレンさんに対して若干距離を取ってる事に気付いてたのだろう。

 少しでも距離を縮めようと、僕に歩み寄ってくれていたのだ。


「ごめんなさい、カレンさん」


「ふふん、分かればよろしい……。

 といいたいけど、もうちょっとフランクに話してほしいわ。まぁ、私はレイ君達からしたら新参者だから、距離感があるのは分かるけどね」


「……努力します」


「うん、頑張って。出来れば敬語は無くしてほしいかな」

 カレンさんはニッコリと微笑む。


「そうだ、今度はレイ君の事を訊かせて?

 異世界から来たんでしょ? どんな場所だったの?」


 カレンさんは身を乗り出して僕に質問してきた。


「えっ……と、僕の居た場所は」

 僕はカレンさんに自分の故郷の事を話すことにした。


 ◆


「へぇー、魔物も居なくて魔法も無い世界か、想像が付かないわね」

 カレンさんは興味深そうに聞いていた。


「それに、自動車? すごいわね、魔法無しで動く馬車って事よね」


「うん、あとは飛行機とか電車っていう乗り物もあります……あるよ」

 少し言葉を正しながら話す。


 僕からすると、こっちの世界の方がずっとすごく感じるけど、

 こっちの世界出身のカレンさんからすると、反対に僕の世界の方が凄く感じる様だ。


「でも、レイ君はその自動車に轢かれちゃってこっちに来たのよね」

「はい……」


 カレンさんは僕を慰めるように頭を撫でてきた。


「ご両親に会えないっていうのは、想像すると私も辛くなるわ。

 私もお母様もお父様の事も大好きだもの、レイ君の気持ちが全部分かるわけでは無いけど……やっぱり辛い?」


「来たばっかりの頃はそうだったけど、今は姉代わりの姉さんがいるし、エミリアやレベッカも良くしてくれてるから……」


 この世界に来れたのは良かったと思っている。

 勿論、最初は混乱した。いきなり知らない土地に来て、 家族にも会えず一人ぼっちになってしまった。

 それでも、僕には姉さん達が居た。一緒に過ごしてくれる仲間が出来た。


「……そう、新しい家族が出来たのね」


「家族……うん、そうかも」


 言葉にしてみると、確かに僕は姉さんやレベッカ、エミリアを家族のように感じている。エミリアやレベッカにはそれとはまた別の感情もあるけど、それはそれだ。


 何にせよ、今の僕にとってこの世界での生活はとても充実している。

 元の世界の事は忘れてはいなくても、あまり思い出さなくなった気がする。

 ホームシックになる頻度も前よりは減った……はず。


「あのね、レイ君。

 私は昔からとある女の子にお姉ちゃんお姉ちゃんって懐かれてたりするの」


 カレンさんは懐かしそうな顔をして言った。

 僕はカレンさんの言葉の意味がよく分からず首を傾げる。

 カレンさんはそんな僕の様子を見て苦笑する。


「まぁ、その女の子ってサクラ……リゼットの事なんだけどね……」


「……サクラ?」


「そ、サクラ・リゼット、私の幼馴染にして冒険者としての後輩……そして、今期の勇者の一人よ。今までは本名を伏せてたけど、貴方も勇者なんだし、隠す必要はないかなって思って」


「サクラ、それが本名なんですね」

 リゼットちゃん……。

 確か住んでいた場所の名前は『サクラタウン』だったはず。

 街の名前から名前を付けたのだろうか。


 自分と同じ日本人みたいな名前だ。

 まさか転生者だったり?……いや、あの様子だとそういう感じはしなかった。


「うん、まぁ今は<勇者>の事を話したいわけじゃなくてね。

 昔からそんな感じでお姉ちゃんって懐かれてて、なんというかね……」

 そこでカレンさんはコーヒーを飲む手を止めて、僕をじっと見た。


「……?」

「えっと、そのね、こういうの恥ずかしいんだけど……」


 カレンさんは頬を赤く染めながら口を開く。

 僕は何を言われるのかと思い、ゴクリと唾を飲み込んだ。

 カレンさんは視線を逸らしつつ、小さく呟いた。

 僕に聞こえたのは、辛うじてその一言だけだった。


「わ、私の事……か、カレンお姉ちゃんって呼んでいいのよ……?」


 カレンさんはそう言って、上目遣いで僕を見つめる。

 僕はカレンさんの意外な要求に目を丸くしていた。


「え……えっと……?」


 流石に、僕もちょっと恥ずかしくなって目を合わせられなくなった。

 カレンさんと出会って、まだ日は浅いけど、僕は少なからずカレンに対して好意はある。だけど、まさかお姉ちゃんと呼んでと言われるとは……。


「ご、ごめんなさい。

 まだ出会ったばかりでこんな……馴れ馴れしいわよね」


「あ、いえ……その、驚いたというか……」

 お互い顔を赤らめて、目を合わせられない。


 まるでお見合い……いや、どちらかというと学生同士が告白をしたような雰囲気だ。だけど、言っていることは恋愛とは若干違うような……。

 カレンさんは、僕が断ると思ってしまったのか、少し悲しげな表情をしていた。


 そんなカレンさんを見て、僕は意を決した。

 これはカレンさんなりに勇気を出してお願いしてきた事だ。

 ここで断っては男が廃るというものだ。


「か、カレン、お姉ちゃん………」


 僕も顔から火が出そうになりながらも、何とか言葉を絞り出す。

 うわ、自分で言っていて凄く恥ずかしい! 僕は思わず下を向いてしまう。

 カレンさんも僕に負けじと真っ赤になっている。

 お互いに無言のまま、時間だけが過ぎていく……そして。






「うふふふふ、お二人とも仲良いわねぇ……」



 ―――カレンさんでも僕でも無い違う声がすぐ傍から聞こえた。

 

 そちらを見ると……。


「……あ」

 そちらを見ると、

 張り付いたような笑顔で、僕達の様子を眺めている女性が立っていた。


 いや、女性というか、僕がこの世界で一番見知った人物だ。


「ね、姉さん……」

「べ、ベルフラウさん……」

 そこに居たのは、この世界で僕の『姉』として接してくれている。

 元女神様でした。


「ごめんなさいね。

 二人ともとても良い雰囲気だったのに話し掛けちゃって。

 カレンさん。もし貴女がレイくんに『愛の告白』をしたんだったら、

 私は何も見なかったことにして帰るつもりでいたの。でもね――」


 姉さんはニッコリとした笑みを浮かべている。

 笑顔ってこんなに人に圧力を掛けるものだっただろうか。


「『レイ君のお姉ちゃん』はこの世に私一人で良いの。

 カレンさんがレイ君の恋人、それかお嫁さんなら私は全然いいけど、

 姉としての立場が絶対に譲りません!!」


 それは、最近割と雑に扱われ続けていた女神様の心の叫びだった。



 僕より年上なのに時々子供みたいになる時があるんだよなぁ。

 カレンさんは姉さんの勢いに押されてか、完全に引いている様子だ。


「あ、あのね、ベルフラウさん。

 私はその、姉に成り代わってやろうとかじゃなくて、その、レイ君があまりにも弟っぽく感じて可愛く思っちゃったからつい……その……」


「うんうん、分かるよカレンさん。

 私だって最初はそうだったんだから。……それでね、私が言いたいのはね、お姉ちゃんの座は誰にも譲らないってこと!」


 姉さんは両手を腰に当てて、ふんぞり返るようにリピートした。


「…………」

 義理の姉VS頼りになる年上のお姉さんの構図でした。

 勝敗は、義理の姉の圧勝……というか、カレンさんが涙目になってて可哀想。


「あの、姉さん、その辺で……」

 それ以上言うと、勇気を振り絞って言ってくれたカレンさんが可哀想だよ。


 僕はカレンさんを庇うように前に出て、姉さんに声を掛ける。


 すると姉さんはハッと我に返り、カレンさんの方を見る。


「あ……ご、ごめんねカレンさん。つい熱くなっちゃって……。

 私ってば、つい気になって二人を後ろからずっとストーカーしてたんだけど、カレンさんが『カレンお姉ちゃんって呼んで?』って凄く可愛らしく言ったところで、私の許容範囲が超えちゃってついね。あ、でもね、別に全否定するわけじゃなくて、カレンさんがレイくんの事を弟のように可愛がってくれていることは嬉しいよ。私も女神様として、レイくんの両親に顔向けできるようにレイくんには幸せになってもらいたいと思ってるの。だからレイ君が呼びたいというなら私もそれは否定できないし、カレンさんの仲を取り持つ義務はあると思ってる。でもね、この世界に来てずっと私はレイくんの姉だったし、むしろ姉になるために女神の役割をぶん投げて嫌な先輩女神に役割押し付けてやったくらいだから、それくらいレイくんの事を愛しているの。むしろ一生レイくんのお世話をしたいくらい。だからね、カレンさんも私の立場を少し考えて貰って、その上でたまに『お姉ちゃんごっこ』的な感じで言い合うくらいなら私は全然大丈夫だよ。レイくんもレベッカちゃんと時々『ラブラブ兄妹ごっこ』して二人で仲良くしてるし、お姉ちゃん的にそういう若干性癖歪みそうなプレイはどうかと思うんだけど、二人とも満足してそうだし、エミリアちゃんとの仲があるのにそれはそれでどうなの?って思ったりするけど、そこはレイくんの気持ちを尊重するよ。だからカレンさんとレイくんで『そういう方面』で愛し合うならお姉ちゃんは許容します。でも実姉の立場は絶対許しません。OK?」


「……あ、はい」

 カレンさんはコクコクとうなずく。

 途中から僕もカレンさんも頭の中が真っ白になってて姉さんが何言ってるのか理解できてなかったけど、聞き流しておこう。


「うふふ、ありがとうカレンさん。

 じゃあ、今日はこの辺で。また今度ね。

 それとレイくんは後でちょっとお話ししようね♪」


 そう言って姉さんは去って行った。

 ……なんだろう、姉さんが怖かった。


「……こ、怖いわね、ベルフラウさん」

「普段はああじゃないんだけど……」


 姉としてのポジションを取られそうになってつい出てきたんだろう。

 というか、恋人としてはオッケー、お姉ちゃん代わりとしてはアウトって基準が何か凄い重い。


「……あの、レイ君。

 これって、私はレイ君に『カレンお姉ちゃん』って呼ばれてもいいってこと?

 『お姉ちゃんごっこ』なら良いとか言ってた気もするけど、言ってる意味が理解できなかったわ」


「ど、どうなのかな……」

 恋人として呼び合うなら良し、お互いが弟と姉という感情だと駄目って感じだ。カレンさんとは恋人ではないし、むしろこの場合後者寄りだから若干アウト気味に思える。


「ま、まぁ……二人きりの時なら……大丈夫、かな」

「そ、そうね……普段は、普通に……ね」

 お互いに苦笑いを浮かべながら、姉さんが去った方向を見つめていた。


「えっと、それじゃ……僕達も帰ろっか……カレンお姉ちゃん」

「うん……」


 カレンさんは少し照れくさそうにしながら僕の手を握ってきた。

 今日一日で、カレンさん事を知れて、距離が縮まったような気がする。

 代わりに、姉さんの闇が見えたような気がしないでもない。


 カレンさんは、妹のように感じているリゼットちゃんに強い想いを寄せている。

 もしかしたら、カレンさんは自分を慕う相手には、強い情愛を持つタイプの人なのかもしれない。きっと誰かに強く依存する所があるのだろう。


 ……そして、それは僕も一緒だ。


 勝手な思い違いかもしれないけど、僕とカレンさんはきっと似ているのだろう。

 だからこそ、カレンさんも僕もお互い、恋愛とはまた別の形で惹かれあっているのかもしれない。

 僕はそんな事を考えつつ、手を繋いで宿へと帰るのだった。



 ちなみに、うっかり手を繋いで帰るところを、丁度買い物から帰ってきたエミリアとレベッカに目撃され、色々問い詰められたことは言うまでも無い。


 そして、姉さんの元へ行ったら―――


「レイくんは『本物のお姉ちゃん』がどれだけ凄いのか見せてあげるね!!」

 とか言い出して、カレンさんの前で姉さんの膝枕をさせられたり、頭を撫でられまくったりした。

 正直、恥ずかしさのあまり死にそうになった。


 途中からレベッカが混じってきて、

 『ふふふ、レイ様ったらこんなにして……』

 とか誤解を受けそうな発言をしてその場の空気が凍った。


 ※『こんなに』とは、顔を真っ赤にしてという意味です。

 決して下半身がどうとかいう意味ではありません。(多分)

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