第254話 vs真の悪魔(その2)

【視点:カレン】


「……さて、時間はくれてやった。仲間に別れの言葉は済んだかい」

 こちらの通信魔法を止めもしないと思ったら魔軍将はそんなことを言った。


「……あら、親切ね。口調まで人間の時に戻っているじゃない」


「何、私とて、僅かながら人間として生活してたからな。

 仲間を想う気持ちなんて偽善は結局理解できなかったが、その程度の見栄を察してやるくらいの度量は持ち合わせている」


 ふん……こいつは人間の事なんて何一つ分かっていない。

 私は、見栄を張ったわけでも、仲間に別れの言葉を言ったつもりもない。


「何も分かってないわね。私は、『全力で戦う』と言ったのよ」

 私は、聖剣を構える。

 すると、それに呼応するように聖剣も光り輝く。


「ほう? 全力で戦うと……だが、それは結局同じ事では無いか?

 これほど圧倒的な力差を前に、キミが全力を出そうと結果は何も変わらない。キミは最後に遺言を残させてあげた私にもっと感謝すべきだと思うよ」


 魔族が、余裕の表情でそんな戯言をほざく。

 私はそれを鼻で笑うと、言葉を発する。

 その声色は自分でも驚くほど冷たく、冷静だった。

 感情に任せて戦ってしまえば、それこそ相手の思う壺だ。


 ……レベッカちゃんはまだ生きている。

 確かに、回復魔法が掛かっても動く様子は全く無かった。

 だけどそれは死んでるわけでなく、意識が深く沈んでいるだけだ。

 私もこの男の魔法を回避することに必死ではあったけど、レベッカも直撃だけは避けていた。実際、レベッカの体も至る所がボロボロだけど、頭や心臓、腹部などはダメージを受けている様子はない。


 ならば、あの子はきっと生き延びるだろう。

 仮に私が倒れたとしても、二人が私を救ってくれる。

 そして、ベルフラウさんが、ウィンドの奴が……それにレイ君が……きっとこいつを倒してくれる。


 ならば、私のやることは変わらない。

 こいつが何を言おうが、私は今発揮できる最大の力でこいつと戦う。


「――私達の力を侮らないことね」

 私はそう言うと、一気に駆け出した。


 ◆


【視点:エミリア】


「レベッカ!! しっかりして!!」

「……」

 揺すって声を掛けるけど、やっぱり反応が無い。

 本当に手遅れなのか、それとも……。


 ……いや、諦めるのはまだ早い。


 カレンとクラウンの様子を伺う。


 カレンの周囲はまるで空間が歪んだように捻じれ、カレンが動くのに合わせて周囲の次元が歪曲していく。明らかに並の魔力では無い。それに、周囲のマナを強引に自分に取り込んでいる。


 おそらく<精霊魔法>の応用だろうけど、それだけじゃないだろう。カレンは自身の能力と聖剣の力を100%引き出し、あの化け物相手に互角に打ち合っている。


 既に夕刻だというのに、カレンの聖剣が光り輝くと、周囲一帯が昼間のように明るくなる。そして、その光が収まる頃には、カレンは魔軍将の懐に入っていた。あの男も驚きを隠せないようで、目を見開いている。


 更に、カレンはその状態なら光を伴った一閃を数十連続で繰り出し、一撃一撃が確実にクラウンにダメージを与えていく。カレンの周囲が歪むと同時に、カレンは周囲のマナを強制的に魔力に転化し、それを攻撃として放っている。 


 また、その余波で、私達を取り囲んでいる魔物達にも被害が出ており、既に数体の悪魔や魔物が浄化されて消え去っている。



 今のカレンは、正に『無敵』だ。

 その力は<封印された悪魔>の一人である魔軍将クラウンに全く劣らない。


 しかし、それも時間の問題だ。

 いくらマナを無尽蔵に取り込もうと、カレン自身の体力にいつか限界が来る。


 その前に、私もレベッカを救わないと……!


「レベッカ……聞こえますか……レベッカ……!!」

 私は何度も彼女に呼び掛ける。しかし、今のところ反応が無い。


「くっ……!!」

 私はスカートの下の太ももにもう一つあった<万能ポーション>を取り出し、無理矢理レベッカに飲ませようとする。


 しかし、レベッカは呼吸していないせいで、口に含んでも漏れ出してしまう。


「……どうすれば……」


 そこで思い付いた。

 魔法学校では意識を失った者に対する人命救助措置というものを学んだ。

 確か、人工呼吸……!!


「……れ、レベッカ……その……失礼しますよ……」

 私は意を決してレベッカの唇に自分のそれを重ねる。


「……んっ」

 レベッカの幼いが綺麗な顔が自分のすぐ近くに迫る。

 私に、そんな趣味は無いのだけど、やっぱりレベッカは綺麗だ。レイが魅了されるのも仕方ない。


 そんな魅力的なレベッカと、人工呼吸とはいえ口づけをした私は、頬を赤らめてしまう。


 ……不謹慎かもしれないけど、これは緊急事態だから仕方ないんです。


 そして、レベッカの口の中に無理やり液体を流し込むと、彼女の胸に手を当てて心臓マッサージを始める。暫くすると、レベッカが咳き込み始めた。


「や、やった……!!!」

 ついに反応があり、私は喜ぶ。そして、呼吸を僅かにでも確保できたなら、口移しで万能ポーションを少しずつ飲ませる。


 心なしか、レベッカの辛そうだった表情が少し緩んだ気がする。

 しかし全部飲ませてもレベッカはまだ目覚めない。


「さっきよりは、状態は良いはずなのですが……」

 <万能ポーション>は腹部に大穴が空いた私でも治せるほどの効力がある。

 今のレベッカは手足が砕けかけているものの、薬の効果で少しずつ形を取り戻している。


 だが、意識を失ったままこの場に居ては危険だ。周囲の魔物がいつ私達に襲い掛かってくるかも分からないし、カレンだっていつまで戦えるか分からない。


 もし、カレンが負けそうになった時、すぐに離脱できるよう、レベッカは意識を取り戻してほしい。


「……何か、他に手は」

 攻撃魔法でも放ってみるか?

 いや、死に掛けの人間にそれは流石に鬼畜すぎる。


 しかし、私の使用できる<応急処置>ではどうにもならない。

 回復魔法が得意なベルフラウがいれば任せられるのだが、この場には居ない。


 ――そうだ、確か、まだアレがあった!


 私はソックスの中に隠し持っていたもう一つの瓶を取り出す。


「……良かった。ヒビが入ってますが、中身は漏れていないですね」

 無事使用できそうなのを確認して、私は瓶の栓を抜く。


「私が調合した、死人すら飲んだら全力で飛び上がる、この気付け薬を使えば……!!」


 そう、私が以前作った秘伝中の秘伝のレシピで作成した激マズポーション。

 これを飲んだらどんな猛者も一発で目を覚まし、即座にトイレに駆け込んで、その後、一週間は腹痛に苦しむことになるという禁断のポーションだ。

 ちなみに私が試したら、半日くらいトイレから出てこれませんでした。


 材料は、ゴブリンの骨、スライムの一滴、マンドラゴラの粉、儀式用の魔法薬、あとは各種薬草などなど……。


 薬草はともかく、後は健康に一切気を配ってない、とにかく効力だけに特化したとんでもない劇薬です。これをレベッカに試すのは心苦しいですが、攻撃魔法で叩き起こすよりマシでしょう。


 ※攻撃魔法の方がまだ回復魔法で治療出来るため、遥かにマシです。


 私は、ポーションをレベッカの鼻先に近づける。

 うわっ、すごい刺激臭。それに、近くで嗅いだら余計に臭い! こんなものを幼い女の子に嗅がせていいのか、ちょっと悩む。


 しかし、レベッカをこのまま放置しておけば、危険だ。

 私も好き好んでこんなことをしているわけではないのです。


「……ではレベッカ、意識はないと思いますが、覚悟してくださいね……!!」

 私はレベッカに声を掛けると、その口にポーションを流し込んだ。


「んぐっ!? んーっ! んんんっ!!」

 レベッカは激しく抵抗するが、構わず流し込む。

 やがてレベッカは飲み干すと、体が飛び跳ね、そのまま地面に向かって嘔吐し始める。


「げほっ、ごほっ……!! う、うぇぇぇぇぇぇぇ!!!」


 超絶ロリ美少女のレベッカが、決して映像化してはいけないような醜態を……!!

 私は涙目になりながら、レベッカを抱きかかえて背中をさする。


 レベッカはアニメ化すれば虹色になってそうな液体を口から流しながら、ようやく正気に戻る。


「うぅっ……あれ、わたくし、どうして」

 レベッカが意識を取り戻すと、辺りを見回す。

 そして自分が吐いていることに気付き、顔を真っ赤にする。


「あ、あの、その……」

「れ、レベッカ……!!」


 私は思わず、レベッカを押し倒した。


「ちょ、ちょっと! なんですかいきなり!」

「レベッカ、無事だったのですね! 良かった……本当に……!!」


 私は嬉しさのあまりレベッカを抱きしめてしまう。

 ついでにそのまま唇にキスをする……が……。


「う、うぇぇぇぇぇ!!」

 レベッカの口元に残っていた、さっきの気付け薬の成分を今度は私が口に入れてしまい、思わず吐き気を催した。く、臭い……何この味……!! こんなものを好んで飲む奴の気が知れない……!!


「……え?」

 レベッカは最初こそ私にキスをされたことに赤らめて、

 そして驚いていたが、徐々に状況を理解したらしく、表情を曇らせる。


「あ……わたくし、倒れていたのですね……」

「は、はい……無事で良かったです……」

 ようやく吐き気が収まった私は、自分の口元とレベッカの口元をハンカチで交互に拭いた。


「ということは、エミリア様が助けて下さったのですか?」

「えぇ……とっておきの薬を使いまして……」


 具体的には、超高級のポーションと、

 私が色々かき集めて、地獄のような味にした気付け薬である。


「そ、そうだったのですか! おかげで助かりました……!」

 レベッカは私に感謝する。


「感謝なんて今更ですよ……私達は大切な仲間で……親友じゃないですか……」

 私は照れて、頬を掻いて言う。

 するとレベッカは私に抱き着くと、耳元で囁く。


「エミリア様……大好きです」

「ひゃあっ!?」

 レベッカの甘い言葉に、私の顔が熱くなる。


「……? エミリア様、どうしたのですか?

 わたくしの親愛を形で示しただけなのですが……」


「そ、そうですか……」

 びっくりした……。

 レベッカもこういう無意識な部分、ちょっとカレンに似てますね。

 カレンと違って、レベッカは男女問わずやってそうですけど……。


「って、そうだ! カレンは!?」

 私は慌てて、カレンと魔軍将クラウンが戦っている場所に足を運んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る