第537話 学校8

 ハイネリア先生に明日の準備を任せ、学校を出た僕とエミリアの帰宅の途中。


「……ところで、エミリア、その箒は何?」

 僕はエミリアが手に持ってる箒を指差す。


「え、これですか? ベルフラウが魔改造した箒ですよ。レイも一度使ったんじゃないですか?」

「あー……もしかして、サイクロンなんとかっていう箒かな」


 以前、山の頂上を目指すときに、空を飛べた方が便利って事で姉さんに借りたやつだ。結局あれ以降使う事なかったけど、エミリアが持ってたのか。


「魔法使いと言えばコレほうきって決まってますよね、あととんがり帽子も」

 エミリアは自分の被っているとんがり帽子を指差して言う。


「どっちかっていうと魔女じゃない?」


「それだとお婆ちゃんじゃないですか、魔女っ子と言ってください」


「最近だと、若い女の子の魔女衣装は人気だから、僕は『魔女』でも全然気にしないよ」


「それは一体、どこの国のトレンドですか」


「どこだろうね」

 ラノベとかがある僕の世界だと、美少女の魔女ルックは大人気なのだ。


「そうだ、折角ですし一緒に箒に乗ってみません?」


「良いの? 僕、一応男だから結構重いよ?」


「普通に飛行魔法で支えるよりは負担になりませんし、構いませんよ」


「それなら……お願いしようかな」


「任せてください」


 僕の返事を聞くとエミリアは箒に何かの魔法を付与させて宙に浮かせる。そして、箒を自分のお尻の下に敷いてエミリアは箒の上に乗っかる。


「さ、どうぞ」

 エミリアは僕に手を差し出す。


「そ、それじゃあ……」


 僕はエミリアの手を掴むと彼女の後ろに座った。

 エミリアの背中に密着すると、彼女の背中から体温や体の感触が伝わる。

 なんだか甘い匂いも漂ってきて……ちょっとドキドキしてきた。


「じゃあ一気に上昇しますよー」

 エミリアがそう言うと、一気に上空に浮き上がる。


「うわっ!?」

 いきなり高度が上がったせいで、思わず声を出してしまう。


「あはは、レイってば可愛いですね」


 エミリアが笑いながらそう言ってくる。くぅ……ちょっと恥ずかしい。

 そのままエミリアは箒を操作して王都の空を飛んでいく。


「……こうやって空から見下ろすと、王都は広いね」

「そうですねぇ、私が住んでた村と比べると雲泥の差ですよ」


 今は夕刻、夕日に照らされた王都は茜色に染まっていた。


「綺麗ですね」

「うん、本当に……」


 こうして夕方の空でエミリアと浮かんでいると、彼女を意識してしまう。

 エミリアに告白してからというもの、エミリアは了承してくれたというのに、全然恋人っぽい事が出来てない。だが、今はそういう恋人っぽいシチュエーションでは無かろうか?


「(……よし)」

 ここで少しでも関係を進展させないと……!


「……あ、そういえば」

 と、エミリアが唐突に何かを思い出す。


「どうしたの?」


「いえ、今思い出したのですが……」


「うん……」


「私達、一応付き合ってたんですよね?」

「過去形!?」

 エミリアにとって、僕は既に過去の男だったのだろうか。


「忘れてました」

「そこは忘れないでほしかった」


 あれ以降、エミリアが全くそれっぽい素振りが無かったのは忘れていたからか。


「ちなみに、レベッカとはよくデートしてますけどね」

「その報告はもしかして、嫌味?」

 というか、女の子同士でデートって何してるんだ。


「買い物行ったりとか」


「ただのショッピングじゃん」


「あと、スイーツ巡りとか」


「女子か」


「あと一狩り行ってました」


「モンハ……モンスター狩ってただけでしょ!?」


「そうとも言いますね」


 ダメだ、完全にエミリアのペースに乗せられてる……。


 ……ん、いや、もしかして照れ隠しとか?


「……もしかしてこの雰囲気に耐えられなくて、茶化そうとしてる?」

「ギクッ」

「図星か、エミリアらしいけど……」

 僕もこうやって今のような二人きりになっても、どう切り出せばいいか分からない。


「いえ、了承したのは良いですが、レイと恋人っぽい関係って変じゃないですか?」

「エミリア、ちょっと手心加えてくれる?」


 デートの1回もなしに、振られそうな雰囲気しか感じ取れないんですけど。


「そう言われましても……そもそも私、誰かと付き合いたいと思ったことなんて無かったですし」


「それは僕も同じだけど……」


「レイはレベッカといつもイチャイチャしてるじゃないですか」


「い……イチャイチャって……」


「二人を見てると、私に対してより距離感近いですし」


「そ、それは兄妹として接してるだけで……」


「義理ですらない兄妹ですけどね」

「うぐ……」


 確かに、兄妹っぽい関係に振る舞ってるだけと言われたら否定できない。実際は血縁関係もないし、別に親同士がどうこうってわけでもなく、ただそういう雰囲気で接してるだけだ。


「前から訊きたかったんですけど、レイは本当に私と恋人になりたいんですか? 最初に出会った頃、レイにそういう感情持たれてそうだな……とは思ってましたけど……」


「(……最初から気付かれてたのか)」


「……でも最近だと、レイは家族として私に傍に居てほしいんじゃないか……と、そう思うようになりまして」


「……家族? でもそれは、恋人って事と同じじゃ……?」


「……ま、まぁ、先を想像すると同じかもですけど……」


 エミリアは夕日に照らされてるせいか、顔を赤くしていた。


 しかし、エミリアはふと真面目な顔をしてこちらを見る。


「どうしたの……?」

 怪訝に思い、僕はエミリアに問いかける。


「……レイは、元の世界の両親の事、どう思います?」


「……どうって?」


「今でも会いたいですか?」


「……それは」


 本音を隠さずに言えば、会いたい。家を飛び出して、そのまま事故で死んでしまって、喧嘩別れしたことをずっと後悔してる。


 でも、それはもう叶わない願いだ。

 姉さん女神様に初めて会った時に、出来ないと言われてしまった。

 それ以降、僕に諦めていた。そのつもりだった。


「……私も同じなんですよ。私を置いて先に逝ってしまった両親に会いたい。だから、レイの気持ちを少しだけ察することが出来ます」


「……何が言いたいの?」

「……レイ、あなたは、失った家族をこの異世界で取り戻そうとしているんじゃありませんか?」


 ――その時、強い風が吹いた。エミリアの美しい黒髪が揺れる。


「……そんな事は」

「ないと言い切れますか?」


「……」


「レイ、あなたは私に似ている。家族に対して深い情愛を抱いている。だからこそ……あなたが本当はどうしたいのか、まだ諦めきれていないことも分かっちゃうんですよ」


「エミリア」


「……もし仮に、レイが元の世界に帰りたいなら……私は――」

「――エミリア、その先は言わないで」


 僕は、彼女の言葉を遮る。


「ごめんなさい……不安だったので……」

 エミリアはそう言って、僕から視線を逸らして前を向く。


「……私は、これからもずっと、レイ達の傍に居たいと思ってます。たとえ、恋人でなくとも、血縁関係でなくても、『家族』って想い合うならそれでいいじゃないですか」


「……エミリア、僕は――」「……止めましょうか」


 エミリアは僕の言葉を遮って振り返った。


「こういう話はまた今度にしましょう。ほら、夕日が沈んできましたよ。とても綺麗ですから、ちゃんと見てください」


「……うん」

 僕はエミリアに言われて沈んでいく夕日を眺める。

 水平線に沈む夕日は綺麗だった。


「さぁ、帰りましょうか」

「……」


 僕は返事をせず無言で頷き肯定する。エミリアも、何も言わず箒を操って、僕達が寝泊まりする宿へ飛んでいく……しかし、その最中に……。


「……あれは」

 僕は空から王都の富裕層にある住宅の一つ見下ろす。


 広い土地に建てられた豪邸だ。その屋敷の前に、魔法学院の馬車が停まり、そこから降りてきたのはフゥリ君だった。フゥリ君が帰宅すると、屋敷の門の前の門番が敬礼をして、門を開けて、フゥリ君を玄関口まで護衛していく。


「あそこがフゥリ君の家なんだ」

「ええ、そして厄介な弟のネィルの家でもありますね」

 エミリアはため息を吐きながら言った。


「……何も起こらないと良いんですけどねぇ」

「どういう事?」


 僕はエミリアの呟きに反応して質問する。


「あのネィルってガキ、『ボクがパパに言いつけてやるー』とかほざいてましたし」

「ガキって言うな、僕達の教え子だよ?」


 僕はエミリアに苦言を吐いてから、言葉を続ける。


「言われてみるとちょっと心配だね……。

 えっと、男爵なんだっけ、フゥリ君とネィル君のお父さん。

 男爵って、貴族としてはどの辺りの地位なの?」


「子爵の下ですね。ですが、爵位持ちの貴族の中では一番下です」


「でもこれだけ広い土地を与えられてるって事は、それなりに信頼があるって事だよね?」


「成金なだけかもしれませんけどね」


「……辛辣だなぁ」


「あの性根の腐った子供……失礼、あの個性的な子供を生んだ親ですし」

「言い方」


 エミリアはネィル君を相当嫌っているようだ。ネィル君が人を見下した発言してたのが理由で、エミリアには思う所があるのだろう。


「とにかく、一度、ご両親と会って話してみる必要があるね」


「私は嫌ですよ、どうせ碌な奴じゃないです」


「言いたいことは、分かるけどさぁ……」


 僕は苦笑する。とはいえ、ハイネリア先生の許可なく親御さんに会いに行くのもどうかと思い、その日は諦めた。

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