第538話 学校9
そして、次の日―――
ネィル君が学校に来なかった。兄のフゥリ君はちゃんと学校に来ていたので、ハイネリア先生が事情を聞いてみると、どうやら風邪を引いてしまったらしい。
ただ、ちょっとフゥリ君の目が泳いでいたのが気になる。ハイネリア先生もそれには気付いていたようだけど、敢えて追及はしなかったようだ。
今日の授業の担当はエミリアだ。
エミリアは教卓の前に立って、席に座る子供達に一礼する。
そして、エミリアは授業を開始した……のだが、
「えー、みなさん、きのうはもうしわけありませんでしたー。きょうはれいせんせいじゃなくて、ちゃんとこのえみりあせんせいが、じゅぎょうをたんとうさせてもらいますねー」
いつもより舌足らずな話し方でエミリアは挨拶をした。
……なんか、幼児退行してないか……?
「……エミリア?」
「なんですかレイ?」
「……い、いや、何でもないよ」
「そうですか」
そう言ってエミリアは、教科書を開いた。
「きのうは、まじっくあろーとふぁーすとえいどまでやったんですよね。それならきょうはつづきの――」
「ちょっと待ちなさい、エミリア・カトレット!!」
様子を見守っていたハイネリア先生が突っ込む。
「え、な、なんですか‥…?」
「なんですか、じゃありません! その口調は一体なんですか、子供相手だからって幼児言葉で話してるつもりですか!?」
「い、いや……そういうわけじゃ……」
エミリアはハイネリア先生から視線を逸らして、冷や汗を流していた。
「そ、それより、はやくはじめないと、おひるごはんまでにまにあわなくなりますよ!」
「誤魔化さないでください! どうしてそんな喋り方をするんですか」
「うぅ……これは……」
エミリアは俯いて黙ってしまった。
「……まさか、子供達と話すのに緊張して、棒読みになってるんじゃ……?」
「……」
エミリアは無言で目をそらす。
「図星か……でも、棒読みが幼児言葉になるなんて……」
「く、癖なんですよ……これ……」
僕の呟きに、エミリアは恥ずかしそうに答える。
ハイネリア先生はそれを聞いて頭を抱える。
そして、僕の方を振り向いて言った。
「魔法学校に通っていた頃から変わりませんね……エミリア・カトレット。
レイ先生、申し訳ありませんが、午前中はレイ先生がこの子達に教えてあげてくれませんか?」
「それは構いませんけど、先生たちはどうするんですか?」
僕がそう質問すると、ハイネリア先生はエミリアの首根っこを掴んで、ニッコリ笑う。
「私は、ちょっとこの子に用事があるので、職員室に連れていきます」
「え、ちょっ、まってくださいぃ~」
エミリアはジタバタ暴れるが、ハイネリア先生は彼女をズルズル引きずっていく。
「エミリア先生、ネコちゃんみたーい」
「先生にも上下関係ってあるんだな……」
「ぼく、今度エミリア先生に優しくしようかな」
「おれもー」
「私もー」
「えぇ……」
子供達が若干エミリアに同情的な眼差しを向ける。
僕は苦笑しながら、教室を出ていく二人を見送った。
◆◆◆
「気を取り直して……今日も僕が担当するよ、よろしくね」
「はーい♪」
「お願いしまーす」
「ねぇ、せんせー」
「ん?」
「せんせーって、もしかしてロリコン?」「違います」
いきなり変な事を聞かれたので反射的に否定する。
「そんな言葉、何処で覚えたの……?」
「昨日パパにレイ先生の事を話したの。凄く優しく教えてくれたって言ったら『その先生、まさかロリコンじゃあるまいな?』って言われたの」
「パパには『違う』って言っておいて」
「はーい」
気を取り直して、僕は教科書片手に授業を開始する。
「昨日は
僕は、そう言って振り向き、黒板にチョークで文字を書き始める。
「だけどその前に、昨日の復習かな」
僕は一旦手を止めて、再び子供達の顔を伺う。誰かに質問してみようかな……?
「じゃあ……コレットちゃん」「はい」
彼女は僕の呼びかけに素直に返事をしてくれて、席から立つ。
「コレットちゃん、昨日教えた二つの魔法を簡単に説明してくれるかな」
「はい、レイ先生。
「うん、正解だよ。ありがとう、コレットちゃん」
僕はコレットちゃんの回答に笑顔で答える。
コレットちゃんは、僕に頭を下げてから席に座る。
「コレットちゃんの説明通り、この二つの魔法は、【初歩魔法】というカテゴリーの初歩の魔法とされているね。比較的簡単な魔法だったから初日はこの二つを優先して覚えてもらった」
僕は黒板に書いた文字を指差す。
「今日は残りの二つの【
簡単に説明すると応急処置は、小さな傷を治す魔法。魔力発動は魔道具を使うために必要な魔法と覚えてほしい。どちらも昨日覚えた魔法に比べるとイメージが掴みづらくて、少しだけ難しいんだ」
僕がそう話すと、ルウ君が挙手をした。
「先生、質問いいですか?」
「うん、なんだいルウ君」
「魔道具ってなんですか?」
なるほど、その説明は確かにしてなかったかもしれない。
「【魔道具】っていうのは、その名の通り、魔法の効果が付与されている道具の事だよ。例えば、火の魔法が組み込まれていて、それに触れると熱を発するランプとか、水を生み出す魔導具なんかがあるんだ」
「へぇ……」
「他にも、『魔導書』って呼ばれる書物も魔道具扱いされる。使用する為に
「わかりました」
「まぁ、でもまずは【
僕はチョークを黒板に戻して、手を払う。
「そうだね……一度、どんなものか実演したいんだけど……」
この魔法は怪我の治療だ。
性能を披露するのであれば、実際に子供にやって見せた方がいいだろう。
しかし、このクラスには怪我人はいないだろうし……。
「うーんと、誰か最近怪我した人とか居ないかな?
ほら、外で遊んでて擦りむいちゃった人とか、軽い怪我でいいんだけど……」
僕はそう質問する。すると、一人の女の子がおずおずと手を挙げる。
この子は茶髪の三つ編みの女の子で、背丈が低くて可愛らしい女の子だ。
「えっと、キミは……」
「ティオ・リーゼロッテです。あの、わたし、包丁で手を切っちゃって……」
そういう彼女の手の指には、いくつか絆創膏が巻かれていた。
「分かった、ティオちゃん。こっちに来て」
「はい……」
ティオちゃんは恥ずかしそうに、教卓の前にいる僕の隣に歩いてきた。
「手を出して」
「はい」
彼女は、恐る恐るという様子で左手を出す。僕は、その小さな手にそっと触れる。絆創膏を剥すと、まだ痛々しい傷口が残っていて血が滲んでいた。
軽く触れると、彼女の肩が震えて表情が若干強張った。
早く治してあげた方が良さそうだ。
「じゃあ始めるね、みんな、しっかり見ててね」
「「「はーい」」」
子供達の返事を聞いた僕はティオちゃんの手に触れながら、意識を集中させる。
「
僕がそう魔法名を口にして魔法を発動させると、僕の手に触れてる彼女の手が温かい光に包みこまれる。それから数秒後、光が収まり、彼女の指先の傷が全て完治していた。
「はい、これでもう大丈夫だよ」
「……本当に治ってる」
「せんせー、すごーい」
子供達は僕の魔法を見て感嘆の声を上げる。
「ありがとうございます、先生」
「どういたしまして……ティオちゃん、顔が赤いけど大丈夫?」
「ふぇ!?」
ティオちゃんは指摘されてびっくりしたのか、肩をビクンと震わせて僕から慌てて距離を取る。
「???」
「な、なんでもないです、それじゃあわたしはこれでっ!!」
ティオちゃんは、顔を真っ赤にして自分の席に戻って机に顔を伏せてしまう。
どうしたんだろう?
僕は気を取り直して、皆に向かって話す。
「……と、今みたいな感じだよ。
回復魔法の基礎だけあって回復量は乏しいけど、今くらいの怪我なら治せる。
ただ、この系統の魔法は人によって性能差が出るから注意だよ」
「そうなんですか?」とコレットちゃん。
「うん、僕の経験則の話だけど、攻撃魔法に昏倒してる人は、あんまり得意じゃないイメージかな?」
僕の仲間で例えるなら、姉さんは回復魔法は得意だけどそれ以外の魔法は全体的に苦手だ。
エミリアやレベッカは攻撃魔法などが得意だけど、回復魔法は殆ど使えない。
「じゃあ、レイお兄様は攻撃魔法が苦手なんですかー?」
リリエルちゃんが挙手して質問する。
「僕は……」
僕は攻撃魔法は苦手じゃないけど、回復魔法も同じくらい使えるな……。
「……多分、普通だと思うよ。とりあえず、やってみようか。……そうだね、二人一組でペアを組んでくれる?」
「「「「は~い」」」」
子供達は各々が仲の良い友達とペアを組む。
その中で、意外な組み合わせがあった。
「……ルウ、オレと一緒に……」
「うん、一緒に組もうか、フゥリ君」
「お、おう……!」
なんと、昨日までイジメっ子と苛められた子がペアを組んだのだ。
しかもイジメてた方のフゥリ君から切り出したのは意外だった。
「よろしく、ルウ」
「うん、こちらこそ」
二人はぎこちない様子だが、お互い笑顔を浮かべている。よかった、フゥリ君もクラスの皆と仲良くなれてきたみたいだ。これでネィル君がもうちょっと良い子だったらなぁ。
「(……って、忘れてた!)」
子供達の数は全部で10人だけど、今はネィル君が欠席してるからペアを組むと一人余っちゃうじゃないか。これじゃあ、余った子がハブられて可哀想だ。
「(自分が生徒の立場だったら最悪だし、先生と組みたい子がいるわけないしなぁ)」
僕が頭の中でそんな事を考えていたら、
「レイお兄様ー、リリエル、余っちゃいましたー♪」
と、言いながらリリエルちゃんが楽しそうに挙手した。
「……う、嬉しそうだね、リリエルちゃん」
僕は彼女の背後の席のコレットとメアリーに視線を向けると、二人と視線が合う。
「最初はボクと組もうとしてたんだけどね、リリエルが『これってレイお兄様と二人っきりになるチャンスじゃない!?』……って」
「リリエルちゃん……策士……」
「ふっふーん」
リリエルちゃんは、誇らしげに胸を張る。
どうやら自分から進んで僕とペアを組みたかったらしい。
「……それで、二人はいいのかい?」
「ボクとメアリーがペアになるから、レイお兄さん……じゃない、レイ先生はリリエルをお願い」
「先生……責任を取ってあげてください……」
「メアリーちゃん、誤解を招く言い方やめて」
「お兄様ー、それより教えてー♪」
「分かった、分かったから……! 皆も、ペアが決まったら練習を始めていいよ」
こうして授業は進み、僕はリリエルちゃんに回復魔法の使い方を教える。
「じゃあリリエルちゃん、僕の手を握ってくれる?」
「はいっ♪」
リリエルちゃんは元気よく返事しながら僕に抱き付いてきた。
「いや、抱きつけとは言ってない」
「えへへ……ごめんなさい、つい……♪」
「まったく……ほら、手を出して」
「はーい♪」
僕は彼女の手を握る。
「
「わぁ……あったかーい」
「ほら、リリエルちゃんも僕に使ってみて。
この魔法を使う時は、相手を思いやる気持ちが大事だよ」
「はいっ♪ 不束者ですがよろしくお願いしますっ!!
リリエルちゃんは、謎の挨拶をしてから魔法を発動させる。
彼女の手が、温かく光りだす。
「どうですか?」
「うん、上出来だよ。さすがはリリエルちゃんだね」
「えへへ……」
リリエルちゃんは褒められて嬉しいのか、頬を赤く染めていた。
「それじゃあ、僕は他の子達の様子を見に行くね」
「嫌です、もっと練習したいですっ!」
リリエルちゃんは僕の手をギュッと掴んで離さない。
「(……甘えん坊な子だなぁ)」
僕は困った笑みを浮かべて、リリエルちゃんの頭を撫でる。ここまで露骨に好意を向けられるのも初めてだ。レベッカですらもうちょっと控えめなのに……。
「分かった、じゃあもう少しだけね」
「はいっ!」
そうして、僕はしばらく彼女が満足するまで付き合う事にした。
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