第685話 プラチナコンビVS勇者レイくん
ミーシャちゃんとの一対一の模擬戦が終わった。
「レイさん、つよいー!!」
「ミーシャちゃんも強かったよ。……アリスちゃん、<狂戦士化>を解いてくれる?」
「はーい」
僕が指示すると、アリスちゃんは即座に魔法を解除する。
すると、ミーシャちゃんの動きがパタリと止まり、「……ああ、ボクってダメダメですぅ……」と地面にうつ伏せになって泣き言を呟き始めた。
「躁鬱が激しいなぁ……」
狂戦士化してたのだから仕方ないのだろうけど、この変化の差は微笑ましさすら感じる。
「まぁ、ミーシャちゃんの実力はある程度分かったよ」
「ほ、本当ですか……少し打ち合っただけなのに?」
僕がそう言うと、ミーシャちゃんはガバッと上半身を起き上がらせて驚く。
「うん、少なくとも前衛をやれるだけの運動能力は十分ある。
力も強くて動きも機敏だし咄嗟の事態でも対応できるだけの判断力もある。<狂戦士化>のせいかもしれないけど、あの状態の威圧感もあって結構攻め辛かったと思う」
「そ、そこまで……お姉様にもそこまで褒められたことないのに!!」
「……そもそも、ミーシャはサクラに怒られる方が多かったよね」
ボソッとアリスちゃんが呟くが、褒められて嬉しかったのか聞こえておらず「えへへ、そっかー、ボク強いんだー」と頬を緩ませていた。
「ただ、魔法の影響か多少周囲の把握が疎かになってる気がするね。注意深さに欠けるというか、その辺りが連携にどう関わるか……」
「は、はい……それは……」
僕が指摘をすると、ミーシャちゃんは図星だったのか少しバツが悪そうに言う。
「じゃあ次は二人の連携を見てみるよ。アリスちゃんも模擬戦に参加して」
「え、アリスも良いの?」
僕は彼女の言葉に頷く。そして一旦距離を取って二人と対峙する。
「じゃあアリスちゃん、お願いね」
「はーい。戦神の加護をちょこっとだけ与え給えー
「うおおおお!!いくですよー!!」
アリスちゃんが魔法を掛けると同時に、ミーシャちゃんは叫んで突っ込んでくる。そして、それと同時にアリスちゃんが杖を構えて詠唱を始める。
「(なるほど、さっきと違ってミーシャちゃんが攻めてくるんだ)」
ミーシャが突っ込んで敵の注意を引き、その隙にアリスが攻撃魔法で相手を纏めて一網打尽にする。シンプルだけど連携として完成されている。
僕は彼女の攻撃を受け流し反撃する。そして、ミーシャちゃんは攻撃が当たらないことに焦りを覚えながら剣を振ってくる。
「この、このー!!」
大声を出しながら剣を振るう彼女の隙を突いて、僕は彼女を側面から斬り掛かる。しかし、彼女はそれを分かっているのか僕が攻撃に転じると攻撃を控えて、盾をがっちりと構えて防御に専念し始める。
そして、そこに後衛のアリスちゃんの魔法が炸裂する。
「
ミーシャちゃんの側面を通るように、六〇センチ超の大きさの二つの炎弾がぐるりと旋回しながら彼女を避けてこちらに迫ってくる。
二つの火球の速度は遅めだが僕を追尾する様に動いてくるため、躱すにはミーシャちゃんから離れる必要がある。
だが、そうすると今度は前衛のミーシャちゃんが僕に引っ付くように迫ってくる。
「(被弾覚悟……? これは……中々厄介だな)」
僕は距離を離すために少し速度を上げて後ろに下がっていく。視野を広げて後方のアリスちゃんの動きを把握するのも目的の一つだ。だが、それは結果的に失敗だったかもしれない。
「
「(えっ、連続!?)」
後方から再びアリスちゃんが魔法を発動。追加で二つの火球が向かって飛んでくる。速度は先程よりも少し早く蛇行しながら追尾して襲い掛かってくる。
「ちょ、これは……!!」と思わず声が出てしまう。
ミーシャちゃんから距離を取ろうと後方に下がったのが裏目に出た。
「隙ありぃぃぃぃ!!」「っ!」
僕が逃げ腰になると彼女が盾を突き出して僕に仕掛けてくる。直撃を避けるために、僕は剣で彼女のシールドバッシュを防いでから、その後態勢を低くして強引に横に跳んで逃げる。
一瞬後方のアリスちゃんと目が合う。
目が合った彼女はこちらを見てニコリと笑い、口元を動かす。
「
「はぁ!?」
まさかの三発目。
これで彼女は先の二つを合わせて六つの火球を僕に追尾させている状態だが、直接的に飛んでこずに僕周囲を漂いながら徐々に迫ってくる。
「……動きを制限する目的か」
相手の狙いを看破した僕は追撃を躱しながらアリスちゃんの方へ向かおうと動き出す。術者を倒したところで放たれた攻撃魔法は即座に止まるわけではない。
だが今回のように誘導しながら放ってくる魔法は別。この状態で術者を倒せば僕に追尾してくることは無くなる。しかし、標的を変えた僕の前にミーシャちゃんが立ちはだかる。
「レイさん、行かせませんよぉ!!!」
「……勘弁してよ」
流石に六発の火球に追尾されながら固い前衛と戦う余裕はない。
聖剣の力を解放すれば、簡単にケリは付くのだけどこの戦いはあくまで模擬戦で連携の確認だ。その連携を単純な力技でねじ伏せるのは好ましくない。
だが、前方には狂戦士化して戦意マックスの前衛が立ち塞がる。
そして後方と側面には六〇センチ程度の大きさの六つの火球がゆっくりとした速度で僕の退路を塞ぐように浮かんで僕を囲んでいた。
「(……この状況で回避する方法は……)」
……正直な所、それなりにある。一見、隙の無いように見えるが、二、三つくらいは突破可能な戦術がすぐに思い付くのだが……。
一つ目は聖剣を解放して力づくで周囲の魔法を弾き飛ばす。二つ目は火球を魔法で相殺して退路を確保し、ミーシャちゃんを振り切ってアリスちゃんへ向かっていく。
三つ目は上空に退避する方法。
この状況は前方、後方、左右の退路こそ防がれているが上はガラ空きだ。
しかしそれを想定して罠を張ってる可能性もある。
三つ目の案は、相手がこちらの手を読んでいれば逆効果になるので却下。だが、残り二つは単純な実力差によるパワープレイなので避けたい。彼女達を指導する以上は技術や発想で勝負すべきだろう。
「となると……あ!」
僕は一つの手が思い浮かぶ。他に比べると相手依存の不完全な回避法だが、これを彼女達が看破できるかどうかで彼女達の実力の把握にもなるだろう。
「てやぁぁぁぁ!!」
僕が考えて足を止めていると、ミーシャちゃんが猛ダッシュで迫ってくる。
そして僕の視界を塞ぐように左手の盾を突き出し、更に右手の剣を振りあげる。
それを確認したと同時に、僕は一つの魔法を発動させる。
「
次の瞬間、僕の姿が彼女達の視界から完全に消えさる。
「えっ!?」
目の前に居た僕の姿が搔き消えた為か、ミーシャちゃんは振りかぶった剣の動きが止まって首をキョロキョロと左右に動かす。
「(良かった、通じたか)」
安堵よりも先に僕はゆっくり後ろに下がって彼女の射程から逃れて、その後<飛翔>の魔法で即座に上空に飛んで待機する。
「アリス、レイさんが消えたよ!!」
「そんなわけない……って本当だ!? 何処にも居ない!!」
「ど、どうする?」
「ど、どうしよう……」
二人は消えた僕をキョロキョロと探しながら狼狽える。そして、上空からそれを見ていた僕は思わず苦笑いする。
「(……完全に見失ってるな)」
『消失』の魔法は姿を消すだけの魔法だ。もし彼女が攻撃を中断しなければ勝負が付いたのだが、狂戦士化の影響で判断力が落ちていたのかもしれない。
「(もっとも、彼女が冷静に立ち回ったなら他の手段もあったけど)」
もう一つ使った『飛翔』の魔法は名前通りの空を飛ぶ魔法。
アリスちゃんは、僕が地上に居ると思っているため火球はここまで飛んでこない。僕はミーシャちゃんの二人の視界から完全に外れた事を確認してからアリスちゃんの正面に着地する。
それと同時に消失の魔法は解除される。
「あっ!!」
「え、急に出てきた!」
二人が驚いて声を上げる。そんな二人に向けて、僕は軽く笑う。
「勝負はまだ終わってないよ」
「そ、そうだった!!」
アリスちゃんは、残していた火球を操作し僕に一直線に向かわせてくる。だが、ここまで術者と距離を詰めてしまえばそれは意味を為さない。
僕が走ってアリスちゃんと距離を詰めて背後に回るだけで、彼女は火球を撃てなくなる。この状態で撃てば自分も巻き込んでしまうからだ。
僕はあえて彼女にも見える速度で彼女の背後に回り込む。
「ええいっ!」
アリスちゃんは杖をフルスイングして僕に攻撃してくるが、それをひらりと躱して後ろに回り込む。
「うっ……!」
「どうする? 降参する?」
「……こ、降参」
「よし、じゃあ僕の勝ちだよ」
アリスちゃんは杖を手放して項垂れる。ミーシャちゃんも彼女が降参したことで彼女も剣と盾を投げだしてその場に転がって降参の意思を示した。
二人がへばってしまったため、少し休憩を取ってから僕は言った。
「二人とも、予想以上に連携が取れててびっくりしたよ」
「い、嫌味じゃないよね?」
「割とあっさり突破された気がするのですが……」
素直に褒めたつもりなんだけど、二人に微妙な顔をされてしまった。
「ただ、予想外の事態に弱い感じがするね。僕が姿を消した時は、気配を読むか魔法の探知をすればすぐに居場所が分かったはずだよ」
「うっ……確かに……」
「あー、そうかも」
二人は思い当たる節があるのか、納得いったという表情を浮かべる。
「連携を意識するあまり周りが見えていないね。特にアリスちゃんは魔法の詠唱に集中しすぎかな。仮に僕がミーシャちゃんを相手にせずにアリスちゃんに突っ込んでいったらそれで勝負が終わってたよ」
「え、ええ……? そんなこと出来たの……?」
「ミーシャちゃんは重装備だから速度で振り切るのは難しくないよ。実戦では相手がこちらの裏をかいてくる場合もあるから、こういう想定も出来るようにしないといけないね」
僕がそう言うと二人共黙って考え始める。僕は更に続ける。
「ミーシャちゃんは狂戦士化に依存してるのが問題。戦闘の度に掛け直しは消耗も激しいし、咄嗟の状況に間に合わない。出来れば使用は控えよう」
「……でも、ボクってダメダメで……お爺ちゃんにも言われちゃうし」
「まぁあの人は見た目からして強そうだからねぇ……」
ジンガさんの姿を思い浮かべる。
鉄火場の前で、筋肉隆々の肉体で鋼のハンマーをブンブンと振り回す姿は、ミーシャちゃんと同じ血縁とは思えない。あれで六十を超える高齢とは驚きだ。
「というわけで二人に課題を出すよ。ミーシャちゃんは狂戦士化無しで魔物と戦える勇気を持とう。アリスちゃんは視野を広げて臨機応変に対応できるように考えて動こうね。二人とも十分に実力はあるから、今自分にないスキルを磨いていけばいずれサクラちゃんにも追いつけるよ」
「!!」
「サクラに……?」
「うん、彼女は今、第一線で活躍する冒険者だからね。目標にするには丁度いいよ」
……もっとも、『勇者』の能力を使った彼女にそれだけは到底追いつかないだろうけど。それでも肩を並べて戦うことは出来るだろうし、カレンさんから戦力外扱いされることもなくなるだろう。
「……そっか……そうだよね。分かった、アリス頑張る!!」
アリスちゃんは杖を握りしめてやる気を見せる。ミーシャちゃんも若干表情が明るくなった気がするので大丈夫そうだ。
「じゃあ、今日の模擬戦はここまでにしようか」
「「はーい」」
二人は声を揃えて返事をして、その場にへたり込む。
僕は鞄から飲み物と携帯のお菓子を取り出して二人に差し出す。それからレベッカ達が依頼書の束を持ってくるまで、交流を深める為に語り合ったのだった。
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