第458話 害鳥退治

 森に入ってから数時間が経過―――


「てっやああああ!!」

 僕は、両手に構えた剣を振るう。

 その刃は空気を切り裂きながら前方に向かって振り下ろされる。

 そして両断するように横薙ぎの一閃を放つ。


 僕が放った斬撃は、目の前の大木を容易く切り倒す。

 なお、肝心な敵には当たっていない。


「くうぅぅぅ!! 全然当たらない!!」

「本当、ここの敵は厄介ですねぇ……」


 サクラちゃんは上を見上げる。

 そこには巨大な鳥が羽ばたいていた。


 僕の視線に気付いたのか、その生物は鳴き声を上げる。


「ピィェエエアアァ――ッ!!!」

 その生物の名はロックコンドル。

 全長2メートルの翼竜型の鳥の顔をした魔物である。

 この森に生息する魔物の中でも特に面倒な相手で、

 森に入った人間を待ち構え、木の上から鋭い爪で奇襲を仕掛けてくる。


 僕達は、採取の途中でこの魔物に襲われ、

 僕とレベッカとサクラちゃんの三人で討伐に当たっていた。


「それにしても、わたくしの矢すら回避するとは……!」


 レベッカは弓を構えて、何度も狙撃を試みているが、

 ロックコンドルは空中を自由自在に飛び回り、彼女の攻撃を回避していた。


 こちらは森の中で身動きがしづらいのに、

 魔物は空から突然と離脱を行うせいですぐに逃げられてしまう。


「こいつ、僕達の動きを読んでるみたいだね……」

「どうしよう、レイさん……」


 僕も何か良い手段は無いか考える。

 まず、レベッカの弓矢が通用しない以上、遠距離攻撃は諦めるしかない。

 魔法攻撃もこの森の中では下手すれば自分達も巻き込まれてしまう。


 近接攻撃を行おうにも、素早い身のこなしで簡単に回避されて即座に離脱される。はっきり言って倒すのは至難だ。


 その後、僕達は攻勢に出るものの、

 ロックコンドルは空に逃げていってしまった。


「この様子だと、倒すよりさっさと採取を終わらせた方が良いかもね……」

 僕は一旦剣を鞘に納める。


「エミリア、目的の物は見つかった?」

 背後で待機していたエミリアと姉さんに話しかける。


「……まだ、足りてない素材がありますね」

 エミリアは紙のメモを確認しながら言った。


「日も暮れてきてるしこれ以上の探索は難しいかもしれないわ。一旦森を出た方が良いかも……」


 姉さんはそうエミリアに忠告する。

 しかし、エミリアは少し考えて返事を返す。


「難しいところですね……明かりがあれば探索出来なくもないですし……。

 目的の素材の一つは暗い場所でしか採取出来ないという噂もあったりします」


「なにそれ?」


「暗い場所で光り輝くキノコがあるとか無いとか……書物で知ったキノコ類の一つで、冒険者ギルドでここにあると情報を得たのですが」


「……そんなものまであるんだね。

 だけど、夜に森を彷徨うのは危険だと思うな」


 森の中は足場が悪い。

 それに、木々の枝葉によって視界が悪くなっている。

 夜の森を歩き回るのはあまり好ましくない。


 しかし、レベッカは言った。

「ですが、あのロックコンドルは夜には襲ってこないのではないでしょうか?」

「なんで?」


「魔物とはいえ、あの魔物は鳥類、夜は活動が制限されると思われますので」

「……ああ、確かに、翼竜っぽいけど鳥だもんね」


 鳥は夜暗い場所では飛ばず地上で過ごすという話を聞いたことがある。

 鳥目という言葉があるように鳥は夜間視力が弱いという話だ。


「でも、油断は出来ないよ。夜行性の可能性だってあるわけだし」


「そうですね……森を出るのも視野に入れて行動しましょうか」


「いざとなれば、空を飛んで動けるから森から抜けるのは簡単だし、ギリギリまで探索を続けましょう。それで無理なら一旦森から出ましょうよ」


 姉さんのプランに賛成し、僕達はまた探索を続ける。

 しかし、ロックコンドルは採取の為に立ち止まると再び空から襲ってきた。


「レイ様、敵襲です!」

「わかった!」


 僕は襲い掛かってきたロックコンドルを迎撃する為に皆の前に立ち剣を抜く。


「ピェエエアアァ!!」

 ロックコンドルは奇声を上げながら僕に襲いかかる。

 その鋭い鉤爪で僕を引き裂こうとしてくるが、それを見切って、回避に成功する。


「ふっ!!」

 そしてすれ違いざまに、その胴体に向けて剣を突き出す。だが、ロックコンドルは羽ばたいて、僕の剣先の僅か数ミリ上を飛んですり抜けてくる。


「レイさん、伏せて!! <火球>ファイアボール!!」

 サクラちゃんは、すり抜けてきたロックコンドルに向けて威力を抑えた火球の魔法を撃ち出す。

 手から放たれた火の玉はロックコンドルの顔面に直撃して爆発を起こす。


「やった!?」「いや……」


 まだ倒れていない。

 ロックコンドルはそのまま上空に飛び上がり、翼を羽ばたきながら7メートル程度の高さで僕達を睨みつける。そして、奇声を上げて僕達の方に急降下してきた。


<風の盾>エアロシールド

 僕は魔法を使って風の防壁を展開する。それとほぼ同時に、ロックコンドルが突っ込んできて、その鋭い鉤爪が僕達に届く寸前で、不可視の風の壁によりロックコンドルの身体が僅か浮き上がる。


 瞬間、僕はロックコンドルの喉元に向けて弧を描くように剣を放つ。


「ピィエエエエァァッ!!」

 僕の一撃はロックコンドルの首筋を切り裂く。

 そして、その首と胴体が両断され、ロックコンドルの胴体は地面に落下する。


「……やったか」

 僕は剣を納めてロックコンドルの死骸を確認する。

 体はビクンビクンと痙攣しているが、首は白目を剥いて転がっている。

 そして、しばらく待つと完全に動きが止まった。


「レイ様、お見事です!」


「すっごい……よく今の動きを見切れましたね……」


「うん、物凄く動きが早かったけど、僕に襲い掛かってくるのが何となく読めたから……」


 あの魔物が厄介だったのは、こちらの攻撃を回避するスピードにある。

 レベッカの弓矢では当てることが困難で、サクラちゃんの魔法も回避されてしまう。

 なら、攻撃を当てられる状況を作れば良いのだ。


 魔物は攻撃の直前で、魔法で身体を浮かされて動きが止まっていた。また、直前のサクラちゃんの魔法攻撃が当たっていたのも大きい。

 お陰でダメージで動きが鈍くなった影響でタイミングを掴みやすく、剣が届く状況に持ち込めば十分に倒しきれた。


「ひとまず、これで空からの襲撃は無くなったかな」


「ですねー、でも空が暗くなってきたからここからの探索は難しいかも……」


 サクラちゃんの言葉を皮切りに、

 僕達は一度森出るかどうか相談することにした。


「エミリア、さっき言ってた素材だけど」


「光るキノコの事ですね。周囲が暗いと発光し始めるって噂があります」


「他に特徴は?」


「うーん、それ以外これといった特徴は……」


「ふむ……だとすれば、昼に探索しても発見するのは難しいかもしれませんね。やはり、夜の闇の中でこそ見つけやすいのではないでしょうか?」


 レベッカはそう意見を述べる。


「でも、夜って魔物が凶暴化するって話もあるでしょ。

 危険じゃないかしら? ねえ、レイくん?」

「だよね」

 僕は姉さんの言葉に強く同意する。しかしエミリアは言った。


「ベルフラウの不安はもっともなんですが、

 元よりそれを想定したうえで、二人レイとサクラを連れてきましたからね」


 エミリアは僕とサクラに視線を合わせる。

 

 サクラちゃんは自分に期待の目を向けられてる事に気付き、

「つまり、魔物を全部ぶっ飛ばせと言う事ですね!」

「そういうことです」

「頑張る!」

 ……と、サクラちゃんはやる気になっていた。


 反面、僕は不安しかない。

 魔物が多いのが分かってて見通しの悪い森を散策なんて無謀にも程がある。

 どうにかして、彼女達を説得できないだろうか。


「……」

 姉さんは苦笑いを浮かべていた。そして、僕の方を向いて言った。


「……大丈夫?」

「本音を言うと今すぐ帰りたい」


 僕は正直に気持ちを言った。

 姉さんには僕が帰りたがってるのに気付いていたようだ。


 だけど、僕の腕が誰かにくいくいと引っ張られる。

 僕が下を見ると、レベッカが僕を上目遣いでじっと見つめていた。


「なに、レベッカ」


「レイ様……そこは『僕が皆を守るよ』……と仰って下されば、レベッカはとても嬉しいです」


「いや、あのね、レベッカ……」


「レイ様はわたくしをお守り下さいますよね?

 もし仮に、この場にいる全員の命の危機が訪れたとしても、

 レイ様は迷わず、皆のためにその剣を振るってくださると信じております」


「いや、だからね、レベッカ……」


「はい、なんでしょう、レイ様」

「……」


 レベッカの僕に対する信頼が強すぎて逃げ場がありません。


「………も、勿論だよ、レベッカ」


「流石、レイ様!!」

 レベッカの純粋な瞳で上目遣いにお願いされるとどうしても断れなかった。


「折れましたね……」

「あはは、可愛い妹さんには弱いんですね、レイさんってば」

「可愛いは正義って言葉がレイくんの国にはあるのよ」


 そんな言葉は無いです。

 結局、僕は断り切れずに夜の捜索を続けることとなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る