第508話 混戦

 「行きますよ!」

 エミリアとレベッカは魔物の集団に向けて駆け出して行く。

 二人は多数の魔物達を相手に、互いに背を向けて死角を補いながら立ち回る。

 エミリアは魔法で魔物達の足元を凍らせ、動きを封じる。

 レベッカは、槍を振るって動きを止めた魔物達を仕留めに掛かる。


「姉さん、僕達も行くよ」

「ええ」


 姉さんの返事を聞きながら、僕はルビーに視線を移す。

 僕達四人にエメシスの意識を向かせるまで、極力彼女を目立たせてはいけない。

 僕の視線を受けたルビーは、コクンと頷いて後ろに下がる。


 僕達は武器を取り出して、空で悠々と構えているエメシスを睨み付ける。

 僕はなるべく奴の怒りを買うような言葉を選んで挑発する。


「エメシス、お前の悪趣味な儀式は終わりだ! 大人しく僕達に倒されろ!!

 ……あと、その趣味の悪い服装止めた方が良いよ、気持ち悪い」


「ふざけるな、貴様等如きに舐められてたまるかぁぁぁ!!!」

 僕の安い挑発に乗ってきたのか、エメシスは怒りの形相で叫び声を上げる。


「レイくん、あいつ思ったより怒ってるわ」

「服装の事を触れるのはNGだったのかな……」


 思い出したように付け足したのだけど、効果が強すぎたらしい。


「許さん、貴様ら全員ミンチにしてくれよう!!!」

 エメシスは叫んで両手を広げると、上空から無数の闇の魔力弾が飛来してくる。


「レイくん、来るよ!!」

 姉さんは、迫りくる攻撃魔法の雨を見て叫ぶ。


「分かってる!」

 僕は、剣を構えて迎撃態勢に入る。


「姉さん、防御魔法!!」

<魔防広域展開>フィールドレジスト!!!」

 姉さんは、広範囲の味方を守護する結界を展開する。

 すると、僕らの周りに光の膜が張られ、降り注ぐ魔力弾を全て防ぎきる。


「ぬぅ……っ! この儂の攻撃を全て防ぎきる……だと!?」

「お生憎様、私は仕事柄、あなたのような邪悪な手合いには慣れてるのよっ!!」

 姉さんは強気に言い返しながら、今度は攻撃魔法を展開する。


「さぁ、行きなさい、私の<魔法の矢>マジックアローよ!!」

 姉さんは100を超える魔法の矢を展開し、エメシスの周囲に張り巡らせる。


「この程度の魔法――」「更に<光球>ライトボール!!」

 エメシスの言葉を遮って、姉さんは次なる魔法を展開する。先に解き放っていた<魔法の矢>に追加で光球を飛ばして双方の魔法を合成させる。


 そして、姉さんは杖を取り出して両手でフルスイングしながら魔法名を叫ぶ。


「私の合体魔法を受けなさい、<星々の輝き>スターライト!!」

 そう叫んだ直後、光の矢が宙に浮かぶエメシスに向かって絶え間なく放たれる。


「小賢しい真似をしおって……ッ!!」

 エメシスは上空へ回避しようとするのだが、

 姉さんが放った魔法はエメシスを追尾する様に蛇行しながら迫っていく。


「偉大な神よ、我に力を!!」

 エメシスはそう叫ぶと、エメシスの全身に黒い膜が出現する。

 すると、エメシスに迫っていた姉さんの光の矢の魔法が全て闇に吸収されていく。


「なっ!?」

「はははははっ!どうだ、これが我が神の力だ!! 貴様の魔法など全て吸い尽くしてくれるわ!!」


 そう言って、エメシスは姉さんを見下すように嘲笑う。

 しかし、エメシスは僕の存在を失念している。


「――それなら、僕の攻撃はどうかなっ!!!」

「!?」

 エメシスが姉さんに気を取られているうちに、

 僕は飛行魔法で一気に飛翔して宙に浮かんでいるエメシスに接近する。


「喰らえぇぇぇええええ!!!」

 僕は剣を振りかぶり、渾身の一撃を放つ。


「調子に乗るんじゃあないぞぉおお!!」

 エメシスは咄嵯に僕に向けて右手を突き出す。

 そして右手の正面に闇の膜を張り巡らせて、強固な防御壁へと姿を変える。


「く……っ!」

 激しい衝突起こすものの、奴の闇のバリアは微動だにしない。

 やはり、単純な物理攻撃ではエメシスのバリアを突破出来ないか。


 それならば―――


<蒼い星>ブルースフィア、火力を上げて!!」

『オッケー』

 僕は聖剣に指示を出し、蒼い星は僕の指示で蒼い光の刃を纏わせる。


「何ぃいいいっ!?」

 予想外の事態なのか、エメシスは驚愕の声を上げる。


「レイくん、そのまま押し切るのよ!!」

 姉さんは僕を応援するように声を掛けてくれる。


「言われなくても、そのつもりだよっ!!」

 僕は叫びながら聖剣の力を開放してエメシスの闇のバリアを侵食していく。


 そして、エメシスの闇のバリアを完全に貫こうとしたところで―――


「舐める、なぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 エメシスは叫び声を上げながら、僕に向かって攻撃魔法を解き放つ。


「くっ!?」

 ここに来て防御を捨てて僕に仕掛けてくるということは自爆覚悟だ。エメシスは仮に腕が捥げたとしても、触手の妙な能力で再生できるのに対してこちらは普通の人間でしかない。


 故にこちらは逆に防御に集中する。

 攻撃に転化していた聖剣の能力を、わざと集束せずに外部に放出する。

 すると、僕とエメシスの周囲が聖剣の力で眩い閃光に包まれる。


「な、なんだ……この光は……!?」

 エメリス、突然の発光現象によって視界を奪われて魔法の発動が一瞬遅れる。

 その隙に僕は、その場から離脱して地上に着地する。


「あ、危なかった……」

 一瞬の攻防だったが、冷や汗が出るくらい緊張した戦いだった。


「レイくん大丈夫?」

「うん、何とかね」


 結局、エメシスにダメージを与えることは出来なかった。

 だが十分に収穫はあった。僕はこちらを睨むエメシスに視線を戻す。


「小細工ばかりしおって……!!

 こうなれば、儂の内包しておる闇のオーラで一掃してくれよう!!」


 エメシスはそう言うと、自身を包む闇の膜を更に増大させていく。

 ともすれば、その闇は深淵とも呼べるような色に染まっていく。


「それがお前の奥の手か、エメシス!!」


「そうだ! この力は全てを呑み込み消滅させる究極の力よ!!

 この力で貴様たちを呑みこめば、貴様らを生贄にすることは出来ぬが、貴様らを倒してから、代わりに他の人間たちをすり潰して贄にすればよかろうて!!」


 エメシスはそう叫ぶと同時に、闇の波動のようなものを放ってくる。


「レイくん、来るわ!!」

「分かってる……でも、エメシス、その判断は遅かったよ」

 僕は姉さんの焦りとは真逆に冷静にエメシスに言葉を掛ける。


「……何?」

 僕の言葉が意外だったのか、エメシスは闇の増大を止めてこちらに耳を傾ける。


「その力……アンタが口にしてる【旧神】のものなんだろ? 

 借り物の力でそこまで引き出せるのは凄いけど、戦いに集中し過ぎたね」


 僕はそう言いながら、おもむろに左手の指先をエメシスの背後に向ける。


「な、何を……?」


「その力が邪神像から供給されてるのはもう割れてる。

 今、アンタの背後にある邪神像、どういう状態になってるか気付いてる?」


 僕の言葉を聞いて、エメシスはハッとした顔になり、背後を振り返る。


「な、何だと!?」

 エメシスは驚愕の声を上げるが、もう遅い。

 邪神像の傍には、まさに今、邪神像を破壊しようとするルビーの姿があった。


「い、いつの間に……や、やめろぉぉぉぉぉ!!!」

「はぁぁあああっ!!!」


 エメシスの制止も聞かず、ルビーは極大の魔力弾を邪神像に撃ち放つ。

 次の瞬間、激しい爆発音が周囲に響き渡り、同時に屋敷全体が大きく揺れる。


「くっ……!」

 僕は咄嵯に飛行魔法を発動させてバランスを取る。

 姉さんも同様に飛行魔法で空中を浮遊する。魔力弾が直撃した邪神像は、粉々に砕け散って蓄えられていた闇の力が屋敷の外に解放されていく。


 ……そしてエメシスに纏わりついていた闇のオーラまでも消え去ってしまった。


「あ……あ………な、なんという事を……」

 エメシスは先程までの威勢の良さを失い、自身の飛行魔法が解除されて地面に落ちる。そして、奴が被っていた帽子と布がポロリと落ちた。


 ここに来てようやくエメシスの素顔が露になる。

 そこには、白髪の老婆のような容姿をしたエメシスの顔があった。


「声からして若くはないなとは思っていましたが……」

 エミリアの方も戦闘が終わったのか、僕達の方に歩いてきてエメシスの姿を見て呟く。


 一緒にレベッカもこちらに向かってきて、彼女は言った。


「ふむ……その者から感じ取れる魔力量が激減しました。

 どうやら、今ので勝負が付いたようでございますね、レイ様」


「……みたいだね、皆、お疲れ様」

 僕はそう言いながら、剣を鞘に納めた。

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