第912話 冒険者ギルドに行くとロクな事が起こらない

 宿にて色々と揉めた後、僕達は冒険者ギルドを訪れた。


 久しぶりに訪れた冒険者ギルド本部は王都に支部ギルドよりも広く大きく見える。ここに集まっている冒険者の数も王都に比べると数倍以上で、クエストボードに掲載されている依頼書の数も比較にならない。


「とはいえ、以前と比べると人が少なくなっているように見えますね」


「人を襲う魔物の数が減っているのだから、当然といえば当然」


「まぁ、冒険者の一番の収入源だった魔物がいなくなったんじゃ、冒険者も他の仕事をしなくちゃいけないからね」


 エミリアとアカメの言葉にカレンさんが答える。


 一応、冒険者ギルドが扱う仕事の中には魔物退治以外にも採取や護衛、調査などもある。


 しかし、魔物退治が冒険者の収入源である事は間違いなく、魔物が減っている今、冒険者の仕事は他にもあるとはいえ、やはり収入源が減った事による影響は大きいだろう。


 とはいえ魔物が少なったことは民間人にとって喜ばしい事であり、冒険者の仕事が減っても商いに向かう商人の護衛など別の職に就いた人達もいるため全員仕事を失ったわけではない。


 今でも冒険者や鍛冶職人にとって頭の痛い問題ではあるが、こればっかりは仕方のない事だ。


「……さて、ひとまず受付まで行きますか」


 エミリアがそう呟くと、僕達は一直線にギルドの受付に向かう。そして受付のカウンターに立っている女性の所まで移動すると、僕が代表して声を掛ける。


「すみません、ちょっとお聞きしたいのですが……」


「……はい。冒険者の方でしょうか? 失礼ですが、お名前は……?」


「あ、はい。サクライ・レイという名前で三年前にこのギルドで登録した冒険者です。冒険者認証はこれです」


 僕は名前を伝えると同時に、事前に首に下げておいた冒険者の証を見せる。僕の冒険者認証を確認すると受付の女性は笑顔で答えた。


「冒険者サクライ・レイ様ですね。少々お待ちくださいね……」


 女性は僕の認証を受け取ると奥に引っ込んでいき、テーブルに置かれているコンピューター型の何かしらの魔道具を指で操作して、画面を注視している。


 そして数十秒立ってから、女性が「げ!?」と言わんばかりに驚いた表情をして僕を見る。


 さっきのは完全に営業スマイルだったようだ。


「あ、あのー……」

「はい」


 僕は女性の様子に戸惑いながら返事をすると、彼女は言った。


「……本当にサクライ・レイ様でお間違いないでしょうか?」


「は、はい」


「そ、そうですか……では少々お待ちください……」


 女性はそう言うと再び奥に行ってしまい、今度は先程の職員さんが別の女性職員を連れて戻ってきた。

 職員さんが連れてきたのは、緑色の長い髪を後ろで束ねている眼鏡を掛けた知的な大人の女性だった。


 その女性を見た瞬間、僕は―――


「ミライさん!」


 そう彼女の名前を呼んでしまった。


 すると、その女性は呼ばれたことに気付いてこちらに向き直り、僕を見ると一瞬だけ呆気にとられたような表情をしていたが、すぐに満面の笑みを浮かべて走ってくる。


「レイさん、お久しぶりじゃないですかー。元気でしたか!?」


「ミライさんこそ、元気そうで何よりです」


 彼女はミライさん。僕が冒険者になった時にお世話になった人だ。


 最初に会った時はエミリアの紹介で彼女を紹介され、その後に僕と姉さんとレベッカが冒険者登録する時にこの人に適正検査を行ってもらい、その後も何かあるたびにサポートをしてもらっていた。


 しかし僕達がこの街から旅立つ前に、ミライさんは何処か別のギルドに出張してしまったらしく、別れの挨拶も出来ぬままこれだけの時間が経ってしまった。


「レイさん。しばらく見ないうちに随分と精悍な顔つきになったじゃないですか! もう今では一流の冒険者って感じですねぇ。この、このっ♪」


 そう言ってミライさんは僕にヘッドロックを掛けてくる。


「ちょ、やめ、痛、痛いです……っ」


「ははは♪ もう立派になったじゃないですか!」


 僕の情けない悲鳴を無視してミライさんは嬉しそうに笑いながらヘッドロックを続けるが、その途中で僕の後ろにいるエミリア達は苦笑して僕達を眺めていた。


 そして、ミライさんも後ろのエミリア達にようやく気付いて、ようやく僕を解放してくれた。



「エミリアさん、ベルフラウさん、レベッカさん。お久しぶりですね。

 私のツテの情報ではレイさんと共に王都の方で素晴らしい活躍をされていたとお聞きしましたよ」


 ミライさんの言葉にエミリアを除く皆は丁寧に挨拶を返す。


 アカメ、ルナ、ノルン、カレンさんの四人はミライさんと初対面だったので、僕に対するミライさんのやたらアクティブな接し方にやや引いていたが、以前に僕達が世話になった人だと説明するとすぐに納得してくれた。


 ミライさんは僕達にこう言った。


「以前は旅立ちの挨拶もなしに居なくなっちゃって申し訳ありません。

 実は不本意ながら私も都合で支部のギルドの方に回されてしまいまして……いやぁ仕事の都合とはいえいきなりの転勤なんて本当に嫌ですよねぇ。

 それで一通り仕事を終えてようや戻ってこれたんですけど、帰ってから皆さんがこの国を発って何処かに旅立ったと聞いた時は本当にびっくりしましたよ」


 ミライさんはやれやれ、と肩を竦めながら言う。そんな彼女を見てエミリアは苦笑しながらミライさんに言った。


「相変わらず達者で安心しました。一体何処に行ってたんですか?」


「サクラタウンっていう場所なんですけどね。

 冒険者がいきなり増えて職員の数が急に足りなくなったから、あちらのギルド長さんが実務経験の長い職員を寄越せと要望された結果として私が行くことになりました。

 正直私としては不満でしたが、まぁ仕事ですし……可愛らしい冒険者さんと友達になれたので、それなりに楽しんで帰ってこれたのは幸いですね」


 ミライさんは笑顔で若干の毒を吐きながらそう答えると、カレンさんがミライさんに尋ねた。


「サクラタウン? あちらの方に行かれてたんですか?」


「はい♪ ……ええと、先ほどあなたの名前を聞いて、もしかして~と思っていたんですが、もしかしてファストゲート大陸の有名冒険者のカレン・ルミナリアさんでしたか?」


「わ、私の事を知ってたんですか?」


 カレンさんはまさか自分の事を知っているとは思わずに、ちょっと驚いたような返答を返す。


 でもミライさんは彼女の動揺を特に気にした様子なく笑顔で、「あはは、知ってるに決まってるじゃないですかー」と答えて、更に言葉を続ける。


「英雄カレン。本名は、カレン・フレイド・ルミナリア……。

 今から数年前、王都に向けて大量の魔物の群れが迫ってきた際、当時はまだ冒険者ながら王宮の兵士達を引き連れて、最前線で無数の魔物を撃破し、最終的に敵の総大将を単独で撃破して魔物達を撤退に追い込んだとか……。

 冒険者ギルドにとって貴女は冒険者の希望の星ですし、知らない人なんていませんよ」


 ミライさんの言葉にカレンさんは顔を真っ赤にしながら「そ、そこまで知っていたのね……」と呟く。


 だが、ミライさんはカレンさんから僕に視線を移してから、口元を緩めてこう言った。


「ですがレイさん達の活躍もしっかり聞いてますよ?」


「え、あ……」


 ミライさんは「フフ」っと笑ってカウンターを出て僕の方へ歩いてくる。


「な、なんですか?」


 僕が若干困惑していると、ミライさんは僕の耳元に口を寄せて言った。


「……レイ達さん。魔王を倒したって聞きましたよ? まぁ厳密にはレイさんがトドメを刺したってわけじゃないみたいですけど」


「っ!」


「大声で言ってしまうと騒ぎになってしまいますので、ここでは静かに言わせて頂きます……。レイさん、世界を救ってくれてありがとうございます」


「……そう言ってくれると嬉しいです」


 僕が安心した顔でそう返事をすると、ミライさんはニコッと営業スマイルを浮かべて、普通の声で言った。


「大々的に祝ってレイさんがこのギルド出身って事を公表して宣伝にした方がギルド長は喜びそうですが、レイさんそういうの苦手そうですしねー。今回はギルド長には内緒にしておきます。おめでとうございます♪」


「はい……」


 僕達とミライさんのやり取りを聞いていなかったエミリアが尋ねて来た。


「? どうしたのですか、レイ?」


「あ、いやなんでもないよ」


 僕はそう誤魔化すと、ミライさんは言った。


「それで、今日はどうしたんですか? 遊びに来てくれたのなら嬉しいんですけど、私まだ仕事が立て込んでまして……」


「あ、それなんですけど……」


 僕達はミライさんにここまで来た経緯と、この街に寄った目的を話した。


「なるほどぉ、皆さんで旅行の途中だったんですね」


「はい」


「ですが、レイさんが学校の先生になってるとは思いませんでした。やっぱり冒険者よりも安定した職業が良かったんですか?」


「他の人は分かりませんが、僕はそういう理由じゃないですよ」


 僕が学校の先生を目指すのを決めたのは冒険者云々では無くてハイネリア先生に誘われて決めた事だ。


 ……と、そこでレベッカが本題に切り出した。


「それで、ミライ様。わたくし達があの家に置いたままだった私物の類は今どうなっているのでしょうか?」


「あの中には貴重な竜の鱗などの素材や、私が集めた魔道具がいくつか残っていたのですが……」


「……も、もしかして、全部売り払ったりしてないですよね……?」


 レベッカ、エミリアと発言が続き、最後に姉さんが心配したようにミライさんに言った。


 しかしミライさんはニッコリ笑う。その笑顔に僕達は安心するのだが、その直後にミライさんはこう言った。


「勿論ですよ。皆さんに貸し出していたあの家は、この冒険者ギルド本部が管理していた建物ですので、こちらで処理させてもらっていますよ」


「良かった……じゃあ」


「――ですが、皆さんがあの家に置いていた物全てをここに保存するスペースはありませんでしたので……」


「「「「「……え?」」」」」


 その言葉に僕達全員がフリーズしてしまう。

 固まってしまった僕達にミライさんはにっこり笑って説明をする。


「申し訳ないのですが、皆様の私物はお金に替えられるものは換金して売り払ってしまいました」


「「「「えぇー!?」」」」


 僕、姉さん、エミリア、レベッカの四人は揃って頭を抱えた。


「な、なんでそんな事を……?」


「あの家をレイさん達に貸し出すのは1年という期限でしたし、レイさん達も私物を整理せずに旅に出ちゃったので、私たちも頭を悩ませてたんですよ?それで相談の結果、鱗などの素材になるアイテムの類はその筋に買い取ってもらいまして、魔道具などの希少なモノはこちらで買い取らせて頂きました。実用的では無さそうなモノはまぁ物好きの人に相応の値段に引き取ってもらいましたけどね」


「そ、そんな……私の集めたお宝魔道具が……!」


 エミリアはその場で膝を付いてショックを受けているが、ミライさんが少々申し訳なさそうな表情を浮かべてから、僕に軽くウィンクする。


「少し待っててくださいね……。レイチェルさん、私のデスクの二番目の引き出しにある封筒を持ってきてください。あ、これ鍵です」


「えっ、あっはい、先輩!」


 レイチェルさんと呼ばれた先程の女職員さんは、ミライさんに頼まれて鍵を渡されると、慌てて奥に引っ込んでいく。そして二分程してから戻ってきた。


「ミライ先輩。これで合ってますか?」


「はい、ありがとうございますレイチェルさん。ここは私に任せて大丈夫なので、レイチェルさんは自分の仕事に専念してください」


「分かりましたっ」


 レイチェルさんはミライさんに頼まれた封筒を渡し、そのまま去って行った。


「あの子、まだ新人の子なんですよ。お客様の対応にまだ慣れていなかったんですけど、レイさん達に失礼な事言ったりしませんでした?」


「いえ、そんな事は別に……」


 ……魔道具で僕の事を調べた時に、すごい表情で僕を見てた事は伝えない方が良いだろう。


「なら良かった。……で、この封筒ですけど、受け取ってくれますか?」


「??? なんですか、この封筒?」


 僕はミライさんから封筒を受け取ると、確認の為に中身を取り出してみる。中には小切手と一枚の紙が入っていた。


「これって何ですか?」


「レイさん達の私物を勝手にこちらで整理・売却してしまったお詫びです。

 竜の鱗や毛皮や髭などは武器防具にも使われるくらい貴重な素材ですから、せめてその分の金額はお返ししようと……あと、エミリアさんが集めたと思われる魔道具の売却金額もそこに含まれています」


 ミライさんは床に座って落ち込んでるエミリアを気の毒そうに見ながら僕に言う。


「封筒の中に入ってる紙は魔道具を引き取った人の名前と住所が書かれています。もし不服であればその方々と交渉して―――」


 と、ミライさんが言い掛けると、エミリアが突然立ち上がって一瞬で封筒を横から掻っ攫う。


「今からそいつらを殴って……じゃなくて交渉しに行ってきます!! 夜までには宿に戻りますので……では!!」


 エミリアはそう言い残して、物凄いスピードでギルドを出ていってしまった。ミライさんと僕達がポカーンとしていると、ミライさんが先に正気に戻って僕に質問をする。


「あ、そうだ。レイさん、何日くらいこの街に滞在する予定ですか?」


「えっと……今日と明日まで」


「でしたら、レイさん達に是非お願いしたい依頼があるんですが……」


 そう言って、ミライさんは一枚の依頼書を手渡して来た。


「これは……クエストボードに張られている依頼書ですか?」


「はい、ちょっと高難易度なので誰も依頼を達成できなくて……でもレイさん達なら特に問題ないと思いますので。どうですか、私の推薦もありますし報酬も上乗せさせて頂きますよ?」


 僕は彼女にそうお願いされて、仲間と相談した結果……。


「分かりました、お受けします」


「良かった! 今でも被害が出ているらしく困っていたんですよ。ですがレイさん達なら大丈夫だと思います。それでは、お願いしますね」


 ミライさんはとても嬉しそうに言った。

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