第911話 懐かしきボロ宿

 前回のあらすじ。数年ぶりに帰ってきたゼロタウン。


 街を懐かしみながら拠点に戻るレイ達だったが、残念ながらそこには知らない誰かが住んでいた。


 アカメは事情を聞くために冒険者ギルドに戻ろうと提案をするが、その前に宿を確保すべきかという事で以前にレイ達がお世話になった宿へ向かうことにした。


「ここだよ」


 僕達は以前にお世話になった宿を仲間達に案内して指差す。


「え、ここ?」


 しかし、宿に案内するとカレンさんは宿の建物を見て苦い顔をする。


「随分と年季の入った宿ね……こんなところに泊まるの?」


 カレンさんの疑問も最もだろう。僕達はこの街に来て初めて止まった宿なので、むしろ懐かしさを感じるくらいだが、気z区のお嬢様であるカレンさんからすれば古臭くて不便な宿に思えないだろう。


「ふっ……まぁ貴族のお嬢様のカレンにとってはそうでしょうね。いくら大陸最強の冒険者って言われてても本質は育ちの良いお嬢様ですし」


「む」


 エミリアはカレンさんを挑発する様にそんな事を言う。


 一応、この宿は冒険者ギルド管轄にある宿で、冒険者ギルドに加入していれば値段も割引してくれるので、見た目よりは都合がいい場所なのだ。


「私も……お兄ちゃんと一緒なら問題ない」


 アカメは無表情で宿の外観を眺めるが、特に不満は無いようだ。


「ルナとノルンはどう?」


「私は別に……ちゃんとお風呂があれば……」


「ちょっと不潔そうに見えるけど、まぁ数日の辛抱でしょう」


 二人は多少の不満こそあるが一応我慢はしてくれそうだ。お風呂かぁ……。


 しかし、レベッカは感慨深そうに言った。


「あぁ……とても懐かしい場所でございます……この宿で、わたくしとレイ様は……」


「ちょ」


 レベッカが何か余計な事を言いそうになったので慌てて遮る。


「わたくしと……レイ様は……何?」


 レベッカの言葉にアカメが喰いついてしまうが、僕は「なんでもない」と誤魔化す。


「それでカレンさん、もしカレンさんが嫌なら別の宿を探すけど……どうする?」


「そうね……皆がここで良いなら私も我儘言ってられないわね……エミリアに挑発されるのもムカつくし」


「ふふん、別に良いんですよ?」


「もういいわよ! さ、気を取り直して入りましょう……大丈夫、これでも私は男だらけの宿でも平然と入って、言い寄ってきた男達を全員ぶちのめしたこともあるんだから」


 地味に不安になりそうな経験談を語るカレンさんに別の意味で心配になりそうだったが、本人は乗り気なので僕達も彼女の意思を尊重して宿に入ることにした。


 ◆◇◆


 宿の中に入ると、三年前に僕達が訪れた時と同じようにカウンター越しに宿の店主が声を掛けてくる。


「いらっしゃい、見慣れない顔だがここは初めてかい?」


 店主は中年のおじさんでダルそうに欠伸をしながら出迎える。


 どうやら寝ぼけているようで、僕達の顔がちゃんと見えていないようで目を擦っている。


 僕はちょっと心配になってエミリアの方に視線を向けると、彼女は「認識阻害の魔法は私たち全員に掛けてあります」と口にする。


 認識阻害の魔法は、魔法が掛かっている人物を目立たなくする魔法だ。


 僕達勇者パーティは魔王を討伐したことで知名度が跳ね上がってしまったので街を歩くだけで妙に目立ってしまう。


 この魔法があれば僕達を良く知る人以外であれば存在感が薄くなり、一見するだけだと一般人にしか見えないようになる。


 逆に言えば顔見知りの人には効果が無くて気付かれやすい。


 この店主さんとは過去の知り合いの為、もしかしたら僕達の事を覚えているかもしれない。


 しかし……。


「あのー……僕たち前にここに泊まったことがある者なんですが……」


「んー? ……悪いな。冒険者の顔を一人一人いちいち覚えてねぇんだわ。冒険者認証とここに名前を書いてくれや」


 店主さんはカウンターに置かれた書類を指差すが、僕は「あ、やっぱり覚えてないか」と内心ちょっとガッカリした。


 僕は諦めて代表して全員の名前を書いて店主さんに渡す。


「どうぞ」


「ひいふうみい……八人か、毎度あり。本当は一人一泊で大銀貨一枚なんだが、合わせて金貨一枚でまけてやるよ」


「じゃあ2日分纏めてお願いします」


 僕はそういって金貨を2枚渡す。


「毎度、じゃあ二階に上がって適当に開いてる部屋を……いや、個室は今埋まってるんだったな。悪いが三人部屋二つと二人部屋に別れて適当に入ってくれや」


 店主さんの言葉に僕達は頷いて、店主さんに鍵を三つ貰ってからロビーを抜けて階段を上がっていく。


 そして一つ目の部屋の鍵を開けたところで姉さんが口を開いた。


「ねー、レイくん。部屋割りどうする?」


「え、適当でいいんじゃないの?」


 僕達はもうそれなりに付き合いが長いので今更誰かと部屋を別にしたいとは思わないのだが……。


 しかし、カレンさんは苦笑して言った。


「レイ君がそれでよければ私たちは構わないんだけど……」


「?」


「三人部屋と二人部屋しかないから、男のレイ君も私たちの誰かと相部屋になっちゃうわよ」


 カレンさんにそう言われて、僕は失念していたことに気付く。


「あ、そっか……」


 どうしよう……流石に女の子と一緒に泊まるのは……。


 そう僕が頭を悩ませていると、レベッカが言った。


「ではわたくしとレイ様で二人部屋ということで如何でしょうか?」


「え?」


「はぁぁ……あの夜の日の事を思い出します……。

レイ様達と初めて会った日、レイ様はわたくしの事を気遣って下さいましたよね。あの日の夜の事……わたくし、今でもこの小さな胸に焼き付いております……」


「ちょっ、レベッカ? 今から何を口走ろうとしてるの!?」


 突然レベッカが怪しげな言動を始めたので僕は慌てて彼女を止める。


 レベッカが言おうとしていることは僕も身に覚えしかないが、この場で皆に聞かせてしまうと色んな意味で誤解されてしまう。


「……お兄ちゃん、それどういう事……?」


 ゴゴゴゴゴ……とアカメが無表情で僕に迫って来る。怖いよ、この妹。


「ご、誤解だよ? ただ一人用の部屋にレベッカと一緒に泊まっただけで……はっ!?」


「……レイ、それだと壮絶に誤解されますよ」


 僕の失言にエミリアは呆れたように言う。


「お兄ちゃん、説明」

「は、はい」


 無表情で圧を掛けてくる我が妹の威圧感に逆らえず、僕は全部白状したのだった。


 ……結局、監視される形で僕はアカメと二人部屋になった。

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