第910話 思い出の地へ
それから三日後、僕達が乗る遊覧船は燃料や食料の調達の為に一度最寄りの港に降りることになった。
「この近くの港といえば……首都のゼロタウンが近いですね」
「ああ、食料や衣類の調達には丁度良い。あそこなら燃料の補給も難しくないだろうしな」
「以前は海の魔物が凶暴だったので港は封鎖されていましたが、今は平和になって港も普通に利用されてますし問題ないでしょう」
「よし、決まりだな」
僕達が甲板で海に景色を堪能していると、乗組員の人達がそんな事を話していた。
「……ゼロタウン?」
僕がそう呟くと皆の視線が僕に集まって互いに話を始める。
「ふむ……わたくし達にとっては、冒険者として活動を始めた思い出の地でございますね……」
レベッカは当時の事を回想しながら感慨深そうに言う。
「そういえば、あの街には以前私たちが使ってた拠点がありましたね」
「旅に出る時に本部の冒険者ギルドに家の管理をお願いしたのだけど、今はどうなってるのかしらね……」
「うーん……私物とか残したまま旅に出ちゃったからなぁ……」
レベッカの他にもエミリア、姉さん、僕の順に話を続ける。皆の言う通り、ゼロタウンは僕と姉さん、それにエミリアレベッカの四人が冒険者として初めてパーティを組んだ思い出の場所だ。
当時の僕達は冒険者のイロハのイも知らないほど未熟で、唯一僕達と出会う前からソロで冒険者をやっていたエミリアに導いてもらってどうにか形になっていた。
初日は街の中でも最も格安の宿に泊まるのが精一杯で、魔物との戦いも不慣れで苦労したっけ。
それが今じゃこんな豪華客船で優雅に海の旅を楽しんでるのだから、人生何があるか分からないものだよね……。
「船も数日は停泊することになるだろうし、僕達も久しぶりにゼロタウンに寄ってみない? 」
僕は皆にそう提案する。後で他の仲間にも許可を取る必要はあるが、皆もきっと賛成してくれるだろう。
「わたくしはレイ様の提案に賛成でございます。久しぶりにゼロタウンの皆さんに会いたいですし」
「お姉ちゃんも賛成よ。特にミライさんにはちゃんと挨拶し損ねちゃったもの」
「……それに置いてきた私たちの私物がどうなったのか気になりますね……。そこそこ値が張る魔道具を置いてきたので勝手に処分されてないと良いんですけど……」
「じゃあ、決まりだね」
僕は三人の意見が賛成ということで、さっき話をしていた乗組員の二人に声を掛ける。
「お話し中にごめんなさい、少し聞きたいことが……」
僕が若干遠慮気味にそう尋ねると、乗組員の二人はこちらに視線を向けると驚いたような表情を浮かべる。
「こ、これはレイさん。どうしました?」
「えーっと、すみません。さっきお二人のお話を少しだけ立ち聞きしてしまいまして……。
燃料や物資の調達の為に港に一度立ち寄るようなお話を聞いたのですが、僕たちもそれについて行っていいでしょうか?」
「ああ、いいですよ。何日ほど停泊する事になるか分かりませんが……」
「本当ですか? ありがとうございます!」
乗組員に丁寧に返事を返し、最後にもう一度御礼を言ってから船室に戻る。部屋に戻った僕達は早速皆を説得するべく打ち合わせを行うのだった。
そして、次の日。
遊覧船はゼロタウン近辺にある港に停泊した。
僕達は船から降りて港に足をつける。
遊覧船の出航は二日後なので、それまで僕達は自由に行動する時間を得た。久しぶりに訪れた首都ゼロタウンの地をゆっくりと歩きながら、昔を懐かしむように歩き回る。
「へぇー、ここがサクライくん達が冒険者になった街なんだね」
「うん」
ルナの問いかけに僕は頷きながら答える。
「王都と比べるとちょっと雑多な感じがするわね……」
「……剣や鎧を着込んだ冒険者とすれ違う事が多い……落ち着かない場所」
ノルンとアカメもルナと同じくこの街に訪れるのは初めてのようで、興味深げに周囲を見渡しては口々に感想を言う。ただ、あまり評価は高くないようだ。
それも仕方ない。王都の街並みはグラン国王陛下が統治されるお陰で厳粛に整頓されていて、さながらどこぞの王室のように立派な作りになっている。
それに比べてこの街は冒険者が集う場所なので、王都と比べると雑多な印象は拭えない。
僕達がここに初めて訪れたのは三年程前。当時と情景は殆ど変わっていないが、以前と比べて多少冒険者の数は減っているように思えた。
とはいえそれでも王都に比べたらまだ賑やかな方だ。魔王が倒されて王都の冒険者は一部の例外を除いて殆ど廃業状態だったが、こうやって道を歩いているだけで冒険者らしき姿の人達とすれ違う。
「ここは思ったより冒険者の数が減ってないね」
「多分、支部のギルドに集まっていたのがこっちに流れたんですよ。このゼロタウンが冒険者の本部なわけですし」
エミリアの話に僕は「なるほど」と頷く。冒険者の装備をよく見ると装備の質もバラバラだ。彼女の言うように、別の街や村で活動していた冒険者がごった煮状態になっているのだろう。
「カレンさんもこの街は初めて?」
僕は少し後ろを歩いていたカレンさんに声を掛ける。
彼女は向こうの国では有名人だけど、こちらではどうなのだろうか?
「昔、子供の頃にお父様と一緒に来たことがあるくらいだから、殆ど初めてのようなものね」
「そうなんだ……」
「でも私としてはこっちの街の方が性に合っていますけどね」
エミリアは元々ソロで冒険者をやるくらい冒険者が性に合っているからか、案外ゼロタウンの街を気に入っているようだった。
「前に拠点にしてた家に行きましょうよ。今どうなってるか知りたいですし」
「そうだね」
エミリアの言葉に頷いて、とりあえず僕達は以前にギルドの許可を得て住み込んでいた居住区にある拠点に向かうことにする。
……しかし。
「べ、別の人が住んでましたね……しかも民間人っぽいです」
「思い出した……僕達がこの家を借りていられるのって1年くらいだっけ……」
すっかり忘れいたが元々この家は、僕達がとある依頼を達成したことで報酬として一年間借り受けていた家だ。
あれから1年なんてとっくに過ぎてしまっている。もしかしたら冒険者ギルドでは不要になって一般人に貸し出したのかもしれない。
「まあ、仕方ないよ。元々一年間しか借りられないって契約で借りた家だしね」
「でも、私達の私物がどうなったのかは気になりますね……」
「う……それは……」
エミリアの言葉に僕は言葉を濁してしまう。確かに僕達が置いていった私物の行方が気にならないといえば嘘になるが、流石に他人の家の物を漁るのは気が引ける。
「お兄ちゃん、それならギルドに直接訪ねてみればいい」
「あ、それもそうだね」
アカメの言葉に僕は頷いて、それなら……と思い立つ。
「よし、じゃあ皆で一度ギルドに行ってみようよ」
「レイ君、その前に宿を取った方が良くないかしら? この調子だとギルドの方で宿を用意してくれるのは難しそうだし」
「そうね……人数も以前より多くなってるし宿が埋まってしまうと泊まる場所が無くなってしまうわ」
カレンさんと姉さんの意見に僕達は賛同し、以前に世話になったことがある安宿に向かうことにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます