第909話 今日の敵は……

 それから一週間後。


 遊覧船は順調に航路を進んでいき、僕達の船の旅は順調に進んでいく。その間、僕達がのんびりと旅を満喫していたのだが、稀にハプニングが起こることがあった。


 僕が自室でミーア(エミリアに変身してもらった)と遊んでいると……。


「ねぇねぇ、ミーアの時は人間の言葉は話せないの?」

「みゃっ」


 ミーアのおててをニギニギしながら遊んでいると、部屋のノック音が聞こえてくる。


「どうぞー」

「失礼いたします」


 僕が返事をすると、部屋のドアが開いてレベッカが部屋に入ってくる。レベッカは僕の方に視線を向けると一礼してから声を掛けてくる。


「レイ様、お話が……と、エミリア様もいらっしゃったのでございますね」


「……みゃ」


「ふふ、失礼しました。ミーア様でございますね」


 レベッカはミーアの猫の若干不機嫌そうな返事を聞いてクスリと笑い、言葉を訂正する。


「やっぱり猫の時は人語は喋れないのかな、ねぇエミリア?」


「……」


「ミーア?」


「……みゃう」


 ミーアの時にエミリアと呼ぶと返事をしてくれないが、ミーアと呼ぶと返事をしてくれる。彼女なりに拘りがあるのだろうか。


 と、そこでレベッカが用事があって部屋に来たことを思い出す。


「ところで何か用事?」


「実は先程、私の所有する”白玉”が反応してしまいまして………」


「またか……これで三回目だっけ?」


「はい、今度の距離は南に約三キロメートルほど。周囲は海に囲まれておりますので、仮に戦闘を行っても周辺に被害が及ぶことは無いと思います」


「分かった。じゃあ僕が出るよ」


 僕はミーアをレベッカに預けて立ち上がる。


「お一人で行かれるのですか?」


「ううん、流石に空中戦となると僕一人じゃ厳しいし、ルナに力を借りようと思う」


 ルナに竜に変身してもらって騎乗して戦えば、飛行魔法がそこまで得意じゃない僕でもそれなりに戦えるだろう。


 魔王の魂は並の魔物より遥かに強いが本家の魔王と比べたら力は大きく見劣りする。それならわざわざ全員で行かなくとも僕とルナだけでも十分対処可能だろう。


「皆には説明不要かもしれないけど一応伝えておいて。もし時間が掛かっても帰って来なかったら応援をお願い」


「かしこまりました」


 レベッカとの話を終えてから、僕は自室を出ようとするのだが……。


「みゃっ!」


 ミーアが突然レベッカの腕から跳び出して、僕の傍にやってくる。そして、僕のズボンの裾を前足で引っ張ってこちらをじっと見つめてくる。


「もしかして……エミリア……じゃなくてミーアも来るの?」

「みゃあ」


 エミリアが戦闘に参加してくれるなら戦力として申し分ないけど、それならなんで変化を解除しないのだろうか?


「分かった。エミリアが居るならルナに力を借りなくても何とかやれるかな……」


「んみゃっ!」


 僕がそう返事を返すとミーアはその場からジャンプし、見事な跳躍で僕の頭の上に乗っかった。


「じゃあ行ってくるよ」


「いってらっしゃいませ。吉報をお待ちしております」


 僕はレベッカにそう伝えてから船内を歩き、そのまま甲板へと出た。


「じゃあ、僕の白玉を起動してっと……」


 僕は部屋から持ってきた魔王探知機、”白玉”を軽く空に放り投げる。すると白玉はふわっと上空に浮き上がり、矢印と魔王の魂までの距離が数字で表示された。


「これで準備良し。エミリアも討伐に行くから変身を解いて」


 僕は自分の頭に器用に捕まってる猫のミーア、もといエミリアに声を掛ける。するとミーアは素直に変身を解いて元のエミリアの姿に戻る。


「……ふぅ」


「もしかして猫の姿で過ごすのが気に入ったの?」


「そ、そ、そんなわけないじゃないですか!?」


 エミリアは顔を真っ赤にして否定する。そんな動揺しているとバレバレだよ……。


 ◆◇◆


 僕とエミリアは飛行魔法で船から飛び立ち、白玉の誘導に従って空を飛ぶ。そして、しばらくすると青空の一部に空間が歪んだような箇所が現れる。


「あそこですね」

「うん」


 僕は頷いて上空に浮かぶ白玉を手に取って全力で投げつける。


 僕がぶん投げた白玉は空間の歪んだ場所に直撃すると一瞬だけ周囲に閃光が迸ってから爆発を起こす。

 空に魔力の爆発による煙が発生すると、その煙が徐々に形作り、そこから魔物の影が出現する。


 今回の魔王の姿は……。


「鳩だ」「鳩ですね」


 もはや人間の形ですら無かった。巨大な鳩である。


 鳩の姿に変身している理由はさっぱり分からないが、とにかくアイツを始末すれば今回の話は終わりだろう。


「よし、援護は任せるよ」


「はい。……<火球>ファイアボール


 エミリアが詠唱を終えると、彼女の頭上に火球が出現して鳩の魔物に向かって一直線に飛んでいった。


 しかし鳩は翼を羽ばたかせて火球を回避。

 そのまま上空に昇って僕達から距離をとろうとするが……。


「逃がさないよ」


 僕は飛行魔法で一気に上昇して鳩に追いつくと、手の中に魔力を集中させる。


<上級雷撃魔法>ギガスパーク


 僕が魔法を発動させると、鳩の上空に黒い雲が生まれてそこから雷が鳩に向かって降り注ぐ。


「!?」


 鳩の魔物は回避することが出来ずに直撃を食らってしまう。そして、その衝撃でそのまま降下していく。

 しかし、鳩の魔物は必死に翼をばたつかせてどうにか海でダイブする直前に浮き上がる。


「耐えましたね、鳩のクセに」

「一応アレ魔王だもん、鳩だけど」


 上空で埃を落とすように翼を一度バサッと動かしてから今度は高速でこちらに飛んでくる。


「来た!」

「エミリア、隙を見て後衛から攻撃お願い、僕は――」


 鞘に納めていた剣を取り出して構える。


「正面から迎え撃つ!!」


 そう言って剣を引き抜いて両手で握ると、後方からエミリアの声が聞こえた。


「では、弾幕を喰らいなさいっ!<氷の槍>アイスランス


 エミリアの声と同時に、僕の背後から槍を模った無数の氷の塊が鳩の魔物目掛けて降り注ぐ。


 派手な攻撃魔法を好むエミリアだが、こういう弱い魔法を一瞬で多数展開して戦況を有利にする魔法は割と得意なので助かる。


 この援護射撃を受けながら、僕は勢いよく突っ込んでくる鳩の魔物の動きを見極める。


 鳩の魔物は見た目よりも頑丈でエミリアの弾幕を多少受けたところで大したダメージを負わずに勢いそのままに突っ込んでくる。見た目よりも相当頑丈なようだ。


「―――っ!!」


 ならばと思い、僕は弾幕を嵐を突っ切って突撃する鳩の魔物の動きを見計らって剣をブンと一振りする。普通の攻撃では通らないと判断した僕は剣に風の魔力を込めて、斬撃と同時に真空波を飛ばすことで遠距離からの斬撃を可能にする。


 鳩の魔物はエミリアの弾幕には殆どダメージを受けずに構わず突っ込んで来るのだが、僕の一振りを見た瞬間に危険を察知したのか、進行方向を変えて回避しようとする。


「遅い!!」


 しかし、鳩の魔物が飛び立とうと翼を広げたその瞬間、エミリアが強い口調で言い放つ。すると鳩の魔物の真上から炎の渦が魔物に襲い掛かる。


 僕の攻撃に意識を向けていた魔物はエミリアの攻撃にまで手が回らない。そのまま炎の渦に巻き込まれて動きが止まってしまう。


 そこに僕の放った真空波の直撃をまともに受けて体が真っ二つになり、更に炎の渦で良い感じに火が通り、その後、エミリアの氷の槍がブッ刺さることで見事な焼き鳥が完成した。


「倒した……かな?」

「見た目の割に結構頑丈な魔物でしたねー」


 エミリアがそう感想を述べると、焼き鳥になった魔物は灰のように粉々になって風によって霧散していく。魔物が消滅したことで僕が最初に投げた白玉が元の形に戻って僕の手元に戻ってくる。


「よし、討伐完了」


「これで六十四体目ですね。レイが張り切ってたおかげで随分とペースが進みました」


「残りは三十六体かぁ。あと何ヶ月くらい掛かるんだろうね」


「まー、のんびり進めていきましょうよ。これが終われば私たちも元の生活に戻れますし」


「だね。じゃあ、遊覧船に戻ろうか」


 僕は剣を鞘に納めて、エミリアと一緒に遊覧船へと戻った。

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