第639話 迫真の演技()
【視点:レイ】
「はぁあああああッッ!!」
僕は、ロイドに攻撃を繰り返しながら、頭の中で、カレンさんのアドバイスを思い出す。
『まず目の前の敵に自分の強さを思い知らせるの。敢えて必要以上に力を見せつけて萎縮させるという戦い方だってあるのよ?』
彼女のアドバイスは、力を誇示するのを嫌がる僕にとって好ましいものじゃない。だけど、今の自分に足りないものであることも自覚していた。
『例えば、本当は自信が無い時も常に余裕の笑みを浮かべて自信満々で立ち向かうとかね。』
決闘では相手の精神状態で勝敗で左右されることも珍しくない。実力的に劣っていても、精神的優位さえ取り続ければ相手の立ち回りも変わってくる。
『自信を持ちなさい。貴方は史上最強の良い子なんだから。』
自分が良い子かどうかは分からない。
だけど、カレンさんが言うなら彼女の言葉を信じよう。
そして彼女が信じた自分の強さを信じる。
――そう、僕は誰よりも強い。
――大切な人がそう言ったのだ。なら、疑う必要などない。
「くそっ、ちょこまかと!」
ロイド・リベリオンの武器の漆黒の大剣は2メートル以上の刀身の超重量級の武器だ。
リーチは僕の武器である聖剣の倍程度。それほどの武器を片手で軽々と扱う奴の身体能力は通常時の僕を遥かに上回っている。だが、いくら身体能力が高くとも武器の長さというものは欠点になる。
例えば、上段から下段への振り上げの際、奴の大剣は振り下ろすだけでも僕よりも強い力が必要だ。
だが欠点はそこではなく、重量と長さのせいでそもそもの振りが遅く、力を込める瞬間奴の動きが一瞬完全に止まってしまう。
その巨大な武器ゆえに威圧感は凄まじいものだが、それでも既に一度対峙している僕にすればその欠点は十分に把握できた。更に、武器が巨大故に取り回しの悪さも欠点の一つだ。
「くらええええええ!!」
ロイド・リベリオンは動きが止まった僕目掛けて、大剣を両手で握り逆手に持って円を描くように薙ぎ払いの行動に出る。
当然、喰らえば即死。運が良くても鎧は破壊されて生身で奴の攻撃を喰らうことになるだろう。だが、当たればの話である。
「っと!!」
横薙ぎされた大剣を、僕はジャンプして回避。そのまま地上に降り立って、奴の懐に入り込んですれ違いざまに撫でるように奴の脇腹を斬りつける。
「ぐっ!?」
ロイドは僕の一撃を受けて動きを止めてしまう。やはり、いくら身体能力が高くても武器の大きさのせいでこちらを上手く捉えきれないようだ。
「(……でも、やっぱりこの程度じゃ足りないか)」
だが、漆黒の強固な鎧のせいで奴の体には傷は付かない。一瞬怯んだロイド・リベリオンだが、自身の斬られた場所に手を当てて無傷だと分かると指を鳴らしながら僕を挑発する。
「ははは、無駄だ。この俺の無敵の鎧、貴様の攻撃など、蚊ほどにも効かんわ!!」
「それはどうかなっ」
僕は振り向きざまに、奴の背後から斬りつける。
「無駄だ!!」
しかし、ロイドは見もせずに手にある大剣を横に振って僕の攻撃を弾く。
「っ!」
弾かれた衝撃で僕は軽く後ろに数歩下がる。そして、僕に隙が出来たと思ったのか、ロイド・リベリオンを大剣を両手に握り槍のように構えた。
「死ね」
その瞬間、奴は一気にダッシュし、僕に接近。
そして、大剣が槍のように突き出された。
「!!」
喰らえば即死、いや下手すれば原型を留めないほどの破壊力。その漆黒の大剣は黒い閃光となって僕の眼前近くまで迫ってくる……が。
――ガキン!
攻撃がクリーンヒットする直前に、僕は聖剣を割り込ませてその一撃を防いだ。
「ちっ!!」
ロイド・リベリオンは僕を仕留めそこなったことに気分を害して舌打ちをする。僕は即座に剣に力を込める。奴は、無駄だと言わんばかりに更に力を込めて大剣を押し込むが、それを利用して僕はわざと弾かれて後方に跳んで距離を取る。
「……っ!!」
「……仕留めそこなったか、運の良いやつだ」
ロイド・リベリオンはそう言いながら僕を睨み付ける。
「(……よし)」
目の前の男は、自分と互角以上の戦いを出来ていると確信している。いや、ここまでの戦いを鑑みるに、彼は間違いなく自分より優位であると思っているだろう。
今後を考えればこちらにとって与しやすい状況だ。僕は、自分の企みが上手く進んでいることに心の中で安堵していた。
一方、レイの仲間達は……。
「レイさん、苦戦してますね……」
「レイ様……」
サクラとレベッカは敵の動きに目を配りながら、目の前の二人の男の決闘を見守る。今の所、レイは敵の防御力を突破できずに攻め手を欠いている様子だった。
流石のロイド・リベリオンも、以前にサクラやレベッカに懐に不意打ちを受けた事を警戒してか、以前よりは立ち回りに隙が無くなっている。
更に鎧を突破したところで、奴は額をぶち抜かれてもも死なないことが分かっている。レイは実力差を見せつけて心を折ると言っていたが、このままではそれも叶いそうにない。
「でも、レイくんなら大丈夫よ」
しかし、彼女達よりも後方で魔法の準備を着々と進めていたベルフラウはそう口にする。彼女は二人と比べて、戦闘の有利不利はさほど理解していない。
目の前の二人の戦いも、『レイくんかっこいいなー。黒い男の方はさっさとレイくんに倒されなさいよこの外道』……などと思っていたりする。
だが、彼女の言葉も決して的外れではない。
彼女はレイが負けることはないと確信している。
「レイくん、そろそろね……」
ベルフラウはそう呟きながら、戦況を見守るのだった。
【三人称視点:ロイド、レイ】
二人が戦い始めてから更に十分後。
戦いは不自然な程に形勢が傾かずに、ジリジリと時間が流れていく。
「はぁ、はぁ……」
流石に息が上がり始めるロイド・リベリオン。だが、レイの方はというと最初と様子がまるで変わっておらず息を乱していない。
ロイド・リベリオンは考える。
「(……何故だ、こいつは俺と同じかそれ以上に動き回っているのに、まるで動きのキレが落ちていない。これだけ長い時間、動き回っているというのに何故こいつは体力を消耗しないんだ?)」
ロイド・リベリオンは、自身の装備の重さが理由かと考えるが、この装備は強固だが魔法で生み出したものでそこまで重いわけではない。並の剣よりはいくらか重いだろうが、強化された自信の肉体なら十分扱えるはずだ。
なら、奴は魔法か何かで体力回復をしているのだろうと結論付ける。
「――ふ、小細工を」
ロイド・リベリオンは自身の推測に納得して再び剣を強く握って構える。
しかし、レイは異様に涼し気な表情をして言った。
「随分と息が乱れてるね。まだ、ウォーミングアップのつもりだったのに、休憩でもする?」
「――は?」
ロイド・リベリオンは、一瞬レイの言葉が理解できずに凍り付く。しかし、ゆっくりとその意味が脳に浸透していくと、ワナワナと震わせて怒りを露わにする。
「貴様……!!!」
「なんで怒ってるの? ……もしかして、今まで全力でやってた?」
「――ッッ!!」
ロイド・リベリオンは、挑発するレイに対して、怒りのままに剣を振りかぶった。
だが、それは失策。今の彼は完全に冷静さを失っていた。
「――っ!?」
振り下ろされた剣をレイは体を横にずらして回避する。しかし、漆黒の巨大な剣は、その威力と重量で衝撃波を発生させた。
衝撃波は、地面を軽々と破壊し、周囲に軽い地響きを引き起こす。普通の相手なら仮に攻撃を回避したとしても、衝撃波と振動で身動きすら取れないほどの威力だ。
だがレイは特に体勢が乱れることもなく、まるで遊ぶように両足で何度もステップを取って何事もなく凌ぎきる。
彼の顔は何故か妙に穏やかで笑っているかのようだ。普通、このような局面で笑うだろうか。冷静に考えれば、意図的に挑発しているとしか考えられない。
「くっ、このっ!!」
だがロイドはそんな策を看破出来るだけの余裕が消えていた。
故に、目の前の相手に怒りのまま攻撃を続ける。その威力と速度は更に上がっており、まさに全身全霊の怒涛の攻めだ。しかし、冷静さを失ったロイドの攻撃は彼にのらりくらりと回避され、その度に反撃を受ける。
「(……くっ、落ち着け。いくら俺に一撃入れようが、奴の攻撃など痛くもかゆくも無いわ!)」
ロイド・リベリオンは、ざわつく心を抑えようとそう心の言い聞かせる。
だが、彼の考えも正しい。今の所、レイの一撃は彼の鎧を突破出来ておらず、ロイド自身の肉体が傷付こうが自分が死ぬことはないと絶対の自信があった。
だからこそ、ロイドはまだ心に多少余裕があった。
少なくともこの時は、まだ。
「……ふ、ふふ………時間稼ぎのつもりかもしれんが、俺の体力切れを待っても無駄だ。おれは不死身だからな。逆に、貴様が消耗した瞬間、この大剣が貴様の脳天を叩き割り、貴様の肉体を真っ二つに切り裂くだろうよ」
ロイドは、既に勝ちを確信しつつあった。レイが時間稼ぎに徹すれば、彼はいずれ体力切れを起こし勝利できるのだ。
だが、レイは彼の言葉に否定しなかった。
「確かに、正直このままだと僕が不利だね」
レイは疲れたような表情で、剣を地面に立てて休息を取るように姿勢を楽にしながら話す。
「……ふ、この俺に一騎打ちを挑んだ事を悔いるのが遅すぎる。なんなら、今この場で俺に許しを請うがいい。そうすれば俺の気も変わるかもしれんぞ?」
ロイドは、レイの否定の言葉は、自身の作戦に間違いがあったと認めるものだと判断する。それはつまり、サクライ・レイの戦意喪失を意味する。
「確かにアンタの一撃を喰らえば死ぬし、今のままだとアンタの鎧を抜けない」
「……そうだろう、ならば――」
「まぁでも、もう少し粘ってみるよ。だって、この程度動き回ったくらいで息が乱れるような鍛え方はしてないからね」
「――は?」
「それに、アンタみたいに実力は大したことなくて、装備の力だけでイキリ散らかしてる悪党に負けでもしたら仲間に文句言われちゃうからさぁ。僕、これでも勇者だよ?」
レイはそう言いながら、困ったようにロイドに笑いかける。
まるで、元々彼のことなど歯牙にもかけていないような態度だった。
「――き、貴様……!!」
その彼の態度に、ロイド・リベリオンは冷静になりつつあった感情が、再び熱を帯び始めて憤怒の表情に変わる。同時に、レイに対する殺意が膨れ上がる。
「――いいだろう、そんなに死にたいなら、今すぐに俺が殺してやる!!」
ロイド・リベリオンは再び宣言する。しかし、彼に対峙するレイはその宣言を聞いて、この場に相応しくない穏やかな笑みを浮かべていた。
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