第467話 カレンお嬢様

 僕とサクラちゃんが、副団長代理として正式に任命された日の夕刻。


 僕達は、再びカレンさんのいる病室へお見舞いに来ていた。

 今回は調合で忙しくて面会出来てなかったエミリアも一緒に連れてきた。


「カレンさん、いるー?」

「せんぱーい、会いに来ましたよー」


 僕達が入室すると、ベッドから起き上がって優雅に本を読んでいたカレンさんが僕達の声に気付いて笑顔を向けてくれた。お世話係のリーサさんは今日は病室には居なかった。

 後で聞いたところ、カレンさんの身の回りの品の買い出しに出ていたらしい。


「あら三人とも、いらっしゃい。今日はエミリアも一緒なのね」

「どうも、お久しぶりです」

 エミリアは被っていたとんがり帽子を外して手に持ち、小さく頭を下げる。


「元気そうで良かった。身体の方は大丈夫ですか?」


「エミリアが作ってくれた薬のお陰よ、本当に感謝してるわ」


 カレンさんはエミリアに、極上の笑顔を向けて自身が動けることを身体でアピールする。

 それを見てエミリアは、安心したように息を吐く。


「良かった……ちゃんと薬は成功したようですね」


「ふふ、まだ万全には程遠いけどね。

 ……それで、何かあったんでしょ? 折角だし、色々話を聞かせてくれる?」


 そう言って、カレンさんは楽しそうに僕達に問いかけた。


 ◆


 僕達はカレンさんに昨日の出来事を話していた。


「あははっ! そんなことがあったんだぁ、大変だったわねぇ」


「笑いごとじゃないよぉ……」


「お陰でレイさんが新人の人達に怖がられちゃったんですからね、先輩」


「ああ、ごめんねぇ‥…ふふ、つい笑っちゃったわ」

 カレンさんは楽しそうに笑う。


「懐かしいわね、自由騎士団に入った時、似た様な理由で因縁付けられたっけ」


「え、カレンさんも?」


「うん、珍しい話じゃないからね。

 自由騎士団は実力を見込んで集められたメンバーが多いからね。

 ちょっと血の気が多い人たちが多かったりするのよ」


 僕だけじゃなくてカレンさんまで同じような目に遭っていたとは……。


「はいは~い! 先輩はそういう時どうしたんですか?」

 サクラちゃんは元気よくカレンさんに質問する。


「え? そりゃあ相手の要望通り、ボッコボコに……」

「……」

「……」


「な、何よ、その反応……?」

「いえ、カレンさんらしいなって……」


 見た目に反して武力で解決するのが得意なカレンさんである。


「ですが、レイが副団長ですか……似合いませんね」

 エミリアは僕達の話を黙って聞いてたかと思えば、そんなことを言う。


「僕だって別に似合うとは思わないよ……。

 それに、僕だけじゃ絶対無理だからサクラちゃんと二人で副団長の代理って形だもん」


「うん、私頑張るよ!」


「……まぁ、二人ならきっと大丈夫でしょう。」

 エミリアは微笑みながら言う。


「さてと、そろそろ私は行きます」

 話が一段落したところで、エミリアが立ちあがる。


「もう行くの?」


「ええ、今日の所はカレンのその後の経過を確認したかっただけなので。調子が良さそうに見えるので、あとは何度か調合をして少しずつカレンに投与すれば大丈夫だと思います」


「また遊びに来てね、エミリア。ここに居ると退屈だからいつでも大歓迎よ」


「ええ、必ず来ます」

 エミリアは笑いながら、手に持っていた帽子を被って部屋を出ていった。


 ◆


【視点:エミリア】


 私は一人、カレンの病室を出て早足で病院を出ていく。


「……さて、早く薬を作らなければ……」

 レイ達が彼女と話している間、私はカレンの様子を観察していた。

 彼女は一見すると気丈に振る舞っており問題なさそうに見える。しかし、それは表面上だけの話で、彼女の中にあった魔力は殆ど感じられなかった。


「やはり、最初にレイに渡した薬だけでは足りませんでしたか……」

 彼女に最初に投与した薬は、劇的な魔力を人体に投与することで体を活性化させて、意識を取り戻させる効果があった。

 おかげで彼女の意識を取り戻すことに成功したが、彼女の魔力の上限値は以前と比較して1/10以下になってしまっている。自然回復を待つとしても、あと何年で元に戻るか見当が付かない。


 元々の魔力の高いカレンなら全く身動きが取れないわけじゃない。

 だけど彼女は絶大な魔力を自身に纏って戦闘力を飛躍的に向上させて戦う。

 今のままでは、まともに戦う事は困難だろう。


「……」

 私が考え事をしている内に、いつの間にか宿の前に着いていた。

 扉を開けようとしたとき、不意に後ろから声をかけられた。


「お帰りなさいませ、エミリア様」

 振り返るとそこにはレベッカが箒を持って立っていた。


「ただいま戻りました。……レベッカ、何故、箒を?」


「宿の主人に頼みまして『あるばいと』というものをさせて頂いております。

 王都での暮らしは他の街と比べて少々値が張るもので、微々たるものでございますが、わたくしも多少は収入を得なければ皆様の足を引っ張ってしまいます」


 アルバイト……確か、レイの国の言葉でしたね。

 彼女はレイに懐いているため、時折彼が使う言葉を真似したがります。


「お金を稼ぐなら冒険者ギルドで依頼を受ければいいのでは?」


「それでも良いのですが、以前のように皆様とパーティを組んで行動する機会も減っておりますし、わたくし単独で向かおうとすると危険が伴いますので……」


「成程、それで宿屋の仕事という訳ですね」


「はい、エミリア様は病院へ?」


「ええ、数日前まで意識不明だったとは思えないくらいカレンは元気でしたよ」


「それは良かった」

 レベッカは笑顔で胸を撫で下ろす。


「(あまり心配させるわけにはいきませんからね……)」


 本当の事は伏せておいた方が良いでしょう。

 少なくとも薬を使えば彼女が日常生活を過ごすだけなら問題ない。

 問題は残った材料でどこまで彼女の状態を元に戻せるかですが……。


「……エミリア様?」


「……あ、いえ、何でもありません。私はちょっと用事があって部屋に籠りますから、レベッカはレイ達と夕食を食べに行っててください。じきに帰ってくるはずですから」


「そうでございますか……。

 では、レイ様とベルフラウ様が帰宅次第、三人で食事に行きますね。

 ベルフラウ様も『あるばいと』から戻ってくるはずですので」


「そうしてください。では、私はこれで」

「はい、お疲れ様でございます」


 私はレベッカと別れて自室に戻る。そして、再び机に向かい調合を始める。

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