第437話 初見殺しに二度目はない

 レベッカと姉さんと合流できたため、三人で中央に進むことになった。


「~~♪」

 姉さんは僕とレベッカの間に入って、

 機嫌良さそうに僕達の手を握って歩いていく。


「姉さん、ご機嫌だね」


「え、そうー? うふふ……」

 と、僕が声をかけると嬉しそうな表情を浮かべる。


「だって、可愛い弟と妹と一緒に居られるんだもん。幸せ過ぎて、鼻歌が出ちゃっても仕方がないよ」

 姉さんの中では、既にレベッカも妹認定らしい。


「では、エミリア様は私達のお姉様でございますね、レイ様」


「え、僕より年上扱いなの?」


 しつこいようだが僕は十六歳である。

 エミリアは十五歳なのに、毎回僕が年下扱いされるのは何故だろう。


「そしてカレンさんは私の姉だね」


「姉さん、年齢詐称もいい加減にしてね。どうみてもカレンさんより姉さんのが年上でしょ」


「なっ!?」

 この世界は地球の常識は通用しない。

 外見だけで年齢を判断するのは滅茶苦茶難しいのだ。


 見た目は少年でも実は年齢三桁だったという事例もあるくらいだ。姉さんに至っては元神様だ。ずっと十七歳だとか言い張ってるけど、実は百十七歳だとしても不思議じゃない。


「むむむ……じゃあ、私が長女でいいや。

 エミリアちゃんが次女で、サクラちゃんが三女で……」

 と、姉さんは何やらぶつくさ言いながら考え始めた。


 敵地の真っ只中でこんな平和な事考えるのは姉さんくらいのものだろう。

 大物というか、間が抜けているというか……。


「そうだ、レイくんと私が結婚すれば全て解決じゃない!?」


「過程をすっ飛ばし過ぎて意味不明なんだけど」


 そんな感じで、緊張感のない会話をしながら僕達は歩く。上機嫌な姉さんだが、しっかりと目的の場所を調査していたようで一切迷うことが無かった。


 そして、三十分ほど経過して、僕達三人は開けた場所に出た。


「さ、着いたよ。見張りのミノタウロスさんは倒したから安心して」

 姉さんに言われて、僕達は足を止める。そこには、僕が少し前に破壊した結晶体の数倍の質量と大きさを持つ魔力の結晶体が安置されていた。


「これが……」


「随分と大きな魔力の塊ですね」


「これほどの高密度の魔力の結晶体なら、遠隔で複数の場所に魔力を送ることも造作もないでしょうね。その分、頑丈だから私一人だと苦戦しそうなのよ」


「エミリアの話だと、これを破壊すれば囚われた人が自由になるって話だけど……」


 僕は姉さんに視線を移す。

 姉さんは、僕に頷いて通信装置であるイヤリングを起動させる。


「エミリアちゃん、二人を例の場所に案内したよ?」

 姉さんがイヤリングに向かって話しかけると、少し間を置いてエミリアの声が聴こえてきた。


『お疲れ様です。こっちも準備が整いました。

 三人が魔力の核を破壊したら、囚われた人達を牢から出して、移送転移魔法陣で王都に移動させます。周囲に見張りの魔物は居ますか?』


「大丈夫だよ。この子達がいれば問題ないから」

 と、姉さんは僕達の顔を見て微笑む。


『分かりました。では、お願いします。……あ、そうだ。結晶体の破片の一部を後で回収しておいてくださいね。ちょっと思い付いたことがあるので』


「了解よー、じゃあまた後でね」

 そこで、エミリアと姉さんの通話が終わる。


「じゃ、さっさと壊そうか」

「ええ」


 僕とレベッカは、それぞれ剣と槍を取り出す。

 周囲に魔物の姿はない。今なら邪魔されずに破壊できるだろう。


「姉さんは念の為周囲の警戒をお願い。

 レベッカ、僕と同時に攻撃して、あの核を破壊しよう」


「はい、レイ様」

 レベッカは僕の指示を聞いて、槍を構える。


 しかし……。


「レイくん達、何かこっちに来るわ!」

「!!」


 周囲を警戒していた姉さんの声が響く。

 すぐにボク達は戦闘態勢に入る。

 すると、遠方からドスンドスンと大きな足音を立てて何かが迫ってくる。


「なんだ……!?」

「魔物でしょうけど、随分と騒がしいわね」


 僕達が身構えていると、それは姿を現した。


「あれは……」

 僕達の元にやってきたのは、

 地獄の悪魔と呼ばれる魔物とオーガロードという巨体の魔物だった。


「あれ、こいつらってもしかして……」


 二体とも見覚えのある魔物だった。

 地獄の悪魔の方は、こめかみの両側に黒い穴が開いている。

 オーガロードの方は、見た感じノーダメージっぽいけど……。


「み、見つけたぞ……勇者一行!!」

 僕達の姿を捉えると、地獄の悪魔が必死な声で叫ぶ。


「よくもこの俺様の頭に風穴を開けてくれたなぁ!!!」


「あー……やっぱり」


 こいつらは、僕達が第八階層で出くわした魔物だ。状況的に無理して戦う必要が無かったから放置してきたのだけど、こんな所まで追いかけてくる思わなかった。


「俺の頭を貫いたチビガキも居やがるな!

 丁度良い、今度はこの地獄の悪魔様の真の力を味合わせてやる!!」


 悪魔は随分と息巻いている。

 レベッカに矢で頭を貫かれたことによほど腹が立っているようだ。


「チビガキ……」

 地獄の悪魔に罵倒されたことでレベッカがちょっと不機嫌な顔をしている。


「オーガロード! てめぇはあの勇者をやれ!

 なぁに、助けさえ入らなきゃてめぇ一人でブチ殺せた相手だ、楽勝だろ?」


「ぶるぁぁぁぁ!!」

 オーガロードは、血走った目でこちらを見つめながら雄叫びを上げる。


「レイくん達、あいつら知り合い? それにブチ殺せた相手って……?」

「あー、ちょっとね……」

 姉さんが僕に質問してくるが、今は悠長に話している場合ではない。


「そして、そこの女…………ん、誰だ!?」

「……」

 姉さんは魔物に質問されたけど、ガン無視でスルー。


「まぁいい……。さぁ、まずは勇者だ! 行け、オーガロード!」

「ぶるるるぁぁぁ!!」


 オーガロードは叫びながらドスドスと僕に向かってくる。


 レベッカと姉さんは迎撃しようと武器を構える。

 しかし、あの地獄の悪魔を自由にしていると厄介だ。


「レベッカ、姉さん、二人はあっちの悪魔をお願い。僕はあのオーガをやるよ」


「ですが、レイ様。あの魔物は……」

 レベッカが言い掛けた言葉を、僕は手を制して止める。


「大丈夫だよ。それより早くしないと、あっちの悪魔が暴れだすかも」


「……分かりました」「任せておいて」

 レベッカと姉さんは僕の言葉を信じて、そのまま駆け出した。


「この俺の相手だと、馬鹿め!」

 悪魔はこちらの判断をあざ笑いながら、背中の翼で姉さん達に向かって飛んでいく。


「ははははっ!!」

 地獄の悪魔は姉さんに向かって爪を振り上げるが、

 その間にレベッカが割り込み槍でその攻撃を防御する。


「させませんっ!」

「ちっ!」


 悪魔は、自身の攻撃を弾かれて、距離を取る。


 地獄の悪魔は本来はオーガロードとは比較にならないほど強い魔物だ。

 その割に、何故か僕がボスを請け負った雰囲気だね……。


「さて、と」

 二人の戦いの様子を見るのを止めて、目の前に迫ってくる敵を注視する。


 この魔物、通常種なら多分そこまでの強さじゃない。だけど人口的に製造されたせいか、本来なら致命傷レベルの攻撃を受けても余裕で動くタフネスを兼ね備えている。


 更に、与えたダメージが消えている。回復魔法を使えるほどの知能があるとは思えないし、もしかしたら自己治癒する能力でも施されているのだろうか。


 僕が劣勢に陥った理由は二つある。

 一つ目は、不完全な聖剣技を使用した直後だったこと。

 そしてもう一つは、ただ強化されただけの魔物だと勘違いしてしまったことだ。

 腹を盛大に貫いて、それでも動じることなく動き出すと誰が思うだろうか。


 だからこそ、二人にこの相手をさせるわけにはいかない。

 知識として教えたとしても油断してしまう可能性が高いだろう。


 僕は剣を構えた状態で駆け出す。オーガロードはその四メートルの巨体ゆえに僕の射程よりも数倍長い。手に持った鉄の棍棒の破壊力も尋常ではなく、僕があと数歩前に進むだけで射程に入れられてしまう。


 それを理解したうえで初撃を敵に譲る。

 僕が敢えて魔物の射程まで接近するのは、相手の攻撃を誘発させるためだ。

 アクションゲームでもよくあるだろう。

 相手を先に動かすことで、その隙を狙うというベタな戦術だ。


「ぐおおおおおおお!!!」

 僕が間合いに入った瞬間、オーガロードが僕の頭目掛けて棍棒を振り上げ、重い一撃を放つ。


 轟音と共に振り下ろされる攻撃に対して、僕は――


「……ッ!!」

 その攻撃を内側に入って回避する。その一撃に地面が揺れるが、なんとか堪えてオーガロードの脛の辺りをガンッ!と、音が出るくらい強く蹴飛ばす。


 しかし、オーガロードは特にダメージを受けた様子が無い。


「(骨が砕けていたはずなんだけど、完全に修復されてるみたいだね)」

 古傷を狙う戦法は避けた方が良さそうだ。


 それを理解して、僕はそのまま横切ってからクルっと振り返り、剣でオーガロードの背中を撫でるように一閃する。


「……?」

 僕が斬った感触は、固い壁を剣先で撫でているようだ。

 背中に傷は付いて出血してるけど、魔物は痛みを感じてないみたい。


「……!」

 追撃で更に背中に一撃与える前に、オーガロードが振り返り、両手の棍棒で薙ぎ払うように身体を回転させる。

 その攻撃を僕は後ろに跳んで回避し、着地と同時に魔法を発動させる。


<火球>ファイアボール

 火球の飛礫をオーガロードの顔面に飛ばし、オーガロードに顔に直撃する。

 しかし、顔が黒焦げになったにも関わらずその攻撃を中断せずに、僕に迫ってくる。


「(仰け反り無効の中ボスって感じだなぁ)」

 対策が無いと詰みかねないボスの類だ。

 大技で切り崩す手もあるが、あまり使いたくはない。


 今の僕の状態では満足な威力の聖剣技は使えない。

 元々無茶な一撃だし、回復したとはいえ僕には負担が掛かり過ぎる。


「……!」

 オーガロードは、僕の居る位置に向かって再び棍棒を振り下ろす。


「よっ!」

 僕は横に跳躍してそれを躱して、隙を晒した脇腹に斬り掛かる。ズバッと容赦なくその肉体を切り裂き、血が迸るのだが、それでも魔物はやっぱり怯まない。


 振り下ろした棍棒をそのまま僕のいる方向に薙ぎ払う。


「―――蒼い星ブルースフィア!」『はいはい』


 僕の言葉に聖剣が応えて、僕の能力がブーストされていく。

 そして、強化された筋力で鉄の棍棒の一撃を剣で受け止めて押し返す。


「!?」

 オーガロードは僕に攻撃を弾かれて、再びその態勢が崩れて隙を晒す。そこに、威力を底上げした剣をオーガロードの心臓部を貫き入れて、そのまま背中まで貫通させる。


「―――グオオオオオオ!!」

 オーガロードは悲痛な悲鳴を上げる。


 さしも、この一撃であれば痛みはあるらしい。だけど、前回はこれでは倒せなかった。なので攻撃を止めずに、今度は敵の体内に剣を突き入れたまま刃先を横に回転させてから横に振るう。


「ギャアァ!!」

 流石にこれは効いているのか、オーガロードは口から大量の血液を吐き出し、胸の辺りから腋の下が大きく抉れてそのまま地面に倒れた。


「うぅぅぅ……」

 魔物は声も出ない状態で、破れた肺から息が盛れる音だけが漏れる。

 左半身の胸の上と胸から下が真っ二つに抉られており、心臓部を貫かれて肺も片方が潰れている。それでも、即死していないのだから、その生命力は異常と言わざるおえない。


 背中まで貫通しており、魔物の肉体は辛うじて胴体が繋がってる。

 通常の生物なら致命傷だろう。


 しかし……。


「傷が……」

 オーガロードの傷口がブクブクと泡を立て始める。

 何が起きているのかと目を見張るが、体内から傷を修復させているらしい。


 自身で魔法を使ったようには見えない。多分、永続的に<自動回復>リジェネイトの魔法が付与されるような肉体なのだろう。


「(失った臓器すら復元させるみたいだね)」

 放置すればまた立ちあがってくるかもしれない。


 だけど、話は簡単だ。自動回復が間に合わない速度でダメージを与えるか、回復しきれない攻撃、つまり首を切断するなどの即死攻撃であれば、こいつは確実に死ぬ。


「……よし」

 剣を構えて、オーガロードの頭に狙いを付ける。

 聖剣技を使わずとも、剣で首を切断してしまえばいい。


「ふッ!」

 オーガロードが再生する前に、僕はその頭に向けて剣を薙ぐ。

 回復に専念していたオーガロードは、僕の攻撃を防ぐ手段はなく、抵抗も出来ないまま首が宙を舞った。頭を失った肉体に向けて<中級火炎魔法>ファイアストームを使用し、焼却を行う。


「…………」

 オーガロードは声も上げないまま、その肉体を灰に変えた。

 これで完全に倒したはずだけど、念のため、さらに数秒待ってみる。


 すると、灰になった肉体は煙をあげて消えていった。

 通常の浄化効果が作用したようだ。

 剣に付いた血を布で拭ってから、僕は剣を鞘に納めた。

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