第806話 極光の槍

 それから約四時間後―――


『未来の英雄諸君、遂に決戦の時だ! 甲板に急げ!』


 作戦開始の号令が船内に響き渡る。それを聞いた僕達は甲板に出るため急いで部屋を出た。部屋を出て廊下を駆けていると、他の冒険者達一党とすれ違う。彼らは緊張しつつも落ち着いた表情で、僕と視線が合うと軽く手を振ってくれたりしていた。


 どうやら皆も緊張していないわけでは無いらしい。だが、それでも戦うための覚悟はできているようだった。


 僕達が甲板に出るとすでに大勢の冒険者達が集まっていた。まだ魔導船は航行中のようだが、最初の時よりも高度が落ちて速度を下がっている。上陸寸前といったところだろうか。


 当然、陛下や騎士団たちも甲板に出ており、陛下がマントをはためかせて魔導船の外を指差して高らかに宣言する。


「諸君! 時は来た! 私が指差す先を見るといい。あそこに見える闇に覆われた島が、魔王軍の本拠地、恐ろしい魔物と飛龍が跋扈するこの世の地獄ヘルヘイムだ。

 我らはこれから魔導船であの島へ上陸し、地獄を体現する魔王軍との戦闘に挑む! だが恐れることはない。諸君らは巨悪と戦う覚悟を持つ勇者であり、世界の命運を背負う英雄である。臆せず、我らと共に戦ってくれ!!」


 陛下の演説が終わると周りの冒険者達は歓声を上げる。彼らの士気は上々のようだ。


「……見事に陛下の口車に乗せられていますね」


「しーっ!」


 エミリアが真顔で言ってはいけない事を言いだしたので、僕は慌てて彼女の口を塞ぐ。


「ダメよ、エミリア。彼らは陛下の言う通り『魔王と戦う覚悟を持った勇者で、この後多大な功績を残す英雄達(予定)』なの。だから彼らの士気を下げる様な事を言ってはいけないわ」


 エミリアの発言を咎めるようにカレンさんがエミリアに注意をする。


「……でも、あの島が本当に魔王の拠点なのかしら。周囲が変な黒い霧に覆われててよく見えないわ」


 ノルンの言う通り、陛下が指差す大陸は暗黒の霧に覆われて内情がよく分からない。島は距離にしてまだ20キロメートルほど離れており、ここからでは霧に覆われてよく見えないのだ。


「……なるほど、あれが……」


「……カレンさん、もしかしてあの霧の正体を知ってるの?」


「うん、あれはおそらく魔力そのものよ。あれを島全体に覆うことで外敵から侵入を防ぐ障壁を展開し、更に外から中が見えないようにしているのね」


「魔力で霧を形成するって、そんな事出来るの?」


「天候操作の魔法は知ってるでしょ? あれは単独では不可能で何人もの魔法使いが湯水のように魔力を使うことで実現させることが可能な大魔法なんだけど、おそらくそれと似たような感じね」


「見るからに邪悪な……あの中に無策で突入するのは危険かと思われます」


 レベッカは彼女には珍しい険しい表情をして島を睨む。


「当然、事前に調査は行ってるからそれは対策済よ」


 カレンさんがそういうと甲板の上を見上げる。カレンさんの視線の先には、少し前にクロードさんが自慢げに言っていた大きな大砲……広域殲滅用超長距離魔導砲、通称”極光の槍”グングニルの姿があった。


「あれを最大出力で放つことで、島を覆っている全て吹き飛ばすと同時に、周囲に漂っている魔力を掻き消す事が出来るわ。その後、騎士団と冒険者達が上陸して魔王を討つという手筈よ」


「なるほど……ただ魔物を倒すためだけに作った兵器じゃなかったんですね」


「魔王城の周辺に特殊な霧の障壁に覆われていたことは事前の調査で分かっていたからね。……ただ、島全てを覆うくらいに広がってるのは正直予想外ね。可能な限り出力を上げて放てばおそらく行けるだろうけど……」


 カレンさんの話を聞いてルナが目を輝かせる。


「すごい……サクライくん、私、大砲撃つところ初めて見るよ」


「僕もだよ……。音とか大丈夫かな。大砲の音って物凄く大きいらしいから、僕達の世界だと耳栓付けて対策するらしいんだけど」


「えっ、そんなの持ってきてないよ!?」


「まぁこの世界は魔法っていう都合のいいものがあるし、多分何とか……」


「そこの二人。神秘と叡智の結晶である魔法技術をご都合的なモノ扱いしないでください」


 エミリアに突っ込まれた。


「それにしてもカレン様、王宮の事は本当に詳しいですね。騎士団を抜けても情報が入ってくるのですか?」


 島を注視して眺めていたレベッカがカレンさんに質問する。


「私は自宅療養という扱いで副団長を座を降りてるけど、レイ君みたいに脱退したわけじゃないもの。それに、いつもこの子サクラから大雑把に情報を聞かされるから」


 カレンさんはサクラちゃんをチラリと見て肩をすくめる。


「え、わたし?」


 急に話題に上がったサクラちゃんが目を白黒させる。


「帰ってくると、『今日はおっきな魔道兵器が完成しましたー』とか。

 『予算が赤字になって大臣さんが陛下に泣き付いて、もう止めてくれ~とか叫んでました♪』……とか。

 『魔道兵器の動力部のシステム部分に欠陥が出て、パパが残業で帰れないって嘆いていますー ><』って軽いノリで話してくれるでしょ?

 そのあとに私が通信魔法で王宮に連絡を付けて情報の真偽を確かめたり、調査報告書を見せに貰いにいってるのよ」


 いつも情報通なカレンさんの情報源はサクラちゃんだったのか。


「わたし、そんな軽いノリだったんですかね……もっと重い感じで喋ってたはずなんですけど……」


「あのテンションで……? ……ちなみに、私やレイ君達は関係者だから言っても問題ないけど、サクラの話は王宮の極秘情報だから他の人には漏らしちゃダメよ?」


「…………い、言ってませんよ?」


 今、サクラちゃんが返事をする前に五秒くらい間があったような。この子の事だから絶対言っちゃってるよ。


「――さて、大仰な演説はこの辺にしておこう。話している間に随分と距離が縮まってきた……そろそろ射程圏内だろう」


 僕達が小声で話をしている間に陛下の演説も終わりを迎えたらしい。外見は青年の姿だけど、中身はお年寄りなせいか挨拶は基本長めな陛下だ。


「……騎士団諸君、準備は出来ているか!?」


「「「「「「はっ!!」」」」」」


 陛下が凛々しい声で、騎士団長のガダールさんを始めとした騎士の皆さんに合図を送ると、彼らは一斉に敬礼して甲板の上に上がっていく。


 そして”極光の槍”グングニルの大砲の準備を総出で動かし始めて、島に標準を合わせる。


「では、開戦の狼煙を上げるとしよう!!!

 広域殲滅用超長距離魔導砲、”極光の槍”グングニル、最大出力……!!

 あの忌々しい障壁を吹き飛ばし、霧を消し去れっ!!」


 陛下がそう叫ぶと、大砲の先端に光の魔力が集まり始める。


「砲身の熱量増加……温度正常……魔導機関への魔力充填率10%……15%……20%……」


 船長のクライヴさんの読み上げる報告を聞きながらも、陛下は魔導砲の発射体制を見守っている。そしてついにその時が来た。


「――撃てえええっ!!!」


 陛下の合図に合わせて、クライヴさんがトリガーを引く。


 次の瞬間、極光の槍グングニルの大砲から眩い光の奔流が発射された。それは前方に大きく広がって島を覆っていた黒い霧に直撃し、その瞬間、島全体が激しい明滅が起こり、僕達の視界が真っ白になった。


「うわっ!?」


「きゃっ、眩しい……!!」


「皆様、目元を手で覆ってくださいまし! 直視すると目を焼いてしまう可能性がございます!!」


 レベッカの指示で僕達は目元で手を覆い、閃光から目を背ける。


「うおおおおおおっ!!」


「なんて凄まじい光と衝撃……!!」


 他の冒険者も、その光の奔流を見て騒いでいたようだが、光が強くなるほど後ろを向いて光に耐えていたようだ。


 しばらくして白い光が消え去ると……眼前には真っ黒な雲が吹き払い、島を覆うものが無くなったことを思わせる綺麗な青空が広がっていた。


 しかし……。


「……む!」


 陛下は島の方を見て何かに気付く。僕達も目を凝らしてみると、霧が晴れた島の奥の方に、まだ何か黒い靄のようなものが掛かっていた。


「……あれは、魔王城か。島と魔王城の二つに二重の障壁を張っていたというわけだ……。だが、少し時間があれば”極光の槍”グングニルの再充填を―――!」


 陛下が再び指示を出そうとするのだが、島の方の様子がおかしい。魔王城付近に掛かっていた黒い靄がこっちに近付いてくるのだ。


「へ、陛下、あれは障壁ではありません……! 無数の魔物達の軍勢……!! 翼を持った魔物達が、こちらの方へ飛んできています……!!」


「なんだと……!?」


 クライヴさんに言われて目を凝らすと、確かに黒い靄は翼を持った魔物のようだ。しかもかなりの数で、もはや黒く染まった雲のようにも見える。


”極光の槍”グングニルの充填はまだ時間を要します! それまで計40門ある副砲と、魔道具による射程を底上げした攻撃魔法で持ちこたえるしかございません!!」


「ぐっ……致し方あるまい。各砲門、撃てっ!! なんとしても持ちこたえよ!!」


 魔王城の周囲にあった霧が晴れてから数分で、魔物の大群が僕達に襲い掛かってきた。

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